COLUMN

第68回 生と死の狭間で 〜灰羽連盟〜

 腹巻猫です。10月8日、ガメラ生誕50周年記念映像「GAMERA」が公開されました。怪獣映画好きの心を直撃する仕上がりで、ゴジラに続いてガメラも復活か!? と期待が高まります。それで思い出されるのは1995年に公開された「ガメラ 大怪獣空中決戦」の衝撃。怪獣映画という大嘘をリアルに描いた脚本・演出・特撮に加え、怪獣映画音楽に正面から取り組んだ大谷幸の音楽に魂が震えました。21世紀の日本特撮映画ルネッサンスは来るのか?


 大谷幸といえば、「ガメラ」に代表されるような骨太でしかもロックな音楽を書く作家というイメージが筆者にはある。けれど、それはたぶん筆者の怪獣好きゆえの偏った見方で、大谷幸の作風はもっと幅広い。
 今回取り上げるのは、大谷幸作品の中でも異色の名作『灰羽連盟』。2002年にフジテレビ系で全13話が放送されたTVアニメ作品だ。安倍吉俊の原作をところともかず監督が映像化。シリーズ構成と脚本を原作者が自ら手がけている。アニメーション制作はRADIXが担当した。
 『灰羽連盟』はふしぎな作品である。舞台は壁に囲まれたグリの街。ヨーロッパの古い町並み風にも見えるが、いつの時代のどこともわからない。街では普通の姿をした人々とともに、灰羽と呼ばれる、背中に羽、頭上に光輪を持った少女たちが暮らしている。その少女たちが送る素朴な生活、心の揺れなどが丁寧に描かれる。
 灰羽が暮らす世界のなりたちや灰羽たちの存在の秘密などは謎に包まれたままだ。ファンタジー……と呼ぶには、少女たちの持つ悩みや傷つく心があまりに生々しい。アニメで描かれた“幻想文学”と呼びたくなるような、独特の雰囲気を持った美しい作品である。キャラクターも美術も芝居も、すべてが手作りの工芸品のような繊細でぬくもりのある仕上がり。大谷幸の音楽もしかりである。

 大谷幸は1957年、東京都出身。モダンダンサーの両親のもとに生まれ、音楽と舞踏の中で育ったという。日本大学芸術学部作曲コースでクラシックと現代音楽を、An School of MusicでJazzを学んだ。ダンガン・ブラザーズ・バンドのキーボード奏者やサザン・オールスターズ、桑田バンドなどのコンサート・サポート、アレンジャー等を経て、映像音楽を手がけるようになった。
 代表的な映像音楽作品は、実写劇場作品「夜逃げ屋本舗」(1992)、平成ガメラ三部作(1995-1999)、「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(2001)、TVアニメ『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』(1991)、『新機動戦記ガンダムW』(1995)、『金色のガッシュベル!!』(2003)、『灼眼のシャナ』(2005)、『無限の住人』(2008)、『薄桜鬼』(2010)、『とある飛空士への恋歌』(2014)など。ゲーム「ワンダと巨像」の音楽も話題になった。
 シンセサイザーを用いたデジタルな音作りも積極的に取り入れている大谷だが、本作ではその作風を封印、生楽器による素朴で温かい響きで作品世界を彩っている。本作の独特の雰囲気を支えている大きな要素のひとつが、大谷幸による音楽だと思う。
 サウンドトラック・アルバムは2002年12月21日にパイオニアLDC(のちのジェネオンエンタテインメント、現・NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン)より発売された。
 収録曲は以下のとおり。

  1. Refrain of Memory
  2. Free Bird
  3. Toga
  4. Breath of a germ
  5. Starting of the world
  6. A little plate’s Rondo
  7. Silent Wonderland〜REM sleep〜
  8. Song of Dream, Words of Bubble
  9. Rustle
  10. Shadow of Sorrow
  11. Blight
  12. Wondering(Vocal:Donna Burke)
  13. Fanding
  14. Ripples by the drop
  15. Someday, Lasting, Serenade
  16. LOVE WILL LIGHT THE WAY(Vocal:Julianne)
  17. Ethereal Remains
  18. Blue Flow TV edit(Vocal:伊藤真澄)
  19. Ailes Grises

