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第246回 家族の肖像 〜SPY×FAMILY〜

 腹巻猫です。生誕50周年を記念した「THE仮面ライダー展」の東京会場(池袋・サンシャインシティ)での開催が始まりました。会期は2022年12月23日〜2023年1月15日。意外と短く、年末年始のあわただしさに追われているうちに会期末になってしまいそうです。音楽関連の展示も充実しているそうなので、興味のある方はぜひ忘れずに観覧を。
https://www.kamen-rider-official.com/kr50th/exhibition/


 今年話題を集めたTVアニメ『SPY×FAMILY』のサウンドトラック・アルバムが12月21日に発売された。今回はこの音楽を聴いてみよう。
 『SPY×FAMILY』は遠藤達哉のマンガをWIT STUDIOとCloverWorksがアニメ化した作品。シーズン1が2022年4月〜6月、および10月〜12月の分割2クールで放映された。2023年のシーズン2放映と、劇場版の制作が発表になっている。
 世界各国が水面下で情報戦をくり広げる冷戦の時代。西国(ウェスタリス)の情報局員・黄昏は、偽りの家族を作って隣国・東国(オスタニア)の要人に近づき、その動向を探る任務を命じられる。ロイド・フォージャーと名乗ることになった黄昏は、急いで家族を用意するが、実は、娘となったアーニャは人の心が読める超能力者、妻となったヨルは暗殺を請け負う殺し屋だった。3人はそれぞれの秘密を抱えたまま、家族として暮らし始める。
 一見平凡に見える家族が実は凄腕のエージェント、という設定は「トゥルーライズ」「Mr.&Mrs. スミス」「スパイキッズ」などの影響がありそうだ。本作のユニークなところは超能力を持つ娘アーニャの存在。アーニャだけがすべてを知っていて、切実に家族を求めている。そのアーニャに影響されて、ロイド(黄昏)とヨルの気持ちに変化が生まれる。スパイもののパロディのように見えて、実は家族の物語になっているのが本作の魅力である。

 音楽はアニメ音楽クリエイティブチームの(K)NoW_NAMEが担当。実質的には、アニメ『ワンパンマン』などの音楽を手がける宮崎誠と『リコリス・リコイル』などの音楽を手がける睦月周平の2人が作曲・編曲を担当している。
 曲調は「スパイものの音楽ならこうだろう」と期待するとおりのスタイル。軽快なリズムとキレのよいブラスのフレーズで聴かせるジャジーな音楽だ。楽器編成はドラム、ベース、ギター、ピアノのリズムセクションに、木管(フルート、オーボエ、クラリネット、サックス)、金管(トランペット、トロンボーン)、ストリングスなどを加えた構成。ビッグバンドと呼ぶほどの大編成ではないが、迫力あるサウンドが聴ける。
 スパイものの音楽のお手本となったのは、なんといっても60年代に登場した「007シリーズ」。特にジョン・バリーが得意としたビートの効いたブラスサウンドは、その後のスパイ映画やスパイドラマに大きな影響を与えた。
 ただ、『SPY×FAMILY』の音楽は、本家007シリーズよりも、もっと軽いタッチで作られた「電撃フリント/GO!GO作戦」やアメリカ製ドラマ「0011 ナポレオン・ソロ」、最近の劇場作品だと「オースティン・パワーズ」なんかのノリに近い。シリアスな物語ではないから、音楽も軽快なタッチのほうが似合う。
 聴きどころは、アーニャが家族のために奮闘するときに流れる「可愛いスパイ音楽」とも呼ぶべき曲。メインテーマ「STRIX」のメロディをアレンジした「Plan B」などは、アーニャの可愛さを思い出して悶絶してしまうような曲だ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、2022年6月に「TVアニメ『SPY×FAMILY』オリジナル・サウンドトラック Vol.1」が配信限定で、同年12月に「TVアニメ『SPY×FAMILY』オリジナル・サウンドトラック」がCDと配信で、いずれも東宝からリリースされた。前者の「オリジナル・サウンドトラック Vol.1」は第1クール用に作られた47曲を収録したアルバム。後者は「Vol.1」の内容に第2クール用の楽曲などを追加した66曲入りのアルバム。CD版は2枚組だ。
 最初に配信された「Vol.1」の収録曲を中心に、本作の音楽を紹介しよう。CD版収録曲は下記参照。

