COLUMN

第140回 魚は大きかった 〜STEAM BOY〜

 腹巻猫です。10月1日(月)19時より、神保町・楽器カフェで「サントラさん」というトークイベントをやることになりました。インターネットラジオ「帝都電詠ラヂヲ局」の1コーナー「みゅーらぼ」の出張版です。出演・貴日ワタリ、早川優、腹巻猫、那瀬ひとみ、山本紗織 ほか。ゲスト・麻宮騎亜(予定)。平日夜ですが、ご都合のつく方はぜひ! 予約受付中です。

 9月22日「Soundtrack Pub【Mission#36】」、9月29日「渡辺宙明トークライブPart12」もよろしくお願いします。

楽器カフェ「サントラさん」予約情報ページ
https://gakki-cafe.com/event/20181001/

Soundtrack Pub【Mission#36】80年代アニメサントラ群雄割拠時代〜キャニオン編(後編)
http://www.soundtrackpub.com/event/2018/09/20180922.html

渡辺宙明トークライブPart12 〜宙明サウンド・クロニクル 80s〜
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/97688


 『AKIRA』『MEMORIES』と大友克洋監督作品が続いたので、今回は『STEAM BOY』を取り上げよう。
 『STEAM BOY』は大友克洋が原案・脚本・監督を務め、2004年に公開された劇場アニメ。製作期間9年をかけたこだわりの作品である。
 舞台は19世紀のイギリス。発明好きの少年レイが、超エネルギーを秘めた金属球スチームボールを手にしたことから陰謀に巻き込まれ、大冒険を繰り広げる物語。蒸気エネルギーで駆動する奇想天外な発明品や乗り物、超兵器が登場する、スチームパンクと呼ばれるタイプのSF作品だ。
 手描きアニメとCGを駆使して表現された、大友克洋らしい緻密な映像が見どころ。クライマックスの万国博覧会場とロンドンの街を舞台にしたスペクタクルが圧巻だ。『AKIRA』(1988)と比べると、映像と音響の進歩は歴然で、これをやりたくて9年をかけたのか……と思わせる。
 音楽はハンス・ジマーの工房メディアベンチャーズ(現・リモートコントロール)に所属していたスティーブ・ジャブロンスキーが担当した。『AKIRA』『MEMORIES』と、アニメ音楽の枠を越えた音楽を追求してきた大友克洋作品がハリウッドの作曲家にたどりついたのは、必然だったといってよいだろう。

 アニメ版『トランスフォーマー』シリーズなど、もともとが海外製作の作品を別にすれば、海外の作曲家が日本製アニメの音楽を手がけることは珍しい。『幻魔大戦』(1983)のキース・エマーソンは部分的な参加だったし、ほかには、TVアニメ『ナンとジョー先生』(1993)のデービッド・シービルズ、『ゾイド』(1999)のロバート・エトール、『BLOOD+』(2005)のマーク・マンシーナなどが思いつくくらいだ。
 欧米と日本では映像音楽の作り方が違う。向こうではTVシリーズでも毎回画に合わせた作曲が基本であるし、劇場作品なら、日本とは段違いの作曲・録音・仕上げ期間を用意するのがふつうだ。打ち合わせなど、コミュニケーションが取りづらいという事情もある。インターネットが発達し、大量のデータをオンラインでやりとりできるようになった現在は制約もなくなってきたが、2000年代はまだ過渡期だった。
 それでも、本作は海外の作曲家を起用した。音楽だけではない。音楽を含めた音響制作全体が、それまでの日本製アニメを超えたスケールで行われている。
 音響監督は百瀬慶一。2000年の劇場アニメ『BLOOD THE LAST VAMPIRE』ですでにハリウッドの技術を取り入れた音楽作りを行っていた(音楽担当は池頼広)。『STEAM BOY』はそれをさらに推し進めた作品である。
 『BLOOD THE LAST VAMPIRE』で大きな役割を果たしたハリウッドの音楽プロデューサー/サウンドエンジニアのアラン・マイヤーソンが『STEAM BOY』にも参加している。百瀬のインタビューによれば、音響効果などの素材が膨大になるため、日本のスタジオでは処理しきれないと考えたことが、ハリウッドで音響制作を行った理由の一つだった。素材は最終的にハリウッド作品でも例を見ない100トラック以上になったという。
 実は海外の作曲家に音楽を依頼したことよりも、ハリウッドの設備とノウハウを使って音響制作を行ったことが、本作の大きなポイントなのである。音楽、効果音、台詞を含む緻密なサウンドデザインが百瀬慶一によって行われ、ハリウッドのシステムで仕上げられた。音のバランス、広がり、質感などが、それまでの日本の劇場アニメとは一線を画している。本作によって、日本のアニメ作品の音響は確実に一歩先へ進んだと思う。

