COLUMN

『タイガーマスク』を語る
第17回 直人の告白とハードボイルドドラマの頂点

 伊達直人を主人公としたハードボイルドドラマとしての『タイガーマスク』の頂点が、第102話「「虎の穴」の真相」(脚本/柴田夏余、美術/浦田又治、作画監督/野田卓雄、演出/田宮武)における直人の告白のシーンである。第102話はここまでで度々言及してきた柴田夏余の『タイガーマスク』における最後の脚本回だ。

 第101話「「虎の穴」の処刑」から最終回の第105話「去りゆく虎」までの5話は連続したエピソードである。第101話で拳太郎はタイガー・ザ・グレートと対戦し、圧倒的な実力差で倒される。第102話では入院している拳太郎のところに、ルリ子が見舞いのために訪れる。拳太郎はルリ子と言葉を交わし、その言葉からルリ子がタイガーマスクの正体に勘づいてることに気づき、彼女に真実を語る。タイガーマスクが伊達直人であること、虎の穴のこと、直人が虎の穴のレスラーに命を狙われていること。
 その後、トレーニングを終えたタイガーの前にルリ子が現れる。タイガーにはルリ子が現れた理由が分からなかったが、自分の車でルリ子を送ることにする。ルリ子は話したいことがあるので、時間をとってもらえないかと言う。喫茶店にでも行こうかというタイガーに対して、彼女は「クラウンホテルに行ってくださる」と告げる。ルリ子は拳太郎から、直人と彼が暮らしているホテルとその部屋番号を聞き出していたのだ(「クラウンホテルに行ってくださる」と言われたタイガーは驚いて取り乱すのだが、その取り乱し具合が矢鱈と派手で可笑しい)。  車がホテルに到着する。ホテルの前で、タイガーに向かってルリ子は「519室よ、直人さん」と言う。タイガーに向かって「直人さん」と言ったのである。驚いて振り返るタイガー。519室の室内は夕陽で赤く染まっていた。タイガーとルリ子は立って向き合う。しばらくの沈黙の後、タイガーはマスクを外す。マスクの下から現れたのは伊達直人の顔だった。ここでの直人のセリフが凄い。彼は芝居がかった言い回しで「ハッハハハ、これが、これがタイガーマスクが、ルリ子さんに正体を見せた瞬間だ!」と言ったのだ。ルリ子は直人の名を呼んで彼に抱きつく。直人も彼女を抱きしめる。しばしの抱擁。この場面では映画「禁じられた遊び」のメインテーマ「愛のロマンス」がBGMとして使われており、ドラマを切なくロマンチックに盛り上げる。やがて、ルリ子は我に返って直人から身体を離す。その後の直人のセリフも凄い。「これで気が済んだんじゃないかな、お互いに」である。
 直人は、自分とタイガー・ザ・グレートの戦いを止めても無駄だとルリ子に言い、ハウスに帰るように促す。ルリ子が部屋から去った後、直人は「許してくれ、ルリ子さん。俺は引き裂かれる思いで君の面影を振り払う!」と独白する。そして、タイガー・ザ・グレート打倒の決意を固めるのだった。

 名セリフ連発である。「クラウンホテルに行ってくださる」と「519室よ、直人さん」で、ルリ子は自分がタイガーの正体を知っていることを伝える。その言葉の少なさがルリ子の真剣さを物語る。ルリ子が普段の清楚な仮面を外して、一人の女性として直人に挑んだのに対して、直人は己を隠し続ける。「……ルリ子さんに正体を見せた瞬間だ!」の芝居ががった言い回しは、健太達に見せてきた「キザにいちゃん」の姿の延長線上にあるものだ。タイガーマスクの仮面を外しても、彼は「キザにいちゃん」の仮面は外さなかったのだ。
 「これで気が済んだんじゃないかな」のセリフは多くのことを表現している。つまり、直人もルリ子も互いを求めていた。相手が自分を想ってくれていることにも気づいていた。そして、抱き合った僅かばかりの時間で、二人とも満足しただろうと言っているのだ。互いを異性として想っていて、それを言葉に出せない日々が続き、そして、ようやく互いの気持ちを伝えることができた。そんな二人が一度だけの抱擁で満足できるわけがない。しかし、直人は「これで気が済んだじゃないのかな」と言い放った。つまり、これ以上、愛し合うつもりはない。それはできないと伝えたのだ。
 別の見方をしよう。「これで気が済んだんじゃないかな」のセリフで、若い男女が互いを想い、肉体的接触をして、それで満足できたかどうかについて直人は語っているわけだ。実際に行われたこと以上の生々しさを、そこから窺うことができるはずだ。
 直人がルリ子の愛情を受け入れることができなかったのは、直人がリングの外でも虎の穴に命を狙われており(実際に第103話でもリングの外で命を狙われる)、それに彼女を巻き込むことはできないから、というのもあるのだろうが、最強の敵であるタイガー・ザ・グレートの死闘を前にして、気持ちを緩めるわけにはいかないということのほうが大きいはずだ。倒された大門や拳太郎、虎の穴によって苦しめられた人々のためにもタイガー・ザ・グレートを倒さなくてはいけない。直人は断腸の思いでルリ子を拒絶したのだ。ハードボイルドヒーローである伊達直人の真骨頂である。
 アニメ『タイガーマスク』のドラマには大人びたところがあるが、男と女の関係に踏み込んだことはほとんどなかったはずだ。この直人の告白シーンがほぼ唯一であり、ほぼ唯一であるにも関わらず、生々しい部分まで踏み込んでいる。直人とルリ子の関係については、断片的にしか描いてこなかったのに「互いを求めていた」のを前提に話を進めているのにも注目したい。ここまで物語から飛躍する力の強さを含めて、インパクトのあるシーンであり、『タイガーマスク』における屈指の名場面である。

●第18回 ルリ子の悲しみとアニメ史に残る事件 に続く

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