COLUMN

第146回 切なく愛しいユートピア 〜楽しいムーミン一家〜

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 脚本家・監督の宮崎晃が11月25日に亡くなった。実写出身で、TVアニメ『あらいぐまラスカル』(1977)からアニメ脚本に進出。『ペリーヌ物語』(1978)、『トム・ソーヤーの冒険』(1980)、『牧場の少女カトリ』(1984)、『愛の若草物語』(1987)など、「世界名作劇場」でのすばらしい仕事が忘れられない。『ラスカル』以降、多くの作品をともに手がけた監督・斉藤博とは名コンビとも呼ばれた。
 今回は宮崎晃×斉藤博の最後のコンビ作品となった『楽しいムーミン一家』を取り上げよう。

 『楽しいムーミン一家』は、フィンランドの作家トーベ・ヤンソンとその弟でマンガ家のラッセ・ヤンソンの原作をもとに製作されたTVアニメ作品。1990年4月から1991年10月までテレビ東京ほかで全78話が放送された。続いて、続編『楽しいムーミン一家 冒険日記』全26話が放送されているが、こちらには宮崎晃と斉藤博は参加していない。
 筆者は『ムーミン』といえば岸田今日子がムーミンの声を担当した旧アニメ版(1969、1972)を思い出す世代。宇野誠一郎作曲の主題歌「ねえ!ムーミン」も頭に刷り込まれている。『楽しいムーミン一家』が始まった当初は、思い出が塗り替えられていくような、ちょっとさみしい気持ちになったものだ。しかし、諸事情により旧アニメ版が観られなくなってしまった現在、アニメ版『ムーミン』として多くの人が思い浮かべるのは、この『楽しいムーミン一家』のほうだろう。
 新アニメ版は、キャラクターデザインを『とんがり帽子のメモル』の名倉靖博が手がけ、シリーズ構成とメインライターを宮崎晃が、監督を斉藤博が務めた。端正な線のキャラクターと淡い色彩の美術で描かれる世界は、どの場面を取っても絵本の1ページのように絵になっている。
 原作は単純に子ども向けとは言えないクセのある作品で、その抽象的・観念的な部分を映像化するのに苦心したと斉藤博は語っている。いっぽう、宮崎晃は「ムーミンはまったく人間的」と語り、「やりやすい仕事だった」と振り返っているのが面白い。キャラクターの言動からにじみでるユーモアや淡々とした描写で綴るドラマは世界名作劇場に通じるものがあり、旧アニメ版とはまったく別のムーミンの世界として楽しめる作品である。