 作曲家の話に戻ると、百瀬慶一は作曲家選びについてもアラン・マイヤーソンに相談したという。名前が挙がったのはハンス・ジマー。しかし、ギャラが高額すぎて無理ということになり、ハンス門下の作曲家にあたることになった。デモを集めて検討した結果、選ばれたのがスティーブ・ジャブロンスキーである。
 ジャブロンスキーはこの時、まだ無名といってよい存在だった。1970年生まれのジャブロンスキーはバークレー音楽大学を卒業後、インターンとしてメディアベンチャーズに参加。ゲーム「メタルギアソリッド」や劇場アニメ『シュレック』の音楽を担当した作曲家ハリー・グレッソン=ウィリアムズのアシスタントを2年間務めていたものの、単独で映像音楽を手がけた経験はなかった(本作の作業が開始されたあと、2003年に劇場作品「テキサス・チェーンソー」でデビューを果たしている)。
 ジャブロンスキーを選んだ理由について百瀬慶一は、「優しさとアクションの両方が書ける人」だったことを挙げている。「この作品は優しさに満ちていないといけない。そしてアクションの後ろにある、人間の混沌とした情感も描かなければいけない。そんな存在感を感じさせるのはSteveだけだった」(「スチームボーイ オリジナル・サウンドトラック」ライナーノーツより)。
 実際、本作の音楽は日本のアニメっぽくない(あたりまえだが)。日本のアニメなら、アクションシーンはもっとガンガンにアクションぽく、心情シーンはもっとメロディアスに、分かりやすい音楽が付きそうだ。
 ジャブロンスキーの曲はアクションの中に心情がまじり、心情曲もよろこび・悲しみなど一面的ではなく多層的に表現され、さまざまな色彩が絶妙のバランスでブレンドされている。加えて、音楽が主張しすぎず、効果音や台詞の入る隙間を空けて音を配置してあるので、映像と合わせた時に音楽が効果音や台詞とぶつからない。日本にもそういう音楽を書ける作曲家はいるが、細かい打ち合せやリクエストをしなくても、自然とそういう音楽を書いてくる点が、ジャブロンスキーのすぐれた資質であり、ハリウッドの作曲家らしいところだった。
 本作のサウンドトラック・アルバムは公開日より3日早い2004年7月14日にビクター・エンタテインメントから発売された。ジャケットイラストは大友克洋描き下ろし。DVD用トールケースよりもやや幅の広いサイズのワイドデジパック仕様。初回盤はフォグケース入り。フォグケースというのは曇りガラスのように加工されたプラスチックケースで、ジャケット画が霧(本作の場合、蒸気か)を通したようにややぼやけて見えるようになっている。
 収録曲は以下のとおり。

  1. Manchester 1866
  2. The Chase
  3. Unexpected Meeting
  4. Scarlet
  5. Raid by the airship
  6. London World Exposition
  7. The Atelier of Ray
  8. Crystal Palace Waltz
  9. Ray’s Dilemma
  10. The Sortie of Scotland Yard
  11. Fight in the Exposition Ground
  12. Launch!
  13. Temptation
  14. Fly in the sky
  15. Two Delusions
  16. Collapse and Rescue
  17. Ray’s Theme

