COLUMN

第131回 バンドやろうぜ! 〜NANA〜

 腹巻猫です。前回の更新から間もなく、木下忠司さん、東海林修さん、井上堯之さんの訃報を続けて聞きました。いずれも日本の映画音楽やドラマ音楽、ポップス界に偉大な仕事を残した作・編曲家。残念です。心より哀悼の意を表します。


 今回は矢沢あい原作のTVアニメ『NANA』を取り上げたい。音楽が重要な役割を担う作品で、主題歌のみならず挿入歌や劇中音楽にも力が入れられた。
 原作は、矢沢あいが1999年から少女漫画誌『Cookie』(集英社)に連載した同名作品。 高校卒業後、地方から彼氏を追って上京した小松奈々とロックバンドでの成功をめざして上京した大崎ナナ。新幹線の中で偶然出逢った同い年の2人は、都内のマンションの一室をシェアして同居を始める。普通の家庭に生まれ育った奈々は天真爛漫だけれど恋には情熱的。複雑な境遇に育ったナナはクールで男っぽい性格。対照的な2人を中心に若者たちの恋や夢や友情を描く青春ストーリーだ。
 TVアニメは2006年4月から2007年3月まで全47話が放送された。アニメーション制作はマッドハウス。監督は『カードキャプターさくら』(1998)、『ギャラクシーエンジェル』(2001)、『ちはやふる』(2011)などを手がける浅香守生が務めている。
 主人公のナナはロックバンドのボーカリスト。ナナが歌うシーンが見せ場のひとつになっている。2005年公開の実写劇場版では歌手としても活躍する中島美嘉がナナを演じ、主題歌を歌ったことで話題になった。アニメ版は朴璐美がナナ役、歌を土屋アンナが吹き替える『マクロス7』方式。ナナたちのライバルのバンドのボーカル・芹澤レイラ(声・平野綾)の歌はOLIVIAが吹き替えた。ナナとレイラの歌がオープニングとエンディングにも流れて印象を強めている。
 いわゆるアニメ歌手でないメジャーアーティストが主題歌を歌うとタイアップと呼ばれることが多いが、本作の場合はちょっと違う。タイトルバックでもCDでも、土屋アンナは「ANNA inspi’ NANA(BLACK STONES)」、OLIVIAは「OLIVIA inspi’ REIRA(TRAPNEST)」と表記されているのだ。劇中のバンドが現実世界に飛び出してきたようで、ファンにはうれしい趣向だ。
 いっぽう、劇中音楽は長谷川智樹が担当した。

