COLUMN

第108回 安息の地を求めて 〜ウォーターシップダウンのうさぎたち〜

 腹巻猫です。6月24日に洗足学園前田ホールにてコンサート「作曲家の祭典2017」が開催されます。渡辺俊幸、田中公平、植松伸夫、山下康介の4人が自作のオーケストラ作品を自らの指揮で披露するコンサート。今回はアニメ音楽やゲーム音楽がたっぷり演奏されるので、サントラファンも聴き逃せません。詳細は下記公式サイトを参照ください。
http://www.senzoku-online.jp/concert2017/


 前々回『ニルスのふしぎな旅』、前回『おはよう!スパンク』と動物が準主役を務めるアニメの話題が続いたので、今回は動物つながりで海外のアニメーション作品を取り上げよう。
 本国公開は1978年、日本では1980年に公開されたイギリスの劇場アニメーション『ウォーターシップダウンのうさぎたち』である。
 原作はイギリスの作家リチャード・アダムスが1972年に発表した同名のベストセラー小説。動物が主人公の作品なので児童文学と思われがちだが、どちらかといえば大人に向けた作品だ。
 主人公はイギリスの田園地帯に暮らす野うさぎたち。危険を察知する力にすぐれたファイバーは「恐ろしいことが起こる。野原が血だらけになる」と災厄を予言する。平和に慣れた大人のうさぎたちは信じないが、ファイバーの兄ヘイゼルと一部のうさぎたちはその言葉を信じ、故郷を捨てて、平和に暮らせる土地をめざして旅を始める。タイトルの「ウォーターシップダウン」は、うさぎたちがたどりつく安息の地の名である。
 水彩画で描かれたイギリスの田園風景、渋い色合いのリアルな動物たち。ピーターラビットの世界を大人向けにしたような画作りは日本のTVアニメを見慣れた目にはなじみにくいが、観ているとすぐに気にならなくなる。動物のアニメートを指導したのは、『バンビ』や『ファンタジア』に参加したアメリカのアニメーター、フィリップ・ダンカン。動物のリアルな動きが、死と隣り合わせの旅の緊迫感を支えている。戦う力を持たないうさぎたちが、知恵と勇気で苦難を乗り越えていく物語は深い感動を呼ぶ。生と死、信頼と裏切り、支配と自立、世代交代など、多彩なテーマが織り込まれた端正で味わい深い作品である。

 筆者は1980年の公開当時、劇場で観た。同じ年に『ヤマトよ永遠に』『地球へ…』『サイボーグ009 超銀河伝説』などの劇場アニメが公開され、どれも観に行った記憶があるが、ふり返るともっとも心に残っているのが本作品である。
 日本公開は、古川登志夫、杉山佳寿子、はせさん治、森山周一郎、檀ふみらが出演した吹き替え版。筆者はのちに日本語版レーザーディスクも買った(今でも持っている)。
 音楽もすばらしい。音楽を担当したのはイギリスの作曲家アンジェラ・モーレイとマルコム・ウィリアムソン。主題歌はマイク・バットの曲をサイモンとガーファンクルの片割れ、アート・ガーファンクルが歌っている。日本語版ではその主題歌を井上陽水が訳して歌ったことも話題になった。
 公開当時、主題歌と音楽を収録したサウンドトラックLPが日本でも発売された。その後、国内ではCD化されていないが、海外では90年代に一度CDになり、つい先ごろ、2016年12月にSACDとCDのハイブリッド仕様で再発売された。公開当時と比べると話題にする人は少なくなったが、今でも世界中に熱心なファンがいる作品なのだ。輸入盤はAmazonやタワーレコードで購入することができる。
 サウンドトラック・アルバムの収録曲は以下のとおり。