 126分の本編に対し、90分もの楽曲が作られたそうだが、サントラ盤に収録されたのはおよそ60分。作品の世界を凝縮したアルバムになっている。
 マスタリングは百瀬慶一の監修のもと、ハリウッドのマーカソン・マスタリングスタジオで行われた。
 トラック1「Manchester 1866」はタイトルが出た直後のマンチェスターの工場の場面に流れる音楽。機械のトラブルであわや大事故……という状況をレイが救う場面だ。弦と木管を中心にしたサウンドはシリアスになりすぎず、柔らかい。百瀬が語る「優しい」という言葉がしっくりくる。
 トラック2「The Chase」は祖父から送られてきたスチームボールを手にしたレイが、超エネルギーを手に入れようとするオハラ財団に追われて逃げる場面の曲。5分に及ぶチェイスシーンを盛り上げる長い音楽だ。自作の一輪自走車に乗って逃げるレイ、追撃する財団の蒸気歯車メカ、蒸気機関車が迫る線路上の追っかけなど、序盤の見せ場となるシーン。場面の展開に合わせて、曲も次々と展開していく。本編の音楽としては最初に書かれた曲で、ジャブロンスキーは大友克洋監督のイメージに適うよう、かなりの時間をかけて仕上げたという。
 ヒロインのスカーレットが双胴蒸気船「スカーレット号」に乗って登場するシーンの「Scaret」は、フルートがメロディを奏でる愛らしい曲。
 そのスカーレットのテーマの変奏が聴けるのがトラック8の「Crystal Palace Waltz」だ。本作では、1851年に開催されたロンドン万国博覧会の会場が重要な舞台として登場する。ロンドン万博の象徴となった建物・クリスタルパレス(水晶宮)が映像で再現されているのが見どころだ。レイとともにクリスタルパレスに忍び込んだスカーレットが、ガラス張りの水晶宮の美しさに目をみはり、思わず踊り出す。そのシーンに流れる優雅なワルツは、本作の音楽の中でもとりわけ美しい曲である。
 アルバムの後半は、オハラ財団とロンドン警察、英国軍が入り乱れる激しいバトルの音楽が続く。緊迫感をたたえつつも、どこかユーモラスで温かい曲調になっているのが本作らしいところだ。
 そんな中で、レイがスチームボールを使って飛翔する場面に流れたトラック14「Fly in the sky」は金管の響きが高揚感を生む爽快な曲。シリアスな曲よりも、こういう冒険映画らしい音楽にジャブロンスキーの持ち味がよく出ていると思う。
 そして、アルバムのハイライトとなるのが、クライマックスに流れるトラック16「Collapse and Rescue」。暴走するスチーム城の脅威からロンドンの街を救うべく、レイ達が必死の奮闘をくり広げる場面に流れる8分に及ぶ曲である。ジャブロンスキーはサスペンスよりも心情の表現に重きを置き、レイと父・エドワード、祖父・ロイドの3人の葛藤と絆をこの1曲に織り込んだ。作曲家・ジャブロンスキーの底力を感じさせる聴きごたえのある曲だ。
 最後のトラック17「Ray’s Theme」はエンドクレジットにも流れるレイのテーマ。本作のためのデモとして最初に作られた曲を生楽器で録り直したものだ。曲の構成などはほとんどデモのままだという。百瀬慶一がジャブロンスキーを選んだ理由=「優しさ」が伝わってくる曲想である。
 『STEAM BOY』には戦闘も大破壊もあるが、人が死ぬ描写は出てこない。全体が、少年少女向けの冒険SFといった雰囲気で作られている。そういう意味では『AKIRA』と対極にある作品だ。そこに攻撃的な音楽や過剰なサスペンス音楽を持ち込んだら、世界観はだいなしになる。「優しさ」と「アクション」の両立が不可欠だったわけである。ジャブロンスキーの音楽はその難しい要求に応えるものだった。
 そして、その音は、ハリウッド製アクション作品の音楽によくある迫力優先の尖った音ではなく、真鍮細工のようなぬくもりと味わいを持ったサウンドに仕上げられている。最先端の技術で録音・仕上げが行われていながら、どこか懐かしい。これが、百瀬慶一とアラン・マイヤーソンがめざしたサウンドなのだ。ぜひ、サウンドトラック盤で確かめてほしい。

 スティーブ・ジャブロンスキーは、本作の後、日本とも縁の深い作品でメジャー作曲家として飛躍する。その作品は2007年に公開されたマイケル・ベイ監督の実写劇場作品「トランスフォーマー」! 以降、最新作「トランスフォーマー/最後の騎士王」(2017)まで「トランスフォーマー」シリーズ全ての音楽を担当。「バトルシップ」(2012)、「エンダーのゲーム」(2013)等の話題作の音楽も手がけ、2017年には映画音楽ファンの間で評判になったドキュメンタリー「すばらしき映画音楽たち」にも出演するなど、すっかりハリウッドを代表する作曲家として活躍している。
 ハリウッドの音響制作システムを取り入れたこととともに、スティーブ・ジャブロンスキーを見出したことも、『STEAM BOY』の先駆的な成果だった。釣った魚は大きかったのである。

スチームボーイ オリジナル・サウンドトラック
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