 長谷川智樹は1958年、大阪府出身。音楽好きの家庭に育ち、小さいころからバイオリンを習い、家にあるピアノを弾いたりしていた。ビートルズの劇場アニメ『イエローサブマリン』に出会ったのが14歳のとき。ビートルズの歌よりもジョージ・マーティンが手がけたロックサウンドの劇中音楽に衝撃を受けた。「こんな音楽を作る作曲家になりたい!」と決意する。中学生時代から自分で歌うための曲を書くようになった。ロックに熱中し、バンド漬けの生活を送る。
 作曲もアレンジも独学。大阪でのバンド生活を経て、80年代に上京し、本格的に音楽家として活動を始めた。シンセサイザーの打ち込みの技術を生かしてCM音楽の作曲を手がけるようになり、約3年間で数百本を制作する。アレンジャー、サウンドプロデューサーとしてスピッツ、ユニコーン、ピチカートファイブ、小柳ゆきら数々のアーティストの作品に参加し、TV番組や舞台の音楽にも活躍の場を広げていった。
 『イエローサブマリン』に衝撃を受けたときから映像音楽に関心があった。1990年に発表したゲーム音楽のオーケストラアレンジ作品「交響詩 グラディオスIII」が注目され、1991年発売のOVA『超人ロック 新世界戦隊』の音楽担当に抜擢される。このときは脚本ができあがる前にイメージアルバムのように音楽を作り、それを映像にはめていく作り方だったそうだ。1992年公開の深作欣二監督の劇場作品『いつかギラギラする日』ではカーチェイスシーンの音楽をまかされた(メインの音楽担当は菱田吉美)。
 本格的な映像音楽の初仕事は1991年放送のTVアニメ『魔法のプリンセス ミンキーモモ[第2作]』だ。岡崎律子が作曲した主題歌のアレンジを担当することになり、打ち合わせに行くと、劇中音楽の作家がまだ決まっていないという。「ぜひやりたい」と手を上げた。『ミンキーモモ』の音楽は好評をもって迎えられ、長谷川にとっても、さまざまな音楽を要求されるアニメ音楽なら自分の音楽の引き出しが生かせるという手ごたえがあった。
 以来、『元気爆発ガンバルガー』(1992)、『みかん絵日記』(1992)、『熱血最強ゴウザウラー』(1993)、『愛天使伝説ウェディングピーチ』(1994)、『それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ[OVA第1作]』(1996)、『ごくせん』(2004)などのアニメ作品で活躍。『DearS』(2004)、『魔人探偵脳噛ネウロ』(2005)、『さよなら絶望先生』(2007〜2009)など、ちょっとクセのあるユニークな作品を手がけているのが印象的だ。現在は2018年4月から放送中の『ニル・アドミラリの天秤』の音楽を担当中。
 バンドに打ち込む若者たちを描く『NANA』の音楽は、バンド少年だった長谷川智樹にまさにぴったりの仕事だ。
 自身も大阪から上京し、バンドのデモテープを持っていろいろなところを回った経験があったので、バンドで成功を目指す若者の物語には共感するものがあったという(筆者がインタビューさせていただいたときにうかがった話)。
 『NANA』は等身大の青春群像を描く作品。対象年齢もやや高めだ。音楽もドラマ的なアプローチが求められた。長谷川智樹の作品の中でも珍しくファンタスティックな要素のない作品である。かといって、リアルなドラマ音楽に寄せるのではなく、ロックサウンドをメインに、ハモンドオルガンやヴィブラフォン、女声スキャットなどをフィーチャーしたヨーロピアンサウンドを取り入れて、おしゃれな雰囲気を加えている。シリアスな曲ばかりでなく、ユーモラスな音楽も登場するカラフルなサウンドトラックである。

 サウンドトラック・アルバムはバップから2枚発売された。1枚目は「NANA 707 soundtracks」のタイトルで2006年7月7日に、2枚目は「NANA 7 to 8 soundtracks」のタイトルで2006年12月21日に発売された。いずれも初回盤はDVDトールケースサイズのピクチャーブック仕様。オリジナルポストカードつき。プラスチックケースは使わず、ハードカバーの本にCDがつくスタイルになっている。ピクチャーブックにはアニメの本編カットをカラーでたっぷり掲載。コアなサントラファンがよろこぶ作品解説や音楽解説の類は一切ないという思いきった内容だ。アニメファン、サントラファン向けというより、原作を含めた『NANA』のファン向けのアイテムになっている。
 1枚目は1分から2分ほどの長さの曲を集めたオーソドックスなサウンドトラック。2枚目は3分から5分ほどの長い曲を集めた音楽アルバム。トラック数は1枚目が44トラック、2枚目が10トラックと大きく違う。
 実はこの2枚、コンセプトが異なるのだ。1枚目は普通のサントラだが、2枚目はサントラとして作られた曲をもとにアレンジをふくらませ、7人編成のバンドでセッション形式で録音したアルバム。長谷川智樹自身もギターとピアノを弾いている。この2枚目が面白く、聴きごたえがあるので紹介しよう。なお、2枚目の曲もちゃんと本編で使用されている。

