COLUMN

『タイガーマスク』を語る
第14回 第100話「明日を切り開け」

 第100話「明日を切り開け」(脚本/柴田夏余、美術/福本智雄、作画監督/国保誠、演出/黒田昌郎)は、ちびっこハウスの個々の子供にスポットが当てられるエピソード群の最後の一本である。
 このエピソードの直後から、最終回である第105話に向けて怒濤の展開となる。第101話でタイガー・ザ・グレートによって拳太郎が倒され、第102話で直人が自分がタイガーマスクであることをルリ子に明かす。第103話でミスターXが命を落とし、第104話と第105話でタイガーとタイガー・ザ・グレートの死闘が描かれる。
 第100話はヒーロードラマとしての『タイガーマスク』のクライマックス直前のエピソードであり、この話で「みなしごはどのように生きるべきか」というテーマに、そして「大人がみなしごに対して何ができるのか」というテーマに決着が付く。そして「みなしごはどのように生きるべきか」は「人間はどのように生きるべきか」についての問いかけと結論に繋がっていく。
 驚いたことに第100話にはタイガーマスクの試合シーンがない。直人がマスクを被る場面すらないのだ。プロレス関係の描写は序盤で直人と拳太郎が今後の試合について話をするのみだ。ここまでは日常的なドラマが中心の話でも、試合シーンが盛り込まれていた。重要なエピソードということで、思い切って試合のシーンを端折ったのだろう。

