COLUMN

第323回 伝統の中の冒険 〜クスノキの番人〜

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 最近の劇場作品、特に洋画は、本編の中で魅力的なメロディを流すことをあまり好まない傾向にある。映画音楽の役割が変化してきたことの表れだろう。サウンドトラック・アルバムを聴いても印象に残る曲が少なく、サントラファンとしては少しさびしい。
 邦画はどうだろうか。映画音楽としての役割を果たしながら印象に残るような曲を書く作曲家が、日本にはまだ多い気がする。今回取り上げる作品を手がけた菅野祐悟も、そんな作曲家の1人である。
 今回の作品は、2026年1月に公開された劇場アニメ『クスノキの番人』。ミステリー作家・東野圭吾の同名小説を原作に、監督・伊藤智彦、アニメーション制作・A-1 Pictures、Psyde Kick Studioのスタッフで制作された作品だ。
 本作公開のニュースを聞き、スタッフを知ったとき、筆者はぜひ観たいと思った。音楽担当が菅野祐悟だったからである。
 2010年代から放映された東野圭吾原作のTVドラマ「ガリレオ」「新参者」のシリーズを筆者は面白く観ていた。いずれも音楽は菅野祐悟が担当(「ガリレオ」は福山雅治と共作)。ドラマと同じキャストで作られた劇場版の音楽も菅野祐悟が手がけている。メインテーマが耳に残る魅力的な音楽だった。
 その菅野祐悟が『クスノキの番人』の音楽を担当する。「ガリレオ」「新参者」が実写だったのに対し、『クスノキの番人』はアニメだ。東野圭吾の原作をどうアニメ化するかも興味があったし、菅野祐悟がどんな音楽をつけるかも気になった。
 『クスノキの番人』はこんな物語である。
 職場を理不尽に解雇され、自暴自棄になったあげく警察に逮捕された青年・直井玲斗は、伯母を名乗る女性・柳澤千舟に救われる。千舟は玲斗に「クスノキの番人」の務めるように命じた。月郷神社にある巨大なクスノキには不思議な力があり、さまざまな人がその力を頼って祈念に訪れる。クスノキの番人となった玲斗は、クスノキに祈念する人々の案内役を務めるうちに、しだいに前向きな気持ちを取り戻していく。しかし玲斗は、クスノキが持つ力がどんなものなのか、まだ知らなかった。
 ファンタジックな設定を使ったヒューマンドラマ、といった趣である。ファンタジーの部分に主眼はなく、あくまで人間ドラマがメインだ。実写でも映像化できそうだが、現実には存在しない巨大で神秘的なクスノキを違和感なく表現するにはアニメが適していたのだろう。アニメならではの映像表現も随所に見られる。派手さはないが、見ごたえのある作品である。

