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第325回 クラシカルの意味 〜パリに咲くエトワール〜

 腹巻猫です。3月11日に阿佐ヶ谷ロフトAで開催したトークイベント「劇伴音楽大進撃」の配信アーカイブチケットが3月31日まで販売されています。購入後2週間視聴可能ですので、興味のある方はぜひ! 詳細・購入は下記を参照ください。
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 最近、筆者の周囲で絶賛の嵐なのが、3月13日に公開された劇場アニメ『パリに咲くエトワール』だ。
 監督・谷口悟朗、脚本・吉田玲子、アニメーション制作・アルボアニメーションのスタッフで制作されたオリジナル作品。20世紀初頭のパリを舞台に、日本人の少女2人の友情と夢に挑戦する姿を描く物語である。
 始まりは20世紀初頭の横浜。絵を描くのが大好きな少女・継田フジコは、両親とともに劇場でバレエを観て、その美しさと華やかさに心奪われる。劇場には同じようにバレエに魅せられた少女・園井千鶴がいた。フジコと千鶴は束の間の出会いをする。
 それから5年後。画家をめざすフジコは、パリで叔父が経営する画廊を手伝いながら絵の勉強をしていた。ある日、公園でトラブルに巻き込まれたフジコは、薙刀を手にした黒髪の少女に助けられる。5年前にバレエを観た劇場で出会った千鶴だった。千鶴がひそかにバレエへの想いを抱いていることを知ったフジコは、千鶴がバレエを踊れるよう応援し始める。
 手描きを重視した丁寧で躍動感に富んだ作画、西洋絵画風の美術、パリに住む人々の生き生きとした描写など、魅力の尽きない作品である。本作を評して「世界名作劇場みたい」と言った友人がいたが、たしかに舞台設定や細やかな人物描写などは「世界名作劇場」に近い雰囲気がある。いっぽうで、クライマックスのバレエのシーンや薙刀を使ったアクションシーンなどは劇場作品ならではの作り込みで圧倒される。アニメでしか描けない見どころである。

 音楽は服部隆之が担当。始まってすぐ、「ああ、こういう物語でこういうキャラクターなら、服部隆之以外考えられないな」と思ってしまった。そのくらい、本作にぴったりの人選である。
 服部隆之は1983年から1987年頃までパリ国立高等音楽院に留学していた。父の服部克久も同じ学校に留学している。そして、パリ音楽院は劇中でピアノを弾く少年・ルスランが通っている学校でもある。劇中で描かれた音楽院の建物は服部隆之が通っていた建物と同じだという(1980年代までは残っていたのだ)。パリの空気も街並みも生活も、服部は知っている。パリの香りを作品にただよわせるには、これ以上ない作曲家なのだ。
 もうひとつ。服部隆之はSFアクションものやシリアスで重厚な作品も多く手がけているが、その持ち味が生かされたのはTVドラマ「王様のレストラン」「HERO」「半沢直樹」のような作品だと思う。逆境に負けず、夢と理想を抱いてポジティブに行動するキャラクターを描く作品に、服部隆之の音楽がぴったりはまるのだ。音楽を聴くだけで勇気が湧いてくる。『パリに咲くエトワール』もそんな作品である。
 本作の音楽作りは、劇中に登場するバレエ「ジゼル」の曲を録音することから始まったという。バレエの振付と作画をするためには音楽が先に必要だったからだ。録音はパルテノン多摩のホールを使い、指揮も新国立劇場でバレエの指揮をしている冨田実里が担当した。スタジオ録音の音楽とは異なる空気感や響きが、バレエシーンをリアルに魅惑的に見せている。
 劇中音楽(劇伴)は、谷口監督と音響監督・若林和弘が相談してまとめた音楽メニューをもとに作曲された。
 服部隆之が工夫したことのひとつが、20世紀初頭のパリの雰囲気を音楽で表現すること。服部は多くの曲でアコーディオンを使い「パリらしさ」を演出した。自身がパリにいた経験から言っても「パリはアコーディオンの街」なのだそうだ。いっぽうで、時代が約100年前であることはあまり意識せず、「日本人が思い描くパリ」を感じてもらえるような音楽を書くようにした。フランス近代音楽を代表するドビュッシーやラベルの響きも取り入れた。
 音楽メニューで印象深かったのは「感情を盛り上げすぎない、行ききらないところで抑えるというオーダーが多かったこと」だと服部隆之は語っている(サウンドトラックCDの解説書より)。映画音楽(劇伴)の主要な役割のひとつが、映像で描ききれない登場人物の心情を表現することである。しかし、やりすぎると観客に感情を押しつけることになるし、安っぽい印象を与えることにもなる。本作では、音楽がでしゃばらず、節度をもってキャラクターの心情に寄り添う演出になっている。そのため、上記の「パリらしさ」を表すサウンドも手伝って、とても品のよい音楽になっている。
 品のよい音楽——。筆者が思うに、これが本作の音楽の重要なポイントではないか。この音楽があるから、少女たちのまっすぐなキャラクターが引き立ち、全体にある種の品格がただよう。丹念に作られた映像をより輝かせる音楽になっている。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、2026年3月13日に「劇場アニメ『パリに咲くエトワール』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで、バンダイナムコミュージックライブ/ランティスレーベルからCDと配信でリリースされた。CDは2枚組で、ディスク1が服部隆之による劇伴、ディスク2が劇中に流れるクラシック音楽を収録した内容である(配信版も同じ構成)。
 CDには20ページの解説書がついており、その中に、監督・谷口悟朗、音響監督・若林和弘、音楽・服部隆之の3人によるトークセッション(インタビュー・テキスト:藤津亮太)が収録されている。これを読めば本作の音楽について知りたいことはほとんどわかる(本稿も大いに参考にさせてもらった)。音楽に関心がある人ならCDがお奨めだ。
 ディスク1の収録曲は以下のとおり。

