COLUMN

第51回 おらもあの海さたどり着きてえ

 むかーし1982年5月。宮崎駿さんが屋久島に行くけど、と社内で同行者を募り始めて、僕も行きたいのだけどといったら、
 「飛行機に乗ってくんだ。貧乏人はダメだぞ」
 といわれた。たしかに給料は安かったのだが、当時まだ実家から通っていたので電車賃くらいしか使うところがなく、おまけに大学にも籍があったので奨学金もたしかまだ下りていた。
 結局、宮崎さんが41歳で、ほかは20代前半ばかり10人よりちょっと少ないくらいの一行となって屋久島を訪れた。山はあるし、5月の海はもう泳げたし、泳いだあとは滝でシャワーがわりだとか、楽しくって仕方がない。
 それから何年間かは毎年、若いなかまうち連中ばかりでどこか日本の南の方の島に出かけるようになって、2回目の屋久島、三宅、三倉、沖縄本島、与論、石垣、竹富、西表くらいは訪れた。仕事机のある場所とは陸続きでないところまで行って、波間にぷかぷか浮いてられる非日常感が気楽だったわけで。
 そういうことができるのはペーペーで仕事と生活に責任が伴わなかった時代のことで、フリーになったり所帯を構えたりするようになると、当然のように島も海も縁遠くなり、完全に自分の日々の視野の外に出て行ってしまう。その縁遠さといったら半端ではない。
 ようやく再び、どこか島に行ってもバチは当たらないよなあ、と思えるようになったのは、『BLACK LAGOON』全24話が終わって『マイマイ新子と千年の魔法』の準備作業を進めていた2007年7月のことだ。『LAGOON』では疲労困憊し切っていたし、『マイマイ』は『マイマイ』で、現場が本格稼働したらオチオチ日曜日も休んでいられなくなるのは目に見えている。1回だけちゃんとスイッチオフにできる機会があるとしたらこのタイミングだけで、そこで思いっきり遠く、船で片道25時間かかる小笠原父島に行くことにしてしまった。
 海だとか海の水だとかいうものは、日頃の世知辛さからひととき自分たちを隔ててくれるものと思っている。もっとも自分たちの仕事は、机の上でばかり展開されるとはいえ、その机の上でおかしな時空間にトリップしてしまうようなものばかりなのだが、そこにつきまとうスケジュールだとか、UP日だとかいったものが紛れもない世知辛さなのだった。
 父島ではイルカのいる海に入ったり、鯨の出現を追いかけて台風直後のうねりの中で思いっきり船酔いしたにも関わらず、それがなお「心地よかった記憶」となるくらい、思う存分に机の日常から切り離されることができた。
 同行した浦谷さんも同じく満喫していたはずなのだが、何か澱のようなものが残ってしまったらしい。同じボートでイルカのいる海に潜った人たちが、見る見るイルカのいる深度まで潜ってゆくのに、自分は水面近くに留まっていることしかできず、はるばる抱いてやってきた「イルカと一緒に泳ぐ」というイメージから一番肝心なところで自分が切り離されてしまったというわけなのだった。
 彼女は東京に帰ってから「ダイビングスクールに行く」といい出すに及んだ。そして、『マイマイ新子』でメチャメチャになる前後の時期をうまくマメに縫ってなんとかしてしまった。ダイビングなんていうとたいへんセレブな感じだが、たまにそのくらいの逃げ場を持っていないと、仕事ばかりで人生が終わってしまう、というのはそのとおりだと思う。