  1. Good Morning
  2. Art School
  3. fan fan fan
  4. Friend
  5. Sad Song
  6. Seventh Heaven
  7. Lotus Heaven
  8. Trip Trap Drop
  9. Guitar & Cigarettes
  10. Memories

 本アルバムに限らず、サントラ盤の構成と曲タイトルは長谷川智樹が自身で考えているという(これもインタビューでうかがった話)。
 主題歌や挿入歌は入ってない。音楽だけで勝負! という意気込みを感じるアルバムだ。
 トラック1の「Good Morning」は曲名通り朝のイメージの曲。サントラ1枚目の1曲目が「一日の始まり」という曲なので、それと呼応する形にもなっている。バイオリンとピアノとアコースティックギターによる短いイントロからスタート。ギターのリズムに導かれてバイオリンが明るくさわやかな旋律を軽快に歌い出す。中間部からアコーディオン、バイオリン、ピアノが順にアドリブを披露。再びバイオリンのテーマに戻ってコーダへ。のびのびとした演奏に心地よい開放感が残る。バイオリンは中西俊博。ファーストデビューアルバム「不思議な国のバイオリン弾き」が10万枚を超すヒットとなり、国内外のアーティストと共演する国際的なバイオリニストだ。
 トラック2「Art School」はオルガンとアコースティックギターをメインにしたボサノバの曲。曲名は奈々の彼氏・章司が通う美術学校のイメージだろうか。サントラ1枚目の「穏やかな朝」という曲をアレンジしている。アドリブをまじえたオルガンの演奏がおしゃれで、フレンチジャズかフランス映画音楽のような雰囲気が漂う。オルガンとピアノは佐藤代介。「太陽にほえろ!」の大野克夫のオルガンに魅了されてこの道に進んだというハモンドオルガン奏者で、2007年から2011年まで大野克夫バンドのメンバーとして『名探偵コナン』のサウンドトラックに参加していた。
 トラック3「fan fan fan」はイントロこそ優雅に始まるが、すぐにアップテンポのユーモラスな曲調になる。バイオリンとアコースティックギターとアコーディオンのアンサンブル。サントラ1枚目の「ハチ公」「進めハチ!」「おくれるよー!」といったコミカルな曲のモチーフと雰囲気を受け継いでいる。バイオリンと掛け合いを演じるアコーディオンのアドリブが聴きもの。アコーディオンはパリのジャズ専門学校“C.I.M.Ecole de Jazz”でジャズアコーディオンを学んだ佐藤芳明。佐藤は『ハウルの動く城』『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』などのサントラにも参加している。
 にぎやかな曲のあとのトラック4「Friend」は、アコースティックギター2本が奏でる穏やかな曲。サントラ1枚目に収録された「恋するハチ」「逢いたいよ」「思い出」などに共通するモチーフをアレンジした曲だ。曲の後半はクラビオーラがメロディを奏し始める。クラビオーラは鍵盤ハーモニカのような楽器だが、音を出す部分がパンフルートのようになっていて、ほのぼのとした素朴な音がする。夕焼け空が目に浮かぶような、心が温かくなる曲である。クラビオーラの演奏も佐藤芳明。
 トラック5「Sad Song」はバイオリン、ピアノ、アコーディオンが奏でる悲しみの歌。サントラ1枚目でピアノをメインに演奏されていた悲哀曲「一人部屋の中で」「切なくて」のメロディがベースになっている。ここではバイオリンが主旋律を受け持つアレンジ。エモーショナルだがセンチメンタルにならず、ほのかに情熱を感じさせる曲に生まれ変わっている。
 次のトラック6「Seventh Heaven」で雰囲気は一転、エレキギターとハモンドオルガンが活躍するアップテンポのロックになる。ディープ・パープル「ハイウェイ・スター」を彷彿させる疾走感たっぷりのサウンドが爽快だ。タイトルの「Seventh Heaven」とは第七天、天使の住むところとされる天国の最高階層のことだが、ここではもちろん「NANA」とかけてあるのだろう。エレキギターは長谷川智樹。この曲を聴くだけで、長谷川のギターとロックへの傾倒が半端ないものであることがわかる。
