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第49回 時は2015年 〜ジェッターマルス〜

 腹巻猫です。『ログ・ホライズン』『NARUTO疾風伝』『美少女戦士セーラームーンCrystal』などのサントラを手がける作曲家・高梨康治のトークライブが、いよいよ12月14日(日)、阿佐ヶ谷ロフトAで開催されます。最近作を中心に音楽制作秘話をうかがう予定。前売券はe+で発売中! 詳細は下記リンクから。
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 2015年を目前にした11月21日、作曲家・越部信義が亡くなった。81歳。ジェッターマルスが誕生する2015年をその目で見てもらいたかった。
 越部信義は1957年生まれ。東京藝術大学作曲科卒業後、CM音楽の大家・三木鶏郎のアシスタントとなってプロの音楽家として活動を開始。数々のCM音楽や放送音楽、舞台音楽などを手がけた。
 「光る光る東芝」で有名な東芝のCM音楽や、教科書にも載った童謡「おもちゃのチャチャチャ」などの作者であり、国民的TVアニメ『サザエさん』のBGMを放送開始から担当した作曲家。「ママとあそぼうピンポンパン」「おかあさんといっしょ」「ひらけ!ポンキッキ」などに提供した歌と音楽でも幅広い世代に親しまれた。昭和世代にとっては、幼少期からの思い出に残る曲の数々を生み出した恩人のような作曲家のひとりである。
 筆者も越部信義の音楽が大好きだった。TVアニメ『マッハGoGoGo』(1967)、『紅三四郎』(1969)、『昆虫物語みなしごハッチ』(1970)、『ジムボタン』(1974)、『ハックルベリィの冒険』(1976)、『風船少女テンプルちゃん』(1977)、『ジェッターマルス』(1977)、『あしたへアタック』(1977)……好きな作品を挙げれば限りがない。覚えやすいメロディ、歯切れのよいリズム、モダンなアレンジ。子ども向けの歌でもちょっと背伸びしたしゃれたセンスを感じさせる曲が多かった。そして、楽しい曲でもどこか哀愁を帯びた独特のメロディ=越部節に胸をふるわせていた。
 「哀愁」と書いたが、それは「ペーソス」と呼んだほうがもっとしっくりくる印象だった。人生につきものの悲哀、葛藤、その中から立ち上がる希望。ちょっと大人びた情緒を感じさせる味わいが越部音楽にはある。そんな越部音楽の持ち味が生かされた作品のひとつが『ジェッターマルス』だ。

 『ジェッターマルス』は1977年2月から全27話が放映されたTVアニメ作品。2015年の未来を舞台に少年型ロボット・マルスが活躍するSF作品だ。原作は手塚治虫。主人公マルスのデザインからもわかるとおり、『鉄腕アトム』のリメイク的作品である。マルスの声をアトムを演じた清水マリ、マルスを見守る川下博士を御茶ノ水博士を演じた勝田久が担当していることからも、『鉄腕アトム』にオマージュを捧げていることがうかがえる。
 しかし、『ジェッターマルス』はけして『鉄腕アトム』の二番煎じではない。独自のキャラクター、物語を持った魅力あふれる作品だ。筆者も少年時代に本作を観て、同時期のほかのアニメ作品にない雰囲気に引きこまれたことを覚えている。マルスより年上のヒロイン・美理の存在に心ときめかせた少年も多いだろう。
 音楽は主題歌・挿入歌、劇中音楽のすべてを越部信義が作曲・編曲している。
 放映当時、主題歌・挿入歌を収録したLPレコード「ジェッターマルス うたとおはなし」が日本コロムビアから発売されたが、サントラ盤は未発売だった。放映から20年あまり経った2009年にDVD—BOX発売を記念して初のサウンドトラック・アルバム「ジェッターマルス オリジナル・サウンドトラック」がリリースされた。
 収録曲は以下のとおり。

  1. マルス2015年(スチーブン・トート、こおろぎ’73)
  2. マルスの夢(スチーブン・トート)
  3. メルチバカルチガンバルチ(堀絢子 ほか)
  4. おやすみマルス(スチーブン・トート)
  5. 戦いのマルス(スチーブン・トート、こおろぎ’73)
  6. 少年マルス(スチーブン・トート、大杉久美子)
  7. キライ!スキ!(大杉久美子、こおろぎ’73)
  8. さすらいのロボット(ささきいさお)
  9. マルスのマーチ(杉並少年合唱団)
  10. 宇宙のスキャット(スチーブン・トート、大杉久美子)
  11. マルス2015年(TVサイズ)
  12. 2015年マルス誕生
  13. 山之上博士と川下博士
  14. 心、優しく…
  15. 人間を守れ!
  16. マルス2015年(TVサイズ・インストゥルメンタル)
  17. お父さん どこ行ったの?
  18. 予告編
  19. 少年マルス(TVサイズ)
  20. 弟の名はメルチ
  21. 伴俊作、ただ今参上!
  22. 新入生マルス
  23. 悪漢登場〜危機切迫!
  24. 急げ!マルス
  25. 独裁国家の悪夢
  26. ロプラス国から来た少女
  27. マルスの戦い
  28. 明日に向かって
  29. おやすみマルス(TVサイズ)

