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第316回 日常の音楽 〜ホウセンカ〜

 腹巻猫です。YouTubeで配信されているWebアニメ『ぷちきゅあ〜Precure Fairies〜』のテーマソングアルバムが10月29日にリリースされました。主題歌のほかにBGM約30曲も収録。構成は腹巻猫が担当しました。本家のプリキュアシリーズとはひと味違う、可愛い音楽満載です。ぜひお聴きください!
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 今回取り上げるのは、今年(2025年)10月に公開された劇場アニメ『ホウセンカ』の音楽。劇中の展開に踏み込んで紹介することをあらかじめお断りしておく。

 『ホウセンカ』は、TVアニメ『オッドタクシー』(2021)を手がけた此元和津也(脚本)と木下麦(監督)のコンビによるオリジナル作品である。企画・制作を、劇場アニメ『映画大好きポンポさん』の制作スタジオ・CLAPが担当した。
 阿久津実は30年以上収監されている無期懲役囚。今は年老いて死が近づいていた。その阿久津に、鉢植えのホウセンカが声をかけてくる。阿久津はホウセンカを相手に昔話を始めた。
 1987年、しがないヤクザの阿久津は子連れの女・那奈と所帯を持ち、小さなアパートで暮らし始めた。庭にはホウセンカが咲いていた。阿久津はきわどい仕事に手を出し、羽振りがよくなったが、バブル崩壊とともにうまくいかなくなる。そんなとき、大金が必要になった阿久津は兄貴分の堤に誘われ、組の金庫から金を強奪する計画に手を貸してしまう。その結果、監獄に入ることになったのだ。それから30年余り。アパートを離れ、身を隠していた那奈からの伝言をホウセンカが届けに来た。
 「いいアニメを観た」というより、「いい映画を観たなあ」と思った作品だ。よく練られた脚本と自然体の演技と計算された演出がみごとにかみ合って、50〜60年代の日本映画を観るような趣があった。「アニメでなくても成立するのでは?」という思いも頭をかすめるが、ホウセンカがしゃべる姿を違和感なく見せるには、やはりアニメが最適だったのだろう。

 音楽は3人組のバンド〈cero〉が担当。メンバーの高城晶平、荒内佑、橋本翼のそれぞれが、作曲、アレンジ、プロデュースも行うバンドである。バンドとして映画音楽を担当するのは本作が初めてだそうだ。
 作品を観て気がつくのは、音楽が流れる場面がきわめて少ないこと。サウンドトラック・アルバムは、オープニングテーマとエンディングテーマを含む13曲入り。映画音楽として作られた曲は、これですべてらしい。劇中音楽は11曲。90分の劇場アニメとしては、かなり少ない。
 しかし、観ているあいだはそのことに気づかなかった。音楽が自然に物語に溶け込んでいるからだ。ありきたりの作品なら音楽でサスペンスを盛り上げるような場面も本作では淡々と描写される。音楽を控えめにすることで臨場感と緊張感を生む。黄金時代の日本映画にしばしば見られる演出である。
 Webサイト「音楽ナタリー」に掲載されたインタビュー(https://natalie.mu/music/pp/housenka)によると、木下監督は本作の音楽について、「静かな物語なので、音楽も静かで品のあるものにしたい」と考えたそうである。「儚さ」「虚しさ」「瞬く間」「美」というキーワードをもとにceroに作曲を依頼した。
 結果、一般的な劇場アニメの音楽とはだいぶ印象の異なるものができあがった。静かで儚い曲調の、環境音楽的・ミニマル的とも呼べる音楽である。シーンを盛り上げるよりも、ただそっとそこにあるような音楽だ。その控えめな曲調が本作とみごとにマッチしている。
 サウンド的には、アコースティック楽器を中心にしたミニマムな編成で作られているのが特徴。そして、インタビューでも語られているが、楽器が出すノイズ的な音を取り入れ、生活音のように音楽の中に潜ませているのが印象的だ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、2025年10月8日に「ホウセンカ Original Soundtrack」のタイトルでポニーキャニオンからリリースされた。CDと配信があり、内容は同じである。
 収録内容は以下のとおり。

  1. Moving Still Life
  2. サルビア 家族
  3. ウツボカヅラ 絡みつく視線
  4. ヒヨドリジョウゴ すれ違い
  5. チューベローズ 快楽
  6. ユウガオ 罪
  7. ツバキ 覚悟
  8. カサブランカ 裏切り
  9. アネモネ 薄れゆく希望
  10. シオン 追憶
  11. アヤメ 伝言
  12. ホウセンカ 私に触れないで
  13. Stand By Me feat.角銅真実

