腹巻猫です。今年はアニメ制作会社・日本アニメーションの創業50周年。それを記念して、さまざまな企画が動いています。
7月8日、日本アニメーション作品の劇伴音楽を紹介するWebサイト「NICHI-ANI Classics」が開設され、サウンドトラック音源を配信でリリースする企画が発表されました(配信自体は7月1日から始まっています)。
NICHI-ANI Classics公式サイト
https://sites.google.com/view/nichi-aniclassics
劇伴音楽配信の第1弾として選ばれたのは、『みつばちマーヤの冒険』(1975)、『ピコリーノの冒険』(1976)、『トンデモネズミ大活躍』(1979)の3タイトル。いずれも劇伴は初商品化となる作品ばかりです。
注目すべきは、これがレコードメーカーからの配信ではなく、日本アニメーション主体の配信であること。アニメ制作会社が自主的に過去作品のサントラ音源を配信しようという意欲的な試みなのです(一種の自主レーベルですね)。主要配信プラットフォームで聴けるので、ぜひアクセスしてみてください。
筆者はこのプロジェクトに、配信タイトルの選定、音楽集の構成・解説などで協力しています。「NICHI-ANI Classics」の開設を記念して、当コラムでは配信第1弾の3タイトルを順に取り上げていきたいと思います。
今回取り上げるのは、1975年に放送されたTVアニメ『みつばちマーヤの冒険』。ドイツの作家ワルデマル・ボンゼルスの児童文学をアニメ化した作品だ。
古城の下にあるみつばちの国に生まれたマーヤは、好奇心旺盛で活発な女の子。城の周囲の花畑の外には出てはいけないと言われていたが、未知の世界へのあこがれを抑えることができないマーヤは、ある日、掟を破って外の世界へ飛び出していく。旅の仲間はのんびり屋のみつばちの男の子ウィリーとマーヤを心配してついていくバッタのフィリップ。マーヤたちの行く手には広大な自然と、さまざまな生きものたちが待っていた。困っている昆虫を助けたり、逆に凶暴な生き物に襲われたりしながら、マーヤは冒険の旅を続けて行く。
マーヤとウィリーとフィリップのユーモラスなやりとりが楽しい作品である。現在のTVアニメではほとんど見られなくなった、やわらかい描線の作画がいいし、瑞々しい自然を水彩画風に描いた井岡雅宏の美術がまたいい。しかし、ほのぼのしたメルヘンタッチの作品というわけでもない。厳しい弱肉強食の世界が描かれたり、種の違いを超越した友情の物語があったり、神秘的な花の妖精が登場したりと、バラエティに富んだエピソードが展開する。たまに深く考えさせるエピソードもある。子ども向けとあなどれない、多様な魅力にあふれた作品なのだ(それは原作も同じ)。
音楽は大柿隆が担当。大柿は1960年代にいずみたくが設立したオールスタッフ・プロダクションに所属し、いずみたくが作曲した歌謡曲の編曲などを手がけていた。TVアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』第1期・2期の主題歌のアレンジも大柿隆によるものである。
筆者の勉強不足で大柿隆の詳しいプロフィールはわからなかったが、彼が作・編曲した作品から、ジャズと管弦楽を学んだ人であることが推測できる。1972年にビクターから発売されたイージーリスニング・アルバム「いそしぎ/ファンタジック・サウンドへの誘い」で、大柿が片面6曲を編曲している(ちなみにもう片面は『空手バカ一代』の音楽を手がけた小谷充が担当)。それを聴くと、大柿隆が『宇宙戦艦ヤマト』の宮川泰サウンドに通じるような、カラフルでムーディなポップ・オーケストラのスタイルを得意としていたことがわかる。
『みつばちマーヤの冒険』の音楽にも、そのポップ&ジャジーな持ち味が生かされている。短い曲でも耳に残るキャッチーなメロディ、そのメロディを生かすシンプルで効果的なアレンジ。これは60〜70年代の歌謡曲で活躍した作・編曲家に共通して見られる特徴だ。ジャズ、ロック、クラシカルと多彩な曲調を操る、当時の歌謡曲のアレンジャーの技量おそるべしである。
