COLUMN

第120回 うつし世は夢 〜Paprika〜

 腹巻猫です。鶴ひろみさんの急逝、ショックでした。初主演作『ペリーヌ物語』は個人的に大好きな作品で、完全版サントラを作ったときはファンレターを書くようなつもりで心して作りました。折しも11月からTOKYO MXで『ペリーヌ物語』を放映中。涙なしに見られません。


 今回は筒井康隆の原作を今敏監督が劇場アニメ化した『Paprika』。アニメーション制作はマッドハウスが担当。2006年9月にベネツィア国際映画祭に正式出品され、日本では2006年11月に公開された。夢を題材にした圧倒的なビジュアルが見どころの作品である。
 今監督は本作に先行する『PERFECT BLUE』『千年女優』『妄想代理人』といった作品でも妄想(歪曲した記憶)と現実をテーマに取り上げ、妄想が現実を侵食し、現実と妄想の境界があいまいになるさまを描いている。『Paprika』も夢が現実を侵食する話。今監督はもともと筒井作品のファンで、2003年のアニメージュ誌上での筒井康隆との対談がきっかけになって本作の映像化が実現したと公式サイトのプロダクションノートに記されている。
 精神医療総合研究所で開発中の他人の夢とシンクロできる装置DCミニが盗まれた。犯人はDCミニを悪用して次々と研究所の所員の精神を侵し始める。夢探偵パプリカとしても活動するサイコセラピスト千葉敦子は、島所長とDCミニの開発主任・時田浩作とともに事件の謎を追い始めるが、所長も浩作も、そして敦子=パプリカ自身も悪夢の中に捕えられてしまう……。
 というのが大まかなストーリー。原作より物語は単純化され、理解しやすくなっている。だが、本作は物語を追うよりもめくるめく夢のイメージに浸って、パプリカとともに夢の迷宮をさまようのが本来の楽しみ方だろう。

 音楽は平沢進。『千年女優』『妄想代理人』でも今敏監督と組んだ名パートナーである。
 平沢進は1954年生まれ。東京都出身。小学校4年生でエレキギターを手にし、黛敏郎やタンジェリン・ドリームの音楽に出会って電子音楽への傾倒を深めていく。70年代にはメロトロン・サウンドを取り入れたプログレッシブロックバンド、マンドレイクで活躍。1979年にテクノポップグループP-MODELのボーカリスト/ギタリストとしてメジャーデビューする。P-MODELはヒカシュー、プラスチックスとともに、YMOに続くテクノ御三家と呼ばれて人気を集めた。1989年から並行してソロ活動も展開。「歌えるバンゲリス」をテーマに電子音とボーカルをミックスしたサウンドを進化させていった。現在はソロをメインに活動。1990年代からインタラクティブ・ライブやインターネット配信を行うなど、先駆的な活動を続ける音楽家である。
 アーティストとしての活動がメインだが、映像音楽やゲーム音楽もいくつか手がけている。映像音楽作品に、OVA『DETONATOR オーガン』(1991)、TVアニメ『剣風伝奇ベルセルク』(1997)、そして今敏監督の『千年女優』(2002)、『妄想代理人』(2004)、本作『Paprika』(2006)などがある。
 中でも今敏監督の3作は別格だ。もともと平沢進のファンであった今監督は平沢の音楽で劇場作品を作るのが念願で、「『千年女優』の音楽は平沢進しか考えてなかった」とインタビューで語っている。平沢進にとっても今監督の作品は注文に応じた職人的な音楽作りではなく、自分なりの解釈が提示できる刺激的な仕事だったという。本作『Paprika』も監督からの熱い要望に応える形で参加した。
 サウンドトラックとしてはメロディアスでロマンティックな要素がある『千年女優』や意外にポップな『妄想代理人』の方が入りやすい。『Paprika』の方がざらっとして近寄りがたい印象がある。それだけに『Paprika』の音楽には「恋愛もので完結するような音楽に興味はない」と語る平沢進の音楽性がよく表れている。聴いていると中毒になるような危うさをはらんだ音楽である。
 サウンドトラック・アルバムは平沢進のプライベートレーベル・テスラカイト(ケイオスユニオン)から2016年11月に発売された。Amazon等でも入手可能だ。
 収録曲は以下のとおり。