 音楽の菅野祐悟は、2022年からこの作品に参加していたという。曲作りは、玲斗が知り合う女子大学生・優美が劇中で演奏するピアノ曲から始まった。このピアノ曲(Melody of Memories)は、劇中のクライマックスで流れる重要な楽曲である。
 翌2023年から劇中音楽(劇伴)の制作に入り、菅野はメインテーマとなる「クスノキのテーマ」を作曲。それを中心に全体の音楽を構成した。作品全体に「クスノキのテーマ」の変奏がちりばめられ、玲斗やクスノキにかかわる人々の心情を表現する音楽設計である。映画音楽の伝統にのっとったオーソドックスな手法だが、それだけにうまくいったときの効果は大きい。作品を観たあと、本編の感動とともにピアノ曲「Melody of Memories」と「クスノキのテーマ」が記憶に残る。
 月刊Newtype2026年2月号に掲載された菅野祐悟インタビューによれば、伊藤監督からは音楽に「ある程度のキャッチーさ」がほしいというオーダーがあったという。背景音楽ではあるが、記憶に残らないような無個性の音楽ではなく、魅力的な音楽であってほしいということだ。菅野祐悟はこのオーダーに応え、シンプルだが耳に残るメロディを生み出している。うまいなあと思うところだ。
 菅野祐悟のうまさは、「クスノキのテーマ」以外の楽曲にも表れている。心情や状況を描写する音楽の中に「おっ」と思わせる個性的なメロディやサウンドが含まれているのだ。観客が音楽に気を取られすぎてもいけないが、音楽が記憶に残らないのもさびしい。映像のじゃまをしないようにしながらキャッチーさも忘れない。そのさじ加減が絶妙だ。
 筆者が特に印象に残ったのは、千舟が玲斗に高価な服や靴を買ってやる場面に流れるボーカル入りの曲(It’s time for you)。洋画「プリティ・ウーマン」(1990)を思い出させるような、楽しいシーンである。こういうとき、タイアップで既成のポップスを流す手もあるが、菅野祐悟はオリジナルのボーカル曲を作ってしまう。そういうところが、やはりうまい。
 実写とアニメで音楽の作り方に違いがあったのか? 菅野祐悟はインタビューでこう答えている。
 「特にないですね。最近のアニメは情報量がかなり多いので。(中略)アニメだからといって、音楽で情報量を足す必要がまったくないんです」
 音楽に実写とアニメの区別はなく、作品によって違うだけだという。『クスノキの番人』の音楽は、「ガリレオ」や「新参者」と同じスタンスで作られたわけだ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、公開日と同じ2026年1月30日に「クスノキの番人 Original Soundtrack」のタイトルでアニプレックスからリリースされた。収録曲は以下のとおり。

  1. クスノキのテーマ 〜祈念〜
  2. 転落の夜
  3. 威圧感
  4. クスノキの番人
  5. 無理難題
  6. クスノキのテーマ 〜幻想〜
  7. 番人のお仕事
  8. 闖入者
  9. それぞれの朝
  10. 日月逾邁
  11. 好奇心と猜疑心
  12. Melody of Faint Crush
  13. 漠とした謎
  14. 得意気
  15. It’s time for you(歌:Laco)
  16. Melody of Dignity
  17. 豪奢な世界
  18. 聳立する壁
  19. Melody of Crush
  20. 立ち籠める暗雲
  21. 苦く甘い追憶
  22. クスノキのテーマ 〜継承〜
  23. 決意の朝
  24. クスノキのテーマ 〜懸命〜
  25. 彷徨う謎
  26. 交錯する苦悩
  27. かわっていく(歌:狐火)
  28. 信じればこそ
  29. クスノキの力とは
  30. Melody of Entrusted Thoughts
  31. クスノキのテーマ 〜受念〜
  32. 刻は動き始めた
  33. クスノキのテーマ 〜信託〜
  34. 巨壁に挑む
  35. クスノキのテーマ 〜真実〜
  36. Melody of Memories
  37. クスノキのテーマ 〜浄化〜

