腹巻猫です。菅野祐悟トークライブ、いよいよ今週末開催となりました。11月18日(土)阿佐ヶ谷ロフトで19時開演です。『PSYCHO-PASS』で出会った岩浪美和音響監督とのお仕事(『ジョジョの奇妙な冒険』『亜人』『BLAME!』など)の話や『ガンダム Gのレコンギスタ』の富野監督とのやりとりなどもお話しいただく予定。これまで菅野さんがインタビューなどで語りきれなかったとっておきの秘話をうかがいますよ。当日は特典つき物販や抽選会も予定しています。前売券はe+で発売中!
菅野祐悟トークライブ
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/76470
今回取り上げるのは『NOIR』。『魔法少女まどか☆マギカ』や『ソードアート・オンライン』シリーズで知られる梶浦由記が音楽を手がけたTVアニメ作品だ。
高校時代からバンド活動を行っていた梶浦由記は、1993年、ボーカルの石川智晶らとともに音楽ユニットSea-Sawとしてデビュー。作詞・作曲・編曲とキーボードを担当する。2年ほどでSea-Sawの活動はいったん休止になり、メンバーはソロ活動を開始。梶浦由記は劇場作品やゲームの音楽で活躍を始めた。1996年、劇場アニメ『新きまぐれオレンジ☆ロード』の音楽を担当。これがアニメ音楽デビューとなった。
1997年、梶浦由記は真下耕一監督のTVアニメ『EAT-MAN』の音楽をEBBY、米田和民とともに担当。それが縁で2001年に真下監督の『NOIR』の音楽を単独で手がける機会を得る。以降、『.hack』シリーズ(2002~)、『MADLAX』(2004)、『コゼットの肖像』(2004)、『ツバサ・クロニクル』(2005)、『エル・カザド』(2007)と真下監督作品の音楽を続けて担当している。ほかに『舞-HiME』(2004)、『舞-乙HiME』(2005)、『魔法少女まどか☆マギカ』(2011)、『Fate/Zero』(2011)、『ソードアート・オンライン』シリーズ(2012~)、『僕だけがいない街』(2016)などのアニメ作品の音楽を担当。また、ソロユニットFictionJunctionやボーカルユニットKalafinaでも楽曲を発表し、独自のサウンドでアニメファン・音楽ファンを魅了してきた。アニメ以外でも、NHK「歴史秘話ヒストリア」(2009~)の音楽や連続テレビ小説「花子とアン」(2014)の音楽を担当するなど活躍の場を広げている。
実は筆者が初めて梶浦由記の名前に注目したのは『機動戦士ガンダムSEED』だった。この作品では梶浦由記はエンディングテーマと挿入歌を担当。悲愴な感情がみなぎるクライマックスシーンなどに梶浦由記が書いたボーカル曲が流れ、佐橋俊彦のパワフルなBGMを圧倒するほどの鮮烈な効果を上げていた。その後、『舞-HiME』『舞-乙HiME』を観て「むむっ!」と思い、放送当時観てなかった『NOIR』はあとから追いかけることになった。
『NOIR』は2001年4月から同年9月までテレビ東京系で放送されたTVアニメ作品。『神秘の世界エルハザード』(1995)などの脚本を手がけた月村了衛(現在は小説家として活躍中)が原案・構成・脚本を担当したオリジナル作品だ。
パリで一匹狼の暗殺代行人として活動するミレイユは一通のメールに導かれて日本の女子高生・霧香と出会う。霧香の抜群の戦闘能力に驚いたミレイユは、失った記憶を取り戻したいという彼女とコンビを組むことを決意。「NOIR」のコードネームで仕事を開始した。
当初の印象は、銃を持った2人の女のバディもの。女暗殺者といえばリュック・ベッソン監督の劇場作品「ニキータ」(1990)が思い浮かぶが、その影は本作にもちらちらしている。ヨーロッパ映画のような味わいのある映像とハードボイルドタッチの脚本・演出。『AIKa』(1997)の菊地洋子らが手がけたキャラクターデザインと抑制の効いた演出のおかげで、暗殺を題材にしていても生々しさがなく、スマートなアクション作品として観られるのが好印象だ。物語が進むにつれてミレイユの過去と霧香の記憶の謎が明らかになり、終盤は悲痛なドラマが展開する。緻密な構成と映画的な演出ががっちりはまった、見応えのある作品である。
本作の中で音楽の存在感は圧倒的である。見せ場となるアクションシーンを始め、ドラマの要となる重要な場面に梶浦由記の音楽が流れ、観る者の心をかきたてる。
