腹巻猫です。『竜とそばかすの姫』をIMAXレーザー上映で鑑賞しました。これは、ぜひIMAXで体験してほしい劇場作品。映像と音の中に吸い込まれるような没入感を味わえます。電脳空間の映像に目を奪われますが、高知出身者としては現実パートの美しい情景描写(特に川)にもぐっときました。そして、ドラマの軸となる音楽が本当にすばらしい。サントラ発売は8月。楽しみです。
前回の『BEM』の音楽を手がけたもうひとりの作曲家・未知瑠。今回は彼女が初めて手がけたTVアニメーション作品『終末のイゼッタ』の音楽を聴いてみよう。
『終末のイゼッタ』は2016年10月から12月まで放送されたオリジナルTVアニメ。監督は藤森雅也、アニメーション制作を亜細亜堂が担当した。
舞台は1940年、ヨーロッパをモデルにした架空の国々。小国エイルシュタットの公女フィーネは、秘密会談のために訪れた隣国ヴェストリアで軍事大国ゲルマニアの憲兵に捕らえられる。軍用機に乗せられてゲルマニアへと連行されるフィーネを救ったのは、幼い頃に出会った魔女イゼッタだった。イゼッタはフィーネのために、また、この戦争を終わらせるために、魔法の力を使って戦うことを約束する。
赤い髪の少女イゼッタは魔女の末裔。イゼッタが戦闘機や戦車を魔法の力で撃破していく場面は大きな見どころだ。架空戦記ものに魔法の要素を持ち込んだ思考実験SFとしても楽しめる(ポール・アンダースン『大魔王作戦』みたいだ)。
しかし、いちばんのポイントは、イゼッタが魔女というよりも、素朴で自分の気持ちに素直な少女として描かれていることだろう。イゼッタとフィーネが立場を超えた友情で結ばれていく展開が本作のドラマの核になっている。ミリタリーものと見せて、本質は少女たちの友情ストーリーというニクい作品である。
ユニークな設定のオリジナル作品であるため、音楽も個性を出したいという意向から、音楽担当はアニメ音楽をあまり手がけたことがない若手作曲家で「エキセントリックなものを作ってくれる人」を探すことになった(音楽プロデューサー・福田正夫の証言より)。
たまたま目に留まったのが未知瑠の公式サイト。インディーズでリリースされていた2枚のオリジナル・アルバムを聴いてみると、求めている音楽イメージにぴったりで、スタッフの満場一致で音楽を依頼することに決まったという。
未知瑠は1980年生まれ。幼少の頃から自然や鳥の声などを真似てピアノを弾いて遊んでいた。東京藝術大学音楽学部作曲科を首席で卒業。クラシック音楽をルーツとしながら、ジャズやロック、エレクトロ、民族音楽、現代音楽などを取り入れ、ジャンルを超えた個性的な音楽を創造している。2009年に1stソロアルバム「World’s End Village —世界の果ての村—」、2015年に2ndソロアルバム「空話集 〜アレゴリア・インフィニータ」をリリース。どちらも、異国の民話や伝説を題材にしたような独特の世界を作り出している。なるほど『終末のイゼッタ』はこういうイメージだったのか、とひざを打つ内容だ。
未知瑠のプロフィールでもうひとつ語られているのが、作曲家・佐橋俊彦のアシスタントを務めていたという経歴。『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』や『ウルトラマンメビウス』『仮面ライダー電王』の時期と重なるというから、2004年から2006年頃にかけてだろう。音楽制作の実際と「バトル音楽ひとつとってもこんなにバリエーション豊かに作れるのだ」といったことを学んだ、とインタビューで語っている。
そんな未知瑠が生み出す映像音楽は、ボーカリーズや民族音楽を取り入れた個性的なサウンドと、ツボを心得たダイナミックなオーケストレーションでサントラファンを魅了する。いわば彼女は「サントラの魔法」を受け継いだ作曲家。「よくぞ、こちら(サントラ)の世界に来てくれたなあ」と思ってしまう。いま期待の作曲家である。
映像音楽の代表作は、劇場作品「あさひなぐ」(2017)、『賭ケグルイ』(2019)、スタジオジブリ短編アニメ『たからさがし』(2011)、TVアニメ『刻刻』(2018)、『BEM』(2019)、『ギヴン』(2019)、『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』(2020)、『擾乱 THE PRINCESS OF SNOW AND BLOOD』(2021)など。
