腹巻猫です。6月8日(土)15時より蒲田・studio80にてサントラDJイベント「Soundtrack Pub【Mission#39】」を開催します。テーマは「『非サウンドトラック』の世界」。カヴァーもの、アレンジもの等と呼ばれる、「オリジナル・サウンドトラック」ではない映像音楽を紹介します。前半は国内外の映画音楽を中心にしたカヴァー演奏盤の紹介。後半は日本コロムビアが1980年代に発売したアニメ音楽アルバムのシリーズ「デジタルトリップ」と「ジャムトリップ」を特集します。お時間ありましたら、ぜひご来場ください!
http://www.soundtrackpub.com/event/2019/06/20190608.html
そんなわけで、今回は「デジタルトリップ」シリーズから1枚取り上げることにしよう。
「デジタルトリップ(DIGITAL TRIP)」は日本コロムビアが1981年から発売したアニメ音楽アルバムシリーズのタイトル。1986年頃までに50タイトル以上が発売された。タイトル数の多さからも、本シリーズがアニメファンの人気を得ていたことがうかがえる。
「デジタルトリップ」のコンセプトは、「アニメ音楽をシンセサイザーで演奏したアルバム」である。当時はYMOをはじめとするテクノポップが注目され、シンセサイザー音楽が急速に普及していった時期。作り手も聴き手も、シンセサイザーサウンドに音楽の新しい可能性を見出していた。そこに登場したのが「デジタルトリップ」だった。
「デジタルトリップ」の大きな特徴は、日本コロムビアが発売しているのに、『機動戦士ガンダム』(キングレコード)、『超時空要塞マクロス』(ビクター音楽産業)、『風の谷のナウシカ』(徳間ジャパン)など、他社でサントラ盤がリリースされている作品がたくさん取り上げられていること。オリジナル音源が他社から発売されていても、カヴァー演奏なら自由に発売することができる。キャラクターを使わなければ版権の制約もない。アニソンのカヴァーは昔からあるが、「デジタルトリップ」は「サントラのカヴァー」という新しい発想だった。80年代、アニメ音楽一社独占の構図が崩れ、アニメ音楽ビジネスの新たな一手を模索していた日本コロムビアがつかんだ「奇策」とも呼べる新路線だったのである。
しかし、「デジタルトリップ」は最初からアニメ音楽カヴァーのシリーズとしてスタートしたわけではない。「デジタルトリップ」と冠が付いた最初のアルバムは1981年に発売された「DIGITAL TRIP さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー」。あくまで『さよなら銀河鉄道999』のアルバムのヴァリエーションのひとつとして、また、東海林修のアルバムとして発売されたものだった。おそらくこれが予想以上のヒットになったことから、シンセサイザーアルバムのシリーズが企画されたのだろう。シリーズタイトルとして、1枚目のアルバムに付された「DIGITAL TRIP」がそのまま使われることになった……という経緯ではないかと想像する。
そのあとに発売された「デジタルトリップ」は実はアニメ音楽アルバムではない。「ファラオの墓 シンセサイザーファンタジー」(シンセサイザー=神谷重徳/1982)、「日出処の天子 シンセサイザーファンタジー」(伊藤詳/1982)と、アニメ化されていないコミックスのイメージアルバムが続くのだ。当時はレコードメーカー各社からコミックスのイメージアルバムがさかんに発売されていた時期で、「デジタルトリップ」も当初はイメージアルバム路線が考えられていたようだ。
アニメ路線に舵が切られるのはアニメ映画公開と同時に発売された「わが青春のアルカディア シンセサイザーファンタジー」(淡海悟郎/1982)から。またも想像だが、このアルバムの評判がよくて「やはりアニメだよね」ということになったのではないか。
続いて、「宇宙戦艦ヤマト(以下“シンセサイザー・ファンタジー”は略)」(深町純/1982)、「機動戦士ガンダム」(東海林修/1982)と鉄板の人気作品がリリースされ、「樹魔伝説」(安西史孝/1982)、「クイーンエメラルダス」(深町純/1982)とイメージアルバム路線にいったん戻るものの、以降はアニメ音楽中心のラインナップが続くことになる。
