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第132回 メガロポリスの妖怪 〜ゲゲゲの鬼太郎[第3期]〜

 腹巻猫です。6月10日(日)サントラDJイベントSoundtrack Pub【Mission#35】を開催します。特集は、80年代アニメサントラ群雄割拠時代〜キャニオン編(前編)と追悼〜井上堯之・木下忠司・東海林修。詳細は下記URLからどうぞ。

http://www.soundtrackpub.com/event/2018/06/20180610.html


 放映中のTVアニメ『ゲゲゲの鬼太郎[第6期]』が好評だ。音楽は高梨康治と刃 -yaiba-が担当している。『ゲゲゲの鬼太郎』の音楽は、本連載でも第1・2期のいずみたく版、第4期の和田薫版を紹介してきた。今回は第3期の川崎真弘の音楽を紹介したい。「どれだけ鬼太郎好きなんだ?」と言われそうだが、昭和40年代の「少年マガジン」連載時から愛読していた筆者にとって、妖怪は怪獣と並ぶ少年時代の心の友なのだから仕方ない。
 『ゲゲゲの鬼太郎[第3期]』は、1985年10月から1988年2月まで全108話が放送された。歴代アニメ版鬼太郎の中でも視聴率トップを誇る人気作である。過去2作のアニメ版と比べると、絵柄はポップになり、ユメコちゃんという人間の少女がレギュラー入りして鬼太郎と人間の距離が近づいた。人間に味方するヒーロー的な鬼太郎像や鬼太郎ファミリーも本作から定着している。80年代という時代を反映した現代的な鬼太郎だった。
 その現代感覚は音楽にも表れている。いずみたくのおなじみのメロディを吉幾三が歌った主題歌は、マイケル・ジャクソン「スリラー」風のリズムとシンセの響きが印象的なポップス調アレンジ。レーザー光のような光が飛びかうオープニング映像も80年代的だ。劇中音楽は竜童組のキーボーディストとして活躍した川崎真弘が手がけた。

 川崎真弘は1949年、福岡県出身。小さい頃からの愛称はラッキー。成長し、プロのミュージシャンになってからも仲間からそう呼ばれた。少年時代は映画音楽やアメリカン・ポップスなどを聴きまくる。小学生の頃からクラシックギターを弾いていたが、ビートルズに出会い、中学生時代はエレキギターを手にバンド活動に明け暮れた。ピアノは習ったことがなく、本人によれば「バイエルも弾いたことがない」。子供の頃から学校の音楽室に忍び込んでピアノで遊んでいるうちに弾けるようになったのだという。
 70年代は、イエロー、カルメン・マキ&OZ、金子マリ&バックスバニー等のグループや数々のセッションで、ハモンドオルガンを得意とするキーボード奏者として活動。小室等バンドでは、多くの劇場作品やドラマの音楽録音に参加し、刺激を受けた。1984年、宇崎竜童の呼びかけで竜童組の結成に参加。6年間にわたって、日本各地や海外を公演で回った。
 1990年に竜童組が活動停止してからは作曲家としての活動に重点を移し、数々のドラマ・映画音楽を手がける。1995年公開の松竹作品「RAMPO」と2000年公開の角川作品「金融腐蝕列島 呪縛」で日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。代表作はほかに「ドン松五郎の生活」(1986/朝川朋之と共作)、「子連れ狼 その小さき手に」(1993)、「KAMIKAZE TAXI」(1995)、朝の連続テレビ小説「まんてん」(2002)、ドキュメンタリー「グレートジャーニー」(1995〜2002)など。アニメでは『天上編 宇宙皇子』(1990)、『おちゃめなふたご クレア学院物語』(1991)、『ご近所物語』(1995)、『ひみつのアッコちゃん[第3作]』(1998)、『あした元気にな〜れ! 半分のさつまいも』(2005)などの音楽を手がけている。富野由悠季原作によるラジオドラマ「ガイア・ギア」(1992)の音楽も担当した。
 『ゲゲゲの鬼太郎[第3期]』は川崎真弘がまだ竜童組で活動中に手がけた作品。クレジットでは「川崎真弘(from 竜童組)」と表記されている。もともと竜童組は劇場『カムイの剣』(1985)の音楽を宇崎竜童と林英哲が担当した際に集まったミュージシャンが母体となって結成されたバンド。その林英哲が本作の音楽に和太鼓奏者として参加している。
 川崎真弘版鬼太郎音楽の大きな特徴は、シンセサイザーが大きくフィーチャーされていることだ。すでに『うる星やつら』(1981-1986)や『1000年女王』(1982)、『GALACTIC PATROL レンズマン』(1984)などでシンセ色の濃いアニメサントラは登場していた。しかし、シンセ=SFというイメージが強く、本作の妖怪ものとシンセを組み合わせる感覚は斬新だ。とはいえ、古来、映画音楽では妖怪などの怪異表現にテルミンやクラビオリン、ミュージカルソーといった特殊楽器を用いて、この世のものならぬ存在を描いてきた歴史がある。それがシンセサイザーという新しい楽器に代わったと考えれば、シンセと妖怪の結びつきも意外なものではない。実際、1979年に森下登喜彦が妖怪をシンセサイザーで表現したアルバム「水木しげる 妖怪幻想」を発表している。が、本作の場合はむしろ、妖怪が現れる80年代の日本を表現するのにシンセサウンドが不可欠だった、と考えた方がよいだろう。