 トラック1〜10が「うたとおはなし」に収録されていた曲。トラック11以降がオリジナル・サウンドトラックである。
 アルバム前半に収録された歌曲がすばらしい。メロディメーカー越部信義の持ち味が存分に発揮された名曲ぞろいである。
 「時は2015年」とマルスの誕生の年を歌い込んだ「マルス2015年」はマーチ風の主題歌。希望に満ちた明るいメロディで始まるが、中盤にマルスの心情を映すようなさみしげなメロディが挿入される。ここがたまらない。
 第11話以降のエンディング主題歌に使用された「おやすみマルス」は美理の視点から歌われるやさしいバラード。思わず「越部節!」と拳を握りたくなるようなすばらしいメロディとアレンジだ。大杉久美子のちょっとお姉さん風の歌い方も素敵。
 初期エンディング曲「少年マルス」は、戦うために作られたロボット・マルスの悩みとそんなマルスを見守る美理の歌。マルスの葛藤に胸が痛んだところで大杉久美子の母性的な歌声が「それでいいのよ」とすべてを包み込んでくれる。落ち込んだときに聴くと救われます。
 美理の歌として書かれた「キライ!スキ!」はアイドル・ポップ調の軽快な歌。越部信義はこういう歌を書かせても抜群にうまいのだ。大杉久美子の表情豊かな歌い方にハートを射抜かれそう。
 「さすらいのロボット」はささきいさおが歌うロボット・アディオスの歌。ウェスタンを意識したアレンジにさすらい者の哀愁を歌うメロディと歌詞が映える。ささきいさお挿入歌の名曲のひとつだ。
 「宇宙のスキャット」はマルスと美理の視点で歌われる「星に願いを」的な歌。雄大なテーマを持った歌詞とそれを表現するおおらかな曲に心が洗われる。『ジェッターマルス』という作品に込められた「祈り」「良心」のようなものが、この歌に体現されていると思う。星降る夜に空を見ながら聴きたい歌だ。

 サウンドトラック・パートは『ジェッターマルス』全27話の物語を音楽で追想する趣向。構成・解説は早川優。『ジェッターマルス』愛にあふれた内容だ。BGMはこの時期のTVアニメには珍しくステレオで録音されている。
 お気に入りのトラックをいくつか紹介しよう。
 トラック14「心、優しく…」は主題歌のメロディをメロウにアレンジした曲。弦と金管の響きを生かした編曲にメロディのよさが際立つ。マルスの繊細な心情が表現された曲だ。
 トラック17「お父さん、どこ行ったの?」は哀しい心情曲を収めたトラック。やるせない気持ちを表現するギター、フルート、ヴァイオリンの調べが胸にしみる。
 トラック20「弟の名はメルチ」は、越部音楽の魅力のひとつ「リズミカルな楽しい曲」を収録したトラック。メルチはマルスの弟として作られた赤ん坊ロボットだ。
 トラック22「新入生マルス」はマルスの日常描写音楽を集めたトラック。青空の下の情景を思わせるさわやかな曲、うきうきした心を表す軽快な曲が続く。この安心感、希望感が『ジェッターマルス』の世界を心地よいものにしていた。
 サウンドトラック・パートのクライマックスは、トラック25から28までに収録された、最終話「明日に向かって羽ばたけ!」を音楽で再現したブロック。サスペンス〜心情〜アクション〜大団円と展開するドラマチックな構成になっている。
 トラック26の「ロプラス国から来た少女」が感動的。ギターとマリンバをバックにトランペットが歌うバラード曲〜弦とフルートが奏でる哀しみの曲が続く。悲哀曲であっても情緒に溺れず、品のよい楽曲に仕上がっている。
 次の「マルスの戦い」は本作の主要アクション音楽を収録したトラック。ブラスとクラシック・パーカッションのかけあいで危機感を盛り上げる緊迫曲、続いて、主題歌アレンジによるサスペンスフルなマルス活躍の曲。シンプルな構成ながら胸躍る名曲だ。
 ラストの「明日に向かって」は大団円のトラック。美理のテーマ的に使用された楽曲(K-3)のスローヴァージョン(K-4)で旅立つマルスを見送る美理の心情を表現。力強く躍動的な勝利のテーマで締めくくられる。

 本作が放映された1977年は、『ルパン三世(新)』や『無敵超人ザンボット3』『超電磁マシーン ボルテスV』『惑星ロボ ダンガードA』などが登場した年。従来の「テレビまんが」よりも年長の視聴者をターゲットにした「TVアニメ」時代幕開けの年だった。そんな中で放送された『ジェッターマルス』は、あくまで少年マルスの視点で大切なものを考えさせ、感じさせてくれる、児童文学のような香りを持った作品だった。越部信義によるペーソスに満ちた音楽も、その「児童文学のような香り」を伝えている。大人にも通用するメロディやアレンジを持ちながら、子どもにも伝わる音楽であり続けた越部作品は、昭和のアニメ音楽の良心だったように思うのだ。
 偉大な作家を見送ることは残念でならないけれど、越部信義が残した作品はこれからもずっと歌い継がれ、聴き継がれていくだろう。心より、ご冥福をお祈りいたします。

ジェッターマルス オリジナル・サウンドトラック

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