 音楽は、主題歌を歌った白鳥英美子の夫である白鳥澄夫が担当した。
 白鳥英美子(旧姓・山室)は1969年に結成されたポップスデュオ「トワ・エ・モワ」の1人として活躍。1973年にトワ・エ・モワが解散したあとは、一時音楽活動から遠ざかっていたが、元ブルーコメッツの白鳥澄夫と結婚後、1977年に白鳥とともにユニット「鴉鷺(あろ)」を結成して3枚のアルバムを発表。現在はソロ活動を中心に活躍している。本作では、主題歌・挿入歌の作詞と歌唱を担当したほか、本編のナレーションも担当していた。
 白鳥英美子とアニメ音楽の縁は1980年に遡る。鴉鷺時代に松本零士原作のTVアニメ・スペシャル『マリンスノーの伝説』の主題歌「海に還る」「ふたりの郷(ふるさと)」の2曲を作詞し、歌っているのだ。この2曲の作曲を手がけたのが白鳥澄夫だった。2005年には、渡辺俊幸のプロデュースで『銀河漂流バイファム』のイメージソング集「白鳥英美子バイファムを歌う(EMIKO SHIRATORI SINGS VIFAM)」というアルバムを発表している。
 主題歌・挿入歌全曲とBGMの作曲を担当した白鳥澄夫は、本作以前にCM音楽などを手がけたことはあったが、本格的に映像音楽を担当するのはこれが初めてだった。キングレコードの担当者から声をかけられて本作に参加することになり、最初にオープニング&エンディング主題歌となる「夢の世界へ」と「遠いあこがれ」の2曲を作った。これをトーベ・ヤンソンに送ったところ、気に入ってもらえて、自信を得たという。
 本作の音楽作りは一般的なアニメ音楽の作り方とは違っている。音楽メニューをもとに音楽を作っていくのではなく、初めは音響監督との打ち合せもなく、放送の3ヶ月くらい前から、ほぼおまかせで音楽を作っていったのだそうだ。音響監督(斯波重治、浅梨なおこ)から注文がくるようになったのは放送が始まってから。放送開始後も番組を観ながら音楽を作り続け、放送期間中「ずっと作っていた」(白鳥英美子の言葉)というから驚く。書いた曲は140曲にもなり、そのうち本編で使用されたのはおそらく4分の1ぐらい(白鳥澄夫の言葉)。しかし、実際はもっと多くの曲が使われていると思われる。
 白鳥澄夫の音楽は、リリカルで素朴で透明感があり、やさしく耳に残る。もともとソングライターだけあって、どの曲も口ずさめるような親しみやすいメロディを持っているのが特徴だ。作曲にあたっては、子どもが聴くだけでなく、一緒に観ている大人たちにも聴けるような音楽作りを心がけたという。
 こういうファンタジー/メルヘン作品の音楽は生楽器中心のサウンドで作られることが多いが、本作はシンセがふんだんに使われている。それがかえって、ふわふわした非日常感をかもしだしていて、人間世界と隔絶したムーミンの世界に合っていた。
 本作の音楽アルバムは、放送当時、キングレコードから3枚発売されている。
 1枚目は1990年7月に発売された「楽しいムーミン一家 VOL.1」。主題歌2曲と挿入歌「ムーミン谷に春が来た」のほか、BGM6トラックが収録されたサントラ・アルバムである。BGMには一部ナレーションが重なっているが、ほとんどの曲はフルで音楽のみを聴くことができる。
