── 吉川さんから見て、田辺さんの芝居の作り方はどう見えました? やっぱり「リアル」ですか。
吉川 うーん……それこそ西村さんが言っていましたけど、決してリアルな画ではないのに、本当にその人が実在する感じがありますよね。「旨茶」のCMなんて、あんなデフォルメされたキャラなのに、なんじゃこのリアルさは! と思いますし。キャラの見た目と動きの生々しさが、僕のなかでは時々一致しなかったりするんですよ。それが田辺さんのアニメーションを見た、最初の印象でしたね。
── 今回の現場ではいかがでしたか。
吉川 田辺さんが頭を抱えながらQARでタイミングをいじって、「やっぱりこのタイミングでやってくれ」と言って修正を戻すときも、確かに作画さんが描いてきたものと、田辺さんがタイミングをいじったものでは、よくここまで変わるものだなと思わされますね。作画さんのほうも、ここまで違うものを見せられると、ぐうの音も出ない。というか「描けないよ、こんなの」と思うほかない。
── 田辺さんは朝に来て夜に帰るような、規則的な仕事のされ方だったんですか。
吉川 自分が合流して7スタで作業し始めたころは、夜中3時ぐらいまで仕事してもらって、自宅まで車で送って、また翌朝9時~10時に来てもらうという日々がしばらく続いてました。その後、単身赴任生活を開始してもらって……。
── 単身赴任?
吉川 ご自宅が川越にあるので、往復3時間かかるんですよ。時間がもったいないので、スタジオの近くに部屋を借りてもらったんです。それが2012年の5月ぐらいですね。
── じゃあ、スタジオから歩いてすぐのところに住んでたんですか。
吉川 いや、自転車で15分とか20分ぐらいはかかるところですね。あんまり近くには住んでもらえませんでした(笑)。それでも3時間浮くわけですから、それだけあれば1カットぐらいはチェックして戻せるでしょ、と。終わらなければ帰らせません、朝までやっていってください、と。
── 終盤はハードな日々が続いたんですね。
吉川 いや、田辺さん、結構体力あるんですよ(苦笑)。全然へこたれなかったですね。僕、今まで一緒に仕事した人のなかで、こんなに体力のある人は初めてでした。
── そうなんですか。
吉川 自慢じゃないですけど、僕が張りつくと大抵の人は音を上げるんですよ。今まで自分より先に潰れなかった人はいなかったのに、今回は僕のほうが先に潰れました(笑)。本当にタフでしたね。
── 集中力も落ちない?
吉川 落ちませんね。でも、描かないときはとことん描かない。机の前に座って、両手のこぶしを握って、じーっと佇んでるんです。僕はその姿を3時間ぐらい眺めながら「描かねえな~」と。
── 吉川さんは描かない様子を3時間ただ眺めてるんですか。
吉川 そういうときもあるし、30分ごとに「描かないんですか」と訊いたり。「1時間経ちますけど、描かないんですか」「いや、描きます」「じゃ、描いてください」……そのまま30分経って「全然描いてないですよね」みたいなやりとりを繰り返して。
── 何かの修行のようですね……。
吉川 あと、帰ろうとしたら帰らせない、というのも仕事のひとつでしたね。僕がトイレに立ったり、コンビニに行ったりした隙を見て、帰っちゃうときがあるんですよ。だから、自分が席を外すときは1階にいるメンバーに「田辺さんが帰ろうとしたら止めて」と声をかけたりしてました。一度、田辺さんの自転車を隠そうかとも思ったんですけど、それはさすがに思いとどまりました(笑)。
── 田辺さん番というのも、吉川さんの大事なお仕事だったんですね。
吉川 ええ。制作デスクだから、普通は全体の進行状況を見なければいけないじゃないですか。でも、田辺さんが動かないかぎり、美術に仕事は行かないし、作画さんにも仕事が回らない。なので、動画や仕上げ、背景や撮影を見ている制作の子たちに「ごめん、自分はもうタッチできなくなるかも。あとは任せる」と、ある時点で宣言しました。あとはもう、とにかく田辺さんに張りつく毎日……という感じでしたね。
── なるほど。
吉川 田辺さんが単身赴任を始める前、川越まで車で送っていた頃は、その車中でボロクソ言っていました。「こんな調子で最後までいけると思ってるんですか」とか。
── 吉川さんが、田辺さんに?