 2012年の7月になる。
 浦谷さんの通うダイビングスクールがこれからしばしば休みになってしまうかもしれない、という。
 「なんか来年のNHKの朝の連ドラがこんどは海女さんの話で、役者さんたちが練習に使うんだって」
 自分も1回くらいは行ってみたことのあるプールだったので、あそこにどんな女優さんが入るのだろう、と思ってしまった。
 「主役はまだオーディション終わってないらしいよ」
 ほどなく秋に入る頃には、インストラクターさんたちがロケ隊に加わって現地に行くので、ダイビングスクールはまたお休みになった。
 「岩手の久慈に行くんだって」
 久慈というと「かわいすぎる海女さん」が有名という話だったが、そっちの人じゃなくてその同級生もう1人の人の方が主人公のモデルなのかも、などという噂話程度のものは漏れ伝わってきて、でもそれ以上は守秘義務もあるので教えてもらえないらしかった。
 なんだかそんな縁で、2013年4月1日から毎朝、それまで全然チャンネルをつけてもいなかった朝の連続テレビ小説を観る日々になってしまった。自分も一度練習に行ったとき教えてもらったインストラクターの方の名前がオープニングのクレジットに出ていたりして、なるほどなるほど、と思うのだった。おかげで、今まで8時過ぎには家を出て仕事場に向かっていたものが、以来、15分遅れる日課に変わってしまった。
 と、ここまで書いていたら今現在午前7時26分になってしまっている。7時半からの「早あま」を観にTVの前に行かなくては。

(中断)

 結局、7時30分からのBSと、8時からの地上波総合を2回観る習慣になってしまっている。
 どっぷり浸りこんでしまったのは、都会から来た内向的で口数の少ない少女が、第5話で「それでもアキはここが好き。ここにいる自分が好きです」というナレーションとともに、過疎の村の無人駅で潮風を浴びつつ微笑んだあたりからだ。
 全体像としての脚本の構成など、割と早い時期から構成の構造を見てとることができるものだったので、放映開始からそれほど経たない5月6月の時点で大学の授業に利用したりもした。どうも学生たちはTVを持ってないのが多いようで、あったとしても朝の連ドラをわざわざ観てるような大学生も思えば想像しにくかった。それはまあそんなものだろうと思ったが、自分のあたりから見える範囲では、この番組に「ひっかかって」しまっているのはどうもクリエイターの分野の人が多く、同じくクリエイターの卵のはずの映画学科や映像研究科の学生なら、ちょっとくらい「時代」に触れておくのもよいはずだ。
 授業で映像を見せて、オープニングのラストカットの灯台の奥に見える背景の空き地は、あれは津波に被災した場所なんだ、というと、学生の態度が急に厳粛にあらたまるような感じがあって、それも興味深かった。
 ロケの多い作品でもあるわけで、ロケ地をどこまで現実そのままとして描こうとしているか、どこからがモンタージュで再構成された人工的な地理空間なのか、などということにも同じく現実の土地に取材して舞台を描く『マイマイ新子』や『この世界の片隅に』に携わる自分として、ちょっと注意を払いたくなったりした。そこで、ドラマのロケ地である岩手県久慈市周辺に対して、自分の手法を適用してみたりした。具体的にいうと、撮影年代の違う航空写真を順に並べてみて、土地の変化の様子を眺めることだったりなのだが、そうすると、ああ、あの灯台はいつの頃にできたものだったのか、などということもわかってきたし、あそことあそこは津波の被害を蒙った場所なのだなあ、ということが理解できてしまっていたのだった。
 ケラケラ笑って楽しく眺めることもできるTVドラマの奥底に、そうしたアンバランスがあらかじめ潜められていたことで、ずいぶんとこちらの神経が刺激されていたような気がする。

 だいぶ経って、最終現地ロケも渋谷の放送センターでのスタジオ撮りも全部終わったらしい頃が来て、浦谷さんが久慈に行く、といい出した。ダイビングのインストラクターさんたちが日ごろ教えている中からお客を募集して、現地探訪の案内をしてくれるというのだった。この際、紛れていっしょに連れていってもらうことにした。
 防府や呉や中島本町と同じ。自分の頭の中で組み上げた空間感覚がどこまで通用したものか、実地の海辺の集落を見てみたかった。
 少女が第5話で微笑んだ駅は現実には集落の背後には存在せず、別の場所で撮影してモンタージュされたものなのは、様々な情報に触れるまでもなく、映っている防波堤の形が違うのでよくわかっていたが、実在しない駅から集落までの道もできれば思い描けるようになってみたかった。
 8月に夏休みも取らずに仕事してたのだし、9月に何日かまとめて休んでも当たるバチもあるまい。

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