 第100話ではヨシ坊の本当の両親が現れて、ちびっこハウスを去ることになる。以前にも触れたが、ヨシ坊がハウスを去る話は過去に二度あった。第20話「「虎の穴」の影」ではヨシ坊の母親が見つかったと言われたが、それが間違いであったことが分かった。第89話「ヨシ坊の幸福」では裕福な夫婦の養子になる話があったが、ヨシ坊はハウスに戻ってきてしまった。第100話ではヨシ坊を捨てた父親がハウスを訪れる。今度は血が繋がった本当の家族だ。
 父親の姓は佐々木である。8年前の大晦日の夜、妻に逃げられて切羽詰まっていた佐々木は幼いヨシ坊をハウスの前に捨てたのだそうだ。佐々木はタクシーの運転手であるようだ。ハウスの近所までお客を運んできたが、堪らなくなってハウスに来てしまった。彼はもっと生活が安定してから、ヨシ坊を引き取るつもりだったようだ。その日は時間も遅かったので、ヨシ坊には会わずに帰っていった。話を聞いた若月先生は今も生活が豊かでない佐々木が、ヨシ坊を引き取ってやっていけるのだろうかと心配する。
 翌日、一人の少年がハウスを訪れる。彼は佐々木二郎と名乗った。ヨシ坊の弟である。母親は父親の話を聞いてヨシ坊に会いたい気持ちが高まったが、ハウスの先生に合わせる顔がない。そのため、代わりにハウスに行ってきてくれと二郎に言ったのだ。
 ヨシ坊と二郎の出会いはパンチが効いたものだった。ヨシ坊がハウスで自分が使う毛布についてどの色のものを選ぶかで悩んでいるところに二郎が現れる。その段階ではヨシ坊は、父親が現れたことも自分に弟がいることもまだ知らない。二郎は紹介されるまでもなく、父親似のヨシ坊を自分の兄だと確信したのだろう、挨拶をする前に青の毛布をヨシ坊に勧める。そして、青がいいのは黄色よりも汚れないし、洗濯が楽だからだと説明する。ヨシ坊が「お前、誰だか知らないが、いいこと言うなあ」と感心すると、二郎は「へっ、そうかい。なあに、母ちゃんの受け売りだよ。母ちゃんも苦労したんだぜ、兄ちゃん」と答える。目の前にいるのが自分の弟だと知り、ヨシ坊は自分の膝の上に毛布を落とす。
 この話の見どころのひとつが、二郎の性格とその描写である。二郎は自己紹介もしっかりとするし、あっという間にハウスに溶け込んで他の子供と一緒に食事をして、健太達と野球をする。物怖じすることのない少年であり、頭も切れる。ヨシ坊は彼のことを調子がいいと言っていた。ヨシ坊はどちらかと言えば消極的な少年であり、この話では優柔不断なところも描かれており、二郎とは好対照だ。
 作り手は少ない描写で、二郎がどんな少年なのかを視聴者にしっかりと伝えている。例えば上で紹介した毛布についてのやりとりでは、彼が常日頃から母親と洗濯について話をしていること、つまり、母親との関係が近しいことを表現。さらに生活感まで匂わせている。このあたりの情報の詰め込み方の巧さは脚本の力だろう。
 二郎はヨシ坊に、両親と自分のことを話す。兄ちゃんも苦労しただろうが、両親と自分も貧しい暮らしで大変だった。しかし、兄ちゃんと違って自分は両親と一緒だったから、それだけでも幸せだった。ヨシ坊が自分が捨てられた頃のことを問うと、二郎は当時の両親の気持ちを全て知っているかのような調子で説明する。母親がヨシ坊を産んだ後に家出をしたのは、まだ若かったので苦労するのが辛かったのだろうと二郎は語る。母親が帰ってきたのは、ヨシ坊をハウスに預けてすぐ後のことだった。母親が帰ってきたから自分が生まれたんだと二郎は言う。まるで夫婦の営みのことまで知っているかのような口ぶりだ。
 自分が連れていくから母親と会ってくれと二郎は言うが、ヨシ坊は答えない。彼等の様子を見ていた直人は、母親と会うことをヨシ坊に勧める。直人が運転する自動車でヨシ坊と二郎は、両親と二郎が暮らす家に向かうことになった。ハウスと二郎の家は東京の端と端であり、自動車でも時間がかかる。移動中に二郎は眠ってしまい、ヨシ坊にもたれかかる。ヨシ坊は二郎の身体を起こそうとするが、二郎は起きず、ヨシ坊の膝の上に頭を乗せて眠り続ける。そして、ヨシ坊は「重いなあ……」と言って、二郎を見る。このセリフが凄い。ここまでヨシ坊にとって二郎は距離のある存在であったはずだが、ここで体温や身体の重さを感じた。肉体的接触でその存在を実感したのだろう。1971年放映のTVアニメで、ここまでの表現をやっていることに驚かされる。運転をしながらその様子を見ていた直人は「二郎君にひたすら慕われて、ヨシ坊も初めて弟を持った実感を感じ始めたのだろうか。そうだといいが……」と思う。だが、二郎を見るヨシ坊の表情は決して柔らかいものではない。弟を愛おしく思ったわけではないのだろう。
 二郎と両親が暮らすのは古いアパートだった。話に聞いていたように貧しい暮らしであるようだ。二郎達の部屋はアパートの二階だった。二郎が階段を昇っていく様子が時間をかけてじっくりと描かれる。部屋の前に母親が立っていた。母親はヨシ坊に声をかけて「おいで……」と言って手を差し伸べるが、ヨシ坊はそこに飛び込んでいくことはできない。部屋に入ると家具はちゃぶ台くらいしかない。そして、部屋には赤ん坊が寝かされていた。それはヨシ坊と二郎の妹だった。母親は二郎達と一緒にやって来た直人を若月先生と勘違いし、自分がヨシ坊を捨てたことを詫び、想いが高まって泣き始める。母親が泣きながらヨシ坊に「許しておくれ、ごめんね……」と言っているところで、妹が泣き始める。母親がすぐに立って妹をあやし始めるのを見て、ヨシ坊は拳を握る。自分は親に愛されずに生きてきたのに、妹は母親に面倒を見てもらっている。それを目の当たりにしてしまった。ヨシ坊はアパートから走り出る。ヨシ坊は母親と再会したことで、自分が捨てられた現実を直視することになってしまったのだ。
 ヨシ坊は直人と一緒にちびっこハウスに戻った。健太達はすでにヨシ坊がハウスを離れるものだと思っていた。ガボテンは貸していた本をヨシ坊に返し、洋子は兄の拳太郎にもらったリボンをプレゼントする。健太はヨシ坊がいなくなった後の当番を決め直そうと提案する。これらの描写でヨシ坊と健太達の間に距離ができてしまったことが表現されている。第83話「幸せはいつ訪れる」でミクロがハウスを出ることになった時に、ハウスの子供達は嫉妬し、あるいは心配していたが、今回の健太達は明るい。穿った見方になるが、それはミクロの時と違ってヨシ坊の家が貧しいからというのもあるのだろう。ヨシ坊は自分達で手入れをしたハウスの花壇を見て、健太達と過ごした楽しい日々を思い出して涙を流す。
 クライマックスについて触れる前に、ここで状況について整理をしておこう。ちびっこハウスの子供達は贅沢はできないものの、衣食住について不自由のない日々を送っている。若月先生は二郎の存在を知る前から、生活が豊かでない佐々木がヨシ坊を引き取ってやっていけるのだろうかと心配していた。そして、弟の二郎がいるだけでなく、妹まで産まれていることが分かった。ヨシ坊が佐々木の家に行った場合、今よりも生活レベルが下がる可能性がある。ひょっとしたら、満足に食事をとることができない日があるかもしれない。人間関係にも不安はある。ヨシ坊と母親にはまだ距離がある。弟の二郎は明るい少年ではあるが、あまりにヨシ坊と性格が違う。上手くやっていけるかどうかは分からない。そして、父親とはまだ顔も合わせていないのだ。
 その夜、若月先生は悩んでいるヨシ坊に対して「行きたくないなら、ここにいていいんだよ」と言う。しかし、ヨシ坊は涙を浮かべながら、このままハウスにいても、もう健太達と上手くいかない気がすると言う。さらに両親が死んでしまっている若月先生とルリ子が羨ましいと言い、自分は両親が生きていたから、こんな想いをするのだと自身の気持ちを口にして泣き崩れる。直人は間近でその様子を見ていたが、彼はヨシ坊に対して声をかけはしなかった。
 直人は想う。モノローグによって語られた直人の想いを以下に引用する。( )は僕が補足した部分だ。「みなしごでなくなったことで(ヨシ坊は)みなしごの仲間とは心が通わなくなってしまった。そして、突然巡りあった家族とも心はまだ通っていない。これからヨシ坊の努力する方向は、受け入れてくれる者の懐に飛び込んで、溶け合う方向以外にあり得ない。頑張れヨシ坊。未来がどう展開するか(それが分からずに)気が重いのは、健太や、チャッピーや、ガボテンや、そして、この俺にとっても同じなのだ。だから、毎日毎日を真剣に精一杯戦っていくことで、明日を切り開いていくことが必要なのだ」。
 この直人のモノローグで第100話は幕を下ろす。第83話ではハウスを出たミクロが新しい環境で上手くやっていくであろうことを予感させる描写があったが、第100話ではそれもない。第101話以降のエピソードで、ヨシ坊の「その後」が描かれることはなく、彼の物語はここで終わっている。ちびっこハウスに居続けることはできないが、血が繋がった家族と一緒に暮らすことを決断することもできない。それを迷っているところで終わってしまうのだ。

