COLUMN

第52回 「海死ね」灯台と、「それでもここが好き」駅

 『マイマイ新子』のときに応援していただいたマンガ家の青木俊直さんが毎日「あま絵」を描くようになって、たちまちBNF(Big Name Fan)として時の人になっていってしまったのだが、青木さんに転機があったとすれば26話、少女たちが手をつないで走る場面だったのじゃないかと思う。それまで落書き程度だった青木さんの絵は、その直後から急速に「作品」化していった。同じく女の子たちが手をつないで走る場面を描いた自分としては、ああなるほどと思ったのだった。
 自分自身これはいいなあと思ったのは、第5話の深刻な話題「きれいな海やおいしいウニ、かわいい電車、それだけじゃ人は生きていけない」のナレーションに続く、
 「それでもアキはここが好き。ここにいる自分が好きです」
 と、「袖ヶ浜駅」ホームで屈託なく笑う顔に潮風を感じるカットだ。
 やがて知り合い友だちどうしになったもう1人の少女が、トンネルに向かって自分の希望を声の限りに叫ぶのも、この同じホームだった。このホームで駄弁っていた2人の高校生女子の場面から先のおもしろおかしい展開は、全部この時点でのこの2人の夢想であってもいい、とさえ思っている。疎外感の底に埋没していたところから浮上できたはかないけれど、のびやかな自由。何者かになりたいと願う心。この年頃だけに許される特権。

 われわれの久慈行きツアーは二戸駅集合だったのだが、久慈の現地で落ち合うことにさせてもらって、一行の予定より半日早く着くことにしてしまった。ちょっとだけ自分たちの見たい場所に行く時間ができた。朝7時から久慈駅で売り出すウニ弁当を首尾よく手に入れて朝ごはんとしたあと、浦谷さんは、青木さんが探訪記事を書いていた「自転車で北鉄の列車と並走する道」に行ってみたいという。
 こっちだ、というので従ってみたのだが、道がわからなくなった。気がついたら、陸中野田の広大な津波被災地に出てしまっていた。防波堤が破れ、津波対策のために海辺を避けていたはずの三陸鉄道の線路が、ここだけは海岸沿いを走っている。線路は間違いなくいったんは大きな被害を蒙ったはずなのだが、今は復旧されていた。ドラマの中で2012年7月1日に開通する、という話になっているのがこのあたりの線路のことなのだ。
 目的地を見つけられない浦谷さんは「もっと先かな?」というのだが、地図を見直してみることにした。線路にすぐ沿って道が走っているのは、このずっと手前で1ヶ所くらいしかない。オープニング冒頭で「北鉄」の列車が走る場面の撮影地はこの辺のはず、と思っていたあたりだった。そこへ向かってみると、これが正解で、主人公がときどき自転車で列車と並んで走っていたまさにその道だった。翌々日に乗った列車の車掌さんからは、あの撮影のときは自転車に列車を追い抜かせなくちゃならないので目いっぱい速度抑制して走らせた、と教えてもらった。あらためて思うと、オープニングの1カット目、2カット目で列車が走っているのももこの場所の線路の上だった。よくよく画面を観直すと、1カット目と2カット目では列車が逆方向を向いて走ってる。ラジコンの空撮カメラで往復させる列車を繰り返し撮影したのだろうなあ、などと想像。
 久慈の合流時間までそんなに余裕もないので、ちょっとだけ小袖漁港に寄ってみて、市内に帰る。ツアー本体と合流して、まめぶ汁の昼食を食べ、マイクロバスに乗せてもらって、案内されたのは結局、野田の津波の跡だった。ツアーの引率はオープニングで「潜水指導」でクレジットされている二方で、その人たちのために一肌脱いでマイクロバスの運転とガイドを務めてくださるのは、ロケのスタッフと出演者から「おとうさん」と呼ばれていたという方だった。この方が様々にコーディネートした結果として、この土地をモデルとしたドラマが成立している。その大いなる存在が最初にわれわれに見せてくれようとしていたのが、野田村に残る津波の爪痕なのだった。
 あとは琥珀博物館に行き、市内に戻って秋祭りの大山車を作っているところを見せてもらった。お祭りは1週間後、ああ、この山車が練り歩くころには自分はもう東京なんだなあと思ってしまって、同じような台詞をいっていた主人公の心情とダブってしまうのだった。
 去年の山車はもうなくっちゃったけど、これだけ残してある、と展示してあるところに案内してもらったら、「ああ、この山車が練り歩くころには」という台詞のちょっと前のところで、ユイが目の血走りを描きこんでいた巨大な鬼の顔がそこにあった。ユイが描いた目の血管だけ、ほかとは色が違っていた。
 ホテルで夕食をとり(またしてもウニとまめぶ)、ロケ隊御用達だったというスーパーで買い出しして、その日はホテルの部屋飲み。
 このツアーの前の日の放映分で、水中撮影の場面があったのだが、
 「いやー、あの日は濁ってたからどうなるかなと思ってたけど、きれいに撮れてましたねえ、よかった!」
 などという話をちょっとだけ聞かせてもらえた。
 「あの水中瓦礫のシーンですよね。あの水の中にあるものがダイナミックに大きく映ってて、あそこが震災の大きさを一番よく感じられました。あれってどこで撮ったんですか?」
 「あれも小袖。あのコンクリ、ほんとはテトラポッドの基礎部分なんですけどね」
 「ああ、なるほど。実は僕、種市くんが南部ダイバーに戻って水中瓦礫撤去に活躍する雄々しい場面が観たくて期待してるんですが!」
 「さあ、そんな展開になるかなあ?」
 と、未放映のことは一切教えてもらえない。
 (別の日に一緒にTVを観ていたら、まさに種市先輩がヘルメット潜水で水中瓦礫を撤去している場面にぶちあたって、そのときは「片渕さん、ほら、やってますよ!」とわざわざ画面を指さしてもらった)