 手の込んだ美しい作りのアルバムである。ブックレットの表紙を開くと半透明の遊び紙が挟み込まれており、詩のような前書きが書いてある。ブックレットの中面、CD盤面(レーベル)、トレイ下などにもイラストがふんだんに使われ、レイアウトや色使いも作品にマッチした美しい(しかし華美でない)トーンに整えられている。「モノとして手元に置いておきたい」と感じさせる魅力的なアイテムになっている。
 楽器編成は、ストリングス、ピアノ、ギター、パーカッション、ケーナ、ハープ、マンドリン、アコーディオン、ハーモニカ、そしてコーラス。ストリートミュージシャンが手にするような素朴な楽器が目立つ。町の人が手に手に楽器を持ち寄って作り出した音楽のような印象だ。人間の体が紡ぎだす血の通った音。これが本作にはどうしても必要だったのだろう。
 1曲目「Refrain of Memory」はピアノ・ソロから始まり、ギター、弦、ケーナが加わってフォルクローレ風のメロディを繰り返す。第4話で主人公の少女ラッカが塔の上から記憶を運ぶという鳥が壁を越えて飛んでいくのを見送る場面に流れている。「記憶の反復」という意味のタイトルがなかなか深い。
 2曲目「Free Bird」は第2話以降のオープニングに使用されたインストゥルメンタルのテーマ。ラッカが空から落ちてくる映像が印象深い。畑亜貴の作詞、伊藤真澄の歌で「free bird 〜真昼の月へと〜」という歌曲にもなり、イメージアルバム「聖なる憧憬」に収録されている。
 3曲目「Toga」はグリの街を訪れる交易人トーガのテーマ。淡々とした民族音楽風のアンサンブルにバイオリンとケーナによる神秘的なメロディが現れて、不思議な雰囲気をかもし出す。第2話のトーガ登場場面に使用された。
 4曲目の「Breath of a germ」は弦合奏を主体にしたおだやかな曲。第12話の過ぎ越しの祭りの場面に流れている。街の情景のイメージにも聴こえるが、タイトルは「胚の息吹(呼吸)」とこれもまた深い。
 5曲目「Starting of the world」、6曲目「A little plate’s Rondo」などは灰羽や街の人々の暮らしを描写する生活感のある曲。フィドル風のバイオリンやマンドリン、ケーナ、パーカッションの響きが何気ない日々の発見やよろこびを表現する。このあたりは、世界名作劇場的な味わいがあってほっとする。同様の曲想は9曲目「Rustle」、15曲目「Someday, Lasting,Serenade」などでも聴くことができる。「Someday, Lasting, Serenade」は第6話でラッカが旅立ってしまったクウの服をもらう場面で流れて、しみじみとした情感を演出している。
 とりわけ印象深いのは、灰羽たちの繊細な心のゆれを描写する曲だ。
 11曲目の「Blight」は第1話で目覚めたばかりのラッカがレキから灰羽のことを教えられて混乱し苦悩する場面や、第12話でレキが廃工場の友人に白い鈴を渡して別れを告げる場面に流れた弦合奏による瞑想的な曲。哀しみとも寂しさとも言いきれない、複雑にゆれる想いを表しているようだ。タイトルの「Blight」は明るさを意味する「Bright」ではなく、植物を枯らす病気や暗い影を意味する英語。灰羽たちの羽を黒くする心の影を示唆しているようで、これも深い。
 12曲目「Wondering」はアイリッシュハープをバックにしたリリカルなボーカル曲。大谷幸の作曲ではなく、アイリッシュハープ奏者の坂上真清が作・編曲を手がけている。大谷幸は『灰羽連盟』の音楽を書くにあたって、ケルトミュージック的な発想をイメージしていたという。だから、この曲も大谷作曲の他の曲とみごとになじんでいる。本編では第11話でラッカが街の壁の中を流れる水路の奥で子どもたちの声を(声だけを)聴く印象的なシーンで使用されていた。
 14曲目「Ripples by the drop」は、大谷幸自身が奏でるピアノ・ソロによるミステリアスな曲。タイトルは「滴が起こす波紋」という意味だが、dropは「落下」とも訳せるので、二重三重の意味を込めているかもしれない。第6話で旅立つクウがラッカにそれとなく別れを告げる場面、第7話でラッカが旅立ってしまったクウに呼びかける場面に流れた。
 17曲目「Ethereal Remains」はコーラスをフィーチャーした幻想的な曲。ささやいているような子どもの声と女声コーラスが重なり、物語の一場面をイメージさせるような不思議な印象の曲になっている。本編では第10話でラッカが灰羽連盟の長に案内されて壁の中の水路を進む場面に使われ、忘れられない印象を残している。
 18曲目はエンディング主題歌「Blue Flow」。畑亜貴による詞、伊藤真澄による曲と歌は作品のイメージにぴったりで、サウンドトラックの楽曲にも溶け込む奇跡のような名曲だ。本アルバムではTVサイズでの収録。
 最後の「Ailes Grises」は本作の中でもとりわけ重要な場面に使用された。第1話の冒頭、ラッカが空を落ちてくる幕開けの場面に流れた曲である。大谷幸のピアノはやさしく温かく始まり、哀しみを帯びたドラマティックな主題に展開する。終盤はふたたびやさしくなるが、最後はマンドリンが不安なトレモロを重ねて終わる。タイトルの「Ailes Grises」はフランス語で「灰色の翼=灰羽」の意。本作の真のメインテーマと言ってよいだろう。
 この曲は最終話でもう1度使われている。ラッカが自分を拒んだレキの真の気持ちを知る場面である。第1話冒頭と最終話のクライマックスに同じ曲を流すことで、隠されたドラマをさりげなく知らせているように感じる。奥深い音楽演出だ。

