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第17回 ふたつの顔を持つ世界 〜風の谷のナウシカ〜

 腹巻猫です。『プリキュア』シリーズの主題歌・挿入歌を集大成した10枚組CD-BOX「プリキュア ボーカルベストBOX」が9月4日に発売されます。選曲・解説等で参加しました。個人的な目玉は各ディスクのボーナストラックにサントラ未収録曲多数を含むBGMコレクションを収録したこと。サントラファンも注目です!

↓収録曲はこちら
http://www.maql.co.jp/special/precurecdbox/


 1984年3月11日に公開された劇場アニメ『風の谷のナウシカ』は、原作・脚本・監督を務めた宮崎駿の名を一躍世に知らしめた作品だ。音楽を担当したのは当時一般的にはほとんど無名だった久石譲。久石は本作が縁となって、以降の宮崎駿の長編作品すべての音楽を手がけることになる。その久石の前に本作の音楽担当の候補に挙がっていたのが前回取り上げた『銀河鉄道の夜』(1985)の細野晴臣だった、というのは熱心なファンのあいだでは知られた話だ。
 「一般的にはほとんど無名」と書いたが、久石譲はアニメ音楽ファンにとって気になる作家だった。
 久石譲のアニメ音楽のキャリアは、本名の藤澤守名義で音楽を担当した『はじめ人間ギャートルズ』(1974)、『ろぼっ子ビートン』(1976)にさかのぼる。しかし、80年代当時、久石譲=藤澤守という関係を知る人はほとんどなかった。筆者にとって80年代初頭の久石譲は、都会的ですばらしくセンスのよいアレンジを聴かせる名アレンジャーだった。当時の久石譲の仕事では、『ハロー!サンディベル』(1981)の主題歌・挿入歌のアレンジ、『機動戦士ガンダムII 哀戦士編』(1981)のBGMアレンジ、『百獣王ゴライオン』(1981)や「大戦隊ゴーグルV」(1982)の挿入歌アレンジ、『銀河烈風サスライガ—』(1983)のロック色の強い音楽などが印象深い。それまでのアニメ音楽にない洗練されたカッコよさにしびれたものだ。
 そんな久石譲と『風の谷のナウシカ』のかかわりは、1983年11月に発売された「風の谷のナウシカ イメージアルバム 鳥の人」から始まる。このアルバムの段階では久石譲が劇場版の音楽を担当することは決定していなかったそうだが、劇場版のタイトルバックになった「風の伝説」や「ナウシカのテーマ」を含む「はるかな地へ」、有名な「ランランララ ランランラン」のメロディがメインの「遠い日々」などがすでに登場し、のちの本編の原型が完成している。
 次が1984年2月に発売された「風の谷のナウシカ シンフォニー編 風の伝説」というアルバム(現行商品では「編」がとれて単に「シンフォニー」となっている)。イメージアルバムの楽曲を50人編成のオーケストラ用にアレンジして演奏したアルバムである。
 そして、劇場公開に合わせて1984年3月に発売されたのが「風の谷のナウシカ オリジナル・サウンドトラック 〜はるかな地へ〜」。劇場版用に新たに録音された楽曲を収録した、文字どおりのサウンドトラック・アルバムである。
 サウンドトラックの収録曲は以下のとおり。

  1. 「風の谷のナウシカ」〜オープニング〜
  2. 王蟲の暴走
  3. 風の谷
  4. 虫愛ずる姫
  5. クシャナの侵略
  6. 戦闘
  7. 王蟲との交流
  8. 腐海にて
  9. ペジテの全滅
  10. メーヴェとコルベットの戦い
  11. 蘇る巨神兵
  12. ナウシカ・レクイエム
  13. 「鳥の人」〜エンディング〜

 映画のファンになじみ深いのは、なんといってもオープニング「風の谷のナウシカ」と「ナウシカ・レクイエム」だろう。
 「風の谷のナウシカ」はタペストリーの画から始まるメインタイトルに流れる曲。イメージアルバムの楽曲「風の伝説」を劇場用にアレンジしている。雄大な時の流れと世界の広がりを感じさせる、本作を代表する曲だ(本編では頭にシンフォニー版の「風の伝説」のイントロ部分を編集して使用している)。
 「ナウシカ・レクイエム」は王蟲の力でナウシカが復活するクライマックスに流れる「ランランララ ランランラン」の曲(歌っているのは当時4歳だった久石譲の娘・麻衣)。こちらも「『風の谷のナウシカ』といえばこの曲」と誰もがピンとくる印象深い曲。「ランランララ〜」のヴォーカルはイメージアルバムの段階からあり、初期から曲想が完成していたことがうかがえる。ナウシカが巨大王蟲と交流する場面の曲「王蟲との交流」にも「ランランララ〜」が登場する。
 フィナーレを飾る「鳥の人」も聴きごたえのある曲だ。「ナウシカのテーマ」のアレンジがたっぷり流れたあと、メインタイトルの「風の伝説」のメロディにつながっていく。劇場版の余韻にひたらせてくれるエンディング曲である。
 しかし、なじみの薄い音楽もある。「腐海にて」に代表される電子音楽風の曲や激しい戦闘シーンを想像させる「戦闘」「蘇る巨神兵」などは、多くの人が「あれ? こんな音楽あったかな?」と感じるのではないだろうか。
 実はこのアルバムに収録された音楽のかなりの部分が本編では使われていない。「腐海にて」も「戦闘」も「蘇る巨神兵(の2曲目)」も、映像に合わせて作曲されたものの、使用されなかった曲なのである。
 未使用曲をざっくり紹介すると以下のようになる。

