腹巻猫です。4月13日にめぐろパーシモンホールで開催された「カレイドスター音楽祭 〈20周年の すごい究極 オーケストラコンサート〉」に参加してきました。クラウドファンディングで支援者を集めて実現した、ファンによるファンのための音楽祭です。窪田ミナさん作曲のBGM50曲以上をオーケストラが演奏。ホールに響く音に出演者とファンのカレイドスター愛を感じたイベントでした。いつか第2回を期待します。
2024年1月期のTVアニメの中で筆者が気に入って観ていた1本が『道産子ギャルはなまらめんこい』。伊科田海の同名マンガをアニメ化した作品である。
東京から北海道北見市に引っ越してきた男子高校生・四季翼は、引っ越し初日に金髪ギャル風の少女・冬木美波と出会う。美波は翼が転校した高校の同級生だった。慣れない土地の生活に不安を覚えていた翼だが、開放的で人懐っこい性格の美波のおかげで北海道のよさを知るようになり、しだいに友だちを増やしていく。
美波以外にも、一見クールなゲーム好き美少女・秋野沙友理、美波が憧れる学年トップの先輩・夏川怜奈など、個性的な少女が翼に接近してくる。ラブコメといえばラブコメなのだけど、コミカルなエピソードを重ねる中で、翼と周囲の少女たちが成長していく姿が描かれているのがとてもさわやかで気持ちよかった。
実在するスポットや食べものなども登場し、「北海道に行きたい!」と思わせてくれるのもいい。筆者が北海道に行ったのは3回くらいで、北見は未体験。機会があれば聖地巡礼してみたい。
音楽はピアニスト、作・編曲家の高尾奏之助が担当。アニメを観ながら、透明感のある素敵な音楽だなあと思っていた。サウンドトラックであらためて聴いて、知的に組み立てられた音楽でもあると感じた。
サウンドトラック・アルバムのライナーノーツに、高尾奏之助がコメントを寄せている。それによれば、打ち合わせで「ギャルであることを前面に押し出すというよりも、高校生の青春と優しい雰囲気を大切にしたい」と方向性が決まり、そのイメージを求めて、弦、木管、ピアノ、パーカッション、アコースティックギターなどの生楽器を中心に音楽を作っていったという。「北海道の寒さと、それとは対照的に、そこに生きるキャラクター達の青春の温かさがそれぞれの温度感で伝わればいいな」という想いで作曲を進めたそうだ。
こだわったポイントとして、「日常曲のにぎやかさとポジティブ感を演出するためにブルーズ・ジャズ感のある音使いを忍ばせたこと」「弦楽器メインの曲では雰囲気をライトなクラシックにおさめ、メロディーだけでなく内声の動きでもキャラの心情の繊細さを表現したこと」「木管系では気温の寒さ、儚さ、温かさをフレーズによって使い分けたこと」などを挙げている。理論的な裏づけのある曲作りはクラシックを学んだピアニストらしい。
といっても曲が難しいわけではない。とてもわかりやすく、親しみやすく、どの曲もイメージがくっきりしている。曲に託された雰囲気や感情がしっかり伝わる曲ばかりだ。なまら知的でエモい。そんな音楽である。
本作の放送中に、エフエム北海道で「道産子ギャルはなまらめんこい 〜どさこいラジオ〜」なる番組が毎週オンエアされた。アニメの声優やスタッフが毎回交代でパーソナリティを務める番組で、その第4回に高尾奏之介が出演している。そこで高尾が語った内容も興味深いので紹介しよう。
高尾が劇伴作りで大事に考えていることは「その物語がどういう世界にあって、どんなキャラクターがそこで生きていて、それぞれが何を考えているのか」。それをしっかり理解して全体の楽器編成や音楽スタイル、ジャンルなどを決めていく。本作の場合は、原作を読み、「翼のにぎやかな日常とヒロインたちの抱えている心模様を魅力的に演出するには、どういう音楽をつけたらいいのか」を考えて曲を作っていったという。「音楽で作品の世界観が決まってくると思う」とまで高尾は言っている。
本作のサウンドトラック・アルバムは「TVアニメ『道産子ギャルはなまらめんこい』オリジナルサウンドトラック」のタイトルで2024年3月6日にポニーキャニオンから発売された。収録曲は以下のとおり。
- 冬の寒い地へ
- 道産子ギャルはなまらめんこい メインテーマ
- なんて攻撃力してるんだ!!
- トホホに帰して
- その言葉に胸がジーンと
- なんだこの状況は!?
- トキメキと、ありがと……
- 平穏であったかい時間
- 寒い!寒すぎる!!
