腹巻猫です。本年もよろしくお願いいたします。1月20日にサントラDJイベント・Soundtrack Pub Mission#44を開催します。特集は「2023年劇伴大賞」。参加を希望する方は、2023年に発表された映像音楽、もしくは映像音楽商品(旧作含む)の中から、特に印象に残った1曲をお持ちください(持ってこなくても参加できます)。詳細は下記イベントページをご覧ください。
https://www.soundtrackpub.com/event/2024/01/20240120.html
今回は昨年末にサンドトラック・アルバムがリリースされた『ミラキュラス レディバグ&シャノワール ザ・ムービー』を取り上げたい。筆者はTVアニメ版を観ていて「サントラ出ないのかなー」と思っていたから、劇場版のサントラが出ると知って歓喜したのである。
『ミラキュラス レディバグ&シャノワール』はフランス、韓国、日本の共同製作による3DCGアニメ。日本のTVアニメの影響をうかがわせる変身ヒロインものである。2015年からフランスや韓国、アメリカなどで放映され、日本では2018年からCSのディズニーチャンネルで吹替版の放映が開始された。その後、BS11やテレビ東京系でも放映されている。国内ではプリキュアシリーズなどの人気に隠れてあまり目立たないが、世界各国で放映され、現在シーズン5まで制作されている人気作品だ。今回取り上げる『ザ・ムービー』はその劇場版である。日本では劇場公開はされず、Netflixで配信されている。
ミラキュラスは驚くべき力を秘めた魔法の宝石。何世紀ものあいだ、世界を悪の手から守る偉大なヒーローに与えられてきた。
パリに住む高校生の少女マリネットと同級生の少年アドリアンは、ミラキュラスの持ち主として選ばれ、それぞれ、レディバグとシャノワールに変身する力を手に入れる。2人はマスクに隠された互いの素顔を知らないまま、ホーク・モスが町に放つアクマから人々を守るために、力を合わせて戦い始めた。
キャラクター設定や変身シーンなどに『美少女戦士セーラームーン』へのオマージュが感じられて楽しい。いっぽうで、レディバグのコスチュームはテントウ虫柄のボディスーツという、日本の変身ヒロインとは一線を画すデザイン。日本とのセンスの違いがうかがえて興味深いところだ。
マリネットとアドリアンの関係にも『セーラームーン』の影響が感じられる。マリネットはアドリアンに惹かれているが、アドリアン(シャノワール)はレディバグに惹かれている。互いに正体を知らないので、アドリアンはマリネットの気持ちに応えることができず、レディバグもシャノワールの気持ちに応えることができない。海外アニメではあまり見たことがない、日本の少女マンガみたいな展開にキュンとする。そういうところが、日本の視聴者にも支持されているのだろう。
劇場版『ミラキュラス レディバグ&シャノワール ザ・ムービー』はTVアニメ版の続編や外伝ではなく、同じ設定とキャラクターを使った、独立した作品として作られている。レディバグとシャノワールの誕生から始まり、マリネットとアドリアンの関係に大きな進展があって終わる。TVアニメ版をぎゅっと圧縮したようなストーリーだ。たとえて言うなら、TVアニメ『銀河鉄道999』に対する劇場版『銀河鉄道999』、もしくはTVアニメ『新・エースをねらえ!』に対する劇場版『エースをねらえ!』のような作品。TVアニメ版を観ていない人にもお奨めである。
ただ、『ザ・ムービー』にはTVアニメ版にはない驚きの趣向がある。ミュージカルじたてになっているのだ。要所要所で、マリネットやアドリアンの心情が挿入歌として披露される。マリネットが初めてレディバグになる場面も、妖精ティッキーがヒーローの使命を歌で伝える演出になっている。TVアニメ版の設定を初見の人にも楽しみながら理解してもらうための工夫だろう。うまいアレンジだと思った。
音楽を手がけたのは、TVアニメ版から本作の監督と音楽を担当しているジェレミー・ザグ(Jeremy ZAG)。ジェレミー・ザグはノアム・カニエル(Noam Kaniel)と共同で主題歌の作曲も手がけている。ノアム・カニエルは日本のアニメのフランス語版主題歌を歌ったり、テーマソングの作曲を手がけたりしている歌手・作曲家である。
『ザ・ムービー』では、そのTVアニメ版主題歌のメロディが挿入歌や劇中音楽に組み込まれていることに感心した。TVアニメ版の主題歌は、一度聴くと耳に残るキャッチーなメロディが特徴。TVアニメ版に親しんでいるファンは、なじみのあるメロディが聞こえてくることで『ザ・ムービー』の世界にすっと入っていくことができる。
演奏は「DREAM TOWN ORCHESTRA」。70人以上の編成のフルオーケストラである。劇場版にふさわしいシンフォニックサウンドが魅力だ。