発売されたタイトルは、「六神合体ゴッドマーズ」(東海林修/1983)、「超時空要塞マクロス」(東海林修/1983)、「クラッシャージョウ」(淡海悟郎/1983)、「伝説巨神イデオン」(五代孝/1983)、「戦闘メカ ザブングル」(東海林修/1983)、「キャッツ・アイ」(東海林修/1983)、「銀河漂流バイファム」(東海林修/1984)、「巨神ゴーグ」(越部信義・小久保隆・石川晶/1984)、「うる星やつら」(深町純/1984)、「風の谷のナウシカ」(宮城純子/1985)、「北斗の拳」(青木望/1985)、「機動戦士Zガンダム」(越部信義・小久保隆/1985)、「タッチ」(東海林修/1985)など、他社のヒット作・注目作がずらりと並ぶ。「宇宙海賊キャプテンハーロック」(越部信義/1983)、「未来警察ウラシマン」(越部信義・小久保隆/1983)、「ルパン三世」(東海林修/1984)等のコロムビア作品も取り上げられているが、比率から言えば他社作品の方が多い。当時のアニメ音楽状況を一望できるラインナップはなかなか壮観である。
アレンジとシンセサイザー演奏を担当した作家は、東海林修を筆頭に、深町純、淡海悟郎、越部信義ら、作曲家としても活躍するそうそうたる顔ぶれだった。中には「北斗の拳」のようにオリジナル作曲家が手がけた作品もあって見逃せない。
アレンジは、原曲の再現にこだわらず、アルバム独自のサウンドを追求したものが多い。盤ごとに作・編曲家の作家性が強く出た印象だ。大胆にアレンジされた演奏を聴いて、あまりのイメージの違いに「うーん」と首をひねってしまうこともあった。しかし、独立したシンセサイザーアルバムとして聴くぶんには、それぞれに個性豊かで楽しめる。「アニメ音楽の新しい楽しみ方」を提案したという意味でも大いに意義があり、再評価が望まれるシリーズである。筆者は東海林修の「ウルトラQ」と越部信義・小久保隆による「宇宙刑事シャリバン」がお気に入りだった。
前置きが長くなったが、今回取り上げたいのは「デジタルトリップ」の記念すべき第一弾「さよなら銀河鉄道999 シンセサイザー・ファンタジー」である。
オリジナルは東海林修が音楽を担当したアニメ映画『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』(1981)のサウンドトラック。大編成オーケストラで演奏した音楽をシンセサイザーでセルフカヴァーしたアルバムだ。
これがなかなか聴き応えがある。本編の音楽もシンセサイザーでよかったのではないかと思うくらい。
LPレコードでのリリースは1981年12月。2001年にCD「ETERNAL EDITION さよなら銀河鉄道999」のボーナストラックとして復刻された。2010年には紙ジャケット仕様の単独盤でCD化されている。
収録曲は以下の通り。
- Trip to the Unknown 未知への旅
- Mysterious Larmetal 幽玄なるラーメタル
- Doom’s Day 最後の審判
- Dream 青春の幻影
- Waves of Light 光と影のオブジェ
- La Femme Fatale 運命の女
- The Promised Land 約束の地
- SAYONARA サヨナラ
LPレコードでは1~4までがA面、5~8がB面に収録されていた。
オリジナル盤のライナーノーツによれば、A面はオリジナルスコアを大切に、B面はモチーフを使ったイメージの展開というコンセプトで作られたという。
1曲目の「未知への旅」は、銀河鉄道999が旅立つ場面に付けられた曲(交響詩版「メインテーマ~新しい旅へ~」)のアレンジ。オーケストラ演奏版と比べると、勇壮さ、重厚さが薄まった代わりに、宇宙へと飛翔する軽やかなイメージが強くなった。いかにも宇宙ファンタジーというサウンドで、オーケストラ版にない魅力がある。
