COLUMN

第16回 幻想第四次の音楽 〜銀河鉄道の夜〜

 腹巻猫です。話題の劇場作品「パシフィック・リム」、公開日に吹替版で鑑賞して激燃えでした。日本の怪獣映画とロボットアニメへの愛にあふれた作品。脳内で渡辺宙明、菊池俊輔、伊福部昭らの音楽が鳴り響くフラッシュバック感がたまりません。


 夏の想い出の映画の音楽について書いてみたい。1985年7月13日に公開されたアニメ映画『銀河鉄道の夜』である。
 『銀河鉄道の夜』は不思議な劇場作品だ。原作は宮澤賢治の代表作のひとつ。「銀河鉄道」という響きとそのイメージの魅力から、文芸、音楽、マンガ、映像、舞台とさまざまなメディアでリスペクトされてきた。なかでもこの劇場アニメの印象は強烈で、筆者も『銀河鉄道の夜』と聞くと反射的に本作の猫のキャラクターを思い浮かべてしまう。それでいて、「面白いから観て」と人に奨めたくなる作品とはちょっと違う。なんとなく「心にひっかかる」作品なのだ。
 脚本を担当したのは劇作家の別役実。監督はTVアニメ『悟空の大冒険』『どろろ』などの監督を務めた・杉井ギサブロー(本作のあとにTVアニメ『タッチ』の総監督を務める)。この映画の大きな特徴となっている猫の姿で表現されたキャラクターはマンガ家・ますむらひろしの原案によるもの(ますむらがこの企画とは関係なく発表していたマンガ化作品に由来する)。そして、音楽を担当したのが(YMOの)細野晴臣である。
 70年代末〜80年代初頭のテクノポップ・ブームを牽引したYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)が結成されたのは1978年。まだシンセサイザーを取り入れた音楽が目新しかった時期、その斬新なサウンドやパフォーマンスは衝撃的だった。しかし、YMOは1983年に散開(=解散)し、メンバー——細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏の3人——はそれぞれ独自の音楽活動を始める。1985年公開の『銀河鉄道の夜』はそんな時期に発表された作品だ。
 サウンドトラック・アルバムは、細野晴臣がYMO散開後に立ち上げた自身のレーベル《Non Standard》からリリースされた(発売元はテイチクレコード=現・テイチクエンタテインメント)。収録曲は以下のとおり。

  1. メインタイトル
  2. 幻想四次のテーマ
  3. 幻想と現実
  4. 晴れの日
  5. 星めぐりの歌
  6. ジョバンニの幻想
  7. ケンタウルスの星祭り
  8. 天気輪の柱
  9. よろこび
  10. 北十字
  11. プリオシン海岸
  12. 幻想の歴史
  13. 極楽のハープ
  14. ジョバンニの透明な哀しみ
  15. 一番のさいわい
  16. 別離のテーマ
  17. 走る
  18. 45分
  19. 鎮魂歌
  20. エンド・テーマ「銀河鉄道の夜」

 本作には劇場公開に先がけて発表されたイメージソングが存在する。作詞・松本隆、作曲・細野晴臣という、『風の谷のナウシカ』(1984)のイメージソングと同じコンビの作品で、コンテストで選ばれた当時16歳の新人・中原香織が歌った。この歌、あまりヒットしなかったのだが、耳に残る、いい歌だと思う。イメージソングは劇場本編では使用されず、そのためサントラにも収録されていない。しかし、そのメロディは重要なモチーフとして「別離のテーマ」と「エンドテーマ『銀河鉄道の夜』」に使われている。
 本編と同じように、細野晴臣の音楽も不思議な作品である。
 全編電子楽器が使われたサウンドはテクノといえばテクノだが、生ピアノの入った繊細な音楽もあるし、細野が関心を寄せていた民族音楽っぽいところもある。オネゲルの現代音楽「パシフィック231」をほうふつさせる部分もあれば、宮澤賢治が作曲した「星めぐりの歌」の旋律も使われている。「○○風の音楽」とひと口に言いきれない、時代や土地を限定しない音楽だ。
 さらに本作の音楽を特徴づけているのは、映画音楽でありながら感情移入を拒むような独特の雰囲気である。ことさらに情感を盛り上げることも歌い上げることもなく、淡々と奏でられる音楽。どこか懐かしい素朴な印象と、シンセサイザーが生み出す未来的な浮遊感が共存している。この突き放したような、もしくは達観したような雰囲気は本編とも共通しているし、宮澤賢治の原作にも通じる空気感だ。
 たとえば、主人公・ジョバンニの前に銀河鉄道が現れる場面の曲「天気輪の柱」。原作でも大きなポイントとなる場面だが、音楽は必要以上に盛り上がることなく、ジョバンニの幻想を純度の高い鉱物のような音で彩っていく。また、「ジョバンニの透明な哀しみ」(この曲ではコシミハルの素晴らしいピアノが聴ける)は「哀しみ」というタイトルから連想されるような叙情的な曲ではなく、文字どおり「透明な」とらえどころのない感情を繊細につづった曲だ。あからさまな「悲しい曲」「楽しい曲」「場面を盛り上げる曲」は本作には登場しない。
 けれど、この無国籍性と過度な感情移入を拒む感じこそが『銀河鉄道の夜』の音楽がめざした方向性だと思う。
 なぜなら、このは、カメラがゆらゆらと校舎の上に降りてくる冒頭の場面から旅を終えたジョバンニが町に戻っていくラストシーンまで、全体が夢の中のような作品だからだ。
 1曲目の「メインタイトル」からして「さあ、これから夢の中ですよ」と言わんばかりの曲想である。「メインタイトル」の不安で幻想的なモチーフは「ジョバンニの幻想」にもふたたび登場する。観客を幻想世界にいざなう重要なテーマである。
 「メインタイトル」に続く導入部の曲が「幻想四次のテーマ」と名づけられているのも象徴的だ。幻想四次とは銀河鉄道が走る世界、現実の「三次元空間」の向こうにある世界を示す言葉だ(宮澤賢治の著作では「幻想第四次」と表記されている)。さまざまな解釈があるが、「生」よりも「死」に近い世界である。筆者にはこの劇場作品全体が死の予感に彩られているように感じられる。うっかりすると、死の世界に引きずり込まれてしまうような危うい感じ。それが、なんとなくひっかかる感じ、気安く人に奨められない感じにつながっている。「幻想四次のテーマ」は、「こちらの世界」と「向こうの世界」との境界を越えるための音楽である。
 エンディングに流れる「エンドテーマ『銀河鉄道の夜』」では、「メインタイトル」のモチーフとイメージソングのモチーフが混然となって奏でられる。この曲は、観客を幻想世界に導く音楽ではなく、現実に戻ってくるための音楽として使われているように聴こえる。この曲をバックにした詩集『春と修羅』「序」の朗読とともに、観客は夢から覚めていくのである。
 『銀河鉄道の夜』の音楽は、夢の中で聴くような音楽だ。不思議で、懐かしく、ちょっとユーモラスで、どこか哀しい。生と死のはざま、日常のすぐ近くにありながらとても遠い「幻想第四次」の世界に流れる音楽があるとしたら、きっとこんな音楽なのだと思う。

銀河鉄道の夜

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イエローマジック歌謡曲

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※中原香織が歌うイメージソング「銀河鉄道の夜」を収録。
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