COLUMN

第144回 異世界に流れる音楽 〜王立宇宙軍 オネアミスの翼〜

 腹巻猫です。サントラDJイベントSoundtrack Pub【Mission#37】の開催が決まりました。12月15日(土)15時〜20時、いつもの蒲田studio80(オッタンタ)にて。特集は「80年代アニメサントラ群雄割拠時代〜キャニオン編(完結編)」と11月・12月発売の注目盤を紹介する「サントラ最前線」。サントラDJを募集します。DJ未体験という方もこの機会にどうぞ! 募集期間は11月末まで。詳細は下記をご覧ください。
http://www.soundtrackpub.com/event/2018/12/20181215.html


 今回取り上げるのは、1987年3月に公開された劇場アニメ『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(公開時タイトルは『オネアミスの翼 王立宇宙軍』)。山賀博之監督をはじめ、当時は無名だった貞本義行、庵野秀明、樋口真嗣ら若手スタッフが結集して作り上げた、今や伝説的作品となっている劇場用長編SFアニメである。
 架空のオネアミス王国を舞台に、人類初の宇宙飛行士に志願した宇宙軍の若き士官シロツグが宇宙に飛び立つまでを描いた物語。
 言語、宗教、文化、建築、風俗、日用品、工業品に至るまで、膨大な設定とデザインを起こして描かれた異世界描写が見どころだ。その製作資料・設定資料を展示する展覧会「王立宇宙軍 オネアミスの翼展 SFアニメができるまで」が、11月11日まで八王子市夢美術館で開催されていた。筆者も駆け込みで観に行って圧倒されたのだが、ちょっと残念だったのが音楽関係の資料がなかった点だ。
 若いスタッフが集まった本作だが、音響監督はベテラン・田代敦巳が務めている。効果は柏原満という『宇宙戦艦ヤマト』のコンビ。声の出演もシロツグ役・森本レオをはじめ、実力派俳優・声優が多くキャスティングされた。若いスタッフが創り上げた映像をベテランスタッフ・キャストによる「音」がしっかり支えた形だ。
 本作の音響面のトピックスは音楽監督に坂本龍一を招いたことである。坂本龍一にとっては、「戦場のメリークリスマス」(1983)、「子猫物語」(1986)に次ぐ映画音楽の仕事。アカデミー賞作曲賞を受賞した「ラストエンペラー」(1988)の直前の作品だった。
 異世界のリアリティを重視する本作の方針は音楽においても貫かれ、「○○風」でない音楽=どこの世界の音楽とも、既成の映画音楽とも異なる音楽が求められた。現代音楽から民族音楽まで幅広い音楽ジャンルに造詣が深く、テクノポップグループ・YMOで一世を風靡した坂本龍一は、そんな音楽を創り出すのにまさにうってつけの作曲家。結果、エキゾティックな香りを漂わせつつも、どこの国の音楽ともつかない不思議な音楽、それでいて、現代的なサウンドやリリシズムをあわせもった音楽が生まれた。
 また、音響監督の田代敦巳は森本レオらに対し「アニメ風でない演技」を求めたそうだが、それは音楽にも共通している。「悲しい場面には情緒的な曲」「アクションシーンには高揚感のある曲」といった類型的なイメージをくつがえす、抑制の効いた、とてもユニークな音楽だ。それが、本作の音楽を30年を経ても古びないものにしていると思う。
 音楽は、坂本龍一が核となる4つのテーマを設定し、そのアレンジを中心に、坂本龍一、上野耕路、野見祐二、窪田晴男の4人の作曲家が各シーンの音楽を書き下ろすスタイルで作られた。音楽の印象がバラバラになりそうだが、それもまた、多彩な要素が渾然となった本作の世界観にフィットしている。

 本作の音楽アルバムは2枚リリースされている。坂本龍一による4つのテーマのプロトタイプを収録したミニアルバム「オネアミスの翼〈イメージスケッチ〉」が劇場公開に先立って1987年2月に発売され、映画音楽15曲を収録したアルバム「オネアミスの翼—王立宇宙軍— オリジナル・サウンド・トラック」が公開に合わせて1987年3月に発売された。発売はいずれもミディレコード(MIDI RECORDS)。ミディレコードは坂本龍一が矢野顕子らと1984年に設立したレコード会社である。
 「オリジナル・サウンド・トラック」を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. メイン・テーマ(M-1)
  2. リイクニのテーマ(M-B)
  3. 国防総省(M-21)
  4. 喧騒(M-4)
  5. 無駄(M-8)
  6. 歌曲「アニャモ」(SE-1A)
  7. グノォム博士の葬式(M-19)
  8. 聖なるリイクニ(M-17)
  9. 遠雷(M-24)
  10. シロツグの決意(M-31)
  11. 最終段階(M-34)
  12. 戦争(M-35)
  13. 離床(M-36)
  14. OUT TO SPACE(M-37)
  15. FADE(M-38)

