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第69回 今の気分は……? 〜クレオパトラD.C.〜

 腹巻猫です。構成・解説を担当したCD「ザ・スーパーガール オリジナル・サウンドトラック」が11月25日に発売されます。ヒットメーカー馬飼野康二が『新・エースをねらえ!』と『ベルサイユのばら』の間に手がけた1979年放送の女性探偵ドラマのサントラ。馬飼野先生にインタビューも敢行しました。ぜひ、お聴きください!
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 今年(2015年)7月、アニメ音楽ファンにとって待望のCDが発売された。Columnbia Sound Treasure Seriesの1枚「海のトリトン オリジナル・サウンドトラック」である。1979年のアナログ盤発売以来の初CD化。そして、10月28日には鈴木宏昌が音楽を担当した実写映画「サーキットの狼」のサウンドトラックが初商品化された。鈴木宏昌はもちろん『海のトリトン』の作曲家だ。
 鈴木宏昌=コルゲンさんは、古くからのアニメ音楽ファンにとっては特別な名前である。『海のトリトン』の音楽だけでも、アニメ音楽史に燦然とその名が残る。『宇宙戦艦ヤマト』の宮川泰のように、永遠のマスターピースの作曲家として記憶に残る存在だ。
 1972年の『海のトリトン』の音楽で「アニメ音楽の魅力に開眼した」と語る人は多い。ジャズやブラスロックを取り入れたBGMは「人造人間キカイダー」よりも『科学忍者隊ガッチャマン』よりも早かった。アニメ・特撮作品の音楽は、「トリトン以前」「トリトン以後」と大きく分けられるほど、『海のトリトン』を境に大きく変わっていくのだ。
 鈴木宏昌は1940年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学在学中からジャズ・ピアニストとして活動を開始し、佐藤允彦、大野雄二とともに「慶応三羽ガラス」と呼ばれた。佐藤允彦はのちに作曲家として劇場アニメ『パンダコパンダ』(1972)や『哀しみのベラドンナ』(1973)の音楽を手がけ、大野雄二は『ルパン三世』の作曲家として大活躍する。なんとも不思議なめぐりあわせである。
 プロの音楽家となった鈴木宏昌はジャズ・ミュージシャンとして活動する傍らCM音楽の作曲も多数手がけ、その縁でTVアニメ『海のトリトン』の音楽を担当することになる。『海のトリトン』以外の映像音楽作品には、TVアニメ『若草のシャルロット』(1977)、『海底大戦争 愛の20000マイル』(1981)、OVA『クレオパトラD.C.』(1989)、実写劇場作品「サーキットの狼」(1977)などがある。1981年にスタートした日本テレビのトーク&音楽バラエティ「今夜は最高!」では音楽監督を務め、ピアニストとしてもレギュラー出演していた。
 「コルゲン」の愛称は、佐藤允彦のニックネームを受け継いだもの。その由来は佐藤允彦が音楽を担当したTVドラマ「お荷物小荷物」のサウンドトラック・アルバムのインタビューで語られている。ドラマーの石川晶のグループでピアノを弾いていた佐藤允彦は、石川から(蛙に似ていると思われたのか)「コルゲン」というニックネームで呼ばれていた。その佐藤が海外留学のためグループを抜けたとき、代わりに入ったのが鈴木宏昌だった。石川晶は鈴木宏昌を「2代目コルゲン」と呼んだ。やがて「2代目」なしのコルゲンが定着したのだ。
 今回は、そんなコルゲンさんの作品から『クレオパトラD.C.』を紹介したい。

 『クレオパトラD.C.』は新谷かおるのマンガを原作にしたOVA作品。1989年から1991年にかけて全3巻(全3話)が発売された。
 世界的巨大コンツェルン「コーンズ」グループの会長であるエキゾチックな美少女クレオパトラ(クレオ)が、知略にすぐれた4人のブレーン「フォーカード」とともにさまざまな事件に挑む物語。合衆国政府を動かすほどの力を持ったおてんば美少女クレオの破天荒な活躍が痛快な作品だ。
 音楽制作はユーメックスが担当。サウンドトラック・アルバムは東芝EMIより1989年3月にLPとCDが同時発売されている。
 収録内容は以下のとおり。

