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第314回 ジーグの力見せてやる 〜鋼鉄ジーグ〜

 腹巻猫です。10月8日にTVアニメ『鋼鉄ジーグ』の主題歌・挿入歌・BGM(劇伴)を収録したサウンドトラック・アルバムが発売されます。作曲を手がけたのは今年が生誕100年になる渡辺宙明。アルバムの構成・解説は筆者が担当しました。『鋼鉄ジーグ』の音楽が単独アルバムで発売されるのは、これが初。しかもCDと配信(ストリーミング、ダウンロード)による全世界同時リリースになります。今回は『鋼鉄ジーグ』の音楽の魅力と、このアルバムの聴きどころを紹介します。


 『鋼鉄ジーグ』は、1975年10月から1976年8月まで全46話が放送された東映動画(現・東映アニメーション)制作のTVアニメ。『マジンガーZ』(1972)、『グレートマジンガー』(1974)を手がけたメインスタッフが、続いて送り出した新機軸のロボットアニメである。
 古代に日本を支配していた邪魔大王国の女王ヒミカが長い眠りから目覚め、王国の復活をもくろんで活動を開始した。考古学者の司馬遷次郎は邪魔大王国の復活を予見し、ひそかに基地ビルドベースと巨大ロボット・鋼鉄ジーグを建造していたが、ヒミカの手先に襲撃され、命を落としてしまう。遷次郎の息子・司馬宙(ひろし)は、父の遺志を継ぎ、鋼鉄ジーグと合体して邪魔大王国との戦いに挑む。
 『マジンガーZ』『グレートマジンガー』に比べて、怪奇幻想的な要素が増しているのが本作の特徴。ヒミカは「異次元科学」と呼ばれる術を操り、ロボットとは異なる「ハニワ幻人」を生み出して日本を攻撃する。邪魔大王国の移動基地は、7つの竜の首を持つ「幻魔要塞ヤマタノオロチ」。科学の力が及ばない得体の知れない恐ろしさが感じられる敵である。
 いっぽうのジーグは、手・足・胴体がバラバラのパーツとなって格納されており、出撃時に合体する設定。そしてジーグの頭部になるのは、父によってサイボーグに改造されていた宙である。主人公が主役ロボットを操縦するのではなく、自らロボットの一部となって戦う。これも本作の新機軸のひとつだ。しかし、それが単なる設定に終わらず、ドラマに反映されているのが本作の見どころ。宙は当初、自身がサイボーグであることを知らず、体の異変に悩む。父の意識を移したコンピューター、ビッグファーザーからサイボーグであることを知らされてからは、人間でなくなってしまった自分に苦悩する。また、宙は母と妹と同居しているのだが、母は宙のひみつを知っており、妹は知らない。家族のあいだにひみつがあることが、奥行きのあるドラマを生んだ。主人公が単純明快なヒーローではなく、複雑な悩みを抱えたキャラクターであることも、本作の大きな特徴のひとつだ。

 音楽を担当したのは、『マジンガーZ』『グレートマジンガー』に続いて東映動画制作のロボットアニメを手がける渡辺宙明。主題歌と劇伴の両方を担当したTVアニメとしては本作が3作目である。『マジンガーZ』『グレートマジンガー』で蓄積されたノウハウが本作に生かされており、さらに一歩進んだ音楽的工夫が聴けるのが、本作の音楽の魅力になっている。
 ここからは、本作の音楽の魅力について、3つの観点から語ってみたい。
 ひとつは、民族音楽的要素である。本作の大きな特徴は、ヒミカと邪魔大王国という、日本古代史をモチーフにした敵が設定されていること。敵を描写する音楽には、エキゾチックで土俗的なサウンドが用いられた。たとえばヒミカのテーマとして、妖しい女声スキャットを使った曲(「女王ヒミカ」)が用意されている。ヒミカの登場場面に必ずと言ってよいほど使用された、記憶に残る音楽だ。邪魔大王国のテーマ(「邪魔大王国の野望」)にはヒミカのテーマと同じメロディが使われ、敵側の描写に統一感を出している。ほかにも、民族楽器やシンセサイザーなどを駆使した不可思議なサウンドが敵の幻想的なイメージを印象づけていた。
 ふたつ目は、ロボットアニメに欠かせないバトル(戦闘描写)音楽について。本作の音楽はストリングス(弦楽器)を用いない編成で制作されている。しかし、『マジンガーZ』や『グレートマジンガー』のストリングスが入った音楽に比べて、音が薄いという印象はない。金管楽器と打楽器を中心に、木管楽器やオルガン、シンセサイザーなどを加えて厚みを出し、ダイナミックな音楽を作り出している。
 『マジンガーZ』『グレートマジンガー』の音楽になかったタイプのサウンドも導入されている。ハニワ幻人のテーマ(「ハニワ幻人出現」)はビッグバンド・ジャズ的なグルーブ感のある曲調で作られ、ロボットとは異なる生命感のあるキャラクターが強調された。
 また、劇中では宙がサイボーグに変身し、等身大の敵(ハニワ兵士)と戦う描写がある。等身大のバトルを想定した楽曲(「ジーグ怒りの反撃」)には、それまでの渡辺宙明作品では聴けなかったディスコ的なリズムが使われている。渡辺宙明の音楽が、新しいリズムやサウンドを獲得していく過程が、本作の音楽からうかがえるのだ。ディスコ的なサウンドは『鋼鉄ジーグ』の後番組『マグネロボ ガ・キーン』でさらに強化され、シャープでスピード感のある音楽を生み出していく。
 3つ目は心情描写曲の充実である。本作は人間ドラマに力が入れられており、特に宙と父(マシンファーザー)、母、妹とのあいだに生まれる気持ちのすれ違いや、秘めた苦悩が、見応えのあるエピソードを生んだ。そのドラマを演出するために多彩な心情描写曲が用意されている。
 筆者が特に注目するのは、渡辺宙明が得意とする哀愁を帯びたバラード調の曲(「明日なき戦いのバラード」)である。同じメロディでトランペットやフルート、ギターなどが演奏するバリエーションが作られ、ほとんど毎回、いずれかが劇中に流れていた。本作を代表する音楽のひとつが、このバラードなのだ。本作の音楽設計における、大きな特徴である。

