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第121回 生きることは闘いさ 〜家なき子(その1)〜

 腹巻猫です。SOUNDTRACK PUBレーベル第22弾として、12月27日に「家なき子 総音楽集」を発売します。『家なき子レミ』でもなく安達祐実のドラマ「家なき子」でもなく、出崎統監督のTVアニメ『家なき子』(1977)の音楽集です。渡辺岳夫作曲の主題歌・挿入歌とBGMをCD3枚に集大成しました。主題歌2曲以外はすべて初CD化!
 Amazonでは「在庫なし」になっていますが、遅くとも12月22日頃には購入可になると思います。価格は5500円(税別)。12月16日のイベント「Soundtrack Pub【Mission#33】劇伴酒場忘年会2017」でDJタイムの合間に内容と制作秘話を紹介しますので、待ちきれないという方はこちらにもぜひどうぞ!

家なき子 総音楽集
http://www.amazon.co.jp/dp/B077Y6QZS9/style0b-22/ref=nosim

Soundtrack Pub【Mission#33】劇伴酒場忘年会2017
http://www.soundtrackpub.com/event/2017/12/20171216.html


 ということで、今回と次回の2回を使って「家なき子 総音楽集」の内容を紹介したい。

 本アルバムは、主題歌・挿入歌を収録したDISC-1とBGMを収録したDISC-2&DISC-3の3枚組。今回はDISC-1の主題歌・挿入歌集から紹介しよう。
 『家なき子』は1977年10月2日から1978年10月1日まで全51話が放映された東京ムービー新社制作のTVアニメ作品。エクトール・マローの原作を出崎統監督が映像化した。マローの長大な原作のエピソードをほとんど盛り込み、オリジナルの要素を加えた大河ドラマともいうべき作品である。
 舞台は19世紀のフランス。シャバノン村の少年レミが旅芸人ビタリスの一座に売られ、旅立つところから物語は始まる。物語の前半はビタリス一座とレミの辛く苦難に満ちた旅。その中でビタリスの厳しくも慈愛に満ちた人柄や旅先での心温かい人々とのふれあいが描かれる。しかし、冬山でビタリスと一座の動物たちは命を失い、レミと名犬カピだけが生き延びる。
 後半はビタリスという人生の師匠を失ったレミが花農家のアキャン家の人々やパリで出逢った少年マチヤに助けられながらひとり立ちしていく物語。レミは実は捨て子で、実の母親ミリガン夫人を探すストーリーが軸となる。ときに迷い、立ち止まりそうになるレミの心をはげますのは、亡き心の師ビタリスの「前へ進め!」という言葉だ。
 本作のあとに放映されたのが、ほぼ同じスタッフで作られた『宝島』。『宝島』は出崎アニメのベストにも数えられる人気作だが、筆者の中では『家なき子』も同じか(その日の気持ちによっては)それ以上に好きな作品だ。ビタリスの存在感、レミを育てたバルブラン・ママと実の母ミリガン夫人の美しさ、マチヤとの友情、アキャン家の末娘リーズの可憐さ。魅力的なキャラクターと端正な描写に引き込まれ、小林七郎が手がけた詩情あふれる美術と渡辺岳夫の美しい音楽に陶然となる。うっかり観返していると、「あれ、オレなんで泣いてるの?」とはっとする場面がたびたびある。自分の心の中にかろうじて残っているかもしれないピュアな気持ちを思い出させてくれるような、大切な作品なのである。
 本放映時に主題歌シングルと主題歌・挿入歌を収録したLPアルバム「家なき子」がキングレコードから発売された。1980年に出崎統自身が構成した劇場版『家なき子』が公開され、同じ年にBGMを収録したLPアルバム「家なき子II 音楽集」がキングレコードから発売されている。

 「家なき子 総音楽集」のDISC-1には主題歌・挿入歌集「家なき子」をそのまま復刻収録した。内容は次のとおり。

  1. さあ歩きはじめよう
  2. マチヤはともだち
  3. すてきな白鳥号
  4. 笛をふこうよ
  5. ぼくらはなかよし
  6. ぼくらはなかよし〈カラオケ〉
  7. だいすきなカピ
  8. リーズとぼく
  9. ママにあいたい
  10. はらペコマーチ
  11. はらペコマーチ〈カラオケ〉
  12. おやすみなさい

