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原恵一監督インタビュー後編
木下監督の勇気と過激さを知ってほしかった

── キャスティングについてもうかがわせてください。これまでの作品では、わりと原さんの希望どおりの配役が叶うパターンが続いていたと思うんですが。

原 いや、今回はあまり自分からは口出ししませんでした。実写のキャスティング経験もありませんでしたからね。話し合いには加わっていたし、「こんな方はどうですか」という提案もしましたけど。最終的には全員、自分が納得できるかたちに決まりました。この顔ぶれ以外には考えられない、ほかに誰がいるんだ? と思えるキャスティングになったと思います。

── 芝居づけに関しては、原さんから細かい指示をされたんですか。

原 全体的に「抑えめでお願いします」というのはありましたかね。でも、皆さんほとんど最初からOKの演技をしてくれましたよ。そんなにテイクを重ねたところもなかったし、僕がしたのは微調整ぐらいです。

── 惠介役の加瀬亮さん、よかったですね。

原 加瀬さんは特に、作品に入り込んでくれて。台詞をこう変えたいとか、よく提案してきてくれました。いいアイデアが多かったので、結構取り入れましたよ。

── ユースケ・サンタマリアさんや、斉木しげるさんほか、個性の強い俳優さんもいらっしゃいましたが。

原 ユースケさんはバラエティ番組にもよく出ている方なので、そのイメージで見てしまうと意外に思うかもしれないけど、ちゃんとした役者さんでしたよ。こちらが言ったことにはすぐ反応してくれるし、変に目立とうみたいな意識も一切なかったですし。惠介と便利屋って、両極端なキャラクターじゃないですか。その間にユースケさん演じる敏三が入ることで、すごくいいバランスがとれたと思うんですよね。

── そうですね。あの3人が画面に映っていると楽しいな、という感じがあります。お父さん役の斉木さんも素晴らしかったですね。

原 斉木さんは、ちょっと前まで舞台をやっていたらしくて、最初は少し大きめの芝居をされていたんです。それで、僕のほうから抑えめの演技をお願いしたら、すぐにそういう芝居に切り替えてくれました。

── 映画のラストには、木下惠介作品の名場面集がずっと流れて、劇中にも「陸軍」のクライマックスが結構長めにインサートされますよね。ああいう独特の構成も、当初から思い描いていたんですか。

原 名場面集が入ることは企画の最初から決まっていたんじゃないかな。僕自身も、旧作の映像を劇中のどこかで見せることになるだろうとは思っていました。ただ、あそこで「陸軍」の映像を使ったのは、プロット段階で僕が入れたアイデアですね。

── あの長さで見せることも含めて。

原 うん。本当はもっと長く見せたかったですけどね。あれでも編集してますから。僕はやっぱり「陸軍」というのは非常に重要な作品だと思っているんですよ。昭和19年制作の国策映画なのに、あんなラストシーンを作ってしまう凄さ。その勇気や過激さは、もっと評価してもいいんじゃないかと思うんですよね。今の監督にはあんなことできないですよ、実写でもアニメでも。

── 田中絹代演じる母親が出征する息子を見送ろうと、我知らず町中へ駆け出して、隊列を延々と追いかける。彼女はそれまで非常に愛国者的に振舞ってきたのに、そこだけ全然違う面を見せるんですよね。

原 そう。ラスト10分間、台詞もないしね。あんな勇気のある演出をする監督がどこにいるんだ、って話ですよ。

── そうですねえ。

原 木下監督としては、別にそれは国や軍に逆らってやろうという意図ではなかったらしいですけどね。あの母親の気持ちになって考えたら、ああいうラストシーンになったんだと言っているんだけど、それにしても凄い。さすがに監督自身も、軍部から文句を言われるんじゃないかと思ってはいたらしいけど。

── でもやっちゃう、という。

原 そうそう、でもやっちゃうんですよ。やっぱり僕は、木下監督のああいう過激なところをみんなに知ってほしかった。今の僕らは、あんな危険な状況下で作品づくりをしなくていいわけです。せいぜいスポンサーやTV局に文句を言われるとか、その程度のことじゃないですか。それなのに、戦争に勝つことこそが国の第一目的で、そのために国民が一丸とならなくてはならない、そう思い込ませるためのプロパガンダ映画を作れと言われたのに、ああいうラストシーンにしてしまう。その過激さですよね。だから「木下惠介イコール『二十四の瞳』の監督」というイメージだけで片づけてほしくないんです。

── ムチャクチャいろんなタイプの作品を撮ってますしね。

原 多彩ですよね。ああいう幅を持った監督も、今はいないじゃないですか。みんな特定の作家性みたいなものを目指しがちだけど、木下監督の場合は違う。何かを作ったら、次はそのイメージをぶっ壊すようなものを作って、さらにまたぶっ壊すみたいなことを繰り返している。全国民を泣かせたと思ったら、全国民を笑わせたり。

── 「喜びも悲しみも幾歳月」みたいな感動作のあとに、同じキャストで「風前の灯」という、とんでもないブラックコメディを撮ったり。

原 そうそう(笑)。高峰秀子と佐田啓二が、性格の悪いケチな夫婦を演じてたりしてね。

── ラストの木下作品名場面集の編集は、かなり大変な作業だったと聞きました。どんな行程で作業されたんですか。

原 まず作品を選んで、1本につき5分くらいに縮めるのを目処にやり始めました。撮影準備をしながらの作業だったので、ちょっとでも時間が空いたら、そちらをやるという感じでしたね。それもしんどかったけど、何よりしんどかったのは「好きな作品を切る」という作業。僕としては、もっと長くてもよかったんだけど(笑)。最終的には、ちょうどいい長さになったんじゃないかな。

── そうですね。ちょうど各作品を観てみたくなるぐらいの塩梅というか。「香華」の編集なんて秀逸でしたね。

原 「もうちょっと観たいな」と思うぐらいが、ちょうどいいんですかね。最初にとりあえずつないだものは、20分ぐらいあったんですよ。僕はそれでもいいと思ったんだけど、みんながもっと短い方がいいんじゃないかと言うので、編集さんがいろいろアイデアを出してくれて。僕はもう、そこから先は思考停止状態でした(笑)。

── 思い入れは抜きで、バシバシ切ってつないで。

原 うん。取り上げた作品数も当初からは減っていて、編集作業はしたけど本編では使わなかったタイトルもあるんです。

── そうなんですか。

原 だって、好きな作品を普通に並べたら、20本ぐらいはありますからね。それを削っていくのは、やっぱりしんどい作業でしたよ。

── あの名場面集まで含めて1本の原恵一作品として完成されている、そういう意味でも非常に稀有な構成をもった実写デビュー作だったと思います。それでは最後に、アニメスタイル読者に向けて一言いただけますか。「もうアニメの世界には戻りません」とか。

原 いやいや、そんなこと言えませんよ(笑)。とにかく、木下惠介作品を観たほうがいいですよ、という一言に尽きるかな。絶対に観て損はしないですから。間違いありません!

── まずは「はじまりのみち」を劇場で観て、それをきっかけに木下作品も観てほしいということですね。

原 ええ。そのための企画でもありましたし、そういう作品になったと僕も思ってますから。この映画を観て、それでも興味が湧かないというのなら、それはもう仕方ありませんね。縁がなかったと思って(笑)。

── いえいえ、きっと観たくなると思います。原さんご自身は、今後も実写を撮っていきたいと思われますか。

原 いやあ、そんな安易に思いませんよ(笑)。甘くないですから、映画の世界は。

●『はじまりのみち』公式サイト
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