 翌日は「袖ヶ浜」のロケ地である小袖の漁港と海女センターに行った。「潜水指導」のインストラクターの方が、この日9月11日はちょうどこの地でロケを開始した丸1周年にあたるので、ちょっと偶然で驚いた、という話をしてくれた。3月11日の震災から丸1年半の日でもあったので、午前9時に黙祷を捧げ、撮影に臨んだのだという。ちょうどその同じ時間にもういちど小袖を訪れるとは、ということだった。
 ここが海であることを満喫し、ウニを割ってもらって2個食べた。
 それから、尾根の上の監視小屋まで登り、さらに堤防の突端の「海死ね灯台」を見に行く。
 「海死ね」「ウニ死ね」などの若い春子の落書きは、ほんとうは灯台そのものに描くプランだったのだが、船舶航行上の保安施設にそれしきでも手を加えるのはよろしくない、ということになって、あの形になったのだという。堤防の上の地面にマジックで書いた故郷への悪口雑言、まだ見ぬ東京への期待の文字の横で、満たされない10代の春子が大の字になる場面は大好きだし、40を過ぎて戻ってきた春子が同じ場所にビール缶とともに大の字になる夜のカットも大好きだ。演出側の腹積もりがどうあろうと、ファン心理は結果的に画面としてでき上がったものに寄ってゆく。
 ところで、このあたりのことは前もって航空写真で眺め倒していたので、細かいことが気になっていたのだった。
 「この灯台の向こうの海の中、一面テトラポッドですよね」
 「はいはい」
 「飛び込むシーン何回かあったけど、どうやって撮ったんですか?」
 「あそこは2メートル四方だけ大丈夫な場所があって、そこにマーク打っといて、それ目がけて飛び込んでもらったんです」
 なるほど。
 そのあとは、「おとうさん」の運転で、ドラマには出てこない白樺とブナの林に連れて行ってもらった。かわいらしいキノコが生え、バンガローなどもあり、
 「一度、ホテルが満室だったときに、ロケ隊全員こっちのバンガローに泊まってもらったことがあって」
 などと、「あまちゃん」からテーマが外れるようで、また戻ってゆく。
 夜は、ドラマの出演者のサイン色紙で壁が埋まった店で酒盛りをし、「おとうさん」ともちょっと話をすることができた。震災から最初の夏には海女を復活させ、海水浴場さえ開いたこの土地を誇っておられた。
 それから久慈の名物とされているスナックにもなだれ込んだ。「おとうさん」は演歌を美声で歌い上げ、自分はカラオケのマイクを握って潜水土木科の磯野心平教諭の真似をしたようだが、詳細は書かない。

 三日目の最後の日は、朝から三鉄北リアス線で田野畑駅へ向かった。ツアーの女性軍が乗り合わせた男子高校生と話をしている。
 「ドラマでここの土地が有名になって、どう思ってる?」
 「いいことだと思います。ただ、その、部活で疲れて帰るとき、満員で座れないときもあって」
 彼は翌日には東京で就職面接なのだそうだ。
 「自分のこと『ずぶん』っていったらウケ取れるよ。今ならここの出身っていって人目引けるからね。がんばんなよ」
 今現在この路線は田野畑駅で途切れている。ユイのすむ畑野駅としてロケで使われていた場所だ。着いた駅の待合室のテレビで、朝の「あまちゃん」の放送が始まった。「片渕さん、ほら、やってますよ!」といってもらったのはこのときのことだったが、そのうちに、画面の中にここの駅が映り始めた。復旧が滞っている鉄道開通を応援するために、人々が今は列車が走らない線路の枕木に寄せ書きをする、というエピソードだった。
 「私たち水中班はあのとき休みで、お休みなのでこっちの方に遊びにきていて、駅に戻ったらホームの駅名が『畑野』に変わってて。あれれ、撮影やってる……」
 そんな話をうかがいながら、その向こうで線路が途切れているトンネルを眺めた。来年4月にはあの向こうにも列車が通じるようになるのだと。そうしたら、また来たい。
 田野畑からの帰りは、団体予約の車両が増結された2両編成だった。増結された方が今朝のドラマの出演車両、とまた車掌さんが話していた。
 帰りは堀内駅で2分停車になった。あの「アイドルになりたいトンネル」の駅、「それでもここが好き。ここにいる自分が好きです」の駅。団体(大手旅行会社の大型ツアーが2組も乗り合わせていた)のお客さんたちはお年寄りが多くてピンときてないようだった。なので、そんなに混乱にもならずに、トンネル側のホームの端にたどり着くことができた。
 2分はあっという間に過ぎ、そこをあとにした。
 来年になったら、町のあちこちに貼られていたドラマのポスターは減ってしまうのだろうか。再来年はどうなのだろうか。その次の年は。
 「それでもここが好き」と、この土地を訪れる自分でありたい、と思う。
 (次回からはふつうに『この世界の片隅に』の話題に戻ります。たぶん)

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