 トラック7「Lotus Heaven」はミディアムテンポのブルージーなロック。エレキギターが繰り返すフレーズはサントラ1枚目の「ハチ公」「進めハチ!」などに登場するハチ(奈々)のモチーフだ。ギター、ドラムス、ベース、オルガン、パーカッションなどが絡み合い、本アルバムの中でも一番の熱いセッションが展開する。ベースは菅野よう子のレコーディングの常連でもある渡辺等。ドラムスはロックバンドORIGINAL LOVEで活躍したのち、松任谷由実、KinKi Kids、吉田拓郎ら数々のアーティストのライブやレコーディングに参加した宮田繁男。宮田は惜しくも2014年に55歳の若さで逝去している。
 トラック8「Trip Trap Drop」では深いエコー(リバーブ)のかかったサウンドが夢の中をさまようような雰囲気をかもし出す。ベースになっているのはサントラ1枚目の「ナナの過去」という曲。原曲よりも暗く、重いサウンドにアレンジされて、ナナが胸の奥に秘めた情念を映し出す。ディストーション気味のエレキギターが奏でる物憂いメロディとともに、心のざわめきを伝えるようにインサートされるパーカッションの音が印象的だ。パーカッションは菅原裕紀。20歳で高中正義バンドに参加したのち、数々のスタジオレコーディングやステージサポートで活躍。川井憲次の『GHOST IN THE SHELL』『INNOCENCE』などのレコーディングにも参加しているパーカッショニストだ。
 トラック9は淡々としたピアノソロから始まる「Guitar & Cigarettes」。ドラムス、ベース、オルガンなどが加わり、ミディアムテンポのバラードになる。ピアノが繰り返すフレーズはやるせなく、持って行き場のない悲しみや苛立ちが伝わってくる。『NANA』の物語の中でも、心がぎゅっとつかまれるような切ないシーンが思い出される曲だ。
 トラック10の「Memories」はアコースティックギターをバックにしたクラビオーラのやさしい旋律が胸に沁みる曲。サントラ1枚目の「一番大切なもの」をアレンジした曲である。平和な情景が目に浮かぶ曲調だが、曲名は「思い出」。登場人物が胸に抱いた思い出をイメージした曲とも受け取れるが、『NANA』の物語全体が過去を振り返る形で語られていることを考えると、『NANA』の物語を過ぎ去った日々として回想する愛惜を込めた曲なのかもしれない。ノスタルジックな曲調の中にしみじみとした心情がにじむ曲だ。
 アルバムの前半は比較的ポップなタッチ。後半になるとロック色が強くなって雰囲気が変わるのが面白い。アナログレコードだったら5曲目までがA面で6曲目以降がB面になるところ。アナログ盤で聴いてみたくなる味わいのある構成である。

 もともと『NANA』の音楽はサントラ1枚目「707」もクオリティが高かった。ただ、1曲1曲が短く、「もっと長く聴いていたいな」と思う曲が多かった。2枚目の「7 to 8」はその思いに応えてくれたアルバムだ。
 長谷川智樹によれば、「7 to 8」は「2枚目は遊んでみよう」というコンセプトで作ったのだそうだ。譜面は簡単なものしか作らず、セッションしながらミュージシャンたちと現場で作り上げていった。「その遊んでる感じが、すごく『NANA』の世界に合っていた」と語ってくれたのが印象に残っている。ロック少年、バンド少年だった長谷川智樹が自身の原体験をベースに、『NANA』の世界で遊んでみた1枚。これは、『NANA』という作品を外から表現したサントラではなく、『NANA』の世界に飛び込んだミュージシャンたちが思いきり音楽を楽しんだセッションの記録なのである。

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