腹巻猫です。犯罪捜査を題材にしたミステリーものの音楽にジャズやロックが使われるようになったのはいつからでしょう? 劇場作品では50年代の犯罪サスペンス「死刑台のエレベーター」あたりが原点で、60年代の「夜の大捜査線」や70年代の「黒いジャガー」「ダーティハリー」などでイメージが固まったと思います。
日本では、60年代のTVドラマ「七人の刑事」で山下毅雄が渋いジャズを聴かせ、同じ作曲家によるTVアニメ『わんぱく探偵団』(1968)がそのサウンドを継承しました。70年代に入ると、TVドラマ「太陽にほえろ!」のロックサウンドが刑事ドラマ音楽のイメージを一新。こちらも同じ作曲家(大野克夫)によるTVアニメ『名探偵コナン』がサウンドを受け継いでいます。今回は、そんなミステリーサウンドの系譜につながる作品、『天久鷹央の推理カルテ』を取り上げます。
『天久鷹央の推理カルテ』は2025年1月から3月まで放映されたTVアニメ。知念実希人による人気ミステリー小説を、監督・いわたかずや、アニメーション制作・project No.9のスタッフで映像化した作品である。4月からは橋本環奈主演によるTVドラマ版も放映されている。
天医会総合病院の統括診断部部長を務める天久鷹央は、超人的な記憶力と知性を持つ天才医師。小柄で童顔のため少女に間違えられることもあるが、ほかの医師が診断困難とした患者の病因をつきとめ、警察も手に負えない事件の真相を暴いていく。いっぽうで鷹央には他人の感情を理解できない欠点があり、そのせいで人に嫌われたり、もめごとを起こしたりすることもしばしば。そんな鷹央のもとに、今日も不可解な患者や事件が持ち込まれる。
診断に特化した医師が探偵役の医療ミステリーである。医院の屋上に家を建てて暮している主人公・天久鷹央のキャラクターが強烈で、多少展開に無理があっても許してしまう。
音楽は3人組のジャズロックバンド、fox capture planが担当。以前当コラムで取り上げた『青春ブタ野郎』シリーズでは青春ものらしいリリカルな曲が多かったが、本作では本領発揮とも言えるジャズ&ロックスタイルの曲をたくさん提供している。fox capture planが音楽を手がけたドラマ「ブラッシュアップライフ」や「コンフィデンスマンJP」などのサウンドが好きな人にはたまらない音楽だ。
fox capture planのピアニスト・岸本亮は本作の音楽について、「鷹央が推理しているときの脳内を音楽でどう表現するか」にこだわったとコメントしている(アニメ公式サイトより)。鷹央は感情をあらわにするキャラではないから、何を考えているのか、映像だけではわかりづらい。鷹央のキャラクター描写を助けているのが音楽だ。たとえば、鷹央が謎を解き、真相にたどりつくシーンによく使われた曲「Q.E.D.」は、鷹央の頭の中でなにが起こっているかを視聴者に想像させる音楽になっている。
サウンドトラック・アルバムの解説書に掲載されたfox capture planのインタビューによれば、本作ではエレキギターを使った曲があるのが特徴だとのこと。fox capture planにはギタリストがいないので、ふだんギターを使う曲はあまり書かないのだそうだ。エレキギターはメインテーマ「天久鷹央」でもフィーチャーされていて、鷹央のキャラクターを印象づけるサウンドになっている。
ほかには、探偵ものらしいオーソドックスなジャズの曲が聴けるのも楽しいところ。ミステリーにはやっぱりジャズだろう。そう考えるサントラファンの期待を裏切らない音楽である。
本作の音楽の大きな特徴のひとつに、曲数の少なさがある。
サウンドトラック・アルバムに収録された音楽は全28曲。筆者がチェックしたところ、劇中で流れた曲はほぼすべてアルバムに収録されている。昨今は1クールの作品でも40曲くらい劇伴を作るのがふつうだが、おそらく本作では30曲程度しか作っていないのではないか。少ない曲数での音楽演出を可能にしたのが、音楽の作り方と使い方である。
まず音楽の作り方について。本作の音楽では、たとえば同じメロディを2回くり返す場合、ジャズの演奏でよくあるように2コーラスめのメロディをくずしたり、アドリブを入れたりして変化をつけている。その特徴を生かして、劇中では前半と後半を使い分けて別の曲のように聴かせている。また、同じ楽曲のミックス違いを用意することでバリエーションを増やし、音楽演出の幅を広げている。
