腹巻猫です。3月公開の予定が延期になっていた『映画 プリキュアミラクルリープ みんなとの不思議な1日』が10月31日に公開されました。子どもたちがミラクルライトを振って応援する姿を見るためにわざわざ休日を選んで劇場に観に行ったら、今年は新型コロナウイルスの影響でミラクルライトを振るのは自粛なんですって。さびしい。でも、公開されて感無量です。サウンドトラック・アルバムは10月28日に発売。構成・解説・インタビューを担当しました。
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『映画 プリキュアミラクルリープ みんなとの不思議な一日』のストーリーは時間ループもの。何度も巻き戻される時間の謎が物語のカギとなっている。
今回は時間の巻き戻しを扱ったTVアニメ『サクラダリセット』を取り上げよう。
『サクラダリセット』は2017年に放映されたTVアニメ作品。住人の半数が特別な能力を持つ街、咲良田(さくらだ)を舞台に、記憶保持能力を持つ高校生の少年・浅井ケイと、ケイの同級生で世界を最大3日分巻き戻す「リセット」能力を持つ少女・春埼美空(はるき・みそら)が、街の人々を不幸から救おうとする物語だ。
春埼の能力「リセット」はタイムトラベル能力ではない。あらかじめ「セーブ」しておいた日付・時刻の状態に世界を再構築する能力、と説明されている。セーブされていなければリセットすることはできず、自由に時間を行き来できるわけではない。ゲームをセーブしたところから再開するのと似た能力なのである。
ケイと春埼はこの能力を使って、一度起きた出来事を変化させようとする。子どもが母親から引き離されるのを食い止めたり、猫を交通事故から救ったりと、その活動は身近なことからスタートするが、やがて2人は街の能力者を管理しようとする組織「管理局」の計略に巻き込まれていく。そして、ケイは心にひそかな目標を抱いていた。それは、過去にリセットを使った影響で死なせてしまった同級生・相麻菫を復活させること——。
派手さはないが、よく練られたストーリーと繊細な心情描写に引きこまれる。SFというより青春ドラマの色合いが強い、じわじわとしみてくる作品だ。
原作は河野裕のライトノベル。アニメーション制作はdavid production、音楽はRayonsが担当した。
Rayons(レヨンズ)は作曲家・中井雅子のソロプロジェクト。Rayonsの名はフランス語で「光線」「半径」を意味する言葉から採られている。
中井雅子は音大にてクラシック、管弦楽法、ポップス、スタジオワークを習得。卒業後、音源製作活動を開始した。作曲、ストリングスアレンジ、ピアノ演奏等で幅広く活躍する音楽家である。2012年、ミニアルバム「After the noise is gone」でデビュー。2015年にアルバム「The World Left Behind」をリリースした。本作以外の映像音楽作品に、劇場作品「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(2017)、「サヨナラまでの30分」(2020)等がある。
インタビューによれば、中井雅子は中学生の頃から映画を見始め、映画音楽を作りたいと考えて作曲科に進んだそうだ。音大では現代音楽を学ぶ傍ら、バンドに参加してソウルミュージックなどを演奏。クラシックからポップス、ブラックミュージックまで、さまざまな音楽との出会いを経て生まれたのが、クラシックとポップスをミックスしたネオクラシック的アプローチによるデビューアルバム「After the noise is gone」だった。このアルバムに参加したシンガーソングライター・Predawn(清水美和子)は、『サクラダリセット』のサントラにも参加している。
『サクラダリセット』の音楽は非常にシンプルだ。楽器編成は、ピアノ(Rayons)、フルート、クラリネット、5人編成のストリングス、アコースティックベース、ドラムス、パーカッションの11人。これにPredawnのボーカルが加わる。シンプルではあるが貧弱ではない。それぞれの楽器の音色がくっきりと響き、美しく瑞々しいサウンドを奏でる。淡い色彩と柔らかい線で描かれたアニメの映像にフィットする音楽である。厚いオーケストラ音楽やポップス的な音楽では、違った印象になってしまうだろう。絶妙なバランスで世界が成立しているという点でも、『サクラダリセット』にふさわしい。
劇中では、ピアノの音とともに、Predawnのボーカルが耳に残る。ノーブルで透明感のあるピアノと無垢な温かさを伝える女声ボーカル。このふたつが音楽の核になっている。
本作のサウンドトラック・アルバムは、放送から2年経った2019年4月に独立系のFlauレーベルから発売された。アルバム・タイトル表記は「Sagrada Reset soundtrack for the animation」。ジャケットにもインナーにアニメの絵は使われておらず、コメントや曲解説もなし。アーティスト・Rayonsのアルバムとしての性格が強い。アニメ・サントラとしては異色のスタイルだ。
収録曲は以下のとおり。
- テトラポットにて
- もうすでに失ったもの
- ケイについてゆく
- ねたみ・執着・執念/li>
- ケイの決心
- 使命と宿命
- 対峙・対決
- 灰色の記憶
- 悲痛なサスペンス
- ミチル、ごめんね
- 私たちの未来
- サクラダリセット(day time)
- こいごころ
- 野ノ尾さんのところ
- あなたの力になれていますか?
