COLUMN

第61回 手で触れて感じて、はじめてわかること

 この映画のために下調べしてきたあれこれについて披露させていただく機会を、広島や呉では何度か得てきた。
 広島の人から見てよそ者である自分のような者が、戦時中だとか原爆が落とされた前後の広島を舞台にとって映画を作る、というのは案外度胸が要ることで、そのためもあって自分自身の内側に「裏打ち」を築きあげなくてはならなくなってしまっていた。なんだかたいへんな量の下調べを積み上げては、ようやくちょこっとだけの「理解を得る」ということを繰り返している。呉のこと、広島のこと、それからこうの史代さんの「この世界の片隅に」というマンガそのものへの理解も含めて。
 そんなこんなの下調べをどんな感じでやっているのか人前で喋るというのは、別に「ここまでやってます」とアピールするのが目的ではなかったつもりなのだが、今回リサーチと称してやっていることが滑稽なくらい大仰なことになってしまっているのを広島や呉の方々の前で曝してみて、なんだか面白がられるくらいにはなってきたように思う。
 ふと思った。そういえば自分たちの地元である東京ではそういうことを1回もやってないな。『この世界の片隅に』はじゅうぶん普遍的な内容を持つ作品なのだし、同じように喋る機会を東京でもってもよいのじゃないだろうか、という気がしてきた。

●2013年12月1日(日曜日)

 というようなことを、ごく簡単に縮めてツィッターで独り言してみた。なにせ140文字しか使えない。ごく簡単に縮めるしかない。ふつうの人はまだ寝ていると思われるまだ夜明け前の時刻につぶやいたのだけど、とたんに「それはぜひやってほしい」というリアクションをいくつももらってしまった。ちょっとびっくりするくらいの反応があって、アニメ様こと小黒さんからは、会場の心当たりがある、という連絡までもらってしまった。小黒さんからだけでなく、ほかの方からも同様な会場提供のご提案をいただいている。
 唐突に事態が現実味を帯びてくると、早速にも現実的な対応が必要になる。例えば当方のプロデューサーの承認を得なければならない。トークイベントをやるとして、トークの内容をどうするのかとか、展示物とかで何ができそうかとか、簡単にでもアタリをつけなくてはならない。それから、イベント自体の題名もつけなくてはならない。
 実はイベントのタイトル案出が一番早くって、日曜日じゅうには決まってしまっていた。
 そのほかのこともおおむね月曜日の夜いっぱいにはなんとかなってしまった。このスピード感には、『マイマイ新子と千年の魔法』が巻き返しに転じた頃みたいな追い風感を、久しぶりに嗅いだ気がする。
 ということで、12月23日月曜祝日、新宿ロフトプラスワンを会場に、第77回アニメスタイルイベント「1300日の記録特別編 ここまで調べた『この世界の片隅に』」というのを催す。
 詳細はこちら。http://animestyle.jp/2013/12/04/6629/

 何を喋ろうったって、映画ができあがっていれば「あのシーンのコレコレは実は……」みたいな話題もできようものが、今回そうはいかない。
 思えば、こんなに下調べを重ねることになったのも、そもそもこうのさんの原作からしてかなり綿密なリサーチの結果成り立っているものだったから、というのが最初の理由であるわけで、その辺のことをちょっと喋ってみるのもいいかもしれない。そういう自分自身、ちょっとした調べ物をしてはじめて「この世界の片隅に」というマンガの表象に描かれた様々にそれぞれ背景があることに気づけたというわけで、そうでない読者のみなさんにその片鱗を聞いてもらうのもよいのかもしれない。
 そのほか、この物語を味わうときに携えていると味わいが増すはずの「手触り、香り、味覚、音」といったものも当日用意してみたい。そんな五感で味わった記憶を携えて読み直せば、すずさんのあの時代がより鮮明に感じられるのじゃないか、と、こちらで思ったいくつかのものを持参してみようと思っている。

●2013年12月8日(日曜日)

 手触りやなにかで感覚的にも理解するということでは、われわれだって全然終点に至っていない。
 この日は東京湾の海辺の方まで出かけて、海苔漉きを自分の手で体験してきた。正確にいうなら、広島流ではなくて東京の江戸前流のやり方は「海苔付け」というのだそうだ。
 参加者は、浦谷、松原、片渕。
 粉々にして水に溶かした生海苔を、簾の上の型枠に流し込んで、四角く平べったいシート状にして、干して乾かす。
 そこで教わった「海苔付け」のやり方がかなり合理的に思えてしまったので、それとは違った方法でやる広島の「海苔漉き」がこれまで自分たちが理解してきたとおりでよいのか、ひょっとして広島でも実は東京と同じやり方をしてたのじゃないだろうかなどと、三人そろってかなりグラついてしまった。東京で使っているあの道具、われわれが見落としてるだけで、実は広島にも存在してたのじゃないだろうか。
 スタジオまで戻ってきて、江波の海苔作りの資料をひもとき直した。やっぱり広島流と東京流はだいぶ違うらしい。よかったというべきか、いや、広島の海苔漉きは結局自分たちは体験できてないのかも、ということなのか。いつか、広島の海苔漉きも体験してみたくなってしまった。
 今月中には、昔の家屋の畳を上げて、その下をのぞくこともやってみようと思っている。
 「といって、要するに古い家の大掃除の手伝いなんだけど」
 「望むところです」
と、答える松原さんが頼もしい。

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