 以下は僕の解釈だ。断定的な書き方もしているが、あくまで解釈の中での話である。これが絶対に正しいと言いたいわけではない。
 直人はヨシ坊や健太達、そして自分にとって、未来がどうなるか分からないと言っている。それはどんな人間にも当て嵌まることであるはずだ。未来のことが分からないのが、みなしごと、みなしごだった人間だけであるはずがない。『タイガーマスク』の視聴者である我々も同じなのだ。ヨシ坊や直人がそうであるように、視聴者の我々も毎日を真剣に生きて、明日を切り開いていく必要があるのだ。第100話のサブタイトルである「明日を切り開け」は「みなしごはどのように生きるべきか」という問いに対する答えであり、そして、視聴者に対するメッセージでもあるはずだ。
 どうして直人はヨシ坊に対して何も言わなかったのだろうか。若月先生はハウスに残っていいと言ってくれたが、本当の親が見つかったのだから孤児院であるちびっこハウスに残るのは不自然だ。大きな障害があるのなら別だが、そうでないならヨシ坊は血が繋がった親と暮らすべきだ。そして、新しい家族と馴染むための努力をするべきだろう。直人が「家族と一緒に暮らすべきだ」と言うことは簡単だ。それで背中を押してやることができるかもしれない。しかし、これはヨシ坊にとって人生を左右する決断だ。ヨシ坊は自分で考えて、自分で決めるべきだ。自分の明日は自分で切り開かなくてはいけないのだ。第三者である自分が何かを言うべきではない。直人はそう思ったのではないか。
 伊達直人の物語としては「ヨシ坊に対して何もしなかった、声をかけることすらしなかった」という点が重要である。今までの直人にとって、みなしごは自分が幸せにする、あるいは助けなくてはいけない存在であった。彼は子供達に対して干渉し過ぎであったかもしれない。人間にとって互いのことを想い、助け合うことは必要なことであるが、それと同時に自分自身に向き合って何をするべきかを考え、真剣に生きて行くことが重要だ。子供を一人の人間だと捉え、その子供にとって何が大事なのかを考えれば、何もしないほうがよい場合もある。第83話では、タイガーマスクとしての活躍で子供達に勇気を与えたいと考えている直人が「自分の幸福のために、タイガーマスクのファンをやめる必要があるかもしれない」とミクロに言った。第100話では次の段階として、ヨシ坊のことを、彼の人生がどうあるべきかまでを考えた結果として、あえて何もしない、何も言わない、ということを選んだのだ。
 第100話で『タイガーマスク』で描かれてきた「子供に対して、あるいは不幸な境遇にいる人達に対して何ができるのか」について、あるいは「みなしごはどのように生きるべきか」についての、ひとつの結論に到達した。それは「人間はどのように生きるべきか」についての結論でもある。半ば繰り返しになるが、結論とは「自分自身に向き合い、真剣に生きていくことが重要である」ということだ。そして、他人に対して何かをするのなら、その人物について何が必要なのかを真摯に考えて接するべきだということだ。第64話「幸せの鐘が鳴るまで」において、直人は自分の行いを見つめ直したはずだ。第100話は提示されたのは、その次の段階の結論である。
 改めて第100話を観て驚くのは、脚本がヨシ坊が自分の人生に向き合って、決断をしなくてはいけないところまで追い詰めたという点である。それと同時に直人がヨシ坊に対して何も言わないことを選択するところまで、シチュエーションを突き詰めている。柴田夏余、恐るべし、である。
 ヨシ坊がこれからどうなるのかを描かず、途中で彼の物語を終わらせたことで、視聴者に考えることを促しているのは間違いないだろう。作り手はヨシ坊の物語を途中で終えたことで「自分自身に対して、あるいは自分の人生に対して向き合い、真剣に生きて行くこと」の大切さを強調したのではないか。これはあなたの物語でもあると伝えたかったのではないだろうか。

●第15回 第6話「恐怖のデス・マッチ」 に続く

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