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第145回 音楽に託された陰影 〜METROPOLIS〜

 腹巻猫です。12月19日にディスクユニオンのCINEMA-KANレーベルから特撮TVドラマ「電光超人グリッドマン」の完全版サウンドトラックが発売されます。当コラムで「いつの日か完全版サントラを」と書いた夢が、アニメ版放映中というまたとないタイミングで実現! 初収録音源も収録されるそうなので楽しみです。

電光超人グリッドマン オリジナル・サウンドトラック
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 去る10月に劇場作品「2001年宇宙の旅」(1968)の70ミリ上映とIMAX上映が相次いで行われ、映画ファン、SFファンの間で話題になった。公開当時は遠い未来に思えた2001年がもう10年以上昔なのだから時の経つのは早い。
 今回は、その2001年に公開された劇場アニメ『METROPOLIS』の話。

 『METROPOLIS』は、手塚治虫が1949年に発表した同名マンガ作品を原作に、大友克洋が脚本、りんたろうが監督を手がけたSF劇場アニメ。アニメーション制作はマッドハウスが担当した。
 「2001年宇宙の旅」とは対照的に、本作の舞台となる未来世界は、手塚マンガの描線を受け継ぐ、丸っこく懐かしく感じられるデザインで描かれている。レトロフューチャーというやつである。2003年から放映されたTVアニメ『ASTRO BOY 鉄腕アトム』も同様の世界観で作られていた。手塚治虫作品にカクカクしたフォルムは似合わないということだろう。
 ロボットと人間が共に暮らす未来の大都市メトロポリス。私立探偵の叔父・ヒゲオヤジと一緒にメトロポリスを訪れた少年ケンイチは、火事の現場から人造人間の少女ティマを助け、仲良くなる。が、ティマはやがてロボットを率いて反乱を起こし、悲劇的な最期を遂げる。ティマは原作のミッチィにあたるキャラクター。骨格となるプロットはマンガ版と同じだが、細かい設定や人物配置などはアレンジされている。CGで緻密に作り込まれた背景と名倉靖博がデザインした繊細なタッチのキャラクターとの共演が見どころだ。

 音楽は本多俊之。りんたろうからはジャズを基調にした音楽がリクエストされた。もともと音楽好きで虫プロ時代は田代敦巳らとジャズバンドを組んでいたというりんたろう。本作ではなんとバスクラリネット奏者としてサントラの演奏に参加までしている。
 本多俊之は1957年生まれのサックス奏者・作曲家。プレーヤーとして活躍しながら、「マルサの女」(1987)、「ガンヘッド」(1989)などの映画音楽を手がけている。中でも一連の伊丹十三監督作品の音楽は映画ファンに広く知られる代表作だ。
 アニメでは1994年にOVA『真・孔雀王』の音楽を担当。このときの監督がりんたろうだった。音響監督の三間雅文とも『METROPOLIS』で再び組むことになる。『METROPOLIS』以降は、劇場アニメ『茄子 アンダルシアの夏』(2003)、OVA『太陽の黙示録』(2006)等の音楽を担当。りんたろう監督とのコラボは劇場アニメ『よなよなペンギン』(2009)を経て、プライベート短編アニメ『アブラカダブラ』まで続いている。
 レトロフューチャーとジャズは相性がいい。同じくレトロフューチャー的世界観を打ち出したTVアニメ『Project BLUE 地球SOS』(2006)の大島ミチルの音楽もビッグバンドジャズを基調にしたものだった。音楽をジャズで、というアイデアは「手塚治虫の描いた“輝かしい未来”をジャズで包みたい」というりんたろうの思いから生まれたものだった。
 しかし、ジャズの専門家である本多俊之は、安易にジャズを導入しなかった。ここからが本作の音楽の面白いところである。
 メインテーマはディキシーランドスタイルのジャズ。しかし、場面によってはクラシカルな管弦楽スタイルの曲も併用されている。また、ジャズの曲でも、陽気なジャズからクールなジャズまで、スタイルがさまざまに変化する。ジャズミュージシャン・本多俊之ならではの音楽設計が聴きどころだ。

 サウンドトラック・アルバムは映画公開と同じ2001年5月にキングレコードから発売された。初回盤はスリーブケース入りで、りんたろう監督と本多俊之の対談が掲載されたブックレットが付属していた。