  1. パレード
  2. 媒介野
  3. 回廊の死角
  4. サーカスへようこそ
  5. 暗がりの木
  6. 逃げる者
  7. Lounge
  8. その影
  9. 滴いっぱいの記憶
  10. 追う者
  11. 予期
  12. パレード(instrumental)
  13. 白虎野の娘(パプリカエンディングバージョン)

 ジャケットは平沢進のポートレイト。平沢進のオリジナルアルバムの趣だ(アメリカのMilan Recordsから発売された海外版サントラはジャケットに作品のビジュアルが使われている)。
 曲順も劇中使用順にはこだわっていない。本作の音楽は画に合わせて曲をつけるフィルムスコアリングではなく、使用場面を想定してはいても自由に発想をふくらませた音楽を用意し、シーンに合わせて選曲していく方式で作られている。平沢進のアルバムとしての側面を前面に出した形は本作にふさわしい姿なのである。
 曲数はわずか13曲。しかし、劇中で流れる曲はこれでほぼすべて(一部、トラックダウン違いによる別バージョンが使用されている)。
 音楽が流れる場面は思いのほか多く、同じ曲がくり返し使われている。その大半は夢の中のシーンである。現実の場面では効果音的な音楽が薄く流れるだけで、音楽らしい音楽はほとんど夢の中でしか聴こえない。興味深い音楽設計だ。
 1曲目「パレード」は12曲目に置かれた「パレード(instrumental)」のボーカル・バージョン。平沢進の作詞・作曲・歌唱による作品だ。劇中ではインスト・バージョンの方が使用されている。
 DCミニを利用した攻撃によって意識を侵された所員たちが見る奇怪なパレード。その場面にくり返し流れるインパクト抜群の音楽である。狂気をはらんだ悪夢のテーマとして、一度でも本作を観たら忘れられない音楽だろう。同じフレーズの反復が心をむしばむ悪夢の侵入をイメージさせる。本作を代表する1曲である。
 トラック2「媒介野」はオープニングタイトルに使用された曲。夢の中を駆けるパプリカの映像とともに流れた。「媒介野」は造語のようだが、夢と現実をつなぐパプリカの活動を象徴するような秀逸なタイトルだ。
 不思議なボーカルからリズムが加わり、オリエンタル風味のメロディが始まる。トラック13のエンディングテーマ「白虎野の娘」のインストゥルメンタル・アレンジである。  オープニング映像ではパプリカが現実と非現実を自在に行き来しながら夜の街を駆け抜けていく。その不可思議な爽快感が幾重にも重ねられた音とリズムで表現される。本アルバムの中でも群を抜いてポップで聴きやすいナンバーだ。
 作品の後半でパプリカが孫悟空の扮装で夢の中を飛ぶ場面にも、ふたたびこの曲が流れる。パプリカのテーマとも呼べる曲である。
 トラック3「回廊の死角」はパプリカのクライアントであった粉川警部が17歳の時の映画作りの記憶を思い出す場面などに使用。回廊とは「記憶の回廊」の意味だろうか。ノイズのような音が響く中、叫び声のようなものが現れては消える。夢の中で、怖いとわかっていても恐ろしい場所に引き寄せられていく……そんな緊張感を思い出す曲である。
 トラック4「サーカスへようこそ」は作品冒頭の夢の中のサーカスの場面に使用。現実音楽的な(夢の中だから現実音楽という表現もおかしいが)BGMに徹した曲である。
 トラック5「暗がりの木」は弦合奏の音がクラシカルに奏でる落ち着いた音楽。パプリカ=敦子が夢の中で一連の事件の黒幕が理事長だと察し、覚醒して理事長のもとを訪れるシーン。理事長の屋敷の温室の場面から流れ始める。「暗がりの木」とはその温室にある木のことだろう。実は覚醒したと思っていたらこれもまた夢の中……というシークエンスの曲で、映画を観てから聴くと穏やかな曲調にかえってドキドキしてしまうというしかけがある。