 2枚目は1990年12月に発売された「楽しいムーミン一家 スナフキンの旅立ち」というアルバム。ドラマ編と思われがちだが、これもサントラ・アルバム(実質的な「VOL.2」)である。全8トラックに主題歌2曲のTVサイズとBGMを収録。これも一部の曲にナレーションとドラマが重なっているが、大半は音楽だけをフルサイズで聴くことができる。
 3枚目が1992年7月に発売された「ムーミン・セレクション〜ムーミン主題歌集〜」。『冒険日記』を含むTVシリーズの主題歌・挿入歌7曲と劇場版『ムーミン谷の彗星』の主題歌2曲に、BGM11トラックを加えた全20曲を収録。このアルバムにはナレーションやドラマは入っていない。白鳥英美子と白鳥澄夫のコメントも掲載された、本作の集大成的なアルバムである。
 この3タイトル、パッケージもそれぞれ凝っていた。1枚目はケースの裏にインレイ(CDトレイの下に入れる紙)が入ってなくて、外からCDの盤面が見えているタイプだが、ジャケットを開くとインレイが別に入っていて、自分でケース裏にセットできるようになっている。2枚目の「スナフキンの旅立ち」は白い紙箱入り。3枚目の「ムーミン・セレクション」はブックレットが絵本かと見まがうような美しく手の込んだデザインだった。どれも、本作に対するスタッフの愛情が伝わってくるパッケージである。
 2014年9月、突然、「楽しいムーミン一家 ベスト・セレクション」というアルバムがキングレコードから発売された。トーベ・ヤンソン生誕100年にちなむ企画だったようだ。「TVエイジ」シリーズを展開する濱田高志が企画・構成を手がけたベストアルバムである。内容は「ムーミン・セレクション」をベースに未収録BGMを追加した全33トラック。ブックレットには白鳥英美子と白鳥澄夫の最新インタビューも掲載されている。『楽しいムーミン一家』ファンには思わぬプレゼントとなった1枚だった。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 旅人・スナフキン(ハーモニカ・ヴァージョン)
  2. 夢の世界へ(歌:白鳥英美子)
  3. さあ出航※
  4. ムーミン谷に春が来た(歌:白鳥英美子)
  5. さんぽ※
  6. 春の風はやさしくて※
  7. 遠いあこがれ(歌:白鳥英美子)
  8. 春になれば
  9. ねむりの国へ
  10. おまじないのうた(歌:ポンピン隊〜ムーミン谷の仲間たち〜)
  11. さすらいのスナフキン※
  12. いつかすてきな旅(歌:白鳥英美子)
  13. ゆかいなピクニック
  14. 旅立つ日に
  15. 二人の誓い
  16. 君がすべてさ※
  17. ヘソまがりんちょ(歌:水森亜土&タイロン橋本)
  18. ゆかいな仲間たち※
  19. ムーミン’S マーチ(歌:esウィンド・シンガーズ)
  20. 元気を出して※
  21. ダンス
  22. 新しい冒険
  23. そして、日が暮れて
  24. スナフキンの旅立ち※
  25. せまりくる危機だ※
  26. 旅人・スナフキン※
  27. 星の河
  28. 明日への希望※
  29. しあわせのモルガーネ(歌:白鳥英美子)
  30. ムーミン谷に春が来た(インストゥルメンタル)※
  31. 旅立ち※
  32. この宇宙へ、伝えたい(歌:白鳥英美子)
  33. この宇宙へ、伝えたい(ハーモニカ・ヴァージョン)