  1. METROPOLIS
  2. FOREBODING
  3. ZIGGURAT
  4. GOING TO “ZONE”
  5. SNIPER
  6. EL BOMBERO
  7. THREE-FACED OF “ZONE”
  8. “ZONE” RHAPSODY
  9. HIDE OUT
  10. RUN
  11. ST.JAMES INFIRMARY
  12. SYMPATHY
  13. SNOW
  14. PROPAGANDA
  15. CHASE
  16. JUDGEMENT
  17. AWAKENING
  18. FURY
  19. AFTER ALL
  20. THERE’LL NEVER BE GOOD-BYE -THE THEME OF METROPOLIS-

 全20曲。本編で使用された曲のほとんどが劇中使用順に収録されている。
 アクション系作品のサウンドトラックでは30曲以上の音楽が使われることも珍しくないが、本作の音楽の使い方は実にストイック。サントラ盤の全曲を合わせても60分にしかならない。本当に音楽が必要なシーン、効果のあるシーンに限定して音楽が流れている。この巧みな音楽演出も本作の特徴のひとつだ。
 本作の音楽はすべて絵に合わせたフィルムスコアリングで作られている。2分を超える長い曲が多く、ひとつの曲の中でも、場面の展開に合わせて曲調が次々と変わっていく。ドラマを想起しながら聴けば、いっそう味わい深い。
 超高層ビル「ジグラット」とメトロポリスの威容を映し出すオープニングのバックに流れるのが1曲目の「METROPOLIS」。本作のメインテーマである。ディキシーランドジャズスタイルの軽快な曲だ。メトロポリスとジグラットが象徴する「輝かしい未来像」を表現する明るく浮かれた音楽になっている。本多俊之はこのメロディを、最初に打ち合わせした帰りの車の中で思いついたという。
 事件の始まりを予感させる2曲目「FOREBODING」はジャズではなく、オーケストラによる管弦楽スタイルで書かれている。メトロポリスを牛耳るレッド公の強大な権力を表現する「ZIGGURAT」、サスペンスタッチの「SNIPER」「HIDE OUT」「CHASE」「JUDGEMENT」「AWAKENING」なども同様のスタイルで書かれた伝統的な映画音楽風の曲。「ジグラットを中心とする地上世界」はクラシカルなオーケストラで描こうというのが本多俊之のアイデアだったそうだ。メインタイトルや地下世界を描写するジャズタッチの音楽と対照的で、本多俊之の映画音楽作家としての力量を感じさせる。
 ケンイチとヒゲオヤジがメトロポリスの地下世界「ZONE」へと降りていく場面に流れるのがトラック4「GOING TO “ZONE”」。ジャズタッチではあるが、陽気なディキシーランドスタイルではなく、退廃的でダークなスタイルのアレンジになっている。ここで聴こえるバスクラリネットがりんたろう監督の演奏だろうか。
 ティマを創り出した博士の研究所が燃え上がり、消防士ロボットが出動する場面に流れるのがトラック6の「EL BOMBERO」。曲名はスペイン語で「消防士」の意味だ。コーラスをフィーチャーしたアバンギャルドなスタイルのジャズで書かれている。緊迫した場面のはずなのだが、音楽のおかげでユーモラスな空気がただよう。シリアスな場面に突然マンガチックなキャラが登場する手塚治虫の原作マンガを思わせる。未来世界の歪んだ一面を描くための異化効果をねらったものだろう。映像と音楽がコラボした名シーンのひとつである。
 トラック7「THREE-FACED OF “ZONE”」もZONEを描く音楽。「GOING TO “ZONE”」と同様に陰のあるミステリアスなジャズで書かれている。ZONEは、メトロポリスの繁栄を支える下級労働者の居住区や下水処理施設などが置かれた地下区域。大都市の暗部を象徴するサウンドである。
 この曲では、後半に登場するピアノによる美しいティマのテーマも聴きどころだ。ピアノは、TVアニメ『宇宙船サジタリウス』の音楽でも知られるピアニスト・作曲家の美野春樹。メインテーマと並ぶ、本作の音楽を構成する重要なテーマのひとつである。
 ケンイチとヒゲオヤジがレッド公の養子・ロックの行動を怪しんで尾行する場面のトラック8「”ZONE” RHAPSODY」はメインテーマをアレンジしたジャズ。ディキシーランド風の陽気な曲調で地下街に住む住民のバイタリティを表現したあと、ダークな曲調に転じて、より深い階層のZONEの秘密めいた雰囲気を表現する。
 ロックの追跡からケンイチとティマが逃げる場面のトラック10「RUN」は、メインテーマのモチーフを使った現代的なスタイルのジャズ。後半に登場するピアノのアドリブがぞくぞくするほどスリリングで、音楽的にも聴きごたえのあるナンバーになっている。