- はずむ会話と足取り
- うきうきな北見的日常
- ごめん、じゃあね……
- 大切な友達だと思ってるから
- 今日もみんなで元気よく
- 陽気な気分で
- モヤモヤした気持ち
- 楽しみは一緒に
- ふんわりと見惚れて
- 翼の赤面
- ふ、冬木さん!?
- くもり後、笑顔
- ぽつりぽつりと、新たな一面
- その気持ちが嬉しくて
- やばいやばいやばい!
- ちゃんといい街なんだなーって
- 思春期的葛藤
- 不安、不穏、隠した想い
- 真夜中のひまわり -Piano ver.-
- やっと本音を、言えたから
- あの頃の思い出
- 愉快軽快ダイジョブかい?
- ちょびっと乙女な冬木さん
- 安心、その先で
- なまら仲睦まじく
- 自分と向き合い憧れて
- あふれる想いと涙
- 心拍数、上昇
- ほんとの気持ちは、どっち……?
- 問題勃発
- はやる想いはめんこい君へ
- やっぱり道産子ギャルはなまらめんこい
- 真夜中のひまわり -Inst ver.-
収録時間はたっぷり74分。劇中で流れたBGMは、ほぼすべて収録されている。
アルバムの序盤は本編の第1話、第2話の流れを踏襲している。翼が美波と出会い、学校と北見の街になじんでいくまでが、音楽で綴られる。中盤にはさゆりや怜奈のエピソードで印象深い曲が現れ、終盤はエモーショナルな展開になって終わる。全12話の物語をふまえた内容になっているのがいい。
トラック1〜10は第1話を思わせる構成。1曲目の「冬の寒い地へ」は冬の北海道をイメージさせる曲。キラキラした音色のピアノやパーカッションと木管のアンサンブルが雪の舞う情景を思わせる。この曲は第1話では使われていないが、物語の導入にはぴったりだ。
トラック2「道産子ギャルはなまらめんこい メインテーマ」はタイトルどおり本作のメインテーマ。ピアノと木管のイントロから軽やかに舞い踊るようなメロディに展開する。高尾奏之助は本曲について「メロディーの音の跳躍が激しいのは、キャラクターの心の弾み具合を表現したいと思ったから」と語っている。またバックにはボディパーカッション(手・足・体などを叩いて出す音)が使われている。これはにぎやかさを演出するねらいで入れたのだそうだ。第1話のアバンタイトル、翼が雪の積もった道で美波と出会う場面から使用されている。
トラック3「なんて攻撃力してるんだ!!」は翼から見た美波の印象を伝える曲。ジャズ風のブルージーな曲調がおかしみをかもしだす。第1話の使用順だとトラック8「平穏であったかい時間」のあと、翼が学校の教室で美波と再会する場面に流れるのだが、「美波登場!」のイメージでここに配置されているのだろう。アルバムの流れとしてはこのほうがいい。
トラック4〜10までは第1話の翼と美波の出会いから教室で再会した2人が一緒に帰るまでの一連のシーンに使用されている。コミカルな「トホホに帰して」「なんだこの状況は!?」「寒い!寒すぎる!!」は翼が動揺するシーンによく使われた曲。「その言葉に胸がジーンと」「トキメキと、ありがと……」「平穏であったかい時間」はほのぼのしたシーンや心がほっこり温かくなるシーンによく流れた曲だ。どれもシンプルな楽器編成と構成ながら、タイトルどおりのイメージがストレートに伝わってくる。
トラック10の「はずむ会話と足取り」は毎回のように使用された軽快な曲。翼と美波たちの会話シーンによく選曲されていた。
トラック11〜13は第2話の終盤に連続して使われた曲。美波と一緒にかまくらに入っているところを厳しい祖母に見られた翼(「うきうきな北見的日常」)。美波との仲もこれまでかと落胆するが(「ごめん、じゃあね……」)、気を取り直して美波に素直な気持ちを伝える(「大切な友達だと思ってるから」)。翼の心情の変化が伝わる巧みな音楽演出だ。ハンドクラップを取り入れた「うきうきな北見的日常」は翼が同級生と遊ぶシーンなどによく使われた。
本作の音楽は、大きく分けるとコミカル系、にぎやか系、ほのぼの系の3タイプがある(もちろん、このいずれにも当てはまらない曲もある)。コミカル系では、ほかに「翼の赤面」(トラック19)、「ふ、冬木さん!?」(トラック20)、「やばいやばいやばい!」(トラック24)、「思春期的葛藤」(トラック26)、「心拍数、上昇」(トラック37)などがあり、微妙なニュアンスの違いを書き分けているのがうまい。実際に使用されたシーンも曲タイトルと合致している。選曲家にとって、曲のねらいと曲の印象のあいだにずれのない、使いやすい曲なのだろう。