  1. ジゼル 〜Etoile Premiere〜
  2. フジコと千鶴の出会い
  3. ベル・エポックのパリへ
  4. パリの夜は更けて
  5. 襲いかかる3人の男と運命の再会
  6. 園井家の食卓
  7. バレエへの想い
  8. bonne idee
  9. オルガとの出会い
  10. オルガの踊り〜動きだすフジコと千鶴の毎日
  11. 時代はうつりゆく
  12. フジコの新しい生活
  13. 矢島の訪問
  14. 千鶴の想い
  15. 入団審査の日
  16. 道が開けた
  17. 潰える夢
  18. 千鶴の決意
  19. 園井新巴流生徒募集!
  20. これからは宣伝の時代!
  21. フジコと千鶴の新しい生活
  22. 静かなパリの夜
  23. 日々のレッスン
  24. 今の私にできるのは…
  25. 目標に向かって
  26. ルスランのピアノ曲
  27. お披露目の儀
  28. 千鶴がぶつかった壁
  29. 近づく戦争の足音
  30. 役は生きている!
  31. そして初舞台へ
  32. 望まない迎え
  33. 挑戦
  34. ジゼル 〜Etoile eternelle〜
  35. パリに咲くエトワール 〜終曲〜

 劇中で流れた曲を使用順に収録。作品を観た人なら曲名でどんな場面で使われたか想像がつくだろう。
 トラック1とトラック34の「ジゼル 〜Etoile Premiere〜」は、フランスの作曲家アドルフ・アダンによるバレエ音楽である。ディスク2に収録してもよさそうだが、この構成は正解。冒頭のフジコと千鶴が出会う劇場の場面とクライマックスのバレエシーンに流れているのが、この曲なのだ。作品をふり返るサントラとしては、この2曲がなければしまらない。
 先に書いたように、本作の音楽についてはCDの解説書に詳しい。ここからは、筆者が特に気になった曲を紹介していこう。例によって、内容に触れることになるので、未見の方はご承知おきいただきたい。
 トラック2「フジコと千鶴の出会い」は、フジコと千鶴が初めて出会う場面に流れる曲。ピアノとチェレスタがドリーミィな3拍子のメロディーを奏でる。同じメロディが5年後のパリの2人の再会シーンにも流れるので注意して聴いてもらいたい。
 トラック3「ベル・エポックのパリへ」は、フジコがパリを夢見る場面から舞台がパリに移る印象的なシークエンスに流れる曲。幻想的なストリングスの導入部からアコーディオンのメロディ、ピアノとストリングスの高揚感のある曲想へと展開する。服部隆之によれば、フランスの映画音楽作曲家ミシェル・ルグランへのオマージュを込めているという。映画音楽好きなら「なるほど!」とうれしくなる曲だ。
 トラック4「パリの夜は更けて」はパリのメゾン(賃貸アパート)でのフジコの場面に使用。短いながら、本作の音楽の特徴であるアコーディオンの音色が楽しめる。
 トラック5「襲いかかる3人の男と運命の再会」は、フジコが公園でトラブルに巻き込まれる場面の曲。前半は緊迫したアクション。後半はフジコと千鶴の出会いのメロディに変化する。前半にシンセサイザーが使われているのが面白い。本作の音楽は基本的に生楽器中心の編成だが、一部の曲にシンセを使用している。本曲やトラック29「近づく戦争の足音」、トラック33「挑戦」などが印象的。非日常感を強調したいときにシンセの音を使っているようだ。
 トラック8「bonne idee」は、フジコが千鶴のバレエへの夢を応援する妙案を思いつく場面に流れる。上下する弦楽器のフレーズとピアノのメロディに始まり、フルート、クラリネットが加わって、開放感のあるのびやかな曲調に変化していく。曲名の「bonne idee」は英語で「good idea」のことだ。
 トラック9「オルガとの出会い」ではロシアの民族楽器バラライカが使われている。千鶴にバレエを教える女性オルガがロシア人であることからロシアの楽器を使ったのだろう。特徴的な音色でキャラクターを印象づける手法である。