 レコードでは01〜06がA面、07〜12がB面だった。
 歌はすべて沢田亜矢子。カラオケが入っているのがユニークなところである。カラオケには沢田亜矢子が歌のお姉さん風に「みんなで歌いましょう」と語るナレーションが入っている。CDではそれも含めて復刻した。
 本作の音楽作りについて渡辺岳夫は後年、「名作ものがつづいたので、逆に非常に恐かった作品です」と振り返っている。「こういう作品に関しては、ぼくの中にもうなにもないかもしれないと思ったからです」と。
 渡辺岳夫は本作の前に『アルプスの少女ハイジ』(1974)、『フランダースの犬』(1975)、『あらいぐまラスカル』(1977)を手がけて名作アニメ音楽の第一人者となっていた。さらにこの年は、1976年から始まった『キャンディ・キャンディ』がまだ放映中で追加録音が行われ、『新・巨人の星』『無敵超人ザンボット3』の音楽も担当し、本作が始まった3ヶ月後の1978年1月からはマローの「家なき娘」を原作にした『ペリーヌ物語』もスタートする。渡辺岳夫は作曲家として超多忙な生活を送っていた(並行してTVドラマや時代劇の音楽も担当しているのだ)。そんな中、『家なき子』のLPを作るために1ヶ月以上スタジオにこもったという。できあがったアルバムは苦心のあとを感じさせない名曲ぞろいである。
 まずは主題歌。
 オープニングは上品で爽やかな曲調の「さあ歩きはじめよう」。松山祐士が書いた序奏は大作劇場作品のタイトル音楽のように雄大で格調高い。まさに大河ドラマがスタートするという雰囲気で心をつかまれる。ハープの響きが印象的な美しい前奏に続いて沢田亜矢子の歌が始まる。
 沢田亜矢子は国立音楽大学声楽科で学んだ本格派で、1973年に歌謡曲歌手としてレコードデビューする。以来、女優としても活動しながら歌の仕事を続けていた。透明感のある澄んだ歌声が魅力で、やや大人びた母親のようなぬくもりも感じさせる。オープニング映像に登場するバルブラン・ママやミリガン夫人のイメージと重なる。まさに『家なき子』という作品にぴったりの歌声だった。
 エンディングは対照的に明るく元気のいいマーチ。本作の作風だったらしっとりしたバラード風の曲も合ったと思う(『家なき子レミ』みたいに)。が、この歌だからこそ、本編が辛くても最後は明るく締めくくられて、また来週も観ようという気持ちになった。ビタリスの言葉「前へ進め!」を体現した歌なのだ。
 本作の音楽の中で、これまでCD化されているのは上記の主題歌2曲のみ。いずれもアニメ主題歌ベスト的なコンピレーション盤に収録されている。
 続いて、初CD化となる挿入歌たち。
 本アルバムの発売は1977年11月21日。第8話が放映された頃だった。その時点で登場していないマチヤや白鳥号やリーズの歌がすでに作られている。いわば歌で今後のストーリーの予告をしているのだ。マローの原作がしっかりあったからこそ実現した趣向である。
 本作の挿入歌作りはBGMより先行して行われたため、BGMにも挿入歌のメロディを使った曲が存在する。それがまた実に効果的だった。本編では主題歌・挿入歌の歌入りが使われたことはなく、使われるのはいつもアレンジBGMかカラオケだった。本編を観てアルバムを聴くことで「こんな歌詞がついていたのか」と『家なき子』の世界がさらに広がる。放映当時アルバムを買ったファンだけが味わえる楽しみだった。
 余談だが、本作の主題歌・挿入歌の制作は日本テレビ音楽によって行われた。キングレコードは発売のみで音楽制作には関与していない。いわゆる「持ち込み原盤」というスタイルである。当時のキングレコードのディレクター藤田純二氏の話によれば、アルバムとして完成された形のマスターが提供されたのだそうだ。翌年放映の『新・エースをねらえ!』のアルバムも同様のスタイルで作られている。
 渡辺岳夫が苦心したと語る『家なき子』の挿入歌は、『フランダースの犬』などの一連の世界名作劇場の挿入歌とはひと味違う雰囲気を持っている。より文学的というか、クラシカルというか、やや古風で落ち着いた香りがある。その雰囲気の違いが『家なき子』を音楽的にもほかの名作アニメと一線を画したものにしている。
 その代表的な曲が「すてきな白鳥号」だ。
 マンドリンと弦のピチカートが奏でる序奏。シンガーズ・スリーのコーラスがそっと重なって、イントロからうっとりする。白鳥号はミリガン夫人と息子のアーサーが乗る船。ミリガン夫人はアーサーの療養のために船でフランスの運河を巡っているのだ。レミはビタリスと離ればなれになったとき、偶然白鳥号と出会い、船上で夢のようなひとときを過ごす。ミリガン夫人が実の母親とも知らずに……。
 劇中ではそのミリガン夫人と白鳥号のテーマとして、本曲のコーラス入りカラオケがくり返し使われていた。シンガーズ・スリーのコーラスが流れてくると、条件反射のようにミリガン夫人の美しい姿と武藤礼子さまのしっとりした声が浮かんでくる。なんて素敵な歌と伴奏でしょう。聴くたびに夢心地になってしまう。
 もう1曲重要な曲として挙げたいのが「リーズとぼく」。アキャン家の末娘リーズはレミと心を通わせ、のちにレミと結婚することになる本作のヒロインである。そのリーズをレミの視点から歌った曲だ。哀愁たっぷりの曲調はちょっと歌謡曲っぽく、本アルバムの中でも異彩を放っている。それだけに印象は深く、本アルバムの中でも本曲をベストに推すファンもいる。
 劇中ではなんといっても第50話。マチヤとリーズが見守る中でレミとミリガン夫人が再会を果す場面に本曲のストレートアレンジのBGMが流れていた。全篇のクライマックスを飾った名曲なのだ。
 ふたたび余談になるが、レミとリーズの恋はマローの原作でも濃密に描かれている。当時の(いや今でも)児童向け作品としては珍しいことだと思うが、同じマローが書いた児童向け作品「ロマン・カルブリス物語」でも主人公の少年とヒロインの恋が物語の柱になっているので、これはマローの作風なのだろう。マローの一連の児童向け作品は今読んでも面白い、起伏に富んだ香気あふれる作品なので、機会があればぜひ読んでみてほしい。
 『家なき子』の挿入歌からもう1曲選ぶなら「ママにあいたい」だ。これも沢田亜矢子のたおやかな歌声とシンガーズ・スリーの美しいコーラスが胸に残る曲。シャバノン村に残して来たバルブラン・ママを想うレミの心情が、やさしくぬくもりのある曲調で描写される。
 劇中では本曲をアレンジしたBGMがレミの母への想いを表現する曲としてたびたび挿入されていた。第38話、故郷に戻ったレミがバルブラン・ママと再会する場面にも、本曲のアレンジBGMがたっぷり流れる。「すてきな白鳥号」「リーズとぼく」とともに忘れられない曲だ。
 ほかにも、マチヤの明るいキャラクターを歌った「マチヤはともだち」、カピとの友情を前半はユーモラスに後半はロマンティックな曲調で歌う「だいすきなカピ」、『アルプスの少女ハイジ』の「アルムの子守唄」と並ぶ渡辺岳夫子守唄の名曲「おやすみなさい」など、聴きごたえのある曲が並ぶ。これまでCD化されなかったのがもったいない名盤である。