  1. One Very Special Girl(歌:須貝吏延)
  2. Skyscraper In Fantasy
  3. No Turning Back
  4. New York Night(歌:須貝吏延)
  5. Close Combat
  6. Shadows of N.Y. City
  7. Diamond Mystery
  8. We Four Cards(歌:大妻ひとみ)
  9. Mysterious Woman
  10. Tina、A Crystal Girl
  11. Someone Who’d Care(歌:大妻ひとみ)

 OVAのサウンドトラックは映像に合わせて細かく音楽をつけるスタイルのものが多いが、本作は違う。1曲が3分から4分以上の長い曲として作られており、独立した楽曲として楽しめる。
 1曲目「One Very Special Girl」は第1話のエンディング主題歌。フェードインしてくるリズムにサックスのメロディが重なるイントロ。もう、ここからコルゲンさんのアレンジの妙が楽しめる。ちょっと昔風のジャズ・スタンダードのようなメロディ。華やかなビッグバンド風のアレンジ。摩天楼の上から世界の経済を牛耳る美少女クレオパトラのゴージャスで明るい雰囲気が表現されている。
 2曲目「Skyscraper In Fantasy」は「幻想の中の摩天楼」と題された、ややもの憂いイメージの曲。下降していく同じ音型のメロディがサックスとエレキギターで繰り返される。混とんとしたニューヨークの街を表現したような曲だ。
 3曲目「No Turning Back」はシンセのフレーズの反復が緊迫感を生むサスペンス曲。中盤はギターとサックスのアドリブが入ってジャズ・セッションになる。終始変化し続けるドラムが聴きどころだ。
 4曲目「New York Night」はロマンティックな曲調の女性ボーカル曲。本編未使用なのが惜しまれる。
 5曲目「Close Combat」はリズムセクションが活躍するサスペンス曲。畳みかけるようなサックスのフレーズが危機感を盛り上げる。中盤はコルゲンさんのピアノのアドリブ。シンプルな構成ながらスリリングな展開の名演だ。BGMとしても使いやすい曲調で、第1話の冒頭でセスナ機が武装したヘリコプターに攻撃されるシーン、同じく1話のクライマックスでクレオたちが油田を危機から救う作戦を実行するシーンに使用されている。
 6曲目「Shadows of N.Y. City」はウッドベースとピアノをバックにサックスが歌う哀愁ただようバラード。でしゃばらず、しかし粋に奏でるコルゲンさんのピアノがカッコいい。大人の雰囲気の1曲。
 はじけたイントロから始まる8曲目「We Four Cards」はクレオのブレーンを務める4人の重役「フォーカード」が主役の歌。美男美女がそろったフォーカードにふさわしいスマートで都会的なタッチのポップスだ。第1話のパーティのシーンではこの曲のカラオケが、第2話の冒頭でクレオがスポーツカーを飛ばすシーンには歌入りが、第3話でクレオがパラグライダーを楽しむシーンでは再びカラオケが流れている。10曲目の「Tina、A Crystal Girl」は本曲のアレンジBGM。
 ラストに置かれた「Someone Who’d Care」は第2話のエンディング主題歌として使用された。幼くして両親を亡くし、孤児院で育ったクレオの胸に秘めた切ない想いをすくいとった味わい深い曲。コルゲンさんの曲とアレンジは、けしてべたつかず、希望を感じさせる曲調でクレオの未来へ向かう気持ちを表現している。