『終末のイゼッタ』の音楽を任された未知瑠は設定やキャラクターなどの資料を見た時点からイメージが刺激され、メインとなるテーマ曲など数曲のデモを制作して打ち合わせにのぞんだ。しかし、スタッフからは「普通の劇伴だね」と言われてしまう。スタッフが求めていたのは、視聴者が「なにか変だな」とひっかかる、映像を異化するような音楽だったのである。そこで、ソロアルバムで作り上げた自身の音楽をイゼッタの世界に持ち込むことにした。未知瑠はこのときスタッフから求められたことを「アニメの世界観に寄り添ってばかりでなく、世界観を音楽で推し広げていくことも必要」と表現している。映像音楽が持つ役割や力を考えさせられる言葉である。
最終的にできあがった音楽は、オーケストラをベースにしながら、女声ボーカル(ボイス)や古楽器を取り入れた、時代や国・地域を超越した音楽。ファンタジー音楽と女声ボーカル、民族楽器は相性がよく、過去にも例があるが、『イゼッタ』の音楽は一歩踏み込んでいる。ファンタジー作品でよく聴かれる中世から近世のヨーロッパ風音楽ではなく、もっと古代の音楽を思わせる、土俗的とも呼べる音楽だった。
余談だが、本作でリュート、サントゥール、サルテリ、サズなどの古楽器の演奏を担当しているのは上野哲生。TVアニメ『ほえろブンブン』『おはよう! スパンク』などの音楽を担当した作曲家である。数年前にインタビューする機会があり、現在は古楽器奏者としても活動していることは聞いていたが、こうして新作TVアニメのサントラにも参加していることを知ってうれしかった。
音楽全体は、イゼッタのテーマでもあるメインテーマとフィーネのテーマを中心に、幻想的な魔女関係の曲、戦争映画風のクラシカルな曲、そして、心情曲、情景描写曲などから構成されている。
特徴的なのが、魔女に関係する楽曲だ。先に紹介したように、女声ボーカルや古楽器をフィーチャーし、いつの時代のどこの国とも知れないサウンドで伝説の魔女のイメージを音楽化している。ゲルマニア軍を描写するクラシカルな楽曲と対照的で、魔法と科学、古代と現代、自然と文明の対比を音楽が表現しているかのようだ。
本作のサウンドトラック・アルバムは「TVアニメーション『終末のイゼッタ』オリジナルサウンドトラック」のタイトルで2016年12月21日にフライングドッグから発売された。収録曲は以下のとおり。
- いつか見た夢
- 終末のイゼッタ
- 出撃せよ!
- 白き魔女の伝説
- 追跡
- 大脱出
- フィーネ 愛のテーマ
- In The Air
- ME・ZA・ME
- ライフルの翼
- 姫様への想い
- 夜明け前
- 敗色濃厚
- 出逢い
- 決死の覚悟
- 反撃の火蓋
- 非情なる皇帝
- イゼッタの秘密
- あの日の記憶
- 作戦開始
- Set Me Free!
- ゾフィーの魔力
- 異端者
- エイルシュタット国歌
- バトルモード突入
- ゲールの猛攻
- 一進一退
- 魔石の力
- 最後の戦い
- フィーネ 愛のテーマ 〜piano solo〜
歌の収録はなく、BGMのみ30曲、75分のボリューム。
曲順は、全12話の物語を俯瞰する流れである。未収録曲もあるが、劇中で印象的な曲はほぼ収録されている。
1曲目「いつか見た夢」は第1話のアバンタイトルで使用されたピアノとフルート、オーボエなどによるメインテーマの変奏曲。幼いフィーネとイゼッタとの出逢いを紹介する回想シーンに流れた。第1話では女声ボーカルが重ねられている。
2曲目「終末のイゼッタ」は本作のメインテーマ。演奏時間5分以上の長い曲である。幻想的な女声ボーカルとオーケストラによる導入部から、古楽器によるテーマメロディの変奏に展開。ピアノや管弦楽器がメロディを引き継いでいく。中間部は女声ボーカルによる別のメロディ。緊張感に富んだオーケストラの間奏のあと、ピアノと弦楽器、ボーカルなどがテーマを反復し、力強い全合奏で終わる。組曲的構成のドラマティックな曲だ。
劇中ではシーンに合わせて編集して使われることが多いが、第11話や最終回(第12話)では、映像の展開と曲の展開をたくみに合致させ、フィルムスコアリングで書かれた曲のように使用している。演出する上でも使い甲斐のある曲だろう。
トラック3「出撃せよ!」はタイトルどおり、ゲルマニア軍と戦うイゼッタの場面によく流れたメインテーマのアレンジ曲。呪文のような女声ボーカルからオーケストラの勇ましい曲に変化する。「戦うイゼッタ」という雰囲気だ。
次の「白き魔女の伝説」は魔女の伝承をテーマにした幻想的な曲。チェレスタの音色や弦楽器のメロディが妖しい香りをただよわせる。中間部はリリカルな曲調に変化。この部分は、第9話の山の上の城塞で語らうイゼッタとフィーネの場面で効果的に使用されていた。終盤は女声ボーカルが愛らしいメロディを歌い、時の流れの中に消え去るように静かに終わる。一篇の伝説を聞き終えたような気分になる曲である。