 次のトラック10「オルガの踊り〜動きだすフジコと千鶴の毎日」では、オルガが酒場で踊る場面に流れる現実音楽がフジコと千鶴の日常を描写する背景音楽へと自然に展開していく。場面に合わせて曲想が変化するフィルムスコアリングの醍醐味が味わえる1曲だ。
 トラック12「フジコの新しい生活」は、メゾンを出たフジコがモンマルトルに引っ越す場面に使用された。ゆるやかなテンポで奏でられる、ややメランコリックな舞曲風の曲である。フジコの心境を表現するとともに、モンマルトルの雰囲気を伝える役割も果たしている。こういう曲調の選び方が実にセンスがあっていい。
 トラック18「千鶴の決意」は、作品の中でもとりわけ感動的な場面——千鶴が動き始めた列車から飛び降りる場面に流れる曲。本作の音楽は全体に心情を盛り上げすぎないように書かれているが、この曲はその制約を取り払ったかのように感情のほとばしりが表現される。観客もフジコや千鶴と一緒になって感動してしまう名シーンである。
 トラック19「園井新巴流生徒募集!」とトラック20「これからは宣伝の時代!」の2曲は、フジコと千鶴が薙刀教室の生徒を集める場面に流れるリズム主体の楽しい曲。パーカッションの音色がユーモラスな味を出している。
 トラック21「フジコと千鶴の新しい生活」やトラック23「日々のレッスン」では、ラヴェルを思わせるカラフルな音色の使い方が印象的だ。
 トラック24「今の私にできるのは…」は、本作の音楽の中では珍しく、アコースティックギター主体で演奏される曲。ほかの曲とは異なるサウンドを使うことで、フジコと千鶴の繊細な心情を際立たせている。
 トラック25「目標に向かって」は薙刀教室のメンバーが発表会めざして練習を始める場面に流れる曲。クラリネットが奏でる親しみやすい3拍子のメロディがアコーディオンに引き継がれて、メンバーの気持ちを描写する。映画の本筋とは少しはずれたエピソードだが、こういう場面があることが作品を豊かにする。音楽も同様である。
 トラック26「ルスランのピアノ曲」は、ルスランが作曲したピアノ曲という設定の曲。ルスランが演奏する現実音楽であるが、同時にルスランとフジコの心情を描写する曲にもなっている。劇中の状況を再現するために、わざわざ古いアップライトピアノを使って録音したそうだ。音楽演出の妙を感じさせてくれる曲である。
 トラック30「役は生きている!」は、演技に悩んでいた千鶴が重要なことに気づく場面に流れる曲で、トラック8「bonne idee」と共通する曲想が使われている。フジコと千鶴の出会いの曲もそうだが、本作ではキャラクターよりも状況につけるモチーフがうまく活用されている印象である。
 トラック35「パリに咲くエトワール 〜終曲〜」はピアノとストリングスを主体に奏でられる、タイトルどおりのエピローグの曲。主要登場人物が一堂に会する、「ラストはこうあるべき」と言いたくなる大団円である。ここでタイトルが回収される構成もうまい。本編ではこのあと主題歌「風に乗る」が流れるが、本アルバムはここで幕を下ろす。

 20世紀初頭のパリという舞台設定に合わせて、本作の音楽はクラシカルなサウンドを基調に作られている。クラシカルは「古典的」と訳されることが多いが、大元は古代ギリシャ・ローマの伝統的・正統的なスタイルや格式の高さを表す言葉だ。本作の音楽もある種の格式高さを映画に添えていると思う。ちょっと背筋を伸ばしたくなるような品のよさが、作品を美しく、気持ちのよいものにしている。
 筆者の希望を書かせていただくなら、こういう作品こそ、シネマ・コンサートで上演してほしい。生オーケストラの演奏とともに観ると最高の作品だと思うから。

劇場アニメ『パリに咲くエトワール』オリジナル・サウンドトラック
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