 カッコ内はMナンバー。LPレコードではトラック1〜8がA面、トラック9〜15がB面だった。
 Mナンバーが前後していることから分かるとおり、アルバムの曲順は劇中使用順ではない。A面は本作の世界観を音楽で表現したイメージサントラ、B面はロケット打ち上げに向うクライマックスを音楽で再現した正統派サントラ、という雰囲気だ。
 「メイン・テーマ」はメインタイトルとそれに続くオープニングクレジットに流れる曲。坂本龍一が設定したテーマAを坂本自身がアレンジしたものである。シンプルで短いフレーズをくり返す坂本龍一らしい曲。アルバムでは3分40秒を超えるフルサイズで収録されているが、本編では2分30秒ほどでフェードアウトされる。
 2曲目の「リイクニのテーマ」は、本作のヒロインとなる少女・リイクニのテーマ。Mナンバー「M-B」は誤植ではなく、「テーマB」の意。アルバムでは本編で使用された音源ではなく、アルバム用のバージョンを収録している。曲の構成は「イメージスケッチ」に収録されたプロトタイプと同じだが、生のフルートやクラリネットが入ってぐっと色彩感豊かになった。
 トラック3「国防総省」は中盤、宇宙軍を指揮する将軍が貴族たちと会談する場面に流れる曲。4つのテーマのいずれにも当てはまらない坂本龍一のオリジナル曲である。
 トラック4「喧噪」も坂本龍一のオリジナル。序盤で、車に乗ったシロツグたちが夜の街を騒ぎながら走る場面に流れる民族音楽風の曲だ。ありきたりの作品なら軽快な音楽が流れそうなところだが、このはずし具体がいかにも坂本龍一らしく、『王立宇宙軍』らしい。
 本作の音楽はミスマッチの面白さを狙った、とサントラ盤のライナーノーツに書かれている。映像にストレートに音楽をつけるのではなく、ちょっとはずした違和感やスリリングな印象を狙ったということだろう。これも、本作の音楽のユニークな点である。
 はずし具合という意味では次のトラック5「無駄」も最高だ。シロツグが宇宙飛行の訓練に励む場面に流れるのだが、曲調は力の抜けたコミカルな印象。しかもタイトルは「無駄」。大真面目な訓練シーンと組み合わさって絶妙なユーモアが生まれている。坂本龍一が設定したテーマCを、サエキけんぞうらとのユニット「パール兄弟」で知られるギタリスト・窪田晴男がアレンジした。
 トラック6の歌曲「アニャモ」は、現実音楽として作られた歌。民謡風、歌謡曲風、クラシック風、いずれにも聴こえていずれでもない。歌詞も架空の「オネアミス語」で歌われている。「子猫物語」にも参加した野見祐二の作・編曲。野見はのちに劇場アニメ『耳をすませば』(1995)、『猫の恩返し』(2002)、TVアニメ『ぼくらの』(2007)などの音楽を手がけている。
 シロツグが一目置いていた宇宙旅行協会のリーダー・グノォム博士の葬式場面に流れる「グノォム博士の葬式」は、シンセサイザーが奏でる葬送の曲。音楽ユニット「ゲルニカ」で活躍した上野耕路のオリジナルである。葬送の曲としてはユーモラスにも聴こえる不思議な曲調。しかし、シロツグの複雑な心境を表現する曲としては見事にマッチしている。アンバランスのように聴こえて実は計算しつくした音作りは上野耕路の真骨頂である。
 レコード盤ではA面最後の曲となるトラック8「聖なるリイクニ」は「リイクニのテーマ」を野見祐二がアレンジしたもの。シロツグがリイクニから渡された聖典を読む場面に流れ、オネアミスの世界の宗教が観客に提示される。シロツグの心に芽ばえたリイクニへの想いが大きくなる重要な場面。シンセサイザーによる聖歌といった曲調で、ここは「ミスマッチ」ではなくストレートな音楽演出が効果を上げている。
 レコード盤のB面はリリカルな「遠雷」という曲から始まる。シロツグが突然の夕立に見舞われたリイクニを迎えに出て、2人で雨の中を帰ってくる場面に流れる上野耕路のオリジナル曲だ。上野耕路の作品は、当コラムでも過去に『ファンタジックチルドレン』を取り上げたことがある。この曲も『ファンタジックチルドレン』同様に透明感のある繊細で美しい曲である。場面展開に合わせて曲調も変化し、シロツグとリイクニの心情を表現する。本作のファンにも人気の高い曲だ。ただ、2人の気持ちは劇中ではなかなか交差しない。そのもどかしい感じもこの作品の特徴である。