『みつばちマーヤの冒険』では2回に分けて約140曲もの音楽(劇伴)が作られた。その中には主題歌のメロディ(「みつばちマーヤの冒険」「おやすみマーヤ」)をアレンジした曲もいくつか(6曲)あるが、大半はオリジナルのメロディで書かれている。そのメロディの豊富さも驚くべきところである。
今回配信された「音楽集」では、約140曲の劇伴の中から85曲を選んで構成した。
「NICHI-ANI Classics」の作品紹介ページ(下記)では、配信音楽集の簡単な解説が掲載されている。配信アルバムでも解説が付いているのがこのプロジェクトの特徴(売り)なのだ。構成意図や曲の流れはその解説に書かれている(筆者が書いた)ので、ここでは解説に書ききれなかったことを補足しながら、聴きどころを紹介しよう。
「みつばちマーヤの冒険音楽集」紹介ページ
https://sites.google.com/view/nichi-aniclassics/home/mitsubachi_maya_no_boken
トラック1「さわやかな風」はリコーダーのメロディによる短い曲。1曲目に『マーヤ』を知らない人にも興味を持ってもらうようなフックになる曲を入れたいと考え、この曲を選んだ。本作にはリコーダーを使った曲が10曲くらいあり、その素朴で愛らしい音色が『マーヤ』の世界観を象徴しているようだ。
トラック2に収録した「みつばちの国」は、第1話でみつばちが蜜を集める場面に流れた曲。軽やかに動くストリングスのメロディが元気に働くみつばちの様子を表現する。アルバムの序盤に勢いのある曲を入れようという意図で収録した。
続いてオープニング主題歌をアレンジした「マーヤの誕生」(トラック3)。タイトルどおり、第1話のマーヤ誕生シーンに流れた曲である。前半のおだやかな雰囲気から、後半は軽快な曲調に転じ、マーヤが元気に飛び立つイメージが広がる。なお、本作に限らず、今回配信開始したアルバムには主題歌の歌入りは収録されていない。劇伴とは権利が異なるためなのでご容赦いただきたい。
トラック13「旅立ち」は第4話のラスト、マーヤの旅立ちの場面に流れた曲。ストリングスのメロディが大空を飛ぶ心地よさを表現し、聴いている方も爽快な気分になる。中盤で故郷を思い出すようなリリカルなメロディが登場するところもいい。
次のトラック14「大空を自由に」も「飛翔」をイメージした曲。花畑や草原の上をくるくると飛び回るマーヤの姿が目に浮かぶようだ。
アルバム後半に収録したトラック44「知らない世界へ」、トラック45「希望の空」、トラック82「よろこびの飛翔」なども、未知の世界へ羽ばたくマーヤを応援するような躍動感のある曲である。
本作の音楽の魅力のひとつが、個性的な昆虫や生き物を描写する音楽。第5話のフンコロガシのシーンに使われた「葉っぱの下の力持ち」(トラック18)、第11話のミミズのシーンに流れた「ゆかいな仲間」(トラック19)、第14話のハサミムシの子どもたちのシーンをかわいく彩る「元気な子どもたち」(トラック21)、第5話や第13話などのアリの行進シーンに流れるファンキーな「アリの行進」(トラック22)など。聴いていて「なるほどなー」と思ってしまうユーモラスな表現が楽しい。
「マーヤのマーチ」(トラック33)、「進めや進め」(トラック34)、「意気揚々」(トラック35)の3曲は、第22話「マーヤの一日隊長」のために書かれた曲。ほかのBGMとはMナンバーの体系が分けられている。おそらく映像か絵コンテを見て書かれたのだろう。これらの曲は、その後のほかのエピソードでも使用された。
大柿隆が『ゲゲゲの鬼太郎』の主題歌アレンジを手がけたことはすでに紹介したが、その『鬼太郎』のBGMを思わせるようなサスペンス曲もある。
「忍びよる影」(トラック23)、「つのる不安」(トラック24)、「危ない!マーヤ」(トラック25)などは、『鬼太郎』の妖怪出現シーンの音楽を思わせる不気味な緊迫曲。アルバムの後半にも、「物陰からドッキリ」(トラック50)、「こわいものが出た!」(トラック51)など、同様のサスペンス曲を収録している。「『マーヤ』にはこんな曲もあるんだ!?」と驚き、感激してもらえたらうれしい。