 「家なき子 総音楽集」DISC-1の後半には、主題歌・挿入歌のオリジナル・カラオケを収録した。本作のカラオケは、過去にアルバム「家なき子」の中で2曲、当時キングレコードが発売したアニメ主題歌カラオケ集アルバムの中で1曲(「さあ歩きはじめよう」)が商品化されているが、いずれもガイドメロディの入ったカラオケだった。今回のCDではガイドメロディの入らないオリジナル・カラオケを発掘して全曲収録した。
 ただ、残念なことに挿入歌についてはステレオのカラオケ音源が発見できず、モノラル音源での収録になっている。ご了承いただきたい。主題歌のカラオケはステレオ収録である。
 最後にDISC-1のボーナス・トラックについて。
 本作の主題歌には、TVシリーズ用とレコード用の録音に先駆けて、TVスポット用に録音された別テイク(仮テイク)が存在する。放映開始前の番組宣伝に使われたようだが、その映像は確認できていない。今回、音源のみが発見できたのでそれを収録した。TVサイズと同じカラオケを使ったものだが、歌い方やコーラスの有無が異なる。完成版と聴き比べていただくと、主題歌完成までの過程がうかがいしれて興味深い。
 さらにもう1曲。ピアノの伴奏だけをバックに沢田亜矢子が歌う音源が残されていた。沢田亜矢子さんにお聞きしたところ、渡辺岳夫のアトリエで初めて譜面を見て歌ったときの録音でしょうとのこと。そのあたりの経緯は沢田亜矢子さんにインタビューして解説書に掲載しているので、あわせてお読みいただきたい。

 さて、『家なき子』の歌といえば、劇中で流れたレミの歌やビタリスの歌もある。それらも今回マスター音源が発見されたのでBGMとともに収録した。詳しくは次回で。

家なき子 総音楽集
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