 トラック10「シロツグの決意」は本編未使用曲。敵国の妨害を避けるためにロケット打ち上げを早める命令が下り、宇宙軍隊員たちが騒然とする中、シロツグが「オレ、行きますよ」と平然と言う場面での使用が想定されていた。ファンファーレから始まる威勢のいい曲で、窪田晴男のオリジナルである。本作では全体に音楽で盛り上げるような演出が排除されており、この曲もそうした演出意図から未使用になったのではないかと思われる。
 ただ、アルバムとしては、ここで「シロツグの決意」が入ることで次の曲からの展開が大いに生きてくる。
 トラック11「最終段階」〜トラック15「FADE」は、クライマックスからエンディングまでの曲が続けて収録されている。
 ロケット発射準備の緊迫感を描く「最終段階」(野見祐二作・編曲)に続いて、窪田晴男作曲、窪田と上野耕路の共同編曲による「戦争」が登場。本編の中でも重要な見せ場のひとつとなる戦闘シーンに流れる曲だ。よくあるアニメの戦闘音楽とはまったく異なるタイプの曲で、アニメ音楽を聴き慣れた耳には奇妙にすら感じられるかもしれない。ロック的であり、現代音楽的でもあり、エキゾティックなメロディとサウンドも聴こえてくる。なんだか盛り上がらないようでいて、聴いていると次第に脳が沸き立ってくる。クセになる音楽だ。もし、オネアミスの世界に映画音楽があったらこんな音楽ではないか……と思わせる、本アルバムの聴きどころのひとつ。
 ロケット打ち上げ場面に流れる「離床」は坂本龍一のテーマCとテーマAをベースに上野耕路が編曲。サイズは2分30秒あるが、本編では1分を過ぎたあたりから使われている。ということは、最初の1分間ほどは、もともと音楽を入れる予定だったのが音楽を入れない演出に変更されたということになる。ロケット打ち上げの瞬間からの音楽抜きの演出はまるでドキュメンタリー映像のようで、実にスリリングだった(作画も凄い)。もし、あの場面に音楽があったら……と思いながら聴いてみるのも面白い。
 シロツグが衛星軌道に乗った宇宙船から地球を眺める場面の「OUT TO SPACE」とエンディングクレジットに流れる「FADE」は坂本龍一の作・編曲。「OUT TO SPACE」ではリイクニのテーマの変奏が流れたあと、メインテーマの変奏に変わっていく。人類の歴史がフィードバックされる場面に流れるクラシカルな後半部分が続く。
 そして最後を飾る「FADE」は、ここまで抑えてきた心情を一気に解き放つかのようなビートの効いたテクノポップ。メインテーマのフュージョン風アレンジである。劇場版の終り方はやはりこうでなくては。この爽快感は『機動警察パトレイバー2 the Movie』に匹敵するのではなかろうか。

 坂本龍一は本作の音楽について遠回しに満足していないようなコメントをしているが、作曲者の思いとは別に、本作の音楽は充分すばらしい。「異世界の音楽」という難題に応えつつ、映画音楽としてもユニークで魅力的な楽曲を創り上げている。
 惜しむらくは、リイクニが初めて登場する場面の「リイクニのテーマ」のピアノとバイオリンによるアレンジや、シロツグが飛行訓練をする場面の曲、シロツグが暗殺者に狙われる場面の不穏なタッチの曲など、映像的にも音楽的にも重要な曲がサントラ盤に収録されていないことだ。
 2枚のアルバムのライナーノーツに掲載された音楽資料によれば、本作の音楽は未使用曲も含め50〜60曲ほどが用意されたはず。
 本作の北米版DVDには映像特典のBGMとして、劇中で使用されたBGM42曲が収録されたことがあるが、それもすでに入手困難。音源があるなら、なんらかの形で完全盤を……。それが本作の音楽に魅せられたファンの共通の願いだろう。

オネアミスの翼—王立宇宙軍— オリジナル・サウンド・トラック
Amazon

オネアミスの翼〈イメージ・スケッチ〉
Amazon