本作のサウンドトラック・アルバムは「ミラキュラス レディバグ&シャノワール ザ・ムービー オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで2023年12月20日にランブリング・レコーズからCDと配信でリリースされた。CDは2枚組。ちなみにCDが発売されているのは日本とドイツだけのようである。収録曲は以下のとおり。
ディスク1
- If I Believed in Me(自分を信じてみたら)‐日本語版‐
- Alone Again(アローン・アゲイン)
- You Are Ladybug(ユー・アー・レディバグ)
- My Lady(マイ・レディ)‐日本語版‐
- Chaos Will Reign Today(カオスが今日やってくる)‐日本語版‐
- Courage in Me(わたしの中の勇気)‐日本語版‐
- Stronger Together(ふたりなら強くなれる)‐日本語版‐
- Reaching Out(わたしらしく)‐日本語版‐
- Now I See(ナウ・アイ・シー)
- Opening Credits Of The Series(Milaculous Ladybug VA remix)(ミラキュラスTVシリーズ オープニング・テーマ)
ディスク2
- The Legend of the Miraculous(ミラキュラスの伝説)
- La vie a Paris !(パリでの生活!)
- Friends and Frenemies(友だちと嫌なヤツ)
- The Love of a Lifetime(人生をかけた愛)
- Regrets and Secrets(後悔と秘密)
- Let Darkness Rise(闇を甦らせる)
- Running Away(逃げろ)
- The Ring and the Cat(指輪と猫)
- Who Saves a Life Saves the World(一人を救う者は世界を救う)
- Tikki a Magical Encounter(魔法の使者ティッキー)
- The Ladybug Destiny(レディバグの運命)
- Stoneheart(ストーンハート)
- Two Halves Are Stronger as a Whole(ふたりなら最強)
- Secrets Between Friends(友だち同士の秘密)
- The Heist(強盗)
- Le jardin des Tuileries(チュイルリー公園)
- Rollercoasters!(ジェットコースターの危機)
- Alone in the World(世界にひとりぼっち)
- Since I’ve Met You(君と出逢ってから)
- The Empty Heart Behind the Mask(仮面の奥のからっぽな心)
- The Akumas Attack(アクマの攻撃)
- All Is Lost(すべて失った)
- The True Hero Is Behind the Mask(本当のヒーローは仮面の下に)
- Courage in Me (Alternative Version)(わたしの中の勇気[別バージョン])
- Moment of Truth(真実の瞬間)
- The Power of Love(愛のちから)
- Le bal de l’Opera(仮面舞踏会)
- Drop the Masks(仮面をはずして)
歌と劇中音楽(BGM)を別のディスクに収めた2枚組。配信版も同様の曲順になっている。
個人的には歌とBGMを区別せずに劇中使用順に並べてほしかったと思うが、そこは聴く人によって好みの分かれるところだろう。
日本語版でマリネットの歌を吹き替えているのはメロディ・チューバック(Melody Chubak)。TVアニメ版の日本語版主題歌も歌っているアーティストだ。マリネットを演じる奈波果林と声質が似ているので、セリフから歌、歌からセリフに移っても違和感はない。メロディ・チューバックの表現力豊かな歌唱は説得力があって、ミュージカルじたての本作にはぴったりだと思った。
さて、本作の音楽は、メインテーマとなる主題歌のメロディのほかに、いくつかのメインとなるモチーフが設定されている。
劇場版が始まって最初に流れる曲は、ディスク2の1曲目「The Legend of the Miraculous(ミラキュラスの伝説)」。魔法のパワーを秘めた宝石・ミラキュラスの伝説がナレーションで紹介されるプロローグの場面だ。この曲の中に本作の音楽の主要なモチーフが登場する。
最初に現れるのはメインテーマ(TVアニメ版主題歌)のメロディ。次に悪役ホーク・モスの愛のテーマが短く奏でられる。続いて、マリネットとアドリアンの愛のテーマ(挿入歌「Now I See」のモチーフ)。最後は「Now I See」のモチーフのオーケストラとコーラスによる壮大な変奏で終わる。
この曲が全体の序曲になっていて、提示されたモチーフが以降の音楽の中にさまざまに形を変えて現れる。実に映画的な音楽設計だ。
