腹巻猫です。5月4日(金)開催のまんだらけ主催「資料性博覧会11」に委託参加します。「THE MUSIC OF YAMATO 1974 〜宇宙戦艦ヤマト(1974)の音楽世界〜[第2版]」を30部だけ置かせてもらいます。委託本コーナーでどうぞ。
「資料性博覧会11」公式サイト
https://mandarake.co.jp/information/event/siryosei_expo/
ゴールデンウィークど真ん中の更新となった今回。せっかくなのでバカンス的な作品を紹介しよう。常夏のジャングルでユニークなキャラクターたちが駆けめぐる『ジャングルはいつもハレのちグゥ』でどうでしょう。
『ジャングルはいつもハレのちグゥ』は2001年4月から同年9月まで全26話が放送されたTVアニメ作品。金田一蓮十郎の同名マンガを原作に、のちに『おおきく振りかぶって』(2007)、『侵略!イカ娘』(2010)、『ガールズ&パンツァー』(2012)などを手がける水島努監督が映像化。アニメーション制作はシンエイ動画が担当した。
舞台はどことも知れぬジャングル。マイペースな母親ウェダと暮らす少年ハレの家に、色白で小柄な少女グゥがやってくる。初対面のときは可愛い表情を見せていたグゥだが、一夜明けると無愛想で別人のような顔に。シニカルで毒のある言動でハレをたじろがせる。人間を丸呑みにしたり、体内に異世界を持っていたりと、人知を超えた能力があるらしい。グゥの登場をきっかけにジャングルでは次々と奇妙な騒動が巻き起こる。
正体不明のグゥのキャラクターが強烈だ。舞台となるジャングルも奇妙な生きものが跋扈する不思議な世界(B・W・オールディス「地球の長い午後」か筒井康隆「メタモルフォセス群島」みたいだ)。いっぽうでハレが住む村ではTVや冷蔵庫などの電気製品がふつうに使える。突っ込んではいけないのだろうが、文明生活がどうやって維持されているかは謎だ。シュールでSFっぽい世界観がクセになるギャグアニメである。TVアニメ終了後、OVAシリーズが2作、作られた。
ギャグアニメの音楽というと、音楽もコミカルタッチにするか、逆にシリアスに寄せてギャップの面白さを押し出すか、ふたつの方向性がある。
本作は前者。コミカルというよりも、なんとも不思議で奇妙な音楽が全編を彩っている。そこにスパイスのようにシリアスな音楽が加わり、『ハレのちグゥ』の独特の空気感が創り出されている。
音楽は多田彰文が担当した。
多田彰文は兵庫県出身。音楽の道に進んだきっかけは小学生の頃から通ったピアノ教室だった。中学時代にギターを始める。中学ではブラスバンド部にも所属してトロンボーンを演奏。この頃から譜面作りを始めた。高校時代はブラスバンドでサックスを担当。そのかたわら、バンドでギターを弾いてフォークソングを作ったりしていた。
高校卒業後上京し、アルバイトをしながらプロの音楽家への道を模索した。音楽事務所に送ったデモテープがスタッフの目に止まり、プロとしての第一歩を踏み出す。同じ事務所にいた辛島美登里のコンサートのバックミュージシャンとして4年ほど全国ツアーに同行。それが一段落したあと、好きな英語を究めたいという思いから日本大学文理学部英文学専攻科に入学するも、音楽の仕事が忙しくなって中退してしまった。以降は、さまざまな歌手・アーティストのツアーサポートや編曲、サウンドプロデュースなどで活躍。アニメーション・ドラマ・劇場作品・ゲーム等の音楽も手がけるようになった。
アニメ音楽の代表作にTVアニメ『FF:U 〜ファイナルファンタジー:アンリミテッド〜』(2001/浜口史郎と共作)、『キャプテン翼』(2001/岩崎文紀と共作)、『ヤミと帽子と本の旅人』(2003)、『サムライガン』(2004)、『スキップ・ビート!』(2008)、『クロスファイト ビーダマン』(2011)など。劇場版『ポケットモンスター』シリーズ、劇場版『クレヨンしんちゃん』シリーズの音楽にも参加している。歌ものではTVアニメ『ああっ女神さまっ』(2005〜2006)のエンディング主題歌「願い」「僕らのキセキ」、『ポルフィの長い旅』(2008)のオープニング主題歌「ポルフィの長い旅」、『魔法使いプリキュア』(2016)のエンディング主題歌「CURE UP↑RA?PA☆PA! 〜ほほえみになる魔法〜」などを作曲。特撮ファンにとっては、TVドラマ「ウルトラQ dark fantasy」(2004)の音楽も重要だ。
手がける作品はSF・ファンタジーからスポーツ、ギャグ、日常ものまで幅広く、キーボード、ギター、ベース、木管・金管楽器、バイオリン、パーカッションなどの楽器演奏や指揮もできるというマルチプレーヤー。まさに音楽の仕事人という感じの音楽家である。
