SPECIAL

窪岡俊之監督インタビュー
第1回 どこを切っても楽じゃない、と思った

 三浦建太郎のロングセラーコミック『ベルセルク』の「黄金時代」篇を、STUDIO4℃が劇場版3部作として映像化するプロジェクトが、いよいよ完結。2月1日より全国公開される『ベルセルク 黄金時代篇III 降臨』は、まさにクライマックスと呼ぶに相応しい力作だ。孤高の戦士ガッツとキャスカ率いる「鷹の団」の再会、地下牢に幽閉された隊長グリフィスの救出劇、そして「鷹の団」を待ち受けるあまりに苛酷な運命──狂おしいまでの絶望に満ちた、闇に生きる者たちの宴「蝕」が幕を開ける!
 原作読者なら、まずアニメでは表現不可能と考えるであろう「黄金時代」篇の壮絶なクライマックスを、STUDIO4℃と窪岡俊之監督は臆せず見事に映像化してみせた。その圧倒的な禍々しさ、凄まじいエモーションの昂りは、ぜひ劇場で体感していただきたい。また、冒頭のケレンに満ちたバトルシーンをはじめ、3DCGと2D作画を合成したハイブリッド技法の成熟も見どころだ。今回は3部作を作り上げたばかりの窪岡監督に、お話をうかがってきた。

PROFILE

窪岡俊之(Kubooka Toshiyuki)

アニメーター、演出家。80年代前半よりアニメーターとして活動。『トップをねらえ!』ではアニメーションキャラクターデザイン・作画監督をつとめ、『ふしぎの海のナディア』では絵コンテ・演出も担当。『ジャイアントロボ THE ANIMATION ─地球の静止する日─』ではキャラクターデザイン・作画監督・コンテを手がけた。その後、ゲーム業界に活動拠点を移し、「THE IDOLM@STER」のキャラクターデザインなどを手がける。近年、再びアニメ業界に戻り、STUDIO4℃の『Genius Party』の河森正治作品「上海大竜」絵コンテ・演出、『Genius Party Beyond』の前田真宏作品「GALA」作画監督を経て、『バットマン ゴッサムナイト』第5話「克服できない痛み」を監督。『ベルセルク 黄金時代篇』3部作の監督に抜擢され、第I部『覇王の卵』、第II部『ドルドレイ攻略』、第III部『降臨』を連続して手がけた。

取材日/2012年12月18日 | 取材場所/東京・STUDIO4℃ | 取材/小黒祐一郎、岡本敦史 | 構成/岡本敦史 | 撮影/山田勉

── 窪岡さんといえば『トップをねらえ!』などのアニメーターとして記憶している読者も多いと思うんですが、最近は演出のお仕事にシフトされているんですか。

窪岡 そうですね。最近というか、ゲームバブルが始まる少し前の90年代前半あたりから、ゲームの仕事をやり始めて、その中で演出もやってきたんです。アニメの場合、僕はアニメーター出身ですから、監督や演出家が知り合いでもないかぎり、なかなかコンテや演出をやらせてもらう機会はなかったんですよ。『(ふしぎの海の)ナディア』では少しやったりしてましたけどね。でも、ゲームの世界では意外となんでもやらせてくれたんです。それが心地よかったし、すごく勉強にもなった。そのときの経験が、今の自分のバックボーンになってるんじゃないかと思っています。
 で、10年ぐらい経ってゲームバブルが弾けたところで、仕事も少なくなってきて(苦笑)。その頃からアニメに戻ってコンテ等をやるようになったんです。ある意味、本格的な復帰作になったのが『SDガンダム(フォース)』で、それをやってる途中に前田(真宏)さんに声をかけられて『巌窟王』のコンテ・演出をやって。その途中でサテライトから声がかかって、日本では未公開の『Valerian et Laureline』という作品をやって、それが終わりかけた頃、STUDIO4℃さんの『バットマン ゴッサムナイト』の仕事にたまたま入らせていただいて、今に至る……みたいな流れです。

── 作画のお仕事には戻られないんですか?

