COLUMN

第292回 ふんわりと熱血のあいだ 〜がんばっていきまっしょい〜

 腹巻猫です。11月4日に東京建物ブリリアホールで開催された劇伴フェス「東京伴祭2024」に行ってきました。これまでの公演はスケジュールの都合で参加することができなかったので、生で聴くのは初めて。出演は、加藤達也さん、高梨康治さん、林ゆうきさんの3人とミュージシャンのみなさん。3人それぞれに聴きどころが多く、盛り上がりましたが、個人的に加藤達也さんの『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』『ラブライブ!サンシャイン!!』『Free!』の曲が生で聴けたのがよかったなあ。
 会場で驚いたのは、観客に若い女性が多いこと。そして、演奏中にサイリウムが盛大に振られること。サントラコンサートでこんな光景が見られるとは! カルチャーショックでした。
 こういうお客さんに向けてサントラを作る時代なのだなあと感じ入ったイベントでした。


 今回は2024年10月25日に公開された劇場アニメ『がんばっていきまっしょい』の音楽を取り上げたい。敷村良子の同名小説を監督&脚本・櫻木優平、アニメーション制作・萌、レイルズのスタッフで映像化した作品である。
 原作小説は実写劇場版やTVドラマになった人気作品。筆者は、田中麗奈が主演した1998年公開の実写劇場版も、鈴木杏が主演した2005年放映のTVドラマも、どちらも観ている。吉俣良が手がけたドラマ版のサウンドトラックも買った。筆者にとって「がんばっていきまっしょい」は少々思い入れのある作品だ。思い入れがあるというより、気になる作品と言ったほうがよいかもしれない。
 『がんばっていきまっしょい』は、愛媛県松山市を舞台に、同じ高校に通う少女5人がボート部に参加し、ボート競技に挑戦する物語である。アニメ版の監督・櫻木優平は、この作品が後年多く作られる「女の子部活もの」のさきがけではないかと語っている(パンフレットより)。そう言われれば、『けいおん!』も『ラブライブ!』も『がんばっていきまっしょい』の系譜につらなる作品と呼べそうだ。
 ただ、『がんばっていきまっしょい』は『けいおん!』ほどふんわりしてないし、『ラブライブ!』ほど熱血でもない。ふんわりと熱血のあいだを揺れ動く等身大のキャラクターが魅力だった。ちょっと、あだち充のマンガに通じるような。筆者はそこが気になったのだと思う。
 アニメ版は、彩度の高い映像が特徴的。映像だけを観るとCGアート風だ。キャラクター描写もドラマも、生々しさを抑えて、さらっと仕上げた印象を受ける。不満がないわけではないが、「こういう『がんばっていきまっしょい』があってもよいな」と思った。

 音楽を担当したのは、ストックホルムを拠点に活動する林イグネル小百合。劇中音楽はピアノを主体にしたキラキラ感と浮遊感のあるサウンドで作られている。
 本作の音楽について林イグネル小百合は、「海が舞台の作品なので、波の音や潮の響きを弦のフレーズ感や楽器で表現しようと意識しました」と語っている(パンフレットより)。作曲と録音はストックホルムで行われた。水の都とも呼ばれるストックホルムには多くの島と運河がある。林イグネル小百合は、物語の舞台である松山を取材することはできなかったが、ストックホルムの水面の光を眺めながら、音楽の構想をふくらませていったという。演奏もストックホルムのミュージシャンが担当。そのためか、できあがった音楽はちょっと異国めいた雰囲気がただよう。それがCGで描かれた彩度の高い映像とマッチしている。
 日本の地方都市を舞台にしているのに、映像も音楽もひなびた感じや素朴な感じはあまりしない。そこがアニメ版『がんばっていきまっしょい』のユニークなところである。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2024年10月25日に「映画『がんばっていきまっしょい』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで松竹音楽出版/ShochikuRecordsから配信開始された。CDでの発売予定はないようである。
 収録曲は以下のとおり。

  1. Prologue
  2. The Way to School
  3. Meeting a New Student
  4. First Time to the Sea
  5. We Have New Members!
  6. Find Your Spark
  7. Boat Club Practice
  8. First Tournament
  9. Lost Dream
  10. Don’t Lose Hope
  11. We will Definitely Win!
  12. Waltz for Five
  13. Summer Practice
  14. Back to School
  15. A Night Festival
  16. The Fireworks We Watched Together
  17. Lost Myself
  18. School Rooftop
  19. Rainy Day
  20. Ferris Wheel View
  21. Come Together
  22. Give it All
  23. We got New Uniforms!
  24. Our Last Tournament
  25. Us Five
  26. Epilogue

