COLUMN

第60回 あの海を心のスクリーンに焼きつけて

 アニメーションの動きをヒトがどうやって認知しているのか、みたいなことを、アニメーション学会や映像学会の研究会で連続的に取り扱ってもらっているのだが、今のところそうした場所で行われていることは土台作りなのだと思っていて、見果てぬ夢として「アニメーションの動き」のことを誰でも平易な言葉で語れるようになればいいなあ、という気持ちで携わっている。概念が整わないと言葉が生まれないし、言葉で表せないと意識の上にのぼりにくくなってしまう。アニメーションを眺める上で「動き」のことが一番論評しにくくなっているだなんて、やっぱりそうじゃない方がいいと思うのだ。
 こうした研究会は、知覚心理学、認知心理学など心理学の先生方と進めてゆくことになるのだけれど、こうした分野の学者さんたちのアニメーション分野への興味は「動き」のほかにもまだまだあって、例えば、実写ならば「カメラのレンズで現実を切り取って画面のフレームの中に収める」ということをやっているところを、アニメーションだと「人の頭の中で処理して画面を作り上げている」ということがあって、そこへの注目があったりする。そういうところから、「ああ、人ってこういうふうに景色を認知しているのだなあ」などという一般論につながっていったりする。
 そうした主題の研究会で、とあるアニメーション作品の画面作りが取り上げられて、「人ってここまで写真のレンズみたいに景色を認知できることもあるのだ」という説明がなされているのを聴いたことがあるのだけど、自分は知ってしまっていた。その作品の画面作りは、実景を写真に撮ってそれをトレースして行われていたのだった。

 呉や広島へのロケハンも回数を重ねてきて、この原稿を書いているつい1週間前にも行ってきたばかりで、撮ってきた写真もだいぶ溜まっている。作ろうとしている作品の性格上、同じ場所でも一日の中の時間帯によって、あるいは季節によって、例えば太陽の当たり方なんかで違って見える感じも味わっておけるに越したことはないので、同じ場所を繰り返し訪れることも無意味ではない。
 それにしても、撮ってきた写真はやっぱりあまり頼りにしにくい。たとえそれをなぞってレイアウトに仕立ててみたところで、同じ場所をもう一度訪れると違う印象が待ち受けている。一番大きいのは、レンズの選択の問題だ。ロケハンで撮ってくる写真は、周囲に何があるのかという記録の目的にどうしても傾きがちで、なので広角レンズ側で撮影してしまいがちになる。自分などもほとんど魚眼レンズみたいなのまで使ってみたし、松原さんもロケハンに出かける直前には、全周を一度に撮影できる最新のカメラをすごく欲しがっていた。カメラをあちこちに向けて写真を撮りまくっても、それら写真相互の関係性が記録されていないと、位置関係が結局あやふやになっていってしまって、一番肝心なことであるはずの「その場所はどんな空間なのか」ということの記憶があやふやになっていってしまうのだった。ロケハンから帰ってしばらく経つと、だいたいそこが抜け落ちてしまっていて、「もう一回行きたい」といいだすことになってしまうのがもっぱらであるわけで。
 ということで、1枚の写真中にいろいろなものの位置関係の具合を捉えやすい広角レンズで撮影したものが増えてきてしまうのだけれど、これをそのままなぞるとやっぱりあまりよろしくない。もう一回現地に立って眺めなおすと、全く違った景色がそこにあってしまう。
 人間の目にはズームの機能はないのだけれど、視覚系から入ってきた情報を頭の中で処理する過程で、クローズアップ的にだとか、広角レンズ的にだとか、いろんなふうに再構成して見ることができるようになっている。劇場とかTVだとかで、何かに注目するときに対象物にスッ! とズームアップするような映像があるのは、そうした人間のアタマの中で再構成されたものをさらに再現しようとしているのだと思えばよい。

 長々とした展開になっているのだが、つまるところは、先週のロケハンで、上長ノ木の段々畑(のモデルになった場所)に立ちなおしてみて、そこから見える海の大きさがすごく大きかったことに目を見張ってしまった、という話なのだった。
 写真の中ではあんなに画面奥に遠く、小さなものでしかなくなってしまっていた海は、現地に立つと眼前一面に広がっている。この海をよく見たい気持ちが高まって、われわれの目がズームレンズになってしまって、それを大きく見せているのだろう。
 そう思うとカメラに望遠レンズをはめ込みたくなるのだが、望遠レンズで上手く撮れるほど後ずさりができないのが段々畑というロケーションの厄介なところなのだった。穴でも掘るか、と実写なら考えてしまうのだけれど、アニメーションはそこが違う。
 青い海のある風景は偉大な感じがする。すずさんはそれを毎日前にして、ごくささやかな生活を送っている。そうした感じを絵にしてみたい。それはもう、心で描くしかないものなのだった。
 そうした気持ちを心に焼きつけて、段々畑の階段を下る。
 心に抱いたまま東京へ戻る。
 そうして帰ってきた東京では、すでにいったんできあがっていたレイアウトを描き直してもらうしかなくなり、リテイクを出す。
 結局そんなことになってしまうのだった。申し訳ないです。

 冒頭で触れたアニメーションの動きの研究会なのだけれど、近くさらに開催があるので、この場を借りてお知らせします。アニメーションの作画や演出の現場の方にできるだけのぞきにきていただけるとよいなあと思います。


日本映像学会 映像心理学研究会 研究発表会開催のご案内

■日時
 12月14日(土曜日)14:30〜18:00
■会場
 日本大学文理学部3510教室
■プログラム
 14:00-15:00 「アニメーションの動きについて」深井利行(ブレインズ・ベース)
 15:10-16:10 「提案〜アニメーションとは「動きの造形」である」森田宏幸(アニメーション作画・演出)
 16:20-17:20 「コマ撮りの違いがポイント・ライト・ウォーカーの印象に与える効果について」中村浩(北星学園大学短期大学部)
 17:30-18:00 全体討議
■参加申込
 どなたでも参加できますが、資料作成の都合上、12月12日までに下記までお申し込み頂けますと助かります。なお申込み無しでのご参加の場合、配布資料をご用意できない場合がございますので、予めご了承ください。

http://jasias.jp/archives/1854


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