 冒頭で紹介したように、本作の初の単独サウンドトラック・アルバム「鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック」が、10月8日にCD2枚組のボリュームでリリースされる。発売元は日本コロムビア。ここからは、このアルバムの意義と聴きどころを紹介していきたい。
 収録曲は下記ページを参照。
https://columbia.jp/prod-info/COCX-42537-8/

 本アルバムは「Columbia Sound Treasure Series」の1枚と位置づけられている。同シリーズは、アニメ・特撮・劇場作品などの埋もれた名作サントラを発掘し、完全版としてリリースしていく企画である。2015年から2018年にかけて13タイトルがリリースされた。筆者も『おれは鉄兵』『キャンディ・キャンディ』「透明ドリちゃん」『笑ゥせぇるすまん』『宝島』などの構成・解説を担当した。2018年の「宝島 オリジナル・サウンドトラック」を最後にリリースが中断していたが、今回7年ぶりにシリーズが復活したのである。
 シリーズ復活の背景には、今年(2025年)が渡辺宙明生誕100年、『鋼鉄ジーグ』放映50周年のダブル・アニバーサリーの年にあたる、という事情がある。加えて、本作が海外(特にイタリア)にも熱狂的なファンが多い、という事情もあるだろう。それにしても快挙だ。CDが売れないと言われる時代に、CDでのリリースが実現したこともうれしい。ぜひ、たくさん売れて、シリーズの継続が実現してほしい。
 『鋼鉄ジーグ』の音楽(劇伴)は過去にも商品化されたことがある。代表的なものは、1979年発売のLPレコード2枚組「テレビ・オリジナルBGMコレクション 渡辺宙明作品集」。1991年には同アルバムをCD化した「渡辺宙明BGMコレクション」がリリースされ、ボーナストラックに未収録BGMが追加された。さらに、1996年発売のCD「渡辺宙明BGMコレクション “CHUMEI”ブランド」にて、わずかながら未収録BGMが初商品化されている。
 上記3タイトルのアルバムに収録された『鋼鉄ジーグ』のBGMは合計35曲。では、全部で何曲のBGMが作られていたかというと、NGテイクを除いて全81曲である。つまり、これまで全体の半分以下の曲数しか商品化されていなかったのだ。
 今回の「鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック」では、未収録曲を含むBGM全曲を、オリジナルテープからの最新マスタリングで完全収録した。本アルバムの最大のセールスポイントはそこだろう。劇中で印象深い使われ方をしながら未収録だった楽曲や、豊富に作られた同一モチーフのバリエーションなどが商品化され、『鋼鉄ジーグ』の音楽の全貌がようやく明らかになったのである。
 構成にあたっては、全46話に及ぶ物語の大きな流れを意識するとともに、本アルバムがCDと配信の同時リリースであることも考慮した。というのも、CDと配信では、構成の考え方も変えるべきではないか、と最近考えているからだ。CDは基本的にその作品に興味にある人が買って聴いてくれるものである。しかし、配信を聴く人、特にサブスクで聴く人は、作品のことをよく知らないことも多いはずだ。そういう人にも聴いてもらい、楽しんでもらうためには、頭から「聴いてみたい」と思わせる工夫や、音楽的な気持ちよさを重視した構成が必要になる(と思う)。今回は、配信を意識した構成と、作品世界の再現を意識した昔ながらの構成の両立を試みた。うまくいったかどうかは、お聴きになったみなさんの高評を仰ぎたいところである。
 今回初収録となったBGMをいくつか紹介しよう。
 ディスク1に収録された「悲しき雪女チララ」は、第10話に登場する雪女チララのテーマ。チララは、本来はヒミカの部下ではないのにハニワ幻人にされて散っていく、悲劇的なゲストキャラクターである。フルートの幻想的な旋律がチララの妖しさと悲哀を表現する曲だ。
 「明日なき戦いのバラード」「明日なき戦いのバラード〈愛の悲しみ〉」「明日なき戦いのバラード〈孤独〉」などは、同一のモチーフ(メロディ)によるバリエーション。シーンに合わせて、さまざまな変奏が使用された。アレンジの変化によるニュアンスの違いを味わっていただきたい。