次に音楽の使い方について。本作では1回の話数で使用される劇伴の曲数が少ない。だいたい1話あたり10曲程度で、エピソードによっては5、6曲の場合もある。べったりと音楽を流さず、映像をじっくり見せ、セリフを聴かせる、実写のドラマを思わせる演出になっている(TVドラマ版は逆に音楽が多すぎるくらい)。また、本作のストーリーは1〜3話でひとつの事件が解決するスタイル。基本的なフォーマットが決まっているので、「こういう場面にはこの音楽」という定番の音楽演出がある。その代表が先に上げた、鷹央が真相をつかむシーンに流れる「Q.E.D.」である。定番の音楽演出には、聴きなじみのある曲で視聴者の心を高揚させる効果もある。おそらくスタッフは、この作品なら、いたずらに曲数を増やす必要はないと考えたのだろう。少し話がずれるが、『機動戦士ガンダム』(1979)だって劇中でよく使われた音楽は30曲くらいしかないのである。それがかえって1曲1曲の印象を強めることになった。劇伴って、そういうものでよいのではないか、と思う。
本作のサウンドトラック・アルバムは「『天久鷹央の推理カルテ』Original Soundtrack」のタイトルで、2025年3月26日にアニプレックスから発売された。CDの解説書にはfox capture planのインタビューが掲載されている。
収録曲は以下のとおり。
- 天久鷹央
- My mood
- 1年目の研修医
- 捜査
- 原因
- 救急要請
- 懐疑心
- 緊迫
- Q.E.D.
- Dr. Sherlock
- 鷹と小鳥
- 一件落着
- 蘆屋炎蔵
- 呪いの墓
- 不可解
- 医師として
- 致命的問題
- 終幕
- 正体
- 逃がすな!
- 救った命
- 胸の内
- 空虚
- Silent Night -Ameku Takao’s Detective Karte Ver.-
- 願い
- Good night emotional wounds
- SCOPE -Anime Instrumental Ver.-
- will be fine feat.Anly -Anime Instrumental Ver.-
歌は未収録で、すべて劇伴音楽で構成されている。
曲順は、本編使用順にこだわらず、本作の全体的なイメージを音楽で再現した印象だ。
トラック1「天久鷹央」は本作のメインテーマ。ドラムのリズムを導入にエレキギターがワイルドなフレーズを奏でる。オルガンが加わって、ロック調のノリのよい演奏が展開する。天久鷹央のキャラクターを表現した勢いのある曲だ。劇中では第1話の鷹央の登場シーンなどに使用されている。
トラック2〜トラック12は、よく使われるおなじみの曲を並べた構成。
トラック2「My mood」は「鷹央が自分の部屋で聴いている音楽」という設定の曲。ピアノトリオによる軽快なジャズだ。fox capture planのコメントによれば、自分たちの本来のスタイルは抑えて、作品世界の中のジャズトリオが演奏した曲というイメージで演奏したとのこと。
トラック3「1年目の研修医」は鷹央にあこがれる研修医・鴻ノ池舞のテーマ。ユーモラスなシンセの音を使ったほのぼのした曲だ。
トラック4「捜査」とトラック5「原因」は、不可解な事件が起こって警察や鷹央が捜査を進める場面によく使われた曲。緊張感と不安感ただよう曲調がミステリーの雰囲気を盛り上げている。
トラック6「救急要請」は歯切れのよいフレーズの連続で緊迫感と焦燥感をあおる曲。医療ドラマ「救命病棟24時」などを思わせる曲調がカッコいい。
トラック7「懐疑心」とトラック8「緊迫」は毎回のように使用された不安曲。じりじりと心を圧迫するような曲調が、謎が深まる場面や事態が急展開する場面などに効果を上げていた。
トラック9「Q.E.D.」は、すでに紹介したように、鷹央が事件の真相に気づく場面に流れた定番曲。鷹央の頭の中で脳のシナプスが発火し、推理がフル回転する。そんなイメージをスリリングなピアノとエレキギターのアンサンブルで表現し、謎が解ける瞬間をドラマティックに演出している。
次のトラック10「Dr. Sherlock」は、鷹央が関係者を集めて事件の謎解きをする場面によく流れた曲。ピアノとストリングスを主体にした軽快な曲調で真相が明らかになっていくカタルシスを表現している。「Q.E.D.」とセットで使われる印象だ。
