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11月26日にBlu-ray BOXが発売されたTVアニメ『十二国記』。2002年から2003年にかけてNHK‐BS2「衛星アニメ劇場」で放送された作品である。
原作は、近作「残穢」も話題の小野不由美が1991年から発表しているファンタジー小説。ちなみに筆者は初出の〈講談社X文庫ホワイトハート〉の時代から愛読しているぞ(ついでに言えば同じ作者の「悪霊シリーズ」もX文庫ティーンズハートで持っている。昔からファンなのだ)。
『十二国記』は古代中国風の世界を舞台にした異世界ファンタジー。壮大な世界と物語は少ない字数ではとても要約できないので、ぜひ原作を読んでいただきたい(現在は新潮文庫で発売中)。ホワイトハート版からカバーと挿絵を担当している山田章博のイラストが魅力的で、イラストをきっかけに手に取ったファンも多いと思う。
アニメ版は會川昇が脚色、OVA版『ガラスの仮面』(1998)などを手がけた小林常夫が監督し、アニメーション制作はぴえろが担当した。『十二国記』をアニメにすると聞いたときは不安半分、期待半分だったが、原作のイメージを崩さない丁寧な映像化で見応えのある作品に仕上がっている。誰も見たことのない、しかしどこか懐かしい匂いのする異世界の物語に奥行と広がりを与えていたのが音楽だった。
『十二国記』の音楽を担当したのは、作曲家・梁邦彦。日本のみならず、香港、韓国などで国際的に活躍する音楽家である。本作以外のアニメ作品に『英國戀物語エマ』(2005)、『彩雲国物語』(2006)、『テガミバチ』(2009)、『暁のヨナ』(2014)などがある。
梁邦彦(りょう くにひこ)は1960年、東京生まれ。韓国人2世で韓国名はYang BangEan(ヤン・バンオン)。医師の家庭の末っ子で、小さいころから音楽に親しんで育った。音楽家になる夢を持っていたが、周囲の期待もあって日本医科大学に進学。しかし、在学中からプロの音楽家として活動を始めていた。卒業後、麻酔医として1年間病院に勤務したのち、「やはり自分の好きな音楽をやろう!」と決意して音楽の世界へ飛び込んだ。以降、キーボード奏者、作・編曲家、サウンド・プロデューサーとして多くのアーティストのレコーディングやステージに参加。1996年に自身のアルバム「The Gate Of Dreams」を発表し、ソロ・デビューを果たす。ソロ活動の傍ら香港や韓国のTV・映画の音楽を手がけるうちに、『十二国記』のオファーを受けた。ぴえろの社長と以前から知り合いだったことがきっかけだそうだ。初めてのアニメの仕事だった。
梁邦彦の音楽のルーツはボサノバ、ジャズ、ロック、クラシックなど、幼い頃から聞いたさまざまなジャンルの音楽だという。現実的な制約のあるポップスの世界と異なり、アニメの世界では何をやっても許されるイメージがあって、以前から魅力を感じていた。本作では、オーケストラ、民族楽器、シンセサイザーなどの肌触りの違うサウンドを組み合わせて、スケールの大きな音楽を作り出している。
サウンドトラック・アルバムは2002年7月に「『十二国記』オリジナルサウンドトラック1 十二幻夢組曲」のタイトルでビクターエンタテインメントより発売された。通常のCD用ジュエルケースではなく、DVDでおなじみの縦長のトールケース仕様での発売だった。大きなパッケージはプレミアム感があり、山田章博によるジャケット・イラストも見栄えがする。なお、アルバムタイトルには「1」が付いているが、「2」は発売されていない。代わりにダイアローグとBGMを収録したサントラ第2弾「『十二国記』イメージサウンドトラック 十二幻夢絵巻」が発売された。
「オリジナルサウンドトラック1 十二幻夢組曲」の収録曲は以下のとおり。
- 十二幻夢曲(Full Version)
- 十二国幻影(Sub Theme)
- 国〜聖なる響
- 妖魔
- 気配〜躍動
- 夜想月雫
- 威風王景
- 風駿
- 旅路〜蓬山遠景
- 十二幻夢曲(Acoustic Version)
- 国〜東方麗韻
- 蒼猿〜真実の鞘