 作品の中で流れる曲を使用順に収録した構成。トラック27の「かわっていく」は玲斗が大失敗して落ち込んだ場面に流れる挿入歌(ラップ)で、この曲のみ狐火が作詞・作曲している。
 注目はメインテーマ「クスノキのテーマ」である。その変奏曲が作品内でどのように配置されているか、曲名でわかるようになっている。終盤になると「クスノキのテーマ」が流れる場面が増えてくる。メインテーマが物語を語る上で重要な役割を果たしていることが、モチーフの使い方からもわかる。
 「クスノキのテーマ」の変奏曲はピアノやストリングスなどのアコースティック楽器で演奏されるものが大半だが、いくつかの曲にはシンセサイザーの音が重ねられている。シンセサウンドがクスノキの神秘性や物語のファンタジー的な世界観を表現しているのだ。それだけではなく、パンフレットに掲載された菅野祐悟インタビューによれば、若い玲斗の不安や焦りもシンセサウンドで表現しようとしたのだそうだ。
 トラック15「It’s time for you」は、先に紹介したショッピングシーンに流れるボーカル曲。同じく菅野祐悟インタビューによると、この曲は2〜3年かけて少しずつ形にしたのだという。監督にヒアリングを重ね、80年代の洋楽のようなテイストに落ち着いた。こういう場面に既成曲でなく、ちゃんとサウンドトラックの作曲家が書いた曲が流れるのは、サントラファンとしてはうれしいポイントだ。
 トラック36「Melody of Memories」は先に紹介した優美が弾くピアノの曲。このメロディはトラック12「Melody of Faint Crush」とトラック19「Melody of Crush」にも使われている。いずれも優美と玲斗のシーンに流れる曲である。この2曲が先行して劇中に流れることで、優美とその家族がこのメロディに結びついていることが暗示される。うまい音楽演出だ。
 「Melody of Memories」は劇中で演奏されるピアノ曲だが、途中からストリングスによるしっとりした演奏に展開し、女声コーラスをともなって盛り上がったあと、またピアノのメロディに戻ってくる。曲の流れるシーンでさまざまな人々の想いが交錯し、それを描写する映像に合わせて曲調も変化するのである。フィルムスコアリングならではの味わいであるが、作中のままのサウンドトラックとは別に、単独のピアノ曲を別に録音してボーナストラック的に収録してもよかったと思う。作品を観て、この曲が記憶に残った人は、独立したピアノ曲としての演奏も聴きたいのではないだろうか。菅野祐悟コンサートでは、そんな演奏が聴けそうな気がする。
 ほかに印象深い曲をいくつか挙げてみよう。
 玲斗が番人の仕事を覚えていく場面の「番人のお仕事」(トラック7)や玲斗が優美に呼び出されて駆けつける場面の「日月逾邁」(トラック10)、玲斗が千舟のために行動を起こす場面の「刻は動き始めた」(トラック32)などは、軽快なテンポのポップス風、フュージョン風に書かれている。しっとりした曲の中にこういう曲が混じることで、作品が華やかになり、観客の気分も高揚する。
 千舟の凛としたカッコよさを描写する「Melody of Dignity」(トラック16)もいい。1分10秒ほどの長さの中に「クスノキのテーマ」が短く現れ、千舟の芯の強さを表現するモチーフに展開していく。千舟のキャラクターが音楽とともに印象づけられるシーンである。
 トラック14「得意気」は、タイトルどおり得意げな玲斗の場面に流れる短い曲。ピアノでシンプルなフレーズをくり返すアドリブ演奏のような曲である。バンドスタイルのユーモラスな曲にしてもよさそうなところだが、ほぼピアノのみにしたところが気が利いている。同様の演奏はトラック29「クスノキの力とは」でも聴くことができる。

 こんなふうに、『クスノキの番人』の音楽は「クスノキのテーマ」と「Melody of Memories」を中心に据えつつ、全編にバラエティ豊かな曲を配置して構成されている。それらがしっかりと劇伴の役割を果たしつつ、魅力的な楽曲に仕上がっているのがみごとだ。メインテーマの使い方やフィルムスコアリングの楽曲の仕上げ方などは、映画音楽のお手本になりそうである。
 筆者が2月6日に上梓した『劇伴音楽入門』(インターナショナル新書)では、後世に影響を与えた作品や新機軸を打ち出した作品を中心に紹介したため、本作のようにオーソドックスな手法で作られた作品はあまり取り上げられなかった。しかし、作品の面白さを支えてきたのはこうした音楽であり、その手法は今でも有効である。菅野祐悟は前衛的な音楽も書ける作曲家だが、本作のようなオーソドックスな音楽にもうまさを感じさせる。伝統的な手法にのっとった音楽は型にはまったものになりそうだが、型があるからこそ、その中でいくらでも新しい試みをしたり、冒険したりすることが可能だ。それが映画音楽(劇伴音楽)の魅力であり、面白さである。本作の音楽は、そのことをあらためて認識させてくれる。

クスノキの番人 Original Soundtrack
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