 トラック6の「逃げる者」とトラック10の「追う者」は対になったような曲である。どちらも夢の中での追跡・逃走場面に流れるアップテンポの曲だ。「逃げる者」は激しいブラスの響きの中に禍々しいコーラスが聴こえてくる危機感に富んだ曲。「追う者」は「白虎野の娘」のメロディをアレンジした疾走感のある曲。しかし、夢の中では追う者と追われる者は容易に入れ替わり、どちらが追う者でどちらが追われる者かわからなくなる。「追う者」は粉川警部の場面に「追われる者」はパプリカのピンチの場面によく使われているが、その役割は明確には分かれていない。
 トラック7「Lounge」は粉川警部がパプリカとコンタクトするときに使うネット内のバー「RADIO CLUB」で流れている曲。これも現実音楽(?)として書かれた小粋なジャズタッチの曲だが、アルバムの中でほっとひと息つける憩いの音楽になっている。
 トラック8「その影」はコントラバスの低音の響きと金属的なパーカッションがじわじわと近づく脅威を描写する曲。1分を超えて宗教音楽的な合唱が入り、実写劇場作品「オーメン」の音楽のような暗い情念があふれだす。劇中では夢の中でパプリカが捕えられていたぶられる場面、クライマックスで現実を侵食した理事長が巨大化してパプリカに襲いかかる場面などに流れて危機感を盛り上げている。
 トラック9「滴いっぱいの記憶」は本作の音楽の中でも異色とも言える愛らしい曲。ふわふわしたシンセサウンドとボーカルで「白虎野の娘」のバリエーションがやさしく奏でられる。夢は夢でも、悪夢ではなく、心地よく安心できる夢といった曲調である。
 劇中では序盤で敦子が「最近、私の夢を見ていない」とつぶやく場面で短く流れたあと、敦子と粉川警部が現実世界で初めて顔を合わせる場面、クライマックスで敦子が浩作への気持ちに素直になる場面に流れている。「媒介野」がパプリカのテーマとすれば、こちらは敦子のテーマ。生身の女性に戻った敦子の心情を描くドリーミィな曲である。
 トラック11の「予期」は闇の奥から何かが現れてくるような不気味な緊張感をたたえる曲。ストリングスの通奏音を背景に妖しい声やノイズが浮かび上がる。「回廊の死角」と同様のサスペンス曲だが、こちらは映像のバックに薄くはわせるような使い方で、たびたび使用されている。
 この曲の次が「パレード(instrumental)」、そしてエンディングの「白虎野の娘」なのだから、アルバムの中ではパプリカも浩作たちも、夢に捕えられたまま現実には帰還しないとも受け取れる。現実を浸食する夢をテーマにした『Paprika』らしい構成だ。
 その「白虎野の娘」はエンドタイトルに流れた本作の主題歌。もともと平沢進のアルバム『白虎野』に収録されていたタイトル曲「白虎野」を本作用に歌詞の一部を変えて録音したものだ。作詞・作曲・歌唱は平沢進。ベトナムのバクホー油田(英名:White Tiger Field)からインスパイアされて作られた曲だという。
 反復するリズムとメロディ、ファルセットをまじえたボーカルと合成音声の共演、安易な解釈を拒む不思議な歌詞。平沢進のスタイルがよく表れた玄妙な曲で、聴くほどに脳の中を焼かれるようなトリップ感覚が味わえる。

 サウンドトラックでありながらオリジナル作品としても聴ける重層的なアルバムである。圧巻はやはり「パレード」、そして「白虎野の娘」だろう。作品のイメージを反芻しながら聴くもよし、自分の夢の記憶をすくい上げながら自由に想像を広げて聴くのもよし。「うつし世は夢、世の夢こそまこと」、そんな名言が浮かんでくるようなアルバムだ。ただし、あまり聴き入ってしまうと夢から抜け出せなくなるかもしれないので、ご用心を。
 なおテスラカイトのサイトではサウンドトラック・アルバム未収録のアウトテイク「走る者」を無料配信している。

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