 本作の音楽を「癒しの音楽」「美しい音楽」と呼ぶのは、間違いではないにしても、それだけですますのは少しもったいないと思う。
 たしかに心安らぐ音楽、しみじみとした思いになる音楽だが、曲が内包するメッセージは作品同様に深く重い。
 大谷幸は『灰羽連盟』の音楽を計算ではなくインスピレーションで創り出していったという。できあがった音楽は、「悲しみ」とか「よろこび」といった情感を導く機能的な音楽——劇伴らしい音楽——ではなく、重層的な作品世界と一体となったような、ひとことで「こういう曲」と説明しきれない複雑な魅力を持った楽曲になっている。
 そして、大谷幸の直感は、本作に通奏低音のように流れる重要なテーマ、すなわち「死」を、間違いなく楽曲の背後に潜ませている。本作の音楽を聴きながら感じる、温かい中にもどこか張りつめたような、心の奥深くに届いてくる「祈り」ような響きはそのせいだと思うのだ。
 大谷幸という作家は、そういう「真剣勝負」のような音楽を書く作家なのである。若いときからそうそうたるアーティストのツアーやレコーディングに参加し、百戦錬磨のツワモノミュージシャンとやりあってきた大谷幸の音楽には、現場の真剣勝負で鍛えられたある種の凄味というか、鋭さが宿っている。その瞬間にしか生まれない音楽、インスピレーションからしか生み出せない音楽というのを大谷幸は信じていると思うのだ。その直感が生み出す音楽は、おだやかなたたずまいをしていても侍の剣のような閃きを内に秘めている(筆者は大谷幸の音楽を勝手に「侍の音楽」と呼んでいます)。
 『灰羽連盟』の音楽も、やさしい印象とはうらはらに、生と死の狭間にぐいっと切り込んでくる鋭さを宿した音楽である。それは『灰羽連盟』が秘めたテーマにもぴたりと合っているし、『灰羽連盟』という作品が大谷幸の音楽を呼び寄せた、と言ってもよいかもしれない。

灰羽連盟 サウンドトラック ハネノネ

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灰羽連盟 イメージアルバム 〜「聖なる憧憬」〜

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Blue Flow

※伊藤真澄(Heart of Air)が歌う主題歌のフルサイズを収録したMAXIシングル。
カップリングの「硝子の夢」は大谷幸によるメインテーマ「Ailes Grises」に詞をつけた歌。
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