トラック11「鷹と小鳥」は鷹央の下に配属された医師・小鳥遊(たかなし)優の登場シーンによく流れた日常曲。エフェクターを効かせたギターのフレーズとのんびりしたリズムが緊張感をほぐしてくれる。続くトラック12「一件落着」も、事件が終わったあとの平和なひとときを描写する、リラックスしたジャズの曲である。
トラック13「蘆屋炎蔵」とトラック14「呪いの墓」は、陰陽師の墓にまつわる奇怪な事件を描いたエピソード第4〜6話で使用された和風の曲。三味線や笙の音が歴史を感じさせるとともに、不穏な雰囲気もかもしだす。fox capture planには珍しいタイプの音楽である。
トラック15〜21は、特定のエピソードにフォーカスしたというよりも、ふたたび本作全体の雰囲気を再現した構成。
ギターを使ったミステリアスな曲「不可解」(トラック15)に続いて、ピアノとストリングスによる沈んだ曲調の「医師として」(トラック16)が、鷹央と小鳥遊が感じる無力感や苦い思いを描写する。
トラック17の「致命的問題」は、鷹央と対立する院長・天久大鷲をイメージした曲で、第7話で大鷲が統括診断部の廃止を決めようとする場面に使用された。
メランコリックな曲想のトラック18「終幕」はすっきりしない幕切れを思わせる曲。まだ事件は終わらず、軽快な曲調で鷹央の謎解きを描写する「正体」(トラック19)とアップテンポの追跡曲「逃がすな!」(トラック20)が、アルバムの終盤を盛り上げる。
ストリングスがやさしく奏でる「救った命」(トラック21)は、ようやく訪れた大団円に流れる曲だ。
これでアルバムが終わってもおかしくない。が、まだ聴きどころが残っている。
トラック22〜26は、第8話と第9話で描かれた「天使の舞い降りる夜(前編・後編)」で使用された曲で構成されている。小児科病棟に入院した少年たちに起きた事件と彼らの友情を描くエピソードである。本アルバムの中でもとりわけエモーショナルな曲が並んだブロックだ。
鷹央と難病の少年・健太との回想シーンに流れる「胸の内」(トラック22)、鷹央の健太への複雑な想いを描写する「空虚」(トラック23)。いずれも繊細なピアノソロの演奏で、鷹央にも人間的な弱さがあることを伝える重要な曲である。
トラック24の「Silent Night -Ameku Takao’s Detective Karte Ver.-」は、「きよしこの夜」をfox capture plan流にアレンジした曲。劇中で流れる現実音楽であると同時に、鷹央が表に出さない心情を表現する役割も果たしている。
トラック25「願い」は鷹央と健太の交流のシーンに流れたピアノソロ。しみじみとした、あたたかい曲調が心にしみる。
トラック26「Good night emotional wounds」は、トラック2の「My mood」と同じく、鷹央が自分の部屋で聴いている音楽という設定で書かれたジャズの曲。第9話のラストシーンに使用された。
本編ではこのあと、第10〜12話で描かれる最後のエピソードが続くのだが、アルバムとしては、ここでエンディングになる。第8・9話の印象を残して終わるのは後味がよいので、いい構成だ。
トラック27と28は、それぞれオープニング主題歌とエンディング主題歌のインストルメンタル・バージョン。ボーナストラック的な配置だが、劇中でもしっかり使われている。
トラック27「SCOPE -Anime Instrumental Ver.-」は第1話をはじめ、鷹央の部屋のBGMとしてたびたび使用されていた。トラック28「will be fine feat.Anly -Anime Instrumental Ver.-」は最終回(第12話)で使用されているから、アルバムの締めくくりとしてはぴったりだ。
『天久鷹央の推理カルテ』のサントラ盤は、ジャズ・ロックを使ったミステリーサウンドの系譜を現代に受け継ぐ好アルバムである。ピアノ、ベース、ドラムスというピアノトリオの編成で結成されたfox capture planは、このスタイルの音楽にぴったりのバンドだと思う。この路線はぜひ続けてもらいたいし、せっかくバンドなのだから、劇伴のライブもやってほしいなあ〜。
「天久鷹央の推理カルテ」Original Soundtrack
Amazon