窪岡 正直言って、もうつらくて(苦笑)。演出をやりながら直すぐらいのレベルだったら全然OKなんですけど、フィニッシュまでやりきるのは、なかなか……年齢的なものもあるのかもしれません。なんか変に期待されちゃったりもするし(苦笑)。元々、演出方面には興味があって、自分なりに勉強してきたつもりですし、はっきりシフトしようとは思っていました。

── で、『Genius Party』や『バットマン ゴッサムナイト』を経て、STUDIO4℃から大物企画として『ベルセルク』の話がきたわけですね。

窪岡 そうです。『ベルセルク』は最初に「パイロットフィルムをやらないか」というお話がきたんですが、実は一回断ってるんです。

── そうなんですか。

窪岡 ええ。『ベルセルク』という作品があることも、昔TVでやっていた(1997年の『剣風伝奇ベルセルク』)のも知っていましたが、その時の話の流れだと、TVの続編をやるような話に聞こえてしまったんですね。当時は、あまり作品の内容をよく知らなかったので、自分がやるのは適当じゃないだろうと思って、一度は断ったんです。その後、また話が回ってくるかたちになって、そこから本格的に入っていった感じですね。

── なるほど。

窪岡 で、パイロットを作ることになったんですが、三浦(建太郎)先生へのプレゼンというのが、いちばん大きな目的だった。まずパイロットを作らないと、本制作はないというのが白泉社さんの条件だったんです。そのときには自分も原作を読んで、やる気にもなっていましたから。じゃあ、三浦先生が観たがるようなものを作ろうと思って、テストを兼ねて映像を作ってみたのが始まりですね。

── それは、手描きと3Dを合わせたハイブリッド技法の実験も兼ねて?

窪岡 そうです。原作を読んでお分かりだと思うんですけど、やっぱり普通に手描きアニメとして作ったら、あの画は動かせないんですよ。うまく描ける人がいたとしても、そうそう多くは集まらないですし。だけど、内容的には甲冑を着けて戦う場面は避けられない。これは3Dを使わないとできないだろうな、と。明確にどこから問題をクリアしていくか決まっていたわけではないんですけど、どこを切っても楽じゃないな、とは思ってましたね。その前にサテライトの作品で、3Dと作画を合成したカットを見ていて……ま、それはメカの場面で、しかもカット単位だったんですけどね。そのやり方ならいけるんじゃないかと思ったんです。それをキャラクターアニメーションで、どこまでできるかは分からなかったんですけど、とりあえずやってみようと。パイロットって、テストのために作るものですからね。
 結果としては、これならいけるんじゃないかと。やっぱり観客が見るのは顔ですから。顔さえ手描きで押さえてしまえば、いけるだろうと。すごく乱暴な発想なんですけどね(笑)。

── 首から下は3Dでも、顔さえしっかり描けば、ちゃんとアニメキャラになるぞ、と。

窪岡 でも、やっぱり問題もあって、3Dの動きが硬かったんですよ。甲冑が動くとパーツだけがおかしな感じで浮いちゃったりしていた。ある程度、甲冑の硬さを柔らかくして、体のフォルムに合うようにしないとズレてしまう。あとは、ポージングが手描きのようにうまくとれない。少し猫背気味に描いたり、体を思いっきり捻ったり、手描きの場合には誇張があると思うんですけど、それができないんです。

── どうやって解決されたんですか?

窪岡 リグ(3Dモデルの骨組み)を工夫するとか、モデルを変形させるツールを作るとか、いろいろです。細かい融通がきくようにしないと、動かしても使いものにならないので、そういう開発をしていきましたね。

── 窪岡さんご自身は、パイロットに続いて劇場版3部作の監督をされることになって、プレッシャーを感じたりはされなかったんですか。

窪岡 いや、いきなり「3部作の監督、どうですか?」という話になったわけじゃないんです(笑)。最初からそういう話だったら、さすがに受けなかったかもしれないんですけど……初めはOVAで作ろう、という話だったんですね。

── あ、そうだったんですか。

窪岡 「黄金時代」はTVアニメでもやってますし、内容的にも大変なので、それをもう一度やるのはつらいだろうと思っていて。だから、TVアニメではやっていない原作1~3巻の「黒い剣士」のあたりなら、手をつけられる余地がある。そこから入るつもりで、半年ぐらいは脚本作りを進めていたんです。その途中で、OVAだけど前後編に分けて劇場でも上映しようとか、「蝕」のシーンを入れてほしいとか、「映画を強く意識した」流れになってきた。そうなると「黒い剣士」では難しいところがあって……。テレジアや伯爵は魅力的だったし、やりたいというモチベーションは高かったのですが、あとで描かれる「黄金時代」との整合性や、映画としてのスケール感、前後編に分けたときの構成などを精査していくと、そのまま簡単にはできない問題が多々あったんです。
 高品質なOVAとして、プロローグ的なかたちで作るなら悩まなかったと思うんですけど、いろんな思惑が乗っかってきたときに、前に進まなくなってしまった。当時一緒にやっていたライターさんとも、お互いに行き詰ってしまって。そこで別の方を入れようかということになって、大河内(一楼)さんにご登場願ったんです。