何より印象深いのはボーカルをフィーチャーした曲。歌がドラマを盛り上げる趣向は『機動戦士ガンダムSEED』に受け継がれている。
もともとSea-Sawで作詞・作曲を手がけていた梶浦由記は、何をおいても「歌を書く作家」である。歌が梶浦音楽のルーツと言ってよいだろう。
過去のインタビューによれば、梶浦由記の音楽活動の始まりは歌好きの父に奨められてピアノを習い始めたことだったという。父親が好んで歌ったのはドイツの歌曲やオペラの曲。梶浦は小学生のときからシューマンやシューベルトの音楽を聴いて育った。ドイツに在住していた少女時代は本場の劇場でたびたびオペラを鑑賞した。
そのためか、梶浦由記の音楽からはオペラの匂いがする。それもモーツァルトなどの明るいオペラではなく、ワーグナーのような祝祭的で神話的な楽劇の世界の匂いが。加えて、梶浦が選ぶ旋律やリズムには、聴くものの本能に訴える原始的な音楽のエッセンスが宿っている気がする。これは梶浦が少女時代を過した異国の風土がもたらしたものだろうか。
梶浦由記の音楽は、アニメで描かれたシーンをオペラの一場面のような劇的な場面に変える力を持っている。とりわけ、ボーカルをフィーチャーした曲は聴く者の心をゆさぶり、ドラマの情感を2倍にも3倍にも増幅させるのだ。おそるべき梶浦マジックである。
『NOIR』は、梶浦由記のアニメ音楽のスタイルが確立されたと言ってよい作品。その後の作品に受け継がれる要素がほとんど盛り込まれている。ファン必聴の作品だ。
サウンドトラック・アルバムはビクターエンタテインメントから「NOIR ORIGINAL SOUNDTRACK I」と「同 II」のタイトルで2枚発売された。
1枚目から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。
- コッペリアの柩(歌:ALI PROJECT)
- les soldats
- snow
- canta per me
- corsican corridor
- ode to power
- solitude by the window
- romance
- silent pain
- lullaby
- melodie
- chloe
- whispering hills
- zero hour
- liar you lie
- sorrow
- salva nos
- きれいな感情(歌:新居昭乃)
オープニング主題歌とエンディング主題歌を冒頭と最後に置き、その間にBGM16曲を配置。オーソドックスな構成だが曲順はよく考えられている。物語の流れよりも、続けて聴いたときの心地よさを優先した構成だ。本作の雰囲気と音楽にはこういう構成がよく合っている。
1曲が長い。どの曲も2分から3分台。真下監督は自ら音響演出も担当し、長い曲を生かした演出を行っていた。キャラクターの心情がしだいに変化し、アクションに突入していくような場面でも、細かく音楽を切らずに1曲をずっと続けて使って情感を途切れさせない。画よりも音楽がシーンを引っ張っているような印象さえ受ける。
トラック2の「les soldats」はミレイユたちを狙う謎の組織ソルダのテーマ。毎回、冒頭に流れるナレーションのバックに使われていた。宗教儀式のコーラスのような混声合唱からリズムが加わり、妖しくエスニカルなロックに変貌する。ジャンルに収まらない梶浦音楽の特徴が表れた曲だ。
トラック3「snow」は一転して、淡々としたピアノの旋律が奏でる寂しげな曲。第3話でミレイユが命を狙ってきた女殺し屋を倒したあとに思い出の墓地を訪れる場面に流れた。シンプルな編成に美しいメロディが映える曲である。
トラック4の「canta per me」は本作の音楽の中でももっとも印象深い曲のひとつ。チェロとギターの強いリズムをバックに女声ボーカル(貝田由里子)の美しく哀感を帯びた歌声が流れる。曲名はイタリア語で「私のために歌って」の意。愛する人に「別れの歌を歌って」と呼びかける切ない歌だ。
悲しい別れの歌がミレイユたちが暗殺を実行する場面やソルダの刺客と戦う場面のバックに流れ、緊迫したアクションシーンに悲しみの影が落ちる。音楽の力が映像に情感を添える名場面になっている。悲しい歌は感情を殺して暗黒世界に生きるミレイユと霧香の心の声のようである。
