1994年は、2大「りぼん」アニメ『赤ずきんチャチャ』『ママレ〜ド♥ボ〜イ』が放映開始された年である。
『赤ずきんチャチャ』は、彩花みんの学園魔法マンガが原作。製作はNASとぎゃろっぷ。変身バトルヒロインの設定が加味されるなど、『セーラームーン』への対抗意識を感じさせる側面もあったが、本作の真骨頂は、原作本来のコメディ描写のほうにあった。辻初樹監督のもと、大地丙太郎、佐藤竜雄、桜井弘明ら若手演出家が繰り出したハイテンポかつエネルギッシュな台詞と映像は、後のギャグアニメの技法に大きな影響を与えていく。
吉住渉原作の『ママレ〜ド♥ボ〜イ』は、東映動画がアニメ化。シリアスなラブストーリーが、日曜朝8時30分という時間帯とのミスマッチもあって視聴者を驚かせた。その作風は、少し大人びた少女アニメの路線を確立することに成功。関弘美PDの企画力、キャラデザの馬越嘉彦、SDの矢部秋則、梅澤淳稔、山内重保などの才能に支えられながら、同路線は『ご近所物語』『花より男子』とシリーズ化され、好評を博することとなる。
「なかよし」連載の『魔法騎士 レイアース』は、戦う魔法少女路線に巨大ロボットものの要素をプラスした内容が新鮮だった。製作は東京ムービー新社。原作のCLAMP、監督の平野俊貴はともに、それまでOVAでの活躍がメインだったスタッフ。同じくOVA中心だったAICがこの年、『天地無用!』『神秘の世界 エルハザード』でTVに初参入したことと併せ、OVA業界のTV流入がさらに進みつつあることを感じさせた。
少女アニメが多様化を迎える一方、ロボットアニメにおいても大きなチャレンジが行われた。4月、サンライズがバンダイに買収されたのと時を同じくして発表された『機動武闘伝 Gガンダム』がそれである。本作は富野由悠季が描いてきた“宇宙世紀”という時間軸から離れ、まったく別の世界観で物語を作り上げた。監督には、富野のもとで『Zガンダム』にも参加したことのある今川泰宏が就任。複数のガンダムをヒーローのように登場させ、格闘ゲームのように戦わせるという設定には、少子化時代への対応も考慮した親会社・バンダイの戦略が投影されていた。事実、本作は賛否両論を生みつつも、前作『Vガンダム』におけるプラモ販売不振を好転させる成績を生み、『ガンダム』ビジネスの転機として新たな時代を用意するのである。
4月には、NHK教育にて『プチプチ・アニメ』の放送がスタート。第1次アニメブーム期に美大やデザイン学校に通い、その後も地道に活動を続けてきた若手クリエイターたちにとって、本枠は格好の作品発表の場となった。日本の個人作家の存在を認知させ、切り紙、人形、砂など非・セルアニメの楽しさを伝えていくこの小さな番組の登場は、情操教育の面でも、個人作家の育成という面でも極めて大きな意味を持っていたといえる。
(13.03.18)本文修正
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データ原口のサブコラム
●声優ブームと94年
80年代末から再燃した声優ブームはますます過熱し、1994年の11月には、主婦の友社の「声優グランプリ」、徳間書店の「ボイスアニメージュ」など声優専門誌が発刊されるまでになった。
舞台で活躍する俳優が声優を兼ねていた第1次アニメブーム期に比べ、90年代にデビューした若手声優たちの多くは、最初からアニメ声優を目指して養成所や専門学校に通っていた人材だった点が特徴的である。そこに、所属事務所や音響会社、レコードメーカーなど各業界のメディアミックス志向が加わった結果、彼らはアニメ番組を中心に、ラジオやCDなどでパーソナリティや声優を務め、盛んに雑誌のグラビアページへも登場するなど、華やかな活動を繰り広げていくことになる。
アイドル性、タレント性が強調された90年代の声優ブームは、もともとアイドルグループに所属していたり、タレント活動をしていたりした人材を吸収する動きも見せた。つまり、80年代以上に、一般芸能界と声優業界との垣根がとり払われ、両者の往き来が可能になったという見方もできる。
『赤すぎんチャチャ』でチャチャを演じた鈴木真仁は、代々木アニメーション学院卒業後、ほぼノーキャリアで主役に抜擢されるという幸運を得た。同じくリーヤ役には、SMAPの一員である香取慎吾が起用され、どちらもある意味“初々しい”演技が、さまざまな反響を呼んだのも事実だった。