 劇伴として書かれたトラック02〜12には、花の名のタイトルがつけられている。花の名に続くワードは、その花の花言葉だ。曲が流れるシーンを花言葉で象徴的に表現しているのだろう。この独特の曲名のおかげで、本アルバムは花をテーマにしたコンセプト・アルバムとして聴くこともできる。
 トラック1の「Moving Still Life」は、本作のオープニング主題歌。一緒に暮らし始めた阿久津と那奈がアパートの庭の向こうに上がる花火を見るシーンに流れている。劇中では花火の開く「ドン、ドン」という音と重なって聞こえ、生活に溶け込んだ音楽になっている。
 トラック2の「サルビア 家族」は、若き阿久津と那奈の日常に流れる曲。ピアノとクラリネット、ビブラフォンのシンプルな編成で奏でられる、なにげない日常を彩る音楽だ。
 トラック3「ウツボカヅラ 絡みつく視線」では、フルートが奏でる短いフレーズの連続が、阿久津と那奈の日常に忍び寄る不穏な気配をさりげなく表現する。あからさまなサスペンスではないが、日常の中の違和感、気になる感じを表現する曲である。
 フルートとハーモニックパイプ(振り回して音を出すホースのような楽器)を使ったトラック4「ヒヨドリジョウゴ すれ違い」は、音楽とも効果音ともつかない、ふしぎな曲。しだいに気持ちがすれ違っていく阿久津と那奈の日々を、風のような音が描写する。音楽よりも音響と呼ぶほうがしっくりくる、ユニークなアプローチの曲だ。
 阿久津が遊ぶ店のBGMとして使われたトラック5「チューベローズ 快楽」に続いて、トラック6「ユウガオ 罪」はアコースティックギターをメインにした映画音楽らしい1曲。那奈に息子・健介のことを相談された阿久津が、冷淡な返事を返す場面に流れている。年老いた阿久津が過去をふり返ったときに感じる罪悪感を表現する、しみじみと曲である。
 次のトラック7「ツバキ 覚悟」も映画音楽らしい1曲だ。弦のピチカートとピアノのリズムに不協和音を鳴らす弦合奏が重なり、堤が阿久津を犯罪に誘うシーンがスリリングに描写される。音楽ナタリーのインタビューによれば、このシーンでは木下監督から「もっとサスペンスを強めたい」という要望が出て、ceroが何度か曲を書き直したそうである。映画をエンターテインメントとして成立させるためには必要な演出であり、音楽だったのだろう。
 堤と阿久津が大金強奪を実行する場面のトラック8「カサブランカ 裏切り」では、「ツバキ 覚悟」よりもアンビエントな(環境音楽っぽい)音作りがされている。暴力的なシーンにあえて静かなサウンドを当てる、実写映画っぽい音楽演出だ。
 阿久津はひとりで罪をかぶり、無期懲役の刑を受けて収監される。阿久津がそのいきさつをホウセンカに語る場面の曲がトラック9「アネモネ 薄れゆく希望」。コントラバスのピチカートとシンバル、アコースティックギターなどによるシンプルな音楽が、阿久津の置かれた状況を冷静に表現している。
 阿久津が30年余りの獄中生活を回想する場面に流れるのは、エレピがリリカルに奏でるトラック10「シオン 追憶」。孤独な長い日々を静かに描写する、しっとりとした曲である。悲哀感を強調しない抑制の効いた音楽が、時の長さと阿久津の心情を想像させる。ほかの曲との音色の違いが効果的で、うまいなあと思うシーンだ。
 トラック11「アヤメ 伝言」は、阿久津がホウセンカから那奈の伝言を受け取る場面の曲。ピアノとシンセ、クラリネットが奏でる静かな音楽が、ほのかな希望を感じさせる。シンセの音がメルヘンティックに響いて、本作のファンタジックな一面を表現しているようである。
 ラストシーンに流れるのは、ピアノと弦楽器によるトラック12「ホウセンカ 私に触れないで」。年老いた那奈が息子の健介と語らう場面に使われている。感動的に盛り上げる曲調ではなく、日常に溶け込む環境音楽のように奏でられる。それが本作らしくていいし、心地よい余韻を残す。

 『ホウセンカ』の音楽は、意欲的なサウンドトラックとしても聴けるし、ちょっと風変わりなアンビエント・ミュージックとしても聴くことができる、個性的な作品だ。
 実は本作には、アルバムに収録された曲以外にもユニークな音楽が聴けるシーンがある。
 アパートで暮らし始めたばかりの阿久津と那奈が、身近にある食器や道具を使って音楽を奏でるシーンである。「ストンプ(STOMP)」と呼ばれるパフォーマンスを思わせるシーンだ。ほかのシーンでは、那奈と幼い健介が同じようにして音楽を奏でている。日常の生活や動作から生まれる音がそのまま音楽になる。本作がめざしたのは、そんな音楽ではないだろうか。発想を変えれば、いつでも音楽は聞こえてくるのだ。

ホウセンカ Original Soundtrack
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