 完成度の高いアルバムだが、『海のトリトン』のような音楽を期待して本作品を聴くとがっかりするかもしれない。コルゲンさんの音楽は時代とともに大きく変化(進化)しているのだ。
 1972年の『海のトリトン』では、ジャズ、ロック、ボサノバ、マーチ、弦合奏など、多彩な音楽スタイルで海洋冒険物語にふさわしい熱気のこもった音楽を提供していた。荒々しさの感じられる演奏も劇画的なタッチで描かれた映像に合っていた。
 それが、1979年に発表された自主制作の再演奏アルバム「トリトン」(昨年CD化された)では、ぐっとスマートで洗練された演奏に変わる。演奏メンバーが変わっただけでなく、ミュージシャンとして鈴木宏昌がめざす音楽が変化した結果である。この再演奏版の「トリトン」を初めて聴いたときは物足りなく感じたものだが、今聴きなおすと、これはこれで得難い味がある。
 さらに、1981年に手がけたTVアニメスペシャル『海底大戦争 愛の20000マイル』では、再演奏版「トリトン」のスタイルを推し進めたスマートなフュージョン&クラシカルなオーケストラ曲を提供。当時次々と公開されていた海外SF劇場作品の音楽に挑戦したような趣がある。このサウンドトラック・アルバムは80年代アニメ音楽の隠れた名盤のひとつで、復刻再発を期待したい。
 そして1989年に発表された本作『クレオパトラD.C.』。コルゲンさんの音楽は、ポップで洗練された都会的なジャズに変わっている。作品のカラーに引っ張られた……という面もあるかもしれないが、これが、1989年当時の、コルゲンさんにとって「気持ちのいい音楽」だったのだと思う。
 きっと、コルゲンさんの頭の中には『海のトリトン』の残滓はもう残っていなかっただろう。作曲家の中には、ひとつのスタイルを貫くタイプの作家、注文に応じてさまざまなスタイルの曲を書く作家などがいるが、コルゲンさんは、自分のスタイルを次々と上書きして新しい音楽を追求していくタイプの作家だった。『クレオパトラD.C.』の音は1989年当時のコルゲンさんの現在進行形の音。過去も未来もない。今ここで生まれている音が自分の音だ、という自負がコルゲンさんにはあったに違いない。そのジャズ・ミュージシャンらしいライブ感とこだわりが、イキのいいキャラクターが活躍する『クレオパトラD.C.』にふさわしい音となって結実した。まさに世界に君臨する美少女クレオにぴったりの音楽だ。
 ただ、あらためて本編を確認すると、ここまで作り上げた音楽があまり活用されていないことに気づく。第2話からはシンセサイザーによるBGMが増えて、ジャズ色は急速に薄くなり、第3話では鈴木宏昌と連名で別の作曲家の名がクレジットされる。ジャズとして完成された音楽がBGMとして使いづらかったのだとしたら、なんとももったいない話だ。

 鈴木宏昌が手がけたアニメ音楽は、本作が最後となった。90年代以降はジャズに回帰。ライブやスタジオワークを中心に活躍した。晩年は病気と戦いながらも音楽への意欲を失わなかった。2001年5月に惜しくも60歳の若さで永眠。音楽葬では、盟友、佐藤允彦を中心に、渡辺貞夫、日野皓正、マリーンらが演奏と歌でコルゲンさんの旅立ちを送った。
 今年8月、「サーキットの狼」サウンドトラックの取材に同席させていただいて、コルゲンさんの次男で音楽家としても活躍している鈴木豪(すぐる)氏の話を聞いた。晩年のコルゲンさんは「考えることが全部ピアノで弾けるようになってきた」と話していたそうだ。
 ああ、でもやっぱり、『海のトリトン』サウンドトラックのCD化をコルゲンさんに見届けてほしかったですよ。「もう覚えてない」って言われるかもしれないけど。いまだCD化されていないコルゲンさんのアニメ音楽(『若草のシャルロット』とか『海底大戦争 愛の20000マイル』とか本作の未収録音楽とか)をいつかきちんと発掘紹介したいです。

クレオパオラD.C. オリジナル・サウンドトラック

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海のトリトン オリジナル・サウンドトラック

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トリトン

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