 本作のサウンドトラック・アルバムは徳間ジャパンのアニメージュレーベルから発売された。1985年5月に「ゲゲゲの鬼太郎 音楽編 VOL.1」が、1986年7月に「ゲゲゲの鬼太郎 音楽編 VOL.2」がリリースされ、2枚のアルバムでTVシリーズの音楽はほぼ網羅されている。ほかに劇場版2作の音楽を集めた「ゲゲゲの鬼太郎 映画音楽編 VOL.3」が1986年8月に、出演声優たちが歌うキャラクターソング・アルバム「燃えろ!鬼太郎」が1986年3月に発売されている。
 1枚目の音楽集から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. ゲゲゲの鬼太郎(歌:吉幾三)
  2. メガロポリス
  3. 闇のとばりの影
  4. 鬼太郎のテーマ
  5. 仲間たち—父親とユメコ—
  6. 妖怪出現〜鬼太郎笛
  7. 冥府をゆるがす戦い
  8. ムーンライト・ドリーム
  9. ゲゲゲの鬼太郎(インストゥルメンタル)
  10. 妖怪の里
  11. ねずみ男のテーマ
  12. ロンリー・ナイト
  13. 魔界からの敵
  14. 決勝〜勝利
  15. おばけがイクゾ〜(歌:吉幾三)