── なるほど。

窪岡 あの方は単にシナリオを書くだけでなく、企画部分からいろいろ考えてこられる方なので、そのときに大河内さんのほうから「黄金時代」で行くべきじゃないかというプランが出たんです。やっぱりいちばん面白いのは「黄金時代」なんだから、そこでまずドカンと勝負したほうがいいんじゃないか、と。当時、空母と艦載機という言い方をしてましたけど、空母として「黄金時代」がドンとあって、艦載機として「黒い剣士」とか、それぞれのキャラクターにフォーカスした「キャスカ篇」、「グリフィス篇」みたいにOVAをぶら下げる、というかたちでやってはどうだろうと。それで本当にできるんだろうか、とは思いながらも、そのアイデアを聞いたときには、みんなやる気になっていましたね。
 問題は、尺ですよね。大河内さんのプランは、あくまで仮定としてですけど、5時間でも6時間でも一気にドンと作ってしまおうという、ちょっと乱暴なアイデアだった。まあ、結果的にはそれに近くなってしまったんですけど。

── 1本で5時間の映画というプランだったんですか?

窪岡 うん。ただ、それではもちろん公開できないし、作りきれない。そこから、どんどん現実的なかたちに落とし込んでいって、とりあえず2時間半を限度にしようと。それならなんとかできるんじゃないかという話になって。それにしても、2時間半にこのボリュームが入るのか? 原作だと単行本10巻分ぐらいありますからね。

── そうですね。

窪岡 それで、とりあえず大河内さんがプロットを書いてきてくれたんです。そしたら見事に収まっていた。やっぱり構成力がすごくある方なので、まとまってるんですね。あ、これならいけるんじゃないかと。でも、実際に入りきるかどうかは、まだ分からない。プロットを上げて、脚本にしてから、声優学校の生徒さんみたいな方たちに手伝ってもらって、全編通してデモンストレーションみたいなこともやったんです。原作のコマを切り貼りしたVコンテに合わせて、台詞を読んでもらって。

── へえー。

窪岡 あんまり意味はなかったんですけど(苦笑)、ひとつのガイドとして、大体こんな感じというイメージをつかむために。そしたら、まあキツキツだけど入らなくもないという感触を得た。じゃあ、これでやってみましょうと。
 ところが、やっぱり実際にコンテを描いていくと「これができない」「あれができない」という部分がどうしても出てくる。あるいは、この台詞は言わせたいけれども、その前にいろいろな積み重ねがあるからこそ活きる、みたいな場合もあるじゃないですか。そういう台詞が前置きなしに点在している状態が、すごく気になって。

── 省略しすぎて唐突になっていたりとか?

窪岡 そうです。だから、それを自分なりに、あまり突飛な感じにならないようにいろいろと調整して、原作からまた台詞を持ってきたりしているうちに、やっぱり伸びてしまったんですね(苦笑)。とてもじゃないけど2時間半には収まりきらない、この調子でやれば4~5時間になってしまう、みたいな話になって。それでも、とにかく一度コンテとして定着させてみないことには判断できないので、作業を進めていったんです。その間に、当初の公開スケジュールにはとても間に合わないとか、いろいろ現実的な問題が出てきて。最終的には「じゃあ、分割して公開しましょう」というかたちになった。

── 結果的には3部作として公開されたけれども、プラン的には1本の映画だったんですね。

窪岡 そうなんです。脚本は、2時間半で考えていたときのままなんですよ。それが結果的に、ほぼ倍のボリュームになったということですね。それでも予算はそう大きく変わらないので、シーンが減ることは歓迎されても、増やすことはまずNGでした。
 途中で何度か大きくカットの削減を行って、あまりに削りすぎたのでまた元に戻したりとか、かなりてんやわんやでした。

第2回につづく

●関連サイト
『ベルセルク 黄金時代篇』公式サイト
http://www.berserkfilm.com/