『ジャングルはいつもハレのちグゥ』の監督・水島努は音楽を依頼するにあたって、不思議なジャングルの感じを出すために、あえてわかりづらい音楽を注文したという。うれしいとか悲しいとか、感情や情景が見えやすいものよりも、ジャングルの中でいつも鳴っているような音楽を作ってほしいと。
どこかわからないけれど、確かにどこかにあるジャングル。そこで鳴っている音楽は、なんとも形容しがたい、ユニークな音楽になった。コミカルになりすぎず、じわじわと不思議でおかしい雰囲気をかもしだす。そのさじ加減が実にうまい。
本作のサウンドトラック・アルバムは2001年7月に日本コロムビアから「音楽もいつもハレのちグゥ」のタイトルで発売された。収録曲は以下のとおり(曲名の後ろにBGMのMナンバーを補った)。
- LOVE・トロピカーナ(歌:Sister MAYO) ※「・」=ハートマーク
- 密林(ジャングル)(M-14/M-15/M-28A)
- ハレのテーマ(M-1/M-12)
- グゥのテーマ(M-2/M-3/M-16)
- 学校(M-13)
- ジャングルの仲間たち(M-4/M-5/M-5B/M-6/M-7/M-8)
- 胸毛(M-9)
- 散髪屋のババア(M-11)
- サスペンスいっぱい(M-17/M-20/M-21/M-23/M-26AB/M-27)
- うきうき、晴ればれ(M-30A/M-36)
- 南国の涼風(M-33)
- バースデイ(M-35)
- 再会(M-37)
- 逃げろ逃げるんだ!(M-38A/M-39A)
- 不思議なジャングル(M-10/M-42/M-51/M-31A)
- 「回想」「悲」(M-45/M-46)
- マリィの孤独(M-34)
- おやすみ(M-29A/M-43)
- ふしぎなジャングル(歌:ジャック・伝ヨール)
- ゲーム(M-47/M-48)
- 密林(ジャングル)の大人たち(M-49/M-49B/M-32/M-50)
- ハイクラス(M-52/M-53)
- サブタイトル(M-54/M-55)
- ソウルトレイン(M-56)
- のんびり晴ればれ(M-40AB/M-41AB/M-60A)
- おはし(歌:0930)
1曲目はSister MAYOが歌うオープニング主題歌。平成アニメソングのヒットメーカー・小杉保夫の作曲。奇妙キテレツでテンションの高い世界観をみごとに表現した名曲だ。この路線はOVAでも踏襲され、歌詞とメロディを変えた主題歌「LOVE☆トロピカ〜ナ デラックス」「LOVE☆トロピカ〜ナ ファイナル」が作られた。
サントラでは主題歌がTVサイズで収録されることが多いが、本アルバムはオープニング、エンディングともフルサイズ収録なのがうれしい。
サウンドトラックのパートは1トラックに複数曲をまとめて収録するスタイル。構成・解説は浅野智哉が手がけている。曲順はストーリーの流れを追うよりも曲調重視。音楽的流れを優先したイメージアルバム的構成だ。
トラック2「密林(ジャングル)」はタイトルどおりジャングルのテーマ。M-14はコミカルなリズムの上で不思議なメロディが踊る『ハレのちグゥ』らしい曲。やや牧歌的なM-15を挟んで、M-28Aはレス・バクスター的な曲想の雄大なエキゾティック・ミュージック。このトラックだけでも多田彰文の音楽性の幅広さが表れている。
トラック3は本作の主人公ハレのテーマ。木琴のとぼけたリズムにクラリネットのメロディが重なるM-1は、ハレの明るさ、元気良さがユーモラスに描写された曲だ。M-12はウクレレがリズムを刻むのんびりした曲。常夏の雰囲気がよく出ている。
トラック4は不思議少女グゥのテーマ。M-2はキラキラしたイントロから暖かいシンセのメロディに展開する、可憐な表情のグゥを表した曲。M-3は一転してパーカッション主体のちょっと不安な雰囲気の曲で無愛想な顔のグゥをイメージさせる。M-16はサーカス的な曲調でグゥの正体不明の不気味な面を表現。スクラッチノイズ風の音や生きものの声みたいな音もまじって、もう何がなんだかわからない。これがグゥなのだ。
トラック5「学校」はハレたちの学校生活をイメージした明るく楽しい雰囲気の曲。ジャングルには立派な2階建ての学校も建っているのだ。
トラック6「ジャングルの仲間たち」はジャングルに住む個性的なキャラクターや生きもののテーマを6曲まとめた、にぎやかなトラック。オルガンが活躍する60年代ロック風の曲やインドネシア音楽っぽい曲、笛の音が奏でる怪しく神秘的な曲などが次々登場して飽きない。最後のM-8は「アオ!」と男声スキャットが入るロック調の曲。こんな曲、『ハレのちグゥ』でなければ考えられない。
長老をイメージしたトラック7「胸毛」、霊能力のある散髪屋のダマばあさんをイメージしたトラック8「散髪屋のババァ」など、ユニークなキャラクターのテーマはまだまだ続く。