1.「風の谷のナウシカ」〜オープニング〜
 ⇒導入部の腐海のテーマが未使用
2.王蟲の暴走
 ⇒3曲目の王蟲のテーマが未使用
4.虫愛ずる姫
 ⇒後半の王蟲のテーマが未使用
6.戦闘
 ⇒すべて未使用
8.腐海にて
 ⇒未使用(頭の数秒のみ使用)
11.蘇る巨神兵
 ⇒2曲目の巨神兵のテーマがすべて未使用

 腐海や王蟲の描写のために作られた曲は、シンセの音色が作品の雰囲気と合わなかったのか、多くが使用されずに終わっている。
 また、「戦闘」と「蘇る巨神兵(2曲目)」はまるごとカットされている。「戦闘」はトルメキアの戦闘艦をアスベルが急襲する場面からナウシカがガンシップで脱出するまでの一連のシーンに、「蘇る巨神兵(2曲目)」は巨神兵の復活から巨神兵がどろどろになって崩れ落ちるまでの一連のシーンに、それぞれ合わせて作曲されている。完成作品ではどちらのシーンにも音楽はついていない。音楽があれば場面は盛り上がったと思うが、息づまるような臨場感と緊迫感は薄れていただろう。
 興味深いのは「腐海にて」の音楽の変更だ。
 腐海の底に落ちたナウシカが浄化された砂と水を見て腐海が生まれた理由を知る場面。久石譲が用意した「腐海にて」は、シンセサイザーによる神秘的な曲。完成作品では、シンフォニー版の「風の伝説」が流れる。情感に満ちた「風の伝説」を使用することで、人知を超えた大自然の力とそれを知ったナウシカの感動が伝わる名場面になった。使われた「風の伝説」が生オーケストラの演奏によるシンフォニー版だというのも深い意味を感じさせる選曲である。
 なぜ用意された音楽を使わなかったのか? おそらく『風の谷のナウシカ』をSFスペクタクル作品ではなく、繊細なテーマを内包したシリアスな物語として観てほしかったからだろう。久石譲が作り上げた音楽と、作品の世界観とテーマに寄りそった音楽演出。その両方が協力してできあがったのが『風の谷のナウシカ』の音楽なのである。

 『風の谷のナウシカ』のサウンドトラックはファンにとってちょっと残念なアルバムだ。印象深い曲が聴けるいっぽうで、映画に使用されなかった曲も含まれている。そして、映画の重要な場面で流れたいくつかの曲——たとえば、序盤のナウシカとユパの出会いのシークエンスで流れた木管と弦による「ナウシカのテーマ」の変奏、ナウシカがチコの実を集めた子どもたちを抱きしめる場面の叙情的なピアノの曲、ナウシカの幼い日の回想シーンで流れる「ランランララ〜」の別バージョンなど——が収録されていない。
 劇場版で使用された曲を余さず収録した完全版サウンドトラックをリリースしてほしいものだが、人気作品にもかかわらずそういう企画がないのが惜しまれる。
 しかし、見方(聴き方)を変えれば、これは久石譲による「もうひとつの『風の谷のナウシカ』の音楽」として楽しめる1枚である。
 本編ではほとんど使用されなかったものの、シンセの音色を生かした腐海や王蟲の音楽は、当時の海外SF・ファンタジー劇場作品「トロン」「砂の惑星」「ネバーエンディング・ストーリー」などの音楽を思わせる先進的なサウンドだし、「戦闘」も「蘇る巨神兵」も聴きごたえのある力作だ。久石譲は初の本格的な劇場長編アニメという大舞台に自身の音楽性を惜しまずそそぎこんだに違いない(クロトワのように「ようやくチャンスがめぐってきた」と思ったかも)。多くのファンには「癒しの作品」「エコロジカルな作品」と受けとめられている『風の谷のナウシカ』だが、久石譲の音楽はテクノ・ミュージック、ミニマル・ミュージック、民族音楽、ロック、現代音楽から古典的なオーケストラ音楽まで、あらゆる要素を詰め込んだ、野心的な作品だったのである。

風の谷のナウシカ オリジナル・サウンドトラック 〜はるかな地へ〜

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風の谷のナウシカ シンフォニー 風の伝説

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