 このあとのシーンで、ティマが拾ったラジオからエンディング主題歌「THERE’LL NEVER BE GOOD-BYE」が一瞬流れる。音楽的な伏線とも呼べる秀逸な場面だ。
 トラック11の「ST.JAMES INFIRMARY」はアメリカの古典的なブルース。本作用に新録された音源が使われている。ケンイチとティマがかくまわれた、革命家アトラスのアジトで流れる曲だ。アジトの屋根に立つティマの肩に鳩が止まり、光に照らされたティマが天使のように見える。しかし、そこに流れる曲は、亡くなった子(娘)に会うために病院を訪れる悲しい男の歌。ここでも音楽が物語の展開を暗示する伏線になっている。
 ピアノと弦によるティマのテーマのアレンジ曲「SYMPATHY」(トラック12)は、ケンイチとティマの束の間のふれあいの場面に流れる曲。アルバム全体の中でもとびきり心に沁みる、しっとりと美しいナンバーである。
 物語の折り返しとなる重要な場面に流れるトラック13「SNOW」は、6分を超える長い曲。アトラスが主導した革命が失敗し、破壊されたロボットや傷ついた人々が倒れる街に雪が降る。茫然としたケンイチたちが街をさまよう場面に流れる曲だ。メインテーマをディキシーランドジャズ風にアレンジしたメランコリックなマーチが葬送行進曲のように聴こえる。
 ケンイチたちの前にロックが現れると音楽は弦楽器中心のクラシカルな曲調に変わり、ロックの暗い情念を映し出す。ケンイチ、ティマとロック、そしてレッド公との対立と葛藤が音楽で表現される。これこそ映画音楽の醍醐味だ。この一連の場面は、りんたろう監督自ら「キャラクターの芝居のテンションと音楽がシンクロしている」と語る名場面。ちなみにオーケストラ曲のコンダクターを務めたのは中谷勝昭。70年代から数々のアニメ・劇場作品の音楽の指揮者として活躍する名指揮者である。
 ここからはジャズは影をひそめ、管弦楽スタイルの曲が続く。激しい怒りを意味する「FURY」というタイトルがついたトラック18は、全編の大詰め、ティマがロボットたちを率いて反乱を起こす場面に流れる曲。オーケストラを駆使したドラマティックでシリアスな音楽になっている。アルバム全体の大詰めとなる曲である。
 本作のクライマックスはCGを駆使して描かれるジグラット崩壊シーン(りんたろうが監督した劇場版『銀河鉄道999』の惑星メーテル崩壊シーンを彷彿させる!)。そこにはレイ・チャールズが歌う「I Can’t Stop Loving You」が流れるのだが、残念ながらサントラ盤には収録されていない。劇中で流れるほかの楽曲はすべて本作のために録音された音源だが、本曲だけは1962年にヒットしたオリジナル音源が使われている。おそらくは権利関係から収録が難しかったのだと思うが、未収録が惜しまれる。
 「I Can’t Stop Loving You」は、別れた恋人を想う切ない愛の歌だ。この曲をバックに展開するクライマックスは、スリルと悲哀と解放感とが入り混じったビターな味わいのシーンになっている。ケンイチとティマのドラマを締めくくる曲としては、あまりにも大人びていて、悲しい。この曲には、りんたろうが本作に込めた思いが象徴されているようである。
 エピローグの音楽「AFTER ALL」(トラック19)はメインテーマを軽やかにアレンジしたジャズ。スイングする曲調がロボットと人間が共存する明るい未来を予感させ、作品全体をほっとした雰囲気で締めくくってくれる。
 そして、エンドクレジットに流れる「THERE’LL NEVER BE GOOD-BYE」(トラック20)は、本作のために本多俊之が書いたオリジナルのジャズソング。冒頭から聴こえているメインテーマのメロディが実はこの曲の旋律であったことがわかる。歌詞は、ティマからケンイチへのメッセージ。「I Can’t Stop Loving You」へのアンサーとも受け取れる内容だ。歌詞を知って聴くと、いっそうぐっとくる。

 近年はポジティブな面が強調されることの多い手塚治虫作品だが、もともとは人間の暗い面や歪んだ面を取り込んだ、ハッピーエンドに収まらない複雑な味わいが魅力だった。
 本作でも、メトロポリスの光と影、人間とロボットの間で揺れるティマ、ロボットと人間の共存と断絶など、多面的なテーマが物語と映像の奥に垣間見える。さまざまなスタイルを駆使した本多俊之の音楽は、映像だけでは描ききれない陰影とほろ苦い情感をみごとに表現している。つい映像に目を奪われてしまう本作だが、音楽が果たす役割もとても大きい。りんたろう監督の音楽へのこだわりが結実したサントラである。

メトロポリス オリジナル・サウンドトラック
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