- 後悔・慚愧
- バトル 〜勇壮〜
- 不思議な既視感
- 暗闇をかきわけて
- 桜が満開の庭
- ミチルの世界
- 咲良田の街
- サクラダリセット
- 最終作戦
- 叶えられる願い
- 流れゆく日々
アニメのために作られた楽曲からRayons本人がセレクトした全26曲を収録。
構成はアニメサントラというより、ソロアルバムという感じ。ストーリーをイメージさせる大きな流れはあるが、劇中での使用曲順が再現されているわけではない。選曲も、劇中で使用頻度の高くない曲が選ばれていたり、逆に印象に残る曲が入っていなかったりする。
1曲目の「テトラポットにて」はおだやかなピアノソロから始まる曲。1分を過ぎて、フルート、クラリネット、弦、ベースなどが加わり、豊かなサウンドが広がっていく。劇中ではテトラポッドのある海岸が重要なシーンの舞台になっている。浅井ケイと相麻菫が出会う場所、そして、再会する場所がテトラポッドの上なのだ。アルバムのジャケットにもテトラポッドが並ぶ海辺が描かれている。しかし、この曲、本編で流れた印象はない。Rayonsによる『サクラダリセット』の世界を象徴する曲である。
2曲目「もうすでに失ったもの」は番組のPVにも使われた印象深い曲。ピアノとボーカル、ストリングスによる、はかなく、やさしく、美しい曲である。第2話で春埼美空がケイに協力しようと決心する場面、第7話で回想されるケイと菫の初めての出会いの場面、第19話で菫がケイの家でチキンカレーを作る場面、そして、最終話の夢の世界で菫と春埼が話をする場面など、数々の名場面に流れた。『サクラダリセット』の音楽といえばこの曲を思い出す人が多いのではないだろうか。Predawnのボーカルがとても心地よい。
瞑想的な弦とピアノのアンサンブルから始まるトラック4「ねたみ・執着・執念」はストリングスとピアノによる心情曲。弦の旋律がしだいに激しくからみあい、渦巻く感情を描写する。第1話でケイが春埼に「悲しんでいるのは誰だ?」とたずねる場面、第19話で浴室の扉越しにケイと菫が話す場面、第23話で管理局員の加賀谷がケイの味方につくことを決心する場面など、迷いや苦悩の末にたどりつく決意を表現する曲としてしばしば使われた。
ケイの心情を描写するトラック5「ケイの決心」では、歌もののような魅惑的なメロディがピアノソロで奏でられる。第9話でケイが菫を生き返らせることを決意する場面や第15話でケイが菫に自分の本当の気持ちを打ち明ける場面などに流れた。タイトルどおり、ケイの心に生まれた強い意思を表現する曲である。
トラック6「使命と宿命」は弦とピアノによるメランコリックなナンバー。愁いを帯びたチェロの音色が印象的だ。第9話で菫の死とリセットの関係について春埼とケイが考える場面や第18話で管理局員の浦地が街のすべての能力をなくす計画を進める場面など、能力の意味と存在意義について考える場面にしばしば選曲されている。
トラック7「対峙・対決」は、うねる弦とクラリネット、フルート、パーカッション、ドラムなどがセッションするサスペンス系の曲。トラック9「悲痛なサスペンス」、トラック16「後悔・慚愧」、トラック17「バトル 〜勇壮〜」、トラック24「最終作戦」などとともに、物語後半のケイと管理局との闘いのエピソードを盛り上げた。ネオクラシック的なアプローチで書かれた、本アルバムの中でも聴きどころの楽曲群である。
トラック8「灰色の記憶」はピアノとボーカルによるもの憂い雰囲気の曲。第2話のラストでケイが菫の死を知る場面をはじめ、ケイが菫を思い出す場面やケイと菫が語らう場面などにしばしば使われている。「灰色の記憶」とは「菫の記憶」なのだろう。悲しいともさみしいともつかない、中間色の感情がわきあがってくる複雑な味わいの曲である。こうした、感情をはっきりさせない中間色の曲が本作には多く、それが独特の雰囲気につながっている。
