COLUMN

第167回 海と陸の間に 〜聖戦士ダンバイン〜

 腹巻猫です。サントラDJイベント・Soundtrack Pub【Mission#40】を10月20日(日)15時より蒲田のstudio80で開催します。特集は90年代アニメ音楽を検証する「平成アニメ・特撮音楽史 Part1」と書籍発売記念企画「渡辺宙明大全」。お時間ありましたら、ぜひご来場ください。
 詳細は下記から。
https://www.soundtrackpub.com/event/2019/10/20191020.html


 富野由悠季監督の仕事を回顧・検証する展覧会「富野由悠季の世界」が6月から開催されている。第1会場・福岡市美術館の会期が終了し、第2会場・兵庫県立美術館での開催が10月12日からスタートした。これに合わせて、CD「富野由悠季“テレビ”の世界〜TVサイズ主題歌全集〜」がキングレコードから発売された。
 「富野由悠季“テレビ”の世界〜TVサイズ主題歌全集〜」は富野監督が手がけたTVアニメ作品の主題歌をTVサイズでコンパイルしたアルバム。「TVサイズ」というのがミソで、フルサイズ音源に比べて意外にTVサイズが入手しにくかったりするのだ。実際、このアルバムも収録曲44曲中18曲が初CD化。TVサイズ音源は、フルサイズとは別録音であったり、楽曲の構成が異なっていたり、テンポやミックスが異なっていたりすることがあるからあなどれない。また、TVで作品に親しんだファンの中には「TVサイズこそがオリジナル」と考える人もいる。富野アニメファンにとっても、アニメ音楽ファンにとっても見逃せないアルバムなのだ。
 展覧会にちなんだ書籍やグッズが発売されることはよくあるが、CDは珍しい。オープニングの絵コンテをあしらったデザインも秀逸で、展覧会場で売られていたら手に取ってしまうだろう(「高畑勲展」や「永井GO展」にもこんな商品がほしかった)。一般CDショップでの流通はないが、キングレコードのECサイトやAmazonでも入手可能。展覧会場以外でも購入できるのがうれしい。

KING e-SHOP商品ページ:
https://kingeshop.jp/shop/g/gNKCD-6881/
Amazon商品ページ:
https://www.amazon.co.jp/dp/B07YSJCXQJ/

 前置きが長くなったが、今回は富野由悠季監督のTVアニメ『聖戦士ダンバイン』の音楽を取り上げたい。
 『聖戦士ダンバイン』は1983年2月から1984年1月まで放送された日本サンライズ(現・サンライズ)制作のTVアニメ作品。『戦闘メカ ザブングル』(1982)に続いて富野由悠季が原作・監督を務めたロボットアニメである。
 現代の地球に暮らす主人公がバイストン・ウェルと呼ばれる異世界に飛ばされて活躍する、昨今はやりの「異世界転移もの」を先取りしたような作品。中世ヨーロッパに似た世界に甲虫に似た巨大ロボット=オーラ・バトラーが登場する世界観が魅力で、始まった当初は「これまでにないアニメになりそうだ」とわくわくしたことを覚えている。
 音楽は現代音楽の作曲家・坪能克裕が担当した。
 坪能克裕は1947年生まれ。東京音楽大学作曲指揮科卒業。純音楽作品を発表するかたわら、子どもの歌・合唱・TV等の音楽で活躍する作曲家である。本作の前に、TVアニメスペシャル『走れメロス』(1981)、劇場アニメ『世界名作童話 アラジンと魔法のランプ』(1982)の音楽を手がけているが、シリーズもののTVアニメの音楽を担当するのはこれが初めてだった。アニメ音楽の経験が少ない坪能克裕が『聖戦士ダンバイン』の音楽担当に選ばれた背景には、キングレコードの音楽プロデューサー(当時)・藤田純二の推薦があったという。
 音楽は音響監督の藤野貞義が出したメニューに沿って作曲・録音された。音楽打ち合わせから録音まで1ヶ月。時間がないためピアノ・スケッチを作る余裕もなく、いきなりオーケストラ・スコアを書いていったと坪能克裕はふり返っている。
 純音楽ではミュージックコンクレートや即興音楽、電子音楽などを取り入れた先鋭的な作品を発表している坪能克裕だが、本作では、サウンドトラックらしいオーソドックスな音楽を提供している。バロックからロマン派時代の音楽を思わせるクラシカルな曲調の楽曲が中心。中世ヨーロッパ風の世界観を反映すれば、自然とこういう音楽になるのだろう。今にして思えば、バイストン・ウェル、オーラ・バトラーといった斬新な設定に刺激された前衛的な楽曲があってもよかった気がするが、当時のアニメ音楽としてはこれが正解だった。
 音楽集は放送当時、「聖戦士ダンバイン BGM集」「聖戦士ダンバインII」「聖戦士ダンバインIII」の3タイトルがキングレコードから発売されている。1枚目は第1回録音、2枚目は第2回録音の楽曲を中心とした内容で、3枚目は未収録音楽集。構成はいずれも氷川竜介が担当。さらに放送終了後に「聖戦士ダンバインIV 管弦楽組曲 イン・バイストン・ウェル」が発売された。現在は、CD「聖戦士ダンバイン総音楽集」ですべての楽曲を聴くことができる。
 1枚目の音楽集から紹介しよう。
 収録曲は以下のとおり。

  1. ダンバインとぶ(歌:MIO)
  2. オーラ・ロード
  3. ラース・ワウの古城
  4. 騎馬隊
  5. 聖戦士たち
  6. チャム・ファウ
  7. 暗躍
  8. ウイング・キャリバー
  9. 園遊会
  10. オーラ・バトラー
  11. 田園にて
  12. ゼラーナの旅路
  13. リムルの想い
  14. 邪悪な影
  15. 戦火の爪あと
  16. みえるだろうバイストン・ウェル(歌:MIO)

