COLUMN

第68回 いろいろ後ろにあるものを喋りたくなっている

 前回に書いた『マイマイ新子と千年の魔法』英語圏版DVD/BDのクラウドファンディングは、支援の数が伸び続けて、終了まで19日をまだ残しながら、1200名7万ドル近くに達してしまっている。
 クラウドファンディングの支援者には、本来ならばそれは「出資」であるのでしかるべき配当があるとよいのだけれど、どうも出資に関しては法律的な規制があるらしくて、なかなかそういうふうにもできないということで、「支援者特典」みたいなものを色々出す形にもっぱらなっている。
 前回にも書いたアートブックなどというのもそういった意味合いのものなのだが、こんなに支援数が伸びるなら「ストレッチゴール」を設けたり、あるいはあらかじめ定めてある出資額のランクをちょっと増やしてみたりして、いずれの場合もそれに応じてさらに何か「特典」を用意できるようにしたい、ということになっているようだ。
 主催者の方からこちらに提案があった中には、案として、特典用に絵を描いてくれないか、というようなこともあったのだけれど、現実問題としてそうした時間的余裕もないし、自分らの描いた生の絵とかが何百ドルとかになると思えるような度胸もない。
 映画の準備段階だとか、本番用の素材として描いたものを何かの形で加工するなら、何百ドルになんてならなくはあるのだけれど、小冊子みたいなものが作れるかもしれない。ひょっとしたら『マイマイ新子と千年の魔法』という作品が外国にまで広まるために必要なのかもしれないのは、この映画で描かれた「1000年前の世界」ってあれはなんなのか解説するテキストなのかもしれない。
 平安時代を絵にしよう、といってもそうそう簡単にはいかない。江戸時代だったら、実際に即してはいないかもしれないけれど、TVや映画で見知った時代劇程度のビジュアルはなんとか描けそうだ。しかし、1000年前の平安時代ともなるとイメージも希薄になってしまう。せいぜい十二単(じゅうにひとえ)を着てたかなあ、といった程度になる。十二単が貴族の成人女性が着るものだとしたら、子どもはどうだったのだろう、とか、貴族じゃない庶民はどうだったのだろう、とか色々出てきてしまう。衣装だけの問題じゃないから、それこそ果てを知らず次から次へと調べなければならなくなってゆく。
 そうやって得たうんちくは、映画のビジュアルを作るために使ってしまうのだけれど、だからといって映画の中でいちいち、こと細かな解説を施すわけにもいかない。ただ、調べて得たものを、絵の形にしてポンと投げ出すだけだ。
 だけど、そうやって画面にした様々なディテールについて、日本国内の観客でもそこに描かれているのがなんのことだか勘が働く人も実はあんまりいてもらえないような気がする。対象を海外に求めるとなるともっとそうだろうと思うので、ちょっとばかり解説めいたものを作っておくのがよいような気がする。それが特典用に使えれば御の字、使えないのだとしても、映画の送り手側としてはちょっと用意しておきたくなるところだったりしてしまう。
 で、そういうものを書きはじめてみた。
 いきなり百済と日本の同盟関係みたいなところから書き起こしてしまいそうになった。いや、それってすでに平安時代ではないのでは。奈良時代よりまだ昔の話だ。そうなのだけれど、1000年前の時代の人が、自分たちより数百年の昔を想像し、1000年の未来を想う、という話が入っているのだから仕方がない。
 古代日本と渡来朝鮮文化について司馬遼太郎氏らがやっていたシンポジウムの本だとかを若い頃に読んでいて本当によかった。司馬遼太郎といえば、「街道をゆく」の最初の方に「長州路」という章があって、この作家も周防国衙を訪れていたり、自分たちがロケハンで山口湯田温泉で宿を取ったとき、たまたま「街道をゆく」のときに司馬氏たち一行が泊まった宿だったりもするのだが、そのほかに「砂鉄のみち」という章がある。中国地方一帯には、砂鉄とたたら製鉄の燃料にする森を求めて移動する製鉄民たちがいた、という話だ。移動する製鉄民たちは北辰とか妙見とか呼ばれる北極星を信仰の対象としていて、なので『マイマイ新子と千年の魔法』の中にいきなりポツンと北極星のカットが現れたりするのだった。そんなのはよほど説明しなくてはわからない。
 西暦595年に山口県下松の松の木に星が降り、
 「われは北辰、あるいは妙見。これからここを訪れるある者の守護神となるために来た」
 と語り、次いで百済から来た多々良氏の祖となる人物がこの地を訪れた、などということも、全然映画の中では説明していない。

 思えば、こうの史代さんの「この世界の片隅に」も同じような描かれ方をしている。背景の様々な事象についていろんな知識を集めるだけ集めておいて、説明なしにマンガの画面の中に転がらせている。
 こうのさんは「わたしは歴史にはうといので」と謙遜されるのだけれど、よほどの嗅覚がなければ、昭和18年12月の回で、決戦服のもんぺがニューモードとばかりにポーズをとるすずさんを描けはしない。この辺のことは、2013年12月23日の「第77回アニメスタイルイベント 1300日の記録特別編 ここまで調べた『この世界の片隅に』」(タイトルが長い)で、自分なりに解説させていただいたりした。
 けれど、『この世界の片隅に』という作品があまりにも奥も幅も広すぎて、そのときには全然話し切れなかったので、「第81回アニメスタイルイベント 1300日の記録特別編 ここまで調べた『この世界の片隅に』2」を開いてもらうことになった。

 「第81回アニメスタイルイベント 1300日の記録特別編 ここまで調べた『この世界の片隅に』2」
 2014年3月23日(日)新宿ロフトプラスワン 開場18:30/開演19:30 前売1000円/当日1500円(飲食別) 予約受付中
 http://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/date/2014/03/23

 宣伝ついでにもうひとつ。
 「すずさんの食卓2」
 「この世界の片隅に」に出てくる野草料理や楠公飯などを実際に作ってみよう、という催しの第2回目も計画中。

 2014年4月26日(土)東京近郊
 募集はtwitterアカウント@kuroburueで告知して、3月1日より開始。先着50名様までを予定。
 どういうことをやるのか、というのは、前回参加者の方のブログで紹介いただいているので、参考にしていただければ。
 http://blog.goo.ne.jp/utugiunohana/e/fbd1fef42b9c5104175ed09d0df6d24c

 こういうことを繰り返すのは、『マイマイ新子』のときに、配給的な宣伝がほとんど行われないまま、結局ファンの方々の署名などに頼ってしまうことになり、一方で「宣伝が足らなかった製作側の自己責任の欠落を観客に押しつけて」というご批判もいただいてしまって、「配給」と「製作」とさらに「制作」という立場の違うものを混ぜこぜにして話されることには閉口しつつも、「でもまあ自助努力って大切だな」と思わされてしまったからだったりする。
 2012年夏から映画『この世界の片隅に』のポスターを貼っていただいたりし始めて、今になってもいろいろ繰り返してみたくもなってしまうのだった。映画は作るだけじゃ駄目で、観てもらわなくちゃ意味がないのだから。

親と子の「花は咲く」 (SINGLE+DVD)

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