にぎやか系の曲には「今日もみんなで元気よく」(トラック14)、「陽気な気分で」(トラック15)、「楽しみは一緒に」(トラック17)、「愉快軽快ダイジョブかい?」(トラック31)などがある。どれもバンドセッション的な躍動感が気持ちよく、本作らしいなあと思う曲だ。中でも「陽気な気分で」と「愉快軽快ダイジョブかい?」は使用頻度が高かった。
ほのぼの系では、「その気持ちが嬉しくて」(トラック23)、「ちゃんといい街なんだなーって」(トラック25)、「あの頃の思い出」(トラック30)、「安心、その先で」(トラック33)などが翼と美波たちの友情のシーンによく使われていた。しみじみといい曲である。
アルバムの後半になると、切なさやためらいなどを表現する心情曲が多くなる。本作の青春ものの側面を象徴する楽曲たちだ。
「ぽつりぽつりと、新たな一面」(トラック22)は、木管、ピアノ、パーカッションなどが思春期の複雑な心情を描写するドビュッシー風の曲。第3話のリフトの上で語らう翼とさゆりの場面や第12話の美波が眠っている翼の顔を見つめる場面などに使われ、絵やセリフだけでは表現しきれない想いを描写していた。
「自分と向き合い憧れて」(トラック35)は第8話で怜奈が翼に「私はいつも人の評価を気にしている」と意外な弱さを見せる場面に流れた曲。ピアノとアコースティックギターとストリングスが繊細な心情を演出する。第11話で美波が翼に「海外留学するんだ」と打ち明ける場面にも使われた。
「あふれる想いと涙」(トラック36)は数少ない悲しみの曲のひとつ。第11話で美波との距離が遠くなったように感じる翼の心情を彩った。第12話では翼が美波と会いに行くことをためらう場面に流れている。ピアノとアコースティックギターをバックに奏でられるクラリネットの旋律が切なく響く。オーボエやフルートだと悲しくなりすぎるところだが、ぬくもりのあるクラリネットの音色が選ばれているところが絶妙である。
「はやる想いはめんこい君へ」(トラック40)はメインテーマの変奏で、もどかしや切なさを感じさせるアレンジ。曲後半のクラリネットのアドリブが乱れる心を表しているようだ。第12話で翼が美波のヘアピンを握りしめて会いに行くことを決意する場面に一度だけ使われた。
第12話の美波が空港で翼が来るのを期待して待つ場面には「ほんとの気持ちは、どっち……?」(トラック38)が流れている。これもメインテーマのモチーフを使った曲で、たゆたうような木管の旋律がゆれ動く気持ちを表現している。第5話で美波がさゆりから「翼にガチのチョコをあげないのか?」と聞かれる場面にも使われたのが音楽的伏線になっていた。
アコースティックギターとストリングスによる「くもり後、笑顔」(トラック21)は第12話で翼が美波に自分の想いを伝える場面に流れた曲。それに続く、翼が旅立つ美波を見送るシーンでは、ドラマティックな構成の「やっと本音を、言えたから」(トラック29)が流れて2人の感情が交錯するクライマックスを盛り上げた。
最終話のラストシーンに流れたのは「道産子ギャルはなまらめんこい メインテーマ」だったが、アルバムの締めくくりの曲はメインテーマアレンジの「やっぱり道産子ギャルはなまらめんこい」(トラック41)。テンポのゆったりした演奏が大団円を思わせる。この曲は第7話の翼と怜奈の和服デートのシーンや第11話アバンタイトルの美波がメイクするシーンなどに使われていた。
トラック42「真夜中のひまわり -Inst ver.-」は第5話で美波がカラオケルームで歌っていた曲のカラオケ。ボーナストラック的な収録だ。そのピアノアレンジ版がトラック28の「真夜中のひまわり -Piano ver.-」。こちらは第5話で翼がピアノを弾いて美波を励まそうとする場面に現実音楽として使われた。こういう曲はサントラ盤ではオミットされてしまいがちなのだが、ちゃんと収録されているのがうれしい。
高尾奏之助は30分枠のTVアニメの音楽を手がけるのは本作が初めてだったそうだ。そうとは思えないほど完成度の高い充実した内容の音楽である。高尾は何話分かのダビング作業にも参加したという。筆者は常々、作曲家もダビングに参加したほうがよいと思っているので、それを知って感心した。これからどんな音楽を聴かせてくれるか、楽しみな作曲家だ。
TVアニメ『道産子ギャルはなまらめんこい』オリジナルサウンドトラック
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