 ディスク1に4つのタイプを収録した「次回予告音楽」は、本放映時にキー局でのみ使用された15秒サイズの次回予告用音楽。本作は本放映時の放映枠がキー局が25分、ローカル局が30分であったことから、オープニング・エンディング・次回予告の長さを変えることで、放映時間を放映枠に合わせていたのである。本アルバムでは、ディスク1でキー局の、ディスク2でローカル局の放映フォーマットを再現してみた。現在の再放映や配信は30分フォーマットに統一されているため、25分枠で使用された15秒サイズの次回予告音楽は、なかなか聴く機会がないだろう。なお、ローカル局の次回予告音楽は、オープニング主題歌の歌入りとカラオケを編集したものが使われている。
 ディスク2に収録した「竜魔帝王あらわる」は、第29話からヒミカに代わって邪魔大王国の首領となった竜魔帝王のテーマ。意外にも今回が初収録である。重量感のあるリズムとシンセサイザーを主体にしたサウンドが、冷酷な竜魔帝王のキャラクターを表現している。
 同じくディスク2に収録した「異次元科学の恐怖」と「決戦!ビルドベース」は第2回録音で追加されたバトル曲。打楽器が奏でる荒々しいリズムが激しい戦闘シーンを演出した。
 商品化済の曲の中からも、聴きどころをいくつか紹介しておこう。いずれもディスク2の収録曲である。
 「花の将軍フローラ」は、第32話から登場する邪魔大王国の女幹部フローラ将軍のテーマ。フローラは宙の敵として現れるが、やがて宙に共感し、竜魔帝王に反旗を翻す。敵側の人間ドラマを盛り上げた重要なキャラクターだ。シンセサイザーによる女声スキャット風の音色とビブラフォンの幻想的な音色を組み合わせ、妖しくも魅力的なキャラクターを表現している。
 「ビッグシューター発進」は、鋼鉄ジーグのパーツを射出するビッグシューターの発進シーンに多用されたアクション曲。本作の音楽の中でもとびきりカッコいい曲である。この曲調は、次作『マグネロボ ガ・キーン』に受け継がれていく。
 「明日を賭けた戦い」は「明日なき戦いのバラード」の変奏曲のひとつ。力強いリズムとシンセサイザーを使ったアレンジで、宙の強い決意や闘志を描写する。竜魔帝王との最終決戦や強敵との戦いの場面などにたびたび使用された印象深い曲だ。
 ディスク2の末尾には、主題歌・挿入歌のレコードサイズのオリジナル・カラオケを収録した。すべてコーラスなしカラオケ(いわゆる純カラオケ)で収録したかったのだが、オープニング主題歌「鋼鉄ジーグのうた」だけは、コーラス入りでの収録になった。実は「鋼鉄ジーグのうた」のコーラスなしカラオケ音源はマスターテープの中に見つからなかったのである。ブックレットに書けなかったので、この場を借りて説明しておく。ご了承いただきたい。
 「鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック」は、TVアニメ『鋼鉄ジーグ』の初の単独サウンドトラック盤であると同時に、渡辺宙明の音楽がよりモダンなスタイルに変化していく時期の作品を収録した重要なアルバムである。CDと配信で同時リリースされるので、CDを買おうか迷っている方は配信で聴いてみて、気に入ったらCDを購入していただきたい。CD付属のブックレットには音楽の発注メニューを記したBGMリストや楽曲の使用場面などを紹介した解説を掲載しているので、本作の音楽をより深く楽しみたいという方にはCDがお奨めだ。もちろん、配信で聴きたいという方も歓迎である。

 すでに紹介したとおり、本アルバムは「Columbia Sound Treasure Series」の最新タイトルと位置づけられている。くり返しになるが、これを機に同シリーズが継続し、新たなタイトルがあとに続くことを期待したい(筆者は『マグネロボ ガ・キーン』の完全版サントラ実現を熱望している)。未商品化の名作サントラを世に出す「発掘サントラ」の灯を消さないために。そのためにも、ぜひ多くの人に知ってもらい、聴いていただきたい。今回のアルバムはCDと配信による世界同時発売。『鋼鉄ジーグ』のファンはイタリアをはじめ、世界各国にいる。世界中のファンの力でヒットをねらうのも夢ではない。エンディング主題歌でも歌われているように、「ジーグの力見せてやる」のだ。

鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック
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