2曲目「幽玄なるラーメタル」は宇宙の神秘を描写するトラック。交響詩版の「謎の幽霊列車」と「メーテルの故郷、ラーメタル」の2曲からアレンジされている。原曲よりも神秘的な雰囲気が増し、「幽玄」という言葉がぴったりはまる印象だ。曲の前後にメインテーマのモチーフが入り、SF冒険物語の雰囲気を盛り上げている。
3曲目「最後の審判」は交響詩版の「崩壊する大寺院」と「黒騎士との対決」の2曲をアレンジしたもの。サスペンスに富んだ曲調で鉄郎の試練を表現したトラックだ。
4曲目の「青春の幻影」は交響詩版の同名曲のアレンジ。管弦楽が奏でるロマンティックな曲が、シンセサイザーによってより幻想的に生まれ変わっている。サウンドの作り込みが秀逸で、音を聴くだけで切ない気持ちになる。生オーケストラでは出し得ない情感が広がる、シンセ独自の音色が生かされたトラックだ。
5曲目「光と影のオブジェ」は交響詩版で唯一シンセサイザーで演奏されていた曲「大宇宙の涯へ~光と影のオブジェ~」のリメイク。映画では999号が惑星アンドロメダに到着する場面に流れている。交響詩版もテクノポップ寄りの軽快な演奏だったが、デジタルトリップ版はリズムが強調され、さらに派手になった印象。ダンスミュージック的な高揚感のある曲になっているのが楽しい。
次の「運命の女」はメーテルのテーマ(原曲は「再会~LOVE THEME~」)。オーケストラ版はピアノと弦楽器のアンサンブルが美しいミシェル・ルグランのような曲だったが、デジタルトリップ版ではシンセサイザーの透明感のある音色がリリカルに響く。メーテルの時空を超越した神秘性が際立つ曲になった。
続く「約束の地」は映画のクライマックスの曲「終曲~戦いの歌~」のアレンジ。劇中でも印象深いパルチザンの歌のメロディが登場する。原曲の悲壮感が消え、軽快なテクノポップに生まれ変わった。原曲のファンは「イメージが違う」と嘆くかもしれないが、情感が薄まった代わりに非常に聴きやすくなっている。純粋に「こういう曲だったんだ」と楽しめるトラックである。
最後の曲「SAYONARA」は映画主題歌「SAYONARA」のアレンジ。原曲に忠実なアレンジで、インストゥルメンタルとして聴ける。これは「ファンに1曲プレゼント」といった趣向だろう。
アルバムを聴いた印象は、「カッコいい!」だった。オーケストラ演奏による交響詩版とはまったく異なる色彩感の音楽になっている。どちらがすぐれているということではなく、どちらも他に代えられない魅力を持った音楽なのだ。それこそが、「デジタルトリップ」シリーズがめざしたものだった。
筆者の手元にある『アニメージュ』(徳間書店)1983年8月号に「デジタルトリップ」シリーズを取り上げた日本コロムビアの広告が掲載されている。それによれば、「デジタルトリップ」は「アニメーション、コミックスなど映像作品のイメージを、シンセサイザーによって全く新鮮な音楽世界に展開しようという意図から企画されたもの」だそうだ。続くテキストでは生演奏からシンセサイザーへのアレンジを「再創造(リクリエイト)」と呼んでいる。デジタルトリップは単なるアレンジ盤ではなく、オリジナルから自由にイメージをはばたかせて、新たな魅力ある音楽を創造しようとしたものだった。だからこそ、当時のアニメファンはそれを「偽物」ではなく独自の音楽作品として支持したのである。
デジタルトリップと並ぶアニメ音楽カヴァーのシリーズ「ジャムトリップ」は、アニメ音楽をジャズ、フュージョンにアレンジして生楽器の演奏で聴かせる、「デジタルトリップ」と対照的なコンセプトのシリーズだった。こちらは20タイトル程度と数は少ないが、当代一流のミュージシャンが参加したグルーヴ感あふれる演奏は今聴いても心が躍る。
いっぽう、「デジタルトリップ」のサウンドは80年代という時代を如実に反映し、今聴き直すと、さすがに古いなぁと感じるところも多い。シンセサイザーが電子技術の産物である以上、それは仕方ないことだ。
でも、今はさまざまな時代の音楽をフラットに聴ける時代。80年代の音楽も「古い音」ではなく「個性的な音」として楽しめる。シンセサイザーで生楽器さながらの音が出せるようになった現代では、カラフルでポップなシンセサイザーサウンドが、むしろ新しい。
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