※印は「ムーミン・セレクション」に収録されていなかったトラック。

 印象的な曲をいくつか紹介しよう。
 トラック1「旅人・スナフキン(ハーモニカ・ヴァージョン)」はスナフキンが吹くハーモニカの曲。旧アニメ版のスナフキンはギターを弾いていたが、本作ではハーモニカを吹いているのだ。郷愁を誘うノスタルジックなメロディと響きがムーミンの世界への導入になっている。
 トラック3「さあ出航」はアルバム「スナフキンの旅立ち」で「ムーミンと仲間たち」というトラックの後半に収録されていた曲。単独では初収録になった。ドリーミィなイントロからシンセリードの音が奏でる哀愁を帯びたメロディに続くリリカルな曲だ。第59話「パパの思い出」で若きムーミンパパが「海のオーケストラ号」に乗って出航する場面や第77話「完成! 空飛ぶ船」でスノークが自作の飛行船で大空を飛ぶ場面に流れていた。胸がキュンとなるような魅力的なメロディは本作の音楽の大きな特徴である。
 トラック5「さんぽ」はリコーダー風の音で奏でられる可愛くはずんだ曲。第36話「クリスマスって何?」でクリスマスツリーの飾りつけをするムーミンたちなど、ユーモラスなシーンに流れていたのが記憶に残る。
 トラック6「春の風はやさしくて」はアルバム「楽しいムーミン一家 VOL.1」に収録されていた同名トラックからナレーション部分をカットしたもの。口笛の音が奏でる楽しいマーチである。第1話「ムーミン谷の春」でムーミンたちが春の山道を歩く場面に流れている。
 白鳥英美子のスキャットがフィーチャーされたトラック9「ねむりの国へ」はタイトル通り子守唄風の曲。この曲をはじめ、本編中ではスキャットの曲がたびたび流れて映像を温かく彩っている。これらの曲は白鳥澄夫が基本のメロディだけを書き、白鳥英美子が自由に歌って録音していたそうだ。
 トラック11「さすらいのスナフキン」は、白鳥澄夫が自分でも好きな曲と語るマカロニウエスタン風のスナフキンのテーマ。本作では珍しいアクション系の曲である。
 切ないメロディが胸にじーんとくるトラック14「旅立つ日に」は、白鳥澄夫のメロディメーカーとしての才能が発揮された名曲のひとつ。やさしく包み込むようなサウンドと切ない旋律を聴いていると甘酸っぱい気持ちになる。第59話でムーミンパパがムーミンたちに自分の生い立ちを語り始める場面にたっぷりと流れていた。
 スキャットとギターによるトラック16「君がすべてさ」はフランス映画音楽のようなロマンティックな曲。恋人たちのイメージなのだろう。「大人も聴ける」という本作の音楽の方向性を象徴する1曲だ。
 トラック24「スナフキンの旅立ち」は、アルバム「スナフキンの旅立ち」に収録されていた同名トラックからドラマとナレーション部分をカットしたもの。前半はマカロニウエスタン風のメロディをシンセリードが奏でる曲。第2話「魔法の帽子」の飛行オニの登場シーンや第78話(最終話)「ムーミン大空へ」でスナフキンとスノークが飛行船に乗って飛ぶシーンなどに使われていたカッコいい曲である。後半はふわっとしたストリングスのアンサンブルから始まる叙情的な曲になる。「ナレーション部分をカットした」と書いたが、この後半に入るところにナレーションが重なって収録されている。BGMだけの素材がなかったのだろうか。惜しいところである。
 トラック26「旅人スナフキン」は、ハーモニカとチェレスタ、ピアノ、弦楽器などが奏でるスナフキンのテーマ。アルバム「楽しいムーミン一家 VOL.1」に収録されていた同名トラックからナレーション部分をカットしたもので、「VOL.1」ではハーモニカ・バァージョンとメドレーで収録されていた。本作のスナフキンは旧アニメ版の大人びたキャラとはちょっと違って、ムーミンたちと一緒に遊んだりする親しみやすいキャラクターになっている。
 アルバムの中でもとりわけファンタジックな曲想のトラック27「星の河」は、幻想的なシンセのサウンドにミステリアスなスキャットがからむ曲。第68話「ママと運命の出会い」で、若きムーミンパパが夜の荒れる海でムーミンママと初めて出逢う場面に流れた重要な曲だ。
 トラック28「明日への希望」は、ややエキゾティックなメロディラインを持つ希望の曲。第21話「スナフキンの旅立ち」で、ムーミンが夢の中でスナフキンと一緒に空飛ぶ船に乗る場面に使われていた。
 トラック31の「旅立ち」はアルバム「スナフキンの旅立ち」の「川のほとりで」というトラックの前半に収録されていた曲。同アルバムでは旅立ちを前にしたスナフキンとムーミンが語らうセリフのバックに流れていた。ムーミンのさびしさを表現するもの悲しいメロディに胸が締めつけられる。
 その「旅立ち」に代表されるように、本作の音楽は、主題歌を含め、どこかさびしい味わいを持つ愁いを帯びた曲が多い。丸っこく温かいムーミンの世界に似つかわしくないような気もするが、その曲と映像が一体となることで、懐かしくて不思議なムーミンの世界を完成させているのだ。音楽から感じるさびしさは、永遠のユートピアを生きるムーミンたちの世界に触れたときに私たちが感じるさびしさ、「そこにはけしてたどりつくことはできない」という切ない気持ちなのではないだろうか。

 今回取り上げた「ベスト・セレクション」に収録されなかった曲の中にも名曲が残っている。第1話の冒頭に流れていた冬のムーミン谷を描く長い曲「ムーミン谷・冬」(第13話「地球最後の龍」では龍のテーマとしても使われた)はアルバム「楽しいムーミン一家 VOL.1」に収録。第1話〜3話で使われた重要な曲のいくつかを同アルバムで聴くことができる。また、アルバム「スナフキンの旅立ち」にも、主題歌のインスト版や劇場版で流れていた曲など、「ベスト・セレクション」に入らなかった曲が多数収録されている。「ベスト・セレクション」だけでは物足りないという方は、ぜひほかのアルバムもお聴きいただきたい。

楽しいムーミン一家 ベスト・セレクション
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ムーミン・セレクション〜ムーミン主題歌集〜
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楽しいムーミン一家 スナフキンの旅立ち
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楽しいムーミン一家 VOL.1
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