腹巻猫です。SOUNDTRACK PUBレーベル第34弾として、「魔法少女ちゅうかなぱいぱい!/魔法少女ちゅうかないぱねま! オリジナル・サウンドトラック」を11月29日に発売しました。1989年に放送された東映不思議コメディーシリーズ「魔法少女ちゅうかなぱいぱい!」と「魔法少女ちゅうかないぱねま!」の主題歌と音楽を集大成した初のサウンドトラック・アルバムです。本間勇輔が手がけたBGMは全曲初商品化! ぜひお聴きください!
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11月17日に公開された劇場アニメ『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』が予想以上の盛り上がりを見せている。
ゲゲゲの鬼太郎の誕生秘話を描いた作品である。水木しげるのマンガにも「鬼太郎誕生」というエピソードがあるが、本作はそれとは異なるオリジナルストーリー。2018年から2020年まで放映されたアニメシリーズ第6期の前日譚という位置づけになっている。
昭和31年。帝国血液銀行に勤める水木は、日本の政財界を裏であやつる龍賀一族に近づくために哭倉村を訪れる。その途中に出会ったのが、行方不明の妻を探して哭倉村に向かっていた男、ゲゲ郎(のちの鬼太郎の父)だった。哭倉村に入った2人を待っていたのは、龍賀一族をめぐる連続殺人事件。水木とゲゲ郎は、それぞれの目的を果たすために手を組むことを約束し、陰謀と怪奇が渦巻く龍賀一族の謎に迫っていく。
観る前はもっと水木しげる的な世界を想像していたが、別な方向に振り切った作品だった。けっこう凄惨な描写もあり、アニメの鬼太郎ファンにはどうなのかなーと思っていたら、女性ファンに支持されていると知って驚いた。実際、筆者が観に行った回は観客の8割くらいが女性で、終映後に泣いている人もけっこういた。この反響はスタッフも想定していなかったのではないか。パンフレットもサントラ盤も入手困難が続いている(増産しているようなので未入手の方はお待ちいただきたい)。
音楽はゲゲゲの鬼太郎シリーズの音楽を初めて手がける川井憲次が担当。これまで『ゲゲゲの鬼太郎』と川井憲次を結びつけて考えたことはなかったが、スタッフが発表になって、「なるほど」と膝を打った。考えてみれば、これほどぴったりの組合せはない。
『ゲゲゲの鬼太郎』は妖怪もの、ホラーである。川井憲次は実写劇場作品「リング」(1998)、「仄暗い水の底から」(2002)など、ホラー作品の音楽を多く手がけていて、この分野の第一人者と言ってもよい。また、アニメ『BLUE SEED』(1994)、『吸血姫美夕』(1997)など、妖怪退治もの系の作品もある。本作には激しいバトルシーンもあるが、川井憲次はウルトラマンシリーズや仮面ライダーシリーズの音楽も担当しており、ヒーローアクション系の音楽も得意なのだ。
『ゲゲゲの鬼太郎』は川井憲次にうってつけの題材ではないか。
音楽への期待に胸ふくらませて劇場に行った。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の音楽は、一部にいずみたくによる『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌のメロディを引用しながら、しっかり川井サウンドに仕上がっている。期待どおり、『ゲゲゲの鬼太郎』と川井憲次の相性は抜群だった。
川井憲次はゲゲ郎のキャラクターに注目し、ゲゲ郎と水木の語らいのシーンの曲から作っていったという(パンフレット所収のインタビューより)。ゲゲ郎のテーマには、特製のクロマチック・カリンバを使用している。カリンバとは木の板に平たい金属棒を並べて固定し、それを指ではじいて音を出す民族楽器。オルゴールのような素朴な音がする。ふつうのカリンバは2オクターブくらいしか音が出せないのだが、本作に使用された特製のカリンバは4オクターブをカバーするのだそうだ。シンセサイザーでもカリンバの音は出せるが、あえて生楽器を使用したところにこだわりがある。
本作のサウンドトラック・アルバムは「映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで2023年11月29日に日本コロムビアから発売された。
収録曲は以下のとおり。
- ゲゲゲの鬼太郎 ‐警告‐
- 水木の野望
- 物思い
- 幻の里・哭倉村
- 龍賀一族
- 動揺・混乱
- 一人目の犠牲者
- 村の違和感
- 時弥 ‐未来をみつめて‐
- 沙代 ‐水木への想い‐
- “M” ‐克典の誘い‐
- ゲゲ郎を追って
- 襲い来る化物
- 二人目の犠牲者
- 最後の二人
- “M” ‐妖しい力‐
- 水木とゲゲ郎 ‐考察‐
- 沙代 ‐告白‐
- 水木とゲゲ郎 ‐月夜の語らい‐
- 襲い来る裏鬼道
- “M” ‐その正体‐
- 一族の務め
- 沙代 ‐懇願‐
- 沙代 ‐絶望‐
- 宿怨
- 「行こうぜ」
- 窖で見たもの
- 妻をさがして
- やっと逢えた
- 狂骨、圧倒的な力
- 終焉
- ゲゲゲの鬼太郎 ‐幽霊族の力‐
- 水木とゲゲ郎 ‐友へ‐