次の「ミチル、ごめんね」もそんな曲のひとつ。薄く流れる弦の音とピアノの淡々としたフレーズが、ほのかな哀感をじんわりと伝える。比較的使用頻度の高い曲だが、必ずしも悲しいシーンに選曲されているわけではない。なんでもない会話の場面にも使用されている。水の中をたゆたっているような気分になる曲である。
ピアノとボーカル、ストリングスによるトラック11「私たちの未来」は、タイトルどおりの希望を感じさせる曲だ。第1話でケイと春埼と菫が校舎の屋上で会話する場面、第10話でケイがよみがえった菫とテトラポッドの上で会話する場面など、未来をイメージさせるシーンでの使用が心に残る。
「サクラダリセット」と名づられたトラック12とトラック23は本作のメインテーマと呼べる曲。トラック12「サクラダリセット(day time)」はピアノソロで、トラック23「サクラダリセット」はピアノにフルート、クラリネット、ストリングス、ドラムなどを加えたジャズバンド・スタイルで演奏される。劇中では「魔女」と呼ばれる未来視能力を持った女性とケイが会話する場面に使われたほか、第21話でケイたちが菫に会うために写真の中の世界に入ろうとする場面など、物語のカギとなる重要な場面で使用された。
第11話で春埼が病欠したケイの見舞いに行く場面に流れた「こいごころ」や猫と意識を共有できる少女・野ノ尾盛夏のテーマ曲「野ノ尾さんのところ」は、本作の音楽の中でも珍しい、明るくユーモアただよう曲。繊細な心情を描くシーンや緊張感ただようシーンが多い本作の中で、こうした曲が流れる場面は貴重である。アルバムの中でもほっとひと息つける時間となっている。夢の世界の少女ミチルをテーマにしたユーモラスでペーソスただようワルツ「ミチルの世界」も特定のキャラクターに寄った個性的な曲のひとつ。
トラック20「桜が満開の庭」も心休まる曲だ。ピアノのアルペジオをバックに、ストリングスが美しく、たおやかな旋律をゆったりと奏でていく。最終話のラスト、夢の世界から目覚めた菫とケイが月光の射し込む部屋で会話する場面に流れたのがこの曲だった。咲良田の街とケイたちの幸せな未来を予感させる、いい曲である。
「もうすでに失ったもの」と並んで筆者がとりわけ気に入っている曲がトラック15の「あなたの力になれていますか?」とトラック26「流れゆく日々」だ。この2曲は同じメロディの変奏で、「あなたの力になれていますか?」はピアノとストリングスで、「流れゆく日々」はピアノとボーカルで演奏される。そのメロディがいい。かすかに哀愁があるけれど、やさしくしみじみと心にしみる、郷愁を感じさせるメロディだ。
「あなたの力になれていますか?」は第8話の魔女の少女時代の挿話や第11話で同級生に励まされた春埼がケイの見舞いに向かうラストシーンなどに使用。「流れゆく日々」はボーカルを抜いたピアノソロ・ヴァージョンもしばしば使用され、ピアノソロからボーカル入りへとつなぐ演出が効果を上げていた。中でも、第16話でケイが春埼に「能力なんかなくても君と会いたい」と告白する場面と第20話で故郷の街に帰ったケイが母親と再会し、自分の名前の意味を知る場面での使用が感動的である。「もうすでに失ったもの」と同じく、Predawnのボーカルがとても心地よい。この曲でアルバムが幕を下ろす構成もすてきだ。
Rayonsの音楽はシンプルだが、とても豊かだ。特定の感情や状況を表現する機能的な(劇伴的な)音楽ではなく、聴く側がさまざまに受け取ることができる多義的な音楽である。音楽そのものだ、と言ってもいいだろう。だから、劇中に流れる曲も映像の意味を限定せず、視聴者の想像をふくらませる。イメージを喚起する音楽だ。
もし、Rayonsが咲良田の街の住人だったとしたら、その能力は音楽を紡ぐことに違いない。このアルバムを聴くと、街の外にいながら咲良田の街に迷い込むことができる。これは、たぶんそういうサントラなのである。
サクラダリセット オリジナル・サウンドトラック (Sagrada Reset soundtrack for the animation)
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