  1. Prologue And Main Title/プロローグ&メインタイトル
  2. Venturing Forth/決意の前進
  3. Into The Mist/霧の中へ
  4. Crossing The River And Onward/河を越えて
  5. Fiver’s Vision/ファイバーの見解
  6. Through The Woods/森を通って
  7. The Rat Fight/ラット・ファイト
  8. Violet’s Gone/スミレの季節が去って
  9. Climbing The Down/逆境を乗り越えて
  10. Bright Eyes And Interlude/ブライト・アイズ
  11. Bigwig’s Capture/ビッグウィッグの捕獲
  12. Kehaar’s Theme/キーハーのテーマ
  13. The Escape From Efrafa/エフラファからの脱出
  14. Hazel’s Plan/ヘイゼルの計画
  15. Final Struggle And Triumph/最後の奮闘と勝利
  16. The End Titles/エンドタイトル

 原題の後に添えた日本語タイトルは当時の日本版サウンドトラックLPの曲名。音楽と主題歌をほぼ劇中使用順に並べた構成である。ただし、鑑賞用であることを配慮して一部曲順が入れ替えられている。
 トラック1「Prologue And Main Title/プロローグ&メインタイトル」は本作の冒頭に流れる曲。うさぎたちの伝説を語る絵物語風のプロローグの曲とうさぎたちが暮らす土地を映し出すメインタイトルの曲が1曲になっている。叙事詩的な格調を感じさせる、始まりにふさわしい曲だ。
 プロローグとメインタイトルを作曲したのはマルコム・ウィリアムソン。もともとは彼が全編の音楽を担当する予定だったが都合により降板。指揮を担当していたマーカス・ドッズがアンジェラ・モーレイを推薦した。以降の主題歌を除く全曲がアンジェラ・モーレイの作である。
 マルコム・ウィリアムソンは1931年生まれ。オーストラリア、シドニー出身。1950年からロンドンに移住した。「吸血鬼ドラキュラの花嫁」(1960)などの映画音楽を手がけているが、本来は純音楽の作曲家で、1975年にマスター・オブ・クィーンズ・ミュージックという英国王室付きの音楽師範に任ぜられている。プロローグとメインタイトルを聴いただけでも、彼が創り出す音楽の格調高さが伝わってくる。交響曲、舞台音楽、室内楽など多くの作品を遺して2003年に逝去した。
 アンジェラ・モーレイは1924年生まれ。イギリス、ヨークシャー州出身の作曲家。クラリネットとサキソフォンの奏者として活動したのちに作・編曲家に転身。「ネモ船長と海底都市」(1969)や「八点鐘が鳴るとき」(1971)などの映画音楽を手がけた。当初はウォルター・ストットの名で活動していたが、1972年に性転換して女性になり、アンジェラ・モーレイと名を替えて活躍。日本でも放映されたTVドラマ「ダラス」(1978-1991)、「ダイナスティ」(1981-1989)などの音楽を担当している。2009年に逝去。
 モーレイは本作の音楽を電気楽器やシンセサイザーを使わないクラシカルなオーケストラ編成で書き上げた。木管やハープのデリケートな音色を活かした素朴で自然の匂いのするサウンドである。それが柔らかい色調で描かれた田園地帯の情景にマッチしている。
 アルバムの前半はヘイゼルたちの旅を綴る音楽。霧の中の旅立ち、熊やふくろうが潜む森を抜け、知恵を働かせて川を渡る。休息をとるために潜り込んだ小屋ではねずみたちとひと騒動。うさぎたちの冒険を、モーレイは落ち着いた、けれど緊張感の途切れない音楽で彩っていく。
 モーレイが書いた音楽の中に、本作のメインテーマと呼ぶべき重要なメロディがある。アルバムではトラック4「Crossing The River And Onward/河を越えて」の後半に登場するメロディである。
 川の向こう岸にたどりついたうさぎたちは、もう故郷には帰れないと決意を固める。そこに流れるのがフルートとクラリネットが奏でる前進のテーマ。CDのライナーノーツでは“QUEST”(探究)のテーマと書かれている。この旋律はトラック6「Through The Woods/森を通って」にも登場するほか、本編のさまざまな場面で使用されている。