たとえば、マリネットとアドリアンがミラキュラスの力を秘めたアイテムを手に入れる重要な場面。使用される曲「The Ring and the Cat(指輪と猫)」(ディスク2:トラック8)と「Who Saves a Life Saves the World(一人を救う者は世界を救う)」(同:トラック9)にはメインテーマのメロディが挿入されて、2人がヒーローになる運命にあることを暗示する。
マリネットの前に妖精ティッキーが現れ、マリネットにレディバグの使命を伝える場面でも、ティッキーが歌う挿入歌「You Are Ladybug(ユー・アー・レディバグ)」にメインテーマのメロディが使われている。
そして、レディバグになることを迷っていたマリネットが、遊園地の危機を見て、変身する覚悟を固める場面。マリネットが歌う「Courage in Me(わたしの中の勇気)」の最後にメインテーマのメロディが現れ、マリネットの決意を表現する。歌詞とメロディと歌声が一体となって感動を呼ぶ名場面になっている。
また、マリネットとアドリアンの恋心は挿入歌「Now I See(ナウ・アイ・シー)」のメロディで表現されている。このメロディが初めて登場するのは、本編が始まってまもなく、マリネットがアドリアンと図書室で出会う場面の曲「Regrets and Secrets(後悔と秘密)」(ディスク2:トラック5)。フルートが「Now I See」のモチーフをやさしく奏でて、2人のこれからを予感させる。さりげなく巧みな音楽演出である。
同じモチーフは、アドリアンがレディバグを想う場面の曲「Alone in the World(世界にひとりぼっち)」(同:トラック18)と「Since I’ve Met You(君と出逢ってから)」(同:トラック19)にも挿入されている。さらにアドリアンとマリネットがデュエットする挿入歌「Stronger Together(ふたりなら強くなれる)」の中でも同じモチーフがくり返され、アドリアンの切なさを強調する。
クライマックスは、これらのモチーフが集結してドラマを盛り上げる。音楽的にも聴かせどころとなっている。
ホーク・モスにミラキュラスを奪われてしまったレディバグ(マリネット)が、ふたたび立ち上がる場面。「The True Hero Is Behind the Mask(本当のヒーローは仮面の下に)」(ディスク2:トラック23)が流れ、コーラスをともなったメインテーマのメロディがヒーローの復活を讃える。
ホーク・モスが正体を現し、アクマが浄化されていく場面では、哀感を帯びた「Moment of Truth(真実の瞬間)」(同:トラック25)が流れる。序盤で流れたホーク・モスの愛のテーマ「The Love of a Lifetime(人生をかけた愛)」(同:トラック4)の変奏である。
そして、戦い終わったあと、レディバグがミラキュラスの力で破壊された町を復旧する場面。「Now I See」の壮大な変奏「The Power of Love(愛のちから)」(同:トラック26)が平和と希望を歌い上げる。
物語のエピローグでは、マリネットとアドリアンの関係に進展がある。シャノワールの正体を知ったマリネットが仮面舞踏会の会場に現れる場面は、挿入歌「Now I See」のメロディをアレンジした「Le bal de l’Opera(仮面舞踏会)」(ディスク2:トラック27)で彩られる。ここではリズムを伴った力強いアレンジになっていて、マリネットの心の高揚が伝わってくる。それに続く、2人が相対する場面の曲「Drop the Masks(仮面をはずして)」(同:トラック28)。「Now I See」のメロディがピアノによる繊細なアレンジからオーケストラとコーラスによる雄大な曲想に展開し、大団円の余韻とともに作品を締めくくる。
このあとのエンドクレジットは、いわばカーテンコール。劇中では使用されなかった3曲が続けて流れる。
挿入歌「Now I See(ナウ・アイ・シー)」と「Alone Again(アローン・アゲイン)」、それにインスト曲「Courage in Me (Alternative Version)(わたしの中の勇気[別バージョン])」(ディスク2:トラック24)である。マリネットとアドリアンの愛のテーマである「Now I See」とアドリアンの心情を歌う「Alone Again」、そして、メインテーマを変奏した「Courage in Me (Alternative Version)」が選ばれていることから、本作の音楽の中心がこの3つのモチーフにあることがうかがえる。
『ミラキュラス レディバグ&シャノワール ザ・ムービー』はヒーローの物語であると同時に、なにより、マリネットとアドリアンの物語なのである。
ミラキュラス レディバグ&シャノワール ザ・ムービー オリジナルサウンドトラック
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