 劇中で使用された音楽(劇伴)を使用順に収録。ただし、女性アイドルグループ「僕が見たかった青空」が歌う主題歌・挿入歌と現実音として流れる祭囃子や既成曲などは収録されていない。
 1曲目の「Prologue」は冒頭に流れる曲。水面に輝く光のようなピアノの音やゆらめく波を思わせるシンセのふわっとした響きなど、本作の音楽のサウンドイメージが集約されている。少女たちの心象風景とも受け取れるサウンドである。
 登校風景に流れる2曲目「The Way to School」では、波音を模したようなサウンドが挿入されるのが印象的。少女たちが初めてボートに触れる場面の「First Time to the Sea」(トラック4)では、木管の高音の調べが海辺に集まる鳥の声を思わせ、パーカッションが波しぶきをイメージさせる。海に来た少女たちの高揚感を伝える工夫だ。
 日常シーンでは躍動感のある曲やにぎやかな曲も流れる。ボート部のメンバーが集まってくる場面の「Meeting a New Student」(トラック3)や「We Have New Members!」(トラック5)、夏合宿の場面の「Summer Practice」(トラック13)、校舎の屋上で少女たちが意見を交わす場面の「School Rooftop」(トラック18)などである。
 ウィンナワルツ風に書かれた「Waltz for Five」(トラック12)はボート部員の妙子の家に少女たちが集まる場面の曲で、優雅な曲調がユーモラスな効果を上げている。
 このあたりは、本作の音楽の中でも「女の子部活もの」らしさが感じられる楽曲だ。
 少女たちの不安や悲しみや友情を描写する曲は、あまりメロディアスでない抑えた曲調で書かれている。「Find Your Spark」(トラック6)、「Lost Dream」(トラック9)、「Lost Myself」(トラック17)、「Ferris Wheel View」(トラック20)、「Come Together」(トラック21)などは、いずれも重要な場面で流れる曲なのだが、あえて観客の感情をゆさぶるような曲にはしていない。サウンド感やシンプルなフレーズの重なりで繊細な心情を表現している。『がんばっていきまっしょい』らしいなと筆者が感じるところだ。
 いっぽう、ボートレースの場面に流れる「First Tournament」(トラック8)や「Our Last Tournament」(トラック24)は、リズムを強調したスピード感のある曲調で書かれている。盛り上げるところはしっかり盛り上げて、メリハリをつけているのが好印象だ。
 ボートの特訓シーンに流れる「Boat Club Practice」(トラック7)と「We will Definitely Win!」(トラック11)の2曲は、本作の音楽の中でも少し異質な楽曲である。
 どちらの曲も松山に伝わる民謡「野球拳」のメロディを引用している。野球拳が松山ゆかりとは知らなかったので、最初に曲が聞こえてきたときは何が起こったのかと驚いた。メロディは民謡風だが、サウンドは現代的で、ちょっとユーモラスな感じもただよう。その異質な感じが、暑苦しくなりそうなシーンの印象を和らげている。「野球拳」の引用は櫻木優平監督からのリクエストだったそうだが、意表をついた面白い演出だと感じた(意表をつく意図はなかったかもしれないが)。
 最後に、本作の音楽の中で、とりわけ筆者の印象に残った曲を紹介しよう。
 女声ボーカルが入った「Rainy Day」(トラック19)と「Us Five」(トラック25)の2曲である。どちらもメロディは同じで、ボーカルには歌詞がついている。
 「Rainy Day」はボートの練習ができなくなった少女たちがそれぞれの時間を過ごす場面に、「Us Five」は終盤のボート競技の場面で5人が心をひとつにボートを漕ぐ場面に流れる。この2曲について、櫻木優平監督からは「プロが歌っている風に聞こえないように」というオーダーがあったそうだ。そのためか、歌詞の内容は、はっきり聴き取れない。日本語ではないようだが、英語なのか、ほかの言語なのかも判然としない。しかし、それでよいのだろう。
 筆者の想像だが、この2曲は挿入歌というより、少女たちの心の声なのだと思う。声のトーンや表情そのものに意味がある。はっきりとした言葉にしてしまうと、微妙なニュアンスがこぼれ落ちてしまうし、想像する余地がなくなってしまう。ボーカルを聴く観客ひとりひとりが、少女たちの心境を想像しながら観ればいい。そのとき、自身の体験や思い出も引き出されるかもしれない。そういうねらいの歌なのだろう。
 全体の中でも、この2曲が流れるシーンはくっきりと心に残る。ありきたりの作品だったら、はっきりとした歌詞のある、泣ける曲を流しそうなところなのに、無国籍風の不思議な印象の歌が流れるのがしゃれている。そこに櫻木優平監督と林イグネル小百合のこだわりを感じる。

 こうやって音楽演出をひも解いていくと、アニメ版はルックスは異なってもやはり「がんばっていきまっしょい」なのだと納得できる。ふんわりと熱血のあいだをたゆたう「がんばっていきまっしょい」の魅力は、劇場アニメにもしっかり受け継がれていると思うのである。

映画「がんばっていきまっしょい」オリジナル・サウンドトラック
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