 オープニング主題歌「ダンバインとぶ」はアニメソング史に残る名曲。富野監督によるケレン味たっぷりの詩、ヒットメーカー・網倉一也によるメロディ、矢野立美のダイナミックにして華麗なアレンジ、MIO(現・MIQ)のパワフルなボーカル、すべてがそろって、現代的なカッコよさを持つ曲に仕上がった。
 トラック2「オーラ・ロード」は物語の導入となる曲。第1話で主人公のショウがバイストン・ウェルに飛ばされるシーンに流れた曲だ。ビブラフォンと管弦楽器、女声コーラスが異世界の神秘的な雰囲気を描写する。本作のファンタジー的な世界観を代表する曲である。
 トラック3の「ラース・ワウの古城」はバイストン・ウェルの古城と領主を描写する曲。次の「騎馬隊」は騎兵隊、騎馬隊の出陣をイメージした曲。いずれも古風なスタイルのオーケストラ曲で中世ヨーロッパ風世界を表現している。
 トラック5の「聖戦士たち」は曲調が変わって、ドラムス、エレキギターを入れた現代的なリズムの曲になる。戦士たちのアクション、戦いをイメージした曲である。
 妖精の愛らしさ、すばやい動きを表現する「チャム・ファウ」、バイストン・ウェルに渦巻く陰謀を表現するサスペンス曲「暗躍」が続く。
 LPレコードではA面最後に収録されたのが、トラック8「ウィング・キャリバー」。飛行するオーラ・マシンをイメージした曲だ。軽快なリズムに乗って、トランペットが奏でるヒロイックなメロディと金管楽器のオブリガートがからみあう。スピード感たっぷりの曲調は第1回録音曲屈指のカッコよさで、A面の最後を飾るにふさわしい。
 A面は全体に、物語の舞台となるバイストン・ウェルの紹介編と呼べる構成である。
 LPレコードB面は、異世界から召喚された戦士たちの歓迎の宴に使用された優雅な曲「園遊会」で幕を開ける。
 トラック10「オーラ・バトラー」は本作の音楽の聴きどころのひとつ。オーラ・バトラーの戦いを描いた曲だが、次々と曲調が変わる複雑な構成になっている。音楽メニューには「テンポはないが重々しい登場があり、少し対峙して戦いが始まる。インテンポに変化して危機があり、そしてクライマックスへ」と書かれてあり、最初から組曲的な構成が意図されていたことがわかる。演奏時間は2分余り。実はこれは短縮版で、約3分の完全版が3枚目のアルバム「聖戦士ダンバインIII」に収録されている。
 バイストン・ウェルの美しい情景を描写する「田園にて」を挟んで、トラック12は「ゼラーナの旅路」。深い悲しみを描写する曲、緊張と不安を表現するサスペンス曲、オーラ・シップ・ゼラーナの飛行をイメージした曲の3曲がメドレーになっている。旅と戦いが基調となる富野ロボットアニメを象徴するトラックである。
 『ダンバイン』の音楽の中でも極めつけの美しい旋律が登場するトラック13「リムルの想い」。拡大する陰謀と迫る危機を表現するトラック14「邪悪な影」。人間ドラマをイメージさせる曲が続く。B面は全体に、人間の愛憎から生まれる葛藤や悲哀を描いた構成になっているのだ。
 トラック15「戦火の爪あと」は3分を超える聴きごたえのある曲。オーラ・バトラーの激しい戦いをテーマにした曲だ。トラック10「オーラ・バトラー」と同様に組曲風の構成になっていて、音楽メニューには「頭に突然現れるタッチがあり、続々と襲ってくる。そして戦いの混乱に。混戦の果てに死骸と廃墟がいたましい」と指定されている。
 アルバムを締めくくるのは、エンディング主題歌「みえるだろうバイストン・ウェル」。ポップな中に切ない情感を宿した名バラードである。

 正直に言うと、『聖戦士ダンバイン』のBGM集を初めて聴いたときは、もの足りない印象を受けた。『伝説巨神イデオン』や『戦闘メカ ザブングル』の音楽と比べるとキャッチーなメロディが少なく、サウンドも古風に感じる。しかし、今はこの音楽でよかったと思っている。
 飾り気のないクラシカルな響きで構築された、落ち着いた音楽である。古風であるということは古くならないということだ。風化しない音楽。『ダンバイン』の初期の物語にはこの音楽がよく合っていた。物語が進むにつれて、より激しく重い音楽が求められるようになり、追加楽曲が作られたが、初期の異世界ファンタジー的ムードが薄れていったのは残念だった。
 坪能克裕もそう思ったかどうかはわからないが、放送終了後に発表された「聖戦士ダンバインIV 管弦楽組曲 イン・バイストン・ウェル」は神秘的なバイストン・ウェルの世界をテーマにした組曲になっている。もしかしたら、このような世界での物語もありえたかもしれない。そう思わせる味わい深い1枚だ。
 富野由悠季は『聖戦士ダンバイン』以外にもバイストン・ウェルの物語を作り続けている。アニメ化されたものでは、『New Story of Aura Battler DUNBINE』(1988)、『ガーゼイの翼』(1995)、『リーンの翼』(2005)がある。これらの作品には小六禮次郎、樋口康雄、鷺巣詩郎といった作曲家が参加し、新たなバイストン・ウェルの音楽が作られた。いずれも魅力的な音楽であるが、その原点はやはり『聖戦士ダンバイン』の音楽。もう一度ここに帰ってきたいと思わせる音楽である。

聖戦士ダンバイン 総音楽集
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