https://spy-family.net/music/music_ost.php

 1曲目「STRIX」は本作を代表する曲。次回予告にも使われているおなじみの曲だから、メインテーマと呼んで差し支えないだろう。「STRIX」はロイドが遂行しようとしている作戦の名前(オペレーション「梟(ストリクス)」)である。ドラムソロの導入に続いて金管のワイルドなフレーズが開幕を告げる。ウッドベースのリズムの上でブラスとサックスが躍動感たっぷりの演奏を展開する。60年代スパイ映画、スパイドラマをイメージさせる、完璧なテーマ曲だ。
 次の「WISE」も同様のイメージの曲。「WISE」はロイドが所属する情報機関の名前だ。ロイドの活動シーンによく流れていた。
 このスタイルの曲では「Bondman」(ディスク2:トラック1)も秀逸だ。アーニャが観ているTVアニメ『スパイウォーズ』のテーマ曲で、まさにスパイドラマ音楽。第10話ではアーニャがドッジボールの特訓をする場面にこの曲が流れている。
 トラック3「transient calm」はストリングスやピアノを使った、謎めいたスリリングな曲。第2話でロイドとヨルが初めて出会う場面や第4話でロイドが何者かの視線を感じる場面などに使われ、「これからどうなる?」と緊張感を盛り上げた。
 トラック4「Liar」は「STRIX」と同じ系統のジャジーなブラスの曲。こちらは第3話でヨルがロイドの家に引っ越してくる場面などに流れ、秘密を抱えた家族を軽快な曲調で描写している。
 ブルージーなギターとリズムがメインのトラック5は「Disguise」=「変装」と名づけられた曲。第2話でヨルがロイドに恋人のふりを頼む場面など、「秘密が暴かれるのでは?」とスリルを演出するシーンに使われている。同様のリズムパターンを使った曲が、ヨルの弟ユーリが姉のパートナーを探ろうとする場面に流れた「No one knows」(ディスク2:トラック5)。軽妙なリズムと木管のフレーズが緊張感とともにユーモラスな雰囲気をかもし出す。
 次の「Plan B」からの3曲はアーニャをイメージした「可愛いスパイ音楽」。スネアドラムがリズムを刻む「Plan B」はアーニャが名門イーデン校の入学試験に挑む場面に使用。笛がメインテーマのメロディを、ピアノが「Liar」のメロディを奏でる「Crisis of my home」は、アーニャの受験準備のシーンなどに流れた。第1話でロイドがアーニャと町を歩く場面に使われたトラック8「Girl’s pastime」は3拍子の遊園地音楽風。この曲はシーンの展開と曲の展開がぴったり一致していて、フィルムスコアリングで作られたように聴こえる。
 本作の音楽には、ほかにもフィルムスコアリング? と思われる曲がいくつかある。
 トラック12「without tears」は第1話のクライマックス、ロイドがアーニャを危険にさらしたことを悔やみ、アーニャを警察に託そうとするシーンに使われている。緊迫した導入部は変装したロイドがアーニャを助ける場面、それに続くしっとりしたピアノのフレーズはロイドがアーニャと別れようとするシーンの心情描写、中間部の妖しいコーラスはロイドが敵を倒す場面、そして、終盤の温かいギターのメロディはアーニャがロイドに駆け寄る場面に流れていた。本作の隠れテーマである(隠れてないかもしれないが)「家族の絆」を印象付ける、みごとな音楽演出である。
 トラック14「Thorn Princess」もフィルムスコアリングと思しき曲。曲名は「いばら姫」の意味で、ヨルが殺し屋として活動するときのコードネームだ。第2話でヨルが「仕事」をするシーンに映像とタイミングを合わせて使用されていた。
 同じく第2話のクライマックス、襲撃に合ったロイドとヨルが協力しあって敵を倒し、正式に結婚の契約をすることを約束するシーンに流れていたのがトラック17「Strange Marriage」。曲は緊迫からアクションへと展開し、終盤は女声コーラスとストリングスの美しいメロディが2人の「婚約」を祝福するように流れる。
 音楽に注意しつつ観ていると、物語の転換点となる重要なシーンの曲をフィルムスコアリングで制作しているようなのである。

 こうして聴いていくと、本作の音楽で重要なのは、実はスパイ映画風の音楽ではなく、心情曲のほうではないかと気づく。
 ロイドもヨルも嘘をついて生きている。他人をあざむくために必要と思って家族になる。しかし、アーニャを中心に暮らすうちに、もしかして、この生活はかけがえのないものではないかと感じ始める。その気持ちが嘘でないことを表わすのは、言葉よりも表情であり、音楽だ。絵で描き切れない想いを伝える音楽の比重は大きい。
 公園でひと休みするロイド一家など、ひとときの安らぎを表現する「try again」(トラック21)、第3話ラストの家族でお茶を飲むシーンに流れた「teacups」(トラック23)、第7話で受験勉強をしながら寝てしまったアーニャの姿にやさしく重なる「little by little」(トラック24)、第6話でヨルがアーニャを見ながら「もっと母親らしくしてあげたい」と思う場面の「As a mother. As a wife.」(ディスク2:トラック7)、同じく第6話でヨルがアーニャから「母みたいになりたい」と言われ胸がいっぱいになる場面の「Small Daily Life」(ディスク2:トラック8)など、どれもシンプルな曲調ながら、しみじみと心に残る。
 特に印象深いのは、第3話でロイド一家が町で出会った老婦人から「すてきな家族ね」と言われる場面に流れた「Looks like a nice family」(トラック22)。ピアノとストリングス、フルートが静かに奏でるやさしい曲である。第9話でロイドがヨルに「そのままでいてください」と言い、ヨルが「結婚相手がロイドさんでよかったです」と返す場面にも流れていて、「もうこれで終わってもいいんじゃない?」と思ってしまうくらい感動的だった。
 『SPY×FAMILY』は、スパイもの、家族の物語、学園ドラマ(!)など、さまざまな楽しみ方ができるアニメである。サウンドトラックもさまざまな顔を持っている。あるときはノリのよい音楽集として、またあるときは家族のドラマを彩るやさしい音楽集として、ときにはアーニャの学園生活を活写するユーモラスな音楽集として、気分に合わせて楽しむことができる。ひとつの顔だけを見ないで、別の顔にも注意を向け、その魅力を発見する。そういう楽しみ方が『SPY×FAMILY』の音楽にはふさわしい。

TVアニメ『SPY×FAMILY』オリジナル・サウンドトラック
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