また、本作にはヒーローもの的な勇ましい曲もある。
トラック26「草原の風来坊」はトランペットのメロディがカッコいいマカロニウエスタン風の曲。残念ながら本編では未使用。
アルバム終盤に収録したトラック76「勇気の槍を手に」は、力強いリズムとエレキギターのメロディによる勇壮な曲。これも本編未使用曲。
次のトラック77「スズメバチをやっつけろ」は、最終回(第52話)のスズメバチ対蜜蜂の決戦場面に流れた、強い決意と勇気をイメージさせる曲。曲調が変わる中間部のピアノのバッキングがクールだ。
最後に筆者好みの美しい曲、抒情的な曲をまとめて紹介しよう。
トラック15の「あこがれ」はリコーダーやストリングス、ピアノなどが奏でる曲。可愛らしい前半から後半は大きくうねるストリングスのメロディになる。外の世界を知りたいと願うマーヤの気持ちを表現する曲である。
トラック28「マーヤのやさしさ」も途中で表情が変わる曲。始めはオーボエのやさしいメロディ、中間部はフルートによる情感豊かな曲調に変化する。ふたたびオーボエのメロディに戻ってコーダとなる。第18話でマーヤが自分を食べようとしたカエルの無事をよろこぶ場面に流れた曲だ。同様の曲調は、トラック40の「夕暮れの空」でも聴くことができる。
トラック56「すてきな花畑」は第24話でセミたちが奏でる音楽として使用された弦合奏の曲。第40話で春を夢見ながら眠るマーヤの場面にも使われた優雅な曲だ。
素朴なメロディがフォークソングを思わせるトラック64「枯れ葉の季節」、哀愁たっぷりの歌謡曲風のトラック65「冬を前に」とトラック66「雪景色」、フランス恋愛映画を思わせるトラック67「センチメンタル」。このあたりは、たぶん大柿隆が歌謡曲やポップスのアレンジで慣れ親しんだ曲調なのだろう。『マーヤ』にはこんな曲が似合うシーンもあるのである。
トラック69「花の妖精」は女声コーラスを使ったファンタジックな曲。花の妖精が登場するエピソードである第30話で使用された。実は花の妖精のテーマとして女声コーラスの曲がもう1曲流れるのだが、その曲は音楽テープに見つからず、収録できなかった。
トラック79「マーヤもの想い」は、ストリングスとビブラフォン、フルートなどによる抒情的な曲。夜、葉っぱの中で休むマーヤの場面などに使われている。
トラック80「美しい心」は、マーヤと大自然の生きものたちとのあいだに芽生えた友情や感謝の気持ちを表現する曲。チェロがリードする弦楽器のメロディが心に沁みる。
次のトラック81「仲間たちといっしょに」はマーヤと昆虫たちとの交流の場面によく流れた曲。リコーダーとオーボエの音色が印象的な味わいのある曲だ。
トラック84「愛のぬくもり」はストリングスとギターによる、しっとりとしたエンディング曲。第30話でマーヤが人間の少年たちの愛情あふれる行動を目撃する場面に流れており、曲名はそのシーンにちなんでつけた。
ラストに収録したのはエンディング主題歌アレンジの「マーヤの夢」。ドリーミィなサウンドはエンディングにぴったりだ。
実のところ、筆者は『みつばちマーヤの冒険』の音楽をそれほど意識したことはなかった。が、今回、音楽集を構成するために本編を通して観て、音楽の豊かさに驚いた。現代のアニメ音楽のような緻密で洗練されたサウンドではないかもしれないが、70年代ならではの親しみやすさと、素朴なあたたかさがある。その背景にはきっと「子どもたちに良質の音楽を」という想いがあったのだろう。筆者もその意を汲んで構成したつもりである。
「みつばちマーヤの冒険音楽集」はサブスクでも聴けるので、ほかの用事をしながらでもいいから、ぜひお聴きいただきたい。そして、「NICHI-ANI Classics」という野心的な試みをぜひ応援してほしい。次の作品の配信につなげるためにも。
みつばちマーヤの冒険音楽集
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