トラック9「サスペンスいっぱい」は映画音楽的な楽曲を集めたトラック。1曲目のM-17は第1話冒頭などウェダの過去がらみの場面でよく使われたピアノ曲だ。
続くトラック10「うきうき、晴ればれ」にはトロピカルムードいっぱいの明るい曲が集められている。トラック11「南国の涼風」とともに、刺激的な曲が続いたあとにほっとひと息つける構成である。
トラック13「再会」は本アルバムの中では珍しくシリアスでメロディアスな曲。第5話でハレが実の父親を初めて知る場面や第14話でハレがウェダから実家を出た理由を聞く場面、最終回でウェダが母親(ハレの祖母)と再会する場面などで流れた感動的な曲である。
しっとりした雰囲気のあとは、追っかけのドタバタを描写するトラック14「逃げろ逃げるんだ!」、スペイン風、中国風、和風、クリスマス音楽風など、色とりどりの楽曲を集めたトラック15「不思議なジャングル」と、またにぎやかな曲が続く。
次のトラック16「「回想」「悲」」は弦合奏によるクラシカルな情感曲M-45とビブラフォンとオカリナ、弦楽器による切ない曲M-46の2曲で構成。オルゴールが奏でるトラック17「マリィの孤独」とトラック18「おやすみ」が続いて本アルバム第2のひと息ポイントとなっている。本作は意外にシリアスなキャラクターの心情が描かれる場面もあり、そんなときにこうした曲が活躍していた。
水島監督の歌詞をジャック・伝ヨールが作曲・編曲し、自ら歌ったトラック19「ふしぎなジャングル」は、本作のシュールな雰囲気を伝えるエキセントリックな歌。ジャングルの不思議な生き物「ポクテ」の名が連呼され、間奏では謎の声や動物の鳴き声があちこちから聴こえてくる。摩訶不思議なジャングルに迷い込んだ気分になる歌だ。これも『ハレのちグゥ』でなければ考えられない楽曲である。
第1話などでハレが遊んでいたTVゲームの音楽(ジャングルにはTVゲームもあるのだ!)がトラック20「ゲーム」。ちょっとチープなゲームサウンドが再現されている。
トラック21「密林(ジャングル)の大人たち」は艶めかしいサックスやピアノが奏でる音楽を集めたトラック。ほかのトラックに比べてぐっと大人っぽい曲調で雰囲気が変わる。これもまた多田彰文の音楽性の幅広さを伝えるトラックだ。ウッドベースがリズムを取るジャズタッチのM-50がいい。
次のトラック22「ハイクラス」にはクラシカルで優雅な雰囲気の曲がまとめられている。
トラック23「サブタイトル」はパーカションだけのアフリカンな曲M-54とスネアドラムだけのM-55の2曲で構成。実際は本作には決ったサブタイトル音楽はなく、本曲はハレたちがジャングルの中を進む場面やグゥの奇矯な行動の場面などに流れていた。
トラック24「ソウルトレイン」はタイトルからイメージされるとおりのディスコチューン。第3話でアフロのかつらをかぶって踊るグゥの姿(天井にはミラーボール!)が思い出される。
サウンドトラック・パートを締めくくるトラック25「のんびり晴ればれ」はとぼけた曲調の音楽を集めたトラック。ミュートトランペットとファゴットの音色が奏でるのんびりムードのM-40AB、オルガンとシンセのメロディが軽快なM-41A、怪しい木琴のリズムと愛らしい笛の音の組み合わせでジャングルの日常を描写するM-41B、ラストはトロピカルではじけた曲調の次回予告音楽M-60Aという構成。ハッピーエンド……とは言いきれないけれど、大騒ぎもひとまずおしまい。そんな雰囲気のトラックである。
エンディング主題歌「おはし」は、2000年にデビューした女性2人の音楽ユニット「0930(オクサマ)」が歌うタイアップ曲。第20話の雪合戦の場面で挿入歌として使用されている。いい歌なのだが、あまり作品には合ってなかったのが惜しい。でも、筆者はこの曲で0930の名を覚えました。
コミカルな作品は音楽作りもアルバム作りも難しい。楽曲はともすればやかましく品のない音楽になりがちだし、いろいろなタイプの曲が作られるのでアルバムもバラバラの曲を並べたような統一感のないものになりがちだ。
けれども本作は、“不思議なジャングルで鳴っている音楽”というコンセプトで音楽を統一することで、ひとつの世界を完成させている。ユーモラスだけれど、オチがつくようなわかりやすいコメディではなく、背後に暗い闇がひそんでいるようなちょっとブラックでシュールな笑いが、サウンドから伝わってくる。水島監督が望んだ「わかりにくい音楽」の効果である。部屋で目を閉じて、この音楽に浸って欲しい。そこはもう、『ハレのちグゥ』のジャングルだ。
音楽もいつもハレのちグゥ
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