 マーチというほど力強い曲調ではない。けれど、静かに、たしかに、旅を続けるうさぎたちの希望と決意が伝わってくる。本作を代表する名曲だ。
 このメロディは30数年前から筆者の耳に染みついていて、自分を元気づけたいときなどに、ふと口をついて出ることがある。すぐれた音楽とは、そういうものではないだろうか。
 そのメインテーマが力強く感動的に鳴り響くのが、トラック9「Climbing The Down/逆境を乗り越えて」。うさぎたちがウォーターシップダウンにたどりついた場面に流れる曲である。曲名は「あの丘を登れ」という直訳のほうがしっくりくる。アルバム前半のハイライトである。
 曲名といえば、トラック8「Violet’s Gone」は「スミレの季節が去って」と訳されているが、本来はメスうさぎのヴァイオレットの死とそれに続くシークエンスにつけられた曲。「ヴァイオレットの死」と訳したほうが適切だろう。しかし、「スミレの季節が去って」というタイトルもダブルミーニングの味があり、雰囲気があって悪くない。
 トラック10の「Bright Eyes And Interlude/ブライト・アイズ」はアート・ガーファンクルが歌う主題歌。農夫の鉄砲に撃たれたヘイゼルをファイバーが探しに行く場面に流れる。アレンジはモーレイが担当し、間奏にメインテーマのメロディが挿入されている。
 ファイバーは霧の中でうさぎたちの死神=死の黒うさぎの姿を見る。その幻がファイバーをヘイゼルのもとに導いてくれる。生と死の幻想と愛する者を想う気持ちが溶け合ったような、静謐で美しい曲である。透明感のあるアート・ガーファンクルの歌声がその印象をより強くしている。
 日本語版では同じ場面に井上陽水がカバーしたバージョンが流れる。こちらもガーファンクル版に劣らず、すばらしい出来。この井上陽水版はCD化の機会に恵まれず、高価なCD-BOXにしか収録されていないのがもったいない。
 物語の後半は、獰猛なうさぎの将軍が支配する恐怖政治の国エフラファとヘイゼルたちとの対決が中心になる。スネアドラムがリズムを刻むミリタリー調の曲がエフラファの脅威を表現する。エフラファへの潜入と脱出、ヘイゼルの死を賭した作戦、将軍との決戦。緊迫感に富んだ音楽をバックに描かれるうさぎたちの闘いは壮絶だ。
 そんな中、ほっと一息つけるのが、トラック12「Kehaar’s Theme/キーハーのテーマ」。キーハーはヘイゼルたちの友人となるちょっと風変りなカモメだ。吹き替え版では藤村俊二の軽妙な演技がいい味を出していた。
 キーハーのテーマはユーモラスで明るいワルツ。このテーマは、エンドタイトルの最後にも登場する。メインテーマや「Bright Eyes」と並ぶ、本作を代表する曲のひとつである。
 ラストに置かれた「The End Titles/エンドタイトル」はオリジナル版のエンドタイトル曲。メインテーマと劇中に現れたいくつかのメロディがメドレーで演奏され、最後にキーハーのテーマで明るく締めくくられる。日本語版ではこの曲の代わりに井上陽水の「ブライト・アイズ」がたっぷり流れる。高揚感のあるオリジナル版としっとりとした余韻を残す日本語版。どちらもそれぞれによさがあり、甲乙つけ難い。
 本作のラストシーン。季節がめぐり、年老いたヘイゼルの前に見覚えのある黒いうさぎが現われる。生きることの意味を考えさせられる場面だ。今の年齢になって観返すと、公開当時よりも深い感慨を覚える。自分にとって死がより身近なものになったからだろう。そんなふうに、観る年齢に応じて発見があるのが本作の魅力である。

 本作の音楽は、日本のアニメ音楽に影響を与えたというわけではない。けれども、筆者にとっては特別な位置を占める映画音楽のひとつである。イギリスの伝統に根差した格調のある音楽は時代を超えた普遍性を持っている。それは、『ウォーターシップダウンのうさぎたち』という作品が持つ普遍性と一体のものだ。本編を未見の方は、ぜひDVDなどでご覧になってほしい。

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