10月に開始した、同人作家集団CLAMPのTV初参入作品『魔法騎士[マジックナイト] レイアース』で主役に選ばれたのは、やはり日本ナレーション演技研究所出身の新人・椎名へきる。彼女はデビュー当初から、アイドル歌手としての活動にも力を入れており、97年、声優としては初の武道館コンサートを実現したことで話題となった。『チャチャ』にマリン役で出演し、10月に放映開始した『マクロス7』でヒロイン・ミレーヌ役を担当した桜井智(現・櫻井智)は、アイドルグループ「レモンエンジェル」出身で、87年の同名TVアニメでも声優を務めた経験を持っていた。芸能界と声優業界の境界線上を往き来した典型的な声優だった。
このように90年代の声優ブームは、フレッシュな新人声優を次々とTVへと招き寄せる上で追い風となり、声優という職業の概念を従来の枠組みよりも押し広げ、アニメファン以外の層へもその知名度を高める効果をもたらしたといえる。だがこの時期、TVアニメ業界が新人声優を多数起用した陰には、別の理由も介在していた。3年前、日俳連が行った賃上げ要求デモが裏目に出たのだ。ベテラン声優のギャラは確かに格上げとなったが、TV局や制作会社側は高い出演料を支払うことを渋り、より安価ですむ新人声優の登用を望むようになったのである。94年前後、安い出演料で声優をマネジメントする新興の事務所がいくつか出現したのも、この動きを反映したものだった。また96年以降、東映アニメーションが永らく続いた青二プロとの専属マネジメント契約を見直し、一部の作品に自社直系の事務所・東映アカデミーの声優を使うようになるのも、91年の火種が遠因となって起きた出来事だった。
声優専門誌の普及がもたらしたもう一つの側面として、役者のイメージと、演じる役柄との間に、より密接な連関を生み出したことが挙げられる。その典型的な1人が、緒方恵美である。
『幽★遊★白書』の蔵馬役ですでにブームの中核を担っていた緒方恵美は、3月より放映開始したシリーズ『美少女戦士 セーラームーンS[スーパー]』で新キャラクター、天王はるか=セーラーウラヌス役を演じてますます強い支持を得た。その声のイメージは、女性的な男性キャラである蔵馬、男性的な女性キャラである はるかの両方に適した声質、すなわち宝塚の男役に似たユニセクシュアルな魅力に満ちていたといえる。そして当時、声優雑誌を通じて露出していた本人のビジュアルもまた、そんなファンの抱くイメージを損なうことなくバランスをとったものだった。
緒方の勢いは衰えることなく、翌年の『新世紀 エヴァンゲリオン』の主役・碇シンジ役へと流れ込んでいく。シンジもまた14歳の少年でありながら、極端にスレンダーな体躯をし、心はガラスのように壊れやすい繊細なキュラクターだった。そのイメージは、子供から大人へと分化する直前の脆さを孕んでおり、中性的な緒方の声がピッタリだったのではないだろうか。
ちなみに、ウラヌスという魅力的なキャラクターを開花させるのに貢献した、映像スタッフ側の立役者が、シリーズディレクターの幾原邦彦と、脚本の榎戸洋司である。ウラヌスとそのパートナー、セーラーネプチューンとが織りなす女性同士の耽美的な関係は、その宝塚的モチーフや舞台美術的な画面作りとともに視聴者に強烈な印象を残した。彼らの指向性と、緒方恵美の持つパーソナルな魅力が、ここでは理想的な融合を見せたといえよう。幾原、榎戸の2人はといえば、『セーラームーンS』での美意識を発展させる形で、97年の『少女革命ウテナ』へと到達し、別の華を咲かせることになるのである。
90年代を通じて、その人気・実力の両面で不動の地位を保ち続けた声優が林原めぐみである。アニメージュ主催の「アニメグランプリ」においては、89年の第12回から01年の第24回までの13年間のうち、たった1回を除く12回分の声優部門第1位を林原が受賞している(厳密には、第12、13回のみ女性声優部門、14回以降が男女共通の声優部門であり、第12、13回の男性声優部門第1位は神谷明が受賞)。
その唯一、第1位をとれなかったのが他ならぬ94年であり、この年のみ緒方恵美に女王の座を奪われているのだ。それほど、94年における緒方人気は格別だったということがわかるだろう。