- 襲来
- 混迷〜悲愴
- 月迷風影(Slow Version)(歌:有坂美香)
- 十二幻夢曲(Piano Solo)
梁邦彦は原作を読み、キャラクターのデザイン画などを見ながら作曲を進めたという。
アルバムタイトルにもなっているトラック1「十二幻夢曲」は、TVのオープニングに使用されたメインテーマ。アイリッシュハープとストリングスが奏でる幻想的なイントロに続いて中国風のメロディが登場、おだやかな曲調で十二国の情景を描いていく。中盤は波乱や戦いをイメージさせるダイナミックな曲調から幻想的な描写に展開、終盤は大きな運命の転変を予感させる重厚で勇壮な音楽になる。雄大な歴史ドラマ音楽を思わせる序曲だ。番組では中盤部分が省かれたショートバージョンしか聴けないが、フルサイズはたっぷり4分以上楽しめる。
メインテーマが『十二国記』の幻想歴史もの的側面を音楽化した曲とすれば、サブテーマとなる「十二国幻影」はキャラクターの思惑が絡み合う心理ドラマ的側面を音楽化したイメージの曲。弦楽器を中心に、悲しいような不安なような、ミステリアスな曲想が展開する。後半はリズムが入って陰謀や探究をイメージさせるスリリングな曲調に。英国ミステリードラマにも合いそうな音楽だ。
トラック3「国〜聖なる響き」はアコースティック・ギターとアコーディオンをメインにした郷愁感ただよう曲。豊かな(と言っていいのか……)自然に満ちた国の情景が目に浮かぶやさしい曲調の曲である。アコーディオンは梁邦彦が自ら演奏している。後半はリバーブのかかったピアノ(これも演奏は梁邦彦)とシンセサイザーのアンサンブルで靄に包まれたような幻想的な曲調になる。シリアスな曲が多い『十二国記』の音楽の中では貴重な、ぬくもりを感じる曲。
トラック4「妖魔」は、梁邦彦自身お気に入りだという妖魔の音楽。オーケストラとシンセサイザーを組み合わせた緊迫感に満ちたサウンドで、この世の物ならぬ恐怖の存在を描き出している。曲の合間に挿入される妖魔の咆哮をイメージしたサウンドが印象的。オーケストラは北京で録音、シンセサイザー・プログラミングは梁邦彦が担当した。美しく叙情的な音楽の印象が強い梁邦彦だが、こうした激しいロックテイストの音楽も書く作家なのだ。
音楽による『十二国記』の世界を広げているのがトラック6の「夜想月雫」。ピアノをバックに胡弓が愁いを帯びたメロディを奏でる。異国の地で月を見ながら想うのは彼方の世界か、自らの運命か……。そんなシーンを思わせる味わい深い曲だ。
トラック8の「風駿」は本アルバムの中でも聴きどころとなる名曲のひとつ。アコースティック・ギターが奏でるルンバ・フラメンカ風の伴奏とメロディ。秘めた情熱と悲壮感を感じさせる曲想だ。後半はティン・ホイッスル風の笛が加わって、ケルトミュージック的な香りをただよわせる。終始緊張感を失わない密度の高い曲である。『十二国記』の中で重要な役割を果たす神獣・麒麟やその麒麟が仕える若き王をイメージさせる曲だ。
トラック13「襲来」はシンセサイザーで作られたエレクトロな肌合いのサスペンス曲。生楽器中心の楽曲が多い本アルバムの中で異色のサウンドだが、それがまた異世界の雰囲気や妖魔の異様さを表現している。
トラック15はエンディングテーマ「月迷風影」のスロー・バージョン。アコースティック・ギターをメインにしたシンプルなアレンジで歌の味わいを際立たせている。この曲のみ吉良知彦の作・編曲。通常版はマキシシングルで発売された。
そして最後のトラック16はメインテーマのピアノ・ソロ・ヴァージョン。覚めない夢の中をさまよっているような余韻を残してアルバムは幕を下ろす。
古代中国風の異世界を舞台にした『十二国記』だが、梁邦彦の音楽はけして中国風に偏っていない。ときにクラシック風、ときに民族音楽風、ときにロック風、ときにテクノ風とさまざまな顔を見せる。音楽をひとつの色に染め上げるのではなく、さまざまな色を含む多様性をはらんだ音を作り上げること。それが、梁邦彦が『十二国記』の世界を読み解いた回答であったようだ。目指したのは「国境のない音楽」。日本に生まれながら日本人でない作曲家・梁邦彦のまなざしが生んだ音楽である。