- ゲゲゲの鬼太郎 ‐最後の者‐
- 時弥 ‐その願い‐
- カランコロンのうた ‐鬼太郎誕生‐
川井憲次の言葉によれば、音楽メニューでオーダーされた曲は36曲。アルバムにはそのすべてが収録されているようだ。
同じモチーフの曲には同じ曲名をつけ、うしろに副題を添えて区別してある。曲リストを眺めると音楽全体の構成がわかる。
1曲目の「ゲゲゲの鬼太郎 ‐警告‐」は冒頭のシーンに流れる曲。『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌「ゲゲゲの鬼太郎」のアレンジだ。いかにも何かが起こりそうなホラーっぽいサウンドで、作品全体の雰囲気を象徴している。
「ゲゲゲの鬼太郎」をアレンジした曲はほかに2曲。終盤に流れる「ゲゲゲの鬼太郎 ‐幽霊族の力‐」(トラック32)と「ゲゲゲの鬼太郎 ‐最後の者‐」(トラック34)がある。意外に少ないのは、本作の主人公がゲゲゲの鬼太郎ではないためだろう。「ゲゲゲの鬼太郎」のメロディは本作のメインテーマではなく、鬼太郎というキャラクターのテーマとして使用されているのだ。
トラック2「水木の野望」からしばらくは、妖しい曲調が続く。物語の舞台や事件の始まりを描写する音楽だ。「幻の里・哭倉村」(トラック4)、「龍賀一族」(トラック5)などはさすがのうまさで、ぞくぞくする。
トラック9からの3曲、「時弥 ‐未来をみつめて‐」「沙代 ‐水木への想い‐」「“M” ‐克典の誘い‐」で、本作の音楽を構成する重要なモチーフが提示される。
「時弥」は龍賀一族の血を継ぐ少年の名。ピアノによるリリカルな旋律が充てられている。「沙代」は水木と交流する龍賀家の少女の名。しっとりとした中に謎めいた香りもあるメロディだ。そして「M」は龍賀一族が製造する謎の血液製剤の名。凶事を連想させる不穏な曲調である。
これらのモチーフがアレンジを変えて劇中に反復されていく。特にヒロイン・沙代のテーマは、沙代の心情の変化を表現する重要な曲だ。時弥のテーマは物語のラストまで再登場しないのだが、そのストイックな使い方が非常に効果的。「時弥 ‐その願い‐」(トラック35)が流れるシーンは、思わずはっとさせられる。
アクション系の曲もいい。トラック12「ゲゲ郎を追って」は水木がゲゲ郎のあとを追う場面のアップテンポの曲。切迫感のある曲調に民族楽器風の音色を挿入して変化をつけている。
次のトラック13「襲い来る化物」は不気味な妖怪描写音楽。トラック20「襲い来る裏鬼道」は人間同士のバトルを描く曲で、当然ながら「襲い来る化物」とは音の構成を変えてある。
トラック25「宿怨」も妖怪襲来の曲なのだが、妖怪よりも人間の恐ろしさがテーマ。パーカッションのリズムに弦楽器のうねりやブラスの咆哮、不穏なコーラスなどが重なる、スケールの大きな曲になっている。終盤曲調が変化するのはシーンの展開に合わせたもの。本作の見せ場のひとつである。
トラック30「狂骨、圧倒的な力」とトラック31「終焉」はクライマックスのバトルシーンに流れる曲。「終焉」ではストリングスとコーラスを主体にしたサウンドで水木とゲゲ郎の悲壮な想いが描写されている。
主要な楽曲を紹介してきたが、本作のメインテーマと呼べるのは「水木とゲゲ郎」のテーマだと思う。川井憲次が特殊楽器(クロマチック・カリンバ)を使って奏でた曲である。
トラック17「水木とゲゲ郎 ‐考察‐」は2人が協力し合うことを約束する場面に流れる曲。ここでは素朴な曲調で奏でられる。
トラック19「水木とゲゲ郎 ‐月夜の語らい‐」は月夜の墓場で水木とゲゲ郎が語らう場面の曲。カリンバとピアノがテーマを奏で、ストリングスが引き継ぐ。2人のあいだに芽生える友情がしみじみとした曲調で表現される。演奏時間3分30秒と聴きごたえのある曲だ。
トラック33「水木とゲゲ郎 ‐友へ‐」はラスト近くの感涙必至の場面に流れる曲。「友へ」というタイトルからして泣ける。この曲ではカリンバではなくピアノとストリングスによってメロディーが奏でられている。
実は「水木とゲゲ郎」とは名づけられていないけれども同じモチーフを使った曲がほかにもある。トラック26「「行こうぜ」」は決意を胸に禁域の小島に向かう2人の場面に流れた、力強くエモーショナルな曲だ。
そして、エンディング(エンドクレジット)に流れる「カランコロンのうた ‐鬼太郎誕生‐」にも「水木とゲゲ郎」のモチーフが登場する。この曲は『ゲゲゲの鬼太郎』の副主題歌「カランコロンのうた」のフレーズと「水木とゲゲ郎」のテーマを組み合わせた曲になっているのだ。「水木とゲゲ郎」のテーマが本作のメインテーマであると考えるゆえんである。
ホラーあり、アクションあり、熱い人間ドラマもある本作の音楽。川井憲次サウンドのファンにとっても充実の1枚になっている。
そして、あらためてサントラを聴いてみると、本作が「何を語ろうとした物語」であるかは明白。女性ファンに人気があるのも納得できるのだった。
映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』オリジナル・サウンドトラック
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