続くトラック5「追跡」とトラック6「大脱出」はユニークなオーケストレーションの曲。パーカッションとピアノを中心にした「追跡」は明確な旋律を持たない現代音楽的な曲である。「追跡」というタイトルに反して、第2話でイゼッタがフィーネとの楽しい日々を回想するシーンや第7話でゲルマニア軍の兵士たちがポーカーをしてくつろいでいるシーンに選曲されている。「大脱出」も即興的なパーカッションと弦楽器による現代音楽的な曲。どちらもいわゆる「劇伴的」な曲ではないため、使いにくかったのではないかと想像するが、もっと使ってほしかった曲だ。
トラック7「フィーネ 愛のテーマ」は本作のもうひとつのメインテーマとも呼べる曲。古楽器の爪弾きを導入に、弦楽器とピアノ、フルートなどによる美しいメロディに展開していく。第1話から使用されているが、名場面は第11話。ゲルマニア帝国に降服する決意を固めたフィーネが、泣いて抗議するイゼッタの想いに打たれ、「ともに戦おう」と言う場面で使用されている。そして、最終回のラストシーンに流れたのもこの曲だった。
トラック8「In The Air」はため息みたいな女性ボイスを中心に構成されたふしぎな曲。第1話でカプセルに閉じ込められていたイゼッタが目覚めるシーンに流れている。次の「ME・ZA・ME」は女声ボーカルと打ち込みのリズム、エレキギター、ストリングスなどを組み合わせた浮遊感と疾走感のある曲。どちらも空を舞うイゼッタの姿が目に浮かぶような楽曲だ。しかしながら、2曲とも数回しか使われなかったのが惜しい。もっと使ってほしかったなあ。
トラック10「ライフルの翼」は印象の強いバトル音楽のひとつ。緊迫感のあるリフの繰り返し、吐息風の女性ボイス、トランペットの勇壮なメロディ、エレキギターのうなりなど、さまざまな音楽要素が混然一体となって、魔女と戦闘機が戦う異様な戦闘空間を描写する。バトル音楽としてのカッコよさも味わえる、本アルバムの聴きどころのひとつ。
トラック11の「姫様への想い」は使用回数は少ないながら重要な曲。第11話でイゼッタがフィーネにうながされて、それまで「姫様」と読んでいたフィーネを初めて名前で呼ぶ場面に流れていた曲だ。本作の乙女チックな一面を象徴する曲であり、本作の音楽の魅力が、幻想的な曲やバトル曲ばかりでないことを教えてくれる。
アルバムの後半は、ストーリーの流れに従い、ミリタリー的な曲や重厚な曲が多くなる。「敗色濃厚」「決死の覚悟」「反撃の火蓋」「非情なる皇帝」「作戦開始」「ゲールの猛攻」「一進一退」などである。正統派サウンドトラック風のダイナミックなサウンドを聴くことができる。
そんな中、異彩を放っているのが、トラック21「Set Me Free!」だ。呪文風の女性ボイスとロック的なリズムが合体し、妖しいカッコよさを持った曲に仕上がっている。第3話でイゼッタが魔力で戦車を投げ飛ばすシーンくらいにしか使用されなかったのがもったいない。
終盤に登場するもうひとりの魔女ゾフィーのテーマ「ゾフィーの魔力」、魔女の秘密が語られる場面などに使われたミステリアスな「異端者」、即興的な古楽器の演奏と呪文的なヴォイスを組み合わせた「魔石の力」など、幻想的な音楽を散りばめて、いよいよ物語は最終決戦へ。
トラック29「最後の戦い」はメインテーマをモチーフにした3分を超える戦いの曲。この曲も、次々と曲調が変化する組曲的な構成で作られている。最終回ではゾフィーとイゼッタとの決戦場面に長尺で使用され、メインテーマ「終末のイゼッタ」と同様に、曲の展開と映像の展開をマッチさせたフィルムスコアリング的演出でクライマックスを盛り上げていた。
アルバムを締めくくるのは「フィーネ 愛のテーマ」のピアノソロ・バージョン。戦争が終わったあと、イゼッタとフィーネの物語を回想するイメージだろうか。本編では第4話でフィーネが父の死を看取る場面に使用されていた。イゼッタのテーマ(メインテーマ)に始まり、フィーネのテーマに終わる構成が味わい深い。
本アルバムは、TVアニメ『終末のイゼッタ』の音楽世界を凝縮した充実の1枚である。本作の音楽を特徴づける女声ボーカル(ボイス)や古楽器をフィーチャーした楽曲が(使用頻度によらず)多く収録されているし、オーケストラによるダイナミックなバトル音楽や重厚な音楽も堪能できる。そして、イゼッタとフィーネの友情を彩る美しいメロディもある。これがTVアニメ初担当とは思えない(いや、初めてだからこそかも)、創意と才気にあふれた作品である。
選曲に関して欲を言えば、イゼッタとメイドのロッタが笑いあう場面などに流れる明るい日常曲も入れてほしかったなあと思う。思い切ってミリタリー的な曲をいくつかはずして、日常曲や心情曲を増やしてもよかった。サントラ盤のジャケットを見てもわかるとおり、本作の本質は戦争ものではなく、少女たちの友情ドラマなのだから。
TVアニメーション「終末のイゼッタ」オリジナルサウンドトラック
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