トラック5「corsican corridor」は「コルシカ回廊」と名づけられた民族音楽風の曲。ケーナ風の音が異国情緒を演出する。第17話でミレイユが故郷コルシカに帰るシーンに流れていた。ヨーロッパ、中東、台湾と世界各地を舞台にしたエピソードのために、エスニックなサウンドがふんだんに取り入れられているのも本作の音楽の特徴だ。
トラック6「ode to power」は暗い情念を表現するサスペンス調の曲。「ode to joy」が「歓喜の歌」だから本曲は「力の歌」だろうか。暗黒社会にうごめく闇の力を表したような曲である。
「窓辺の孤独」と題されたトラック7「solitude by the window」はピアノとアコーディオンが哀愁たっぷりに奏でる曲。ミレイユや霧香の心情を表現する曲としてよく使われている。フランス映画の一場面に似合いそうな雰囲気の曲である。
トラック8「romance」はギターとアコーディオンによる心情曲。イタリアの映画音楽作家ルイス・バカロフあたりが書きそうな、スパニッシュな香りのする曲だ。霧香が絵を描く青年ミロシュと交流を深めていく第13話で流れていたのが印象的。
ピアノとシンセサイザーの音色が複雑に絡み合うトラック9「silent pain」は、ひりひりするような緊迫感や心の動揺、苦悩を表現する曲。ピアノのメロディの間にさまざまな音が現れては消え、抽象絵画のように乱れる心を映しだす。これもジャンルに収まらない現代音楽のような曲だ。
トラック10の「lullaby」は英語詞で歌われるボーカル曲。本作の音楽の中でも屈指の美しいメロディを持った曲だ。別れの歌――というより死にゆく者の思いを歌った歌のように聴こえる。本編では物語終盤の重要な舞台となる「荘園」絡みの場面によく流れていた。
トラック11「melodie」はミレイユと霧香の過去をつなぐ重要なアイテムである懐中時計のオルゴールの曲。懐中時計のオルゴールが過去の因縁を呼び起こす趣向はセルジオ・レオーネ監督の劇場作品「夕陽のガンマン」を彷彿させる。その「夕陽のガンマン」のエンニオ・モリコーネの音楽に漂う血と硝煙の匂いは、本作の梶浦由記の音楽では涙と雨の匂いに置き換わっているようである。
「真のNOIR」を名乗って現れる女殺し屋クロエのテーマ「chloe」、マカロニウェスタンの音楽のような「whispering hills」、ピアノが静かに美しく奏でる「zero hour」、エスニックなリズムと妖しいボイスの組み合わせが緊張感を生む「liar you lie」など、味わい深い曲が続く。いわゆる捨て曲のない濃密なアルバムである。
チェロのソロが厳かに奏でるレクイエム「sorrow」に続き、本作の音楽のハイライト「salva nos」が登場する。
さまざまな音が入り乱れる導入部から四つ打ちのリズムがスタートし、女声ボーカルが讃美歌風のメロディを歌い始める。曲名の「salva nos」を英語にすると「save us」。「私たちに救いを」と祈る歌だ。しかし、曲調はアップテンポで激しい。エレキギター、パーカッション、ヴァイオリンなどの音が散りばめられたバックトラックは現代ロック調で美しいメロディを際立たせる。
「canta per me」と並んで、暗殺シーンやアクションシーンにくり返し使用された重要曲である。本作を観た者なら必ず耳に残っている曲だろう。その曲の歌詞とメロディが讃美歌風に作られているところに深い意味を感じる。作詞も自ら手がけて本作のテーマを結晶させた梶浦由記の音楽作りの巧みさ、その音楽を生かした真下監督の音響演出の的確さに唸らされる。アルバムの締めくくりにふさわしい名曲である。
本作の音楽打ち合せで真下監督から「好きにやっていい」と言われた梶浦由記は、アニメのための音楽ということを意識せずに作曲を進めたという。結果、既成のアニメ音楽の枠に収まらない音楽が生まれた。歌とインストゥルメンタルが渾然となった梶浦サウンドはここから始まったのだ。
『NOIR』の音楽には魔術的な梶浦音楽の原型が詰まっている。『魔法少女まどか☆マギカ』や『ソードアート・オンライン』で梶浦サウンドにはまったというファンも、ぜひ、このアルバムから梶浦由記の音楽世界をたどってほしい。
NOIR ORIGINAL SOUNDTRACK I
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NOIR ORIGINAL SOUNDTRACK II
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