吉川 はい。僕、前にいた会社がそういう社風だったので、かなりエグい追い詰め方をするのが得意なんです(笑)。で、ひたすら言葉攻めにして「もう今から7スタ戻りますか」って、もう川越市内に入ってたんですけど、真夜中の道路をガーッとUターンしたんですよ。そしたら、信号待ちのときに田辺さんが車から脱走したことがありました(笑)。
── ……一応コメントすると「どっちもどっち」って感じですね。
吉川 (笑)。そんな日々でしたねえ。
── 普通のことを訊きますけど、田辺さんと関係が悪くなったりしなかったんですか。
吉川 いや、今でも普通に和やかに話してますよ。率直な物言いはしますけどね。制作中は、田辺さんと僕が言い争いをしていると、隣で作業している方たちがいたたまれなくなって席を立ったりしてましたね……。
── 田辺さんも声を荒げたりするんですか。
吉川 いや、田辺さんはキレたりしません。「そんな大きな声、出さなくてもいいですよ」「何言ってんですか、聞かれたって全然構わないですよ!」みたいなやりとりをわざと大きな声でして、隣にいる高畑さんも無理やり巻き込んだりとか。
── そういうとき、高畑さんは仲裁役をしてくれるんですか。
吉川 場合によりますね。田辺さんを守ろうとするときもあるし、「こういう危機的状況なんだから、制作の言うことも聞かなきゃダメだよ!」と、田辺さんを諭してくれるときもあります。事前に高畑さんに振っておいた上で、そういうやりとりを仕組んだりもしてました(笑)。
── 田辺さんにやる気を出してもらって、仕事してもらうために。
吉川 そうです。高畑さんも言ってましたね。「ここまで頑固な人は珍しい」って。
── 高畑さんに言われるんだから、相当ですよね(笑)。
吉川 そうですよ。だって、それまでの作品では高畑さんがいちばん頑固者だし、「もう完成しなくてもいいんですよ!」みたいなことまで言っちゃうぐらいなのに、その高畑さんが呆れるぐらいですから。最強なのは田辺さんでしょうね。
── 『かぐや姫の物語』は、いろんな意味で田辺さんなしにはありえなかった作品なんですね。
吉川 ええ、そこに関しては最初から変わっていません。
── 企画の立ち上げからそういうテーマだったし、スタッフ全員が田辺修という才能につきあって、そのまま最後まで突っ走ったわけですね。
吉川 そうです。これだけかかったのに、途中で方針転換をしなかったのは本当にすごいと思いますよ。そこはプロデューサーと監督の強い意志ですよね。大抵は補佐を入れるなり、あるシーンだけは他の人にお願いするなりして対処するのに、そういう切り替えは最後までしなかった。僕は正直、そういう案しか出せませんでした。この苦しい状況を打開するためには、方針を切り替える以外には無理だろうと。
── スタッフ会議などで?
吉川 はい。高畑さん、田辺さん、小西さん、西村さん、僕の5人で、2012年の3月ぐらいから10時間ミーティングというのを月1回ぐらいやってたんです。でも、結局は田辺さんにやってもらうしかないという結論は変わらず、最後までそれで突っ切った。それが企画の根幹だから。
── 現場では、自分たちはかつてない作品を作ってるんだ、みたいな雰囲気はあったんですか。
吉川 あったのかなあ? 辛すぎて、それどころじゃなかったんじゃないですかね。でも、最近いろいろな取材に立ち会ってスタッフの話を聞いていると、「辛かったけど本当に楽しかった」という声が多いんです。だから、今はほかの作品をやるのが怖い、きっとつまらなく感じてしまうはずだ、と。それで最近は作画の仕事を断って休憩しているという作画さんもいるそうです。
── なるほど。
吉川 その気持ちは、自分も同じですね(笑)。
吉川俊夫 制作デスク インタビュー おわり
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