 1曲目と15曲目がオープニング&エンディング主題歌。レコード盤では8曲目までがA面、9曲目からB面になる。
 A面、B面とも鬼太郎対妖怪の戦いをクライマックスに置いた構成。特撮ヒーローもののサントラのようなツボを心得た構成がうれしい。解説は特撮作品のサントラ構成・解説を多く手がける浅井和康が担当している。「メガロポリス」「ムーンライト・ドリーム」など横文字の曲名が現れるのが80年代鬼太郎らしいところである。
 特筆すべきはアルバムジャケットである。水木しげるによるジャケットイラストは、鬼太郎と妖怪たちが不気味な雲がたなびく墓場の上を飛んでいる、おどろおどろしさとユーモアが入り混じったインパクト抜群の絵柄。CDの小さいジャケットではそのインパクトは伝わりにくいが、LPレコードの30センチ角サイズで見るとアニメ版とは大きく印象の異なる迫力満点の絵に圧倒される。このジャケットのためだけでもLPレコードを手に入れたくなる。
 BGM1曲目は「メガロポリス」。8ビートを刻むギターのリズムにシンセのメロディが乗るテクノポップ風の曲から始まる。第1話冒頭の高層ビルが立ち並ぶ大都会の情景とも呼応する、80年代鬼太郎を象徴するサウンドである。2曲目はエレキギターがもの憂いメロディを奏でる4ビートのブルージーな曲。大都会の退廃的な面が表現される。エレキギター演奏は『鉄人28号』(1980)のレコーディングにも参加している土方隆行。
 次の「闇のとばりの影」は都会の闇に潜む影を描くトラック。1曲目は笛の音と効果音風のシンセサウンドが絡み合って怪異を描写する。シンセサイザーを駆使した妖気表現が新しい。フルート演奏は川崎真弘作品の常連・西沢幸彦。2曲目は不気味なシンセのリズムにシンセブラスの緊迫したフレーズが絡むサスペンス曲。妖怪あらわる!という雰囲気が盛り上がる。
 トラック4「鬼太郎のテーマ」でいよいよ鬼太郎登場である。ドラムとエレキギター、和太鼓が共演するロックのリズムが超絶カッコいい。和太鼓はすでに紹介したとおり、林英哲。ドラムスは渡嘉敷祐一。この曲は主題歌のメロディを使わない鬼太郎のテーマで、哀愁を帯びたヒロイックな旋律は「鬼太郎にはカッコよすぎるんでは?」と思ってしまうほど。川崎真弘は『ひみつのアッコちゃん』でも「アッコちゃんにはカッコよすぎ!?」の曲を書いている。竜童組の血のなせるわざだろうか。前半はシンセが、後半は笛の音が川崎真弘版鬼太郎のテーマを演奏する。現代的な電子楽器と日本古来の伝統楽器との融合が新しい鬼太郎にぴったりだ。
 トラック5「仲間たち—父親とユメコ—」は鬼太郎の父・目玉おやじのほのぼのしたテーマとリリカルなユメコのテーマのメドレー。わらべ歌風の目玉おやじのテーマは鬼太郎の土俗的世界を象徴するものだ。中盤からの美しい展開が目玉おやじには不似合いなくらいぐっとくる。2曲目のユメコのテーマは透明感のあるシンセの音色が奏でる3拍子の愛らしい曲。メリーゴーランドの音楽のようなドリーミィな雰囲気がユメコのイメージに合っている。
 何かが近づいてくるような不気味な描写から始まる「妖怪出現〜鬼太郎笛」は、妖怪出現と危機の到来を表現するトラック。1曲目、2曲目と重苦しい雰囲気が続いて緊張感が高まる。最後に鬼太郎の笛が響き、仲間たちに危機を伝える。
 トラック7「冥府をゆるがす戦い」は出陣のテーマから始まる。ボレロのリズムにシンセのメロディが重なり、鬼太郎たちの決意を表現する。2曲目は三味線風のギターのカッティングが印象的な戦いのテーマ。シンセやエレキ楽器をメインにしながら、随所に和の雰囲気を忍ばせているのが川崎真弘版鬼太郎音楽の特徴である。
 レコードのA面を締めくくるのは、戦いのあとの平和を描くトラック8「ムーンライト・ドリーム」。1曲目はエレピをバックにシンセがやすらぎの旋律を奏でる都会ムード満点の曲。夜景の見えるレストランのBGMなどにぴったりの曲調で、これも80年代鬼太郎らしい曲のひとつ。2曲目はトラック4に登場した川崎真弘版鬼太郎のテーマのアレンジ。人知れずゲゲゲの森に帰っていく鬼太郎のイメージだ。
 レコードB面の頭には、いずみたくが作曲した主題歌のアレンジ曲が収録されている。シンセのメロディにジャジーなピアノが絡む1曲目。主題歌のメロディをピアノがしっとりと奏でる2曲目。おなじみの主題歌がおしゃれな曲に生まれ変わっていて驚嘆する。川崎真弘のアレンジセンスが生かされたトラックである。
 トラック10「妖怪の里」では、短い怪異描写に続いて、わらべ歌風の妖怪のテーマが登場する。和太鼓をバックに奏でられるノスタルジックなメロディは、トラック5の目玉おやじのテーマと共通する雰囲気。郷愁をかき立てられる曲調だが、ファンタジックなシンセの音色がこの世ならぬ妖怪の里を描き出している。サウンドデザインにも注目したい曲である。
 トラック11は「ねずみ男のテーマ」。第3期のねずみ男は富山敬の軽妙な演技が印象的だった。この曲では、ギターとバイオリンによる妖しいメロディが、ねずみ男の悪だくみを表現する。アニメのコミカルなイメージよりも大人びた雰囲気になっているのがポイントで、曲だけ聴くと美形悪役のテーマのようだ。ストリングスアレンジはハープ奏者で作曲家の朝川朋之。彼も竜童組に参加していたひとりである。
 トラック12「ロンリー・ナイト」は、ピアノとアコースティックギターが奏でる哀しみの曲。川崎真弘版鬼太郎のテーマのアレンジ曲である。中間部からバイオリンが加わり、哀感を盛り上げる。妖怪や人間たちの孤独を表すテーマだ。アコースティックギターは川崎真弘作品の常連のひとり佐久間純平(順平)。
 トラック13「魔界からの敵」は怪異ムードを盛り上げる妖怪出現のテーマである。「妖怪の里」に登場したわらべ歌風の妖怪のテーマがシンセサイザーによって怪しく変奏される。
 続くトラック14「決勝〜勝利」では、ファンファーレが戦いの始まりを告げ、鬼太郎と妖怪の戦いをダイナミックに描き出す。エレキギター、エレピ、シンセなどによる激闘の曲を経て、ヴァイオリンとエレキギターが美しいメロディを奏でる平和音楽へ。BGMパートのラストを飾るのは、都会的な哀愁と希望を感じさせる曲だ。これも「鬼太郎にはおしゃれすぎ」と言いたくなるような曲。

 川崎真弘版鬼太郎音楽をひとことで言うと「カッコいい」。第1・2期のいずみたくの音楽とははっきりと違う方向性を示すサウンドだ。そのサウンドは、土俗的な妖怪譚に現代的な色づけをする重要な役割を果たしている。第4期や第6期が原点回帰的な色合いを出しているのとは対照的である。歴代アニメ版鬼太郎の中でも第3期がひときわ個性的な輝きを放っているのは、音楽の印象によるところも大きいのだ。
 鬼太郎のイメージを一新する音楽を提供した川崎真弘は、2006年5月4日に56歳の若さで逝去した。まだまだこれからという若さでの死は残念でならない。

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