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芝山努さんの仕事の話
第二回 もりたけし(演出家)[前編]

本郷 今日は芝山さんとの仕事の関わりを中心にお聞きしたいと思っています。もりさんが最初に絵コンテ・演出をやったのは1988年の『燃える!お兄さん』で。

もり そうです。

本郷 その1~2年前に亜細亜堂に入社ですか。

もり 1985年の12月に動画の研修で入って。初めて芝山さんにお会いしたのはその頃ですね。研修の課題の動画をやって、当時の重鎮にあいさつ代わりに見ていただくんです。それが、山田(みちしろ)さんから始まって、須田(裕美子)さん、小林(治)さん、河内(日出夫)さん、芝山さんだったかな。順番は違っているかもしれないですが。芝山さんと最初に会ったのがその時ですね。

本郷 その時の芝山さんの印象はどうでしたか。

もり やっぱ巧い。巧いのは当たり前ですけど、巧い上に飄々とされている。

本郷 そういうところはあるかもしれないですね。

もり その後、動画を1年やって原画。『きまぐれオレンジ★ロード』の12話で初めて原画になったんです。当時の亜細亜堂って動画部屋が3階だったじゃないですか。2階が芝山さんや小林さんのいらっしゃる原画部屋。それで1階が制作室だった。それとは別に2スタもありましたけど。僕が原画になったのは、多分87年の1月ぐらいで「君の席はここだ」と言われたのが、芝山さんの隣だったんです(笑)。
 芝山さんは映画『ドラえもん』をやっていたと思います。隣と言っても、机がL字型に配置されていて、僕の左側に芝山さんが半面見えるかたちで座ってらして。お顔は見えないんですけど、コンテを描くのに尺を計っている時に、ボソボソとジャイアンの声で喋ったりとか(笑)。

本郷 声色を変えて。

もり そうそう! それは聞いてましたね。あとは芝山さんって、当時ずっとそうでしたけど、朝10時に入られて6時に退社される。それを判で押したようにやってらしたので。で、芝山さんが帰られた後に、当然、我々は残って作業してるじゃないですか。飯田(宏儀)氏とかあの辺の連中と、芝山さんが帰った後の机を盗み見していました。芝山さんが出したゴミをみんなで漁ったり(笑)。

本郷 ゴミ箱を漁るのもアニメーターあるあるですね。

もり 芝山さんが描いたものをコピーしたりとかしてましたね。それから、芝山さんとの接点は、原画になって半年か1年くらいの頃に『オレンジ★ロード』がピンチだったんですよ。で、1人で原画を半パートやらされていた時期があった。それでご褒美として、芝山さんが、頑張った連中に『まんが日本昔ばなし』の原画を振ってくれたんですね。

本郷 ご褒美が仕事?(笑)

もり どういうご褒美かっていうと、僕らが『ど根性ガエル』とかが好きだから、『きまぐれオレンジ★ロード』でキャラクターの歯茎を描きたかったんですよ。大口開けて叫んでる時に『ど根性』の時みたいな歯茎を描こうとしていたんです。それは全部直されて「やめろ」と言われていた(笑)。『ど根性』みたいな動きを描こうとして、それも怒られて。で、その後で芝山さんが『まんが日本昔ばなし』をやらせてくれたんです。タイトルを覚えてます。「とんぼのやどり木」というタイトルでした(編注:芝山努が演出を担当。1987年放送)。その回だけ『ど根性ガエル』的なキャラクターだったんですよ。

本郷 そんな事があったんですね。

もり のんきな殿様が出てくるんですけど、そのキャラクターのモデルが齋藤卓(也)ちゃんなんです。
 芝山さんですから「コンテ=ラフ原」じゃないですか。コンテを拡大コピーすると、それがラフ原画になるんです。しかも渡されたコンテを見ると、タイムシートに挟んであって、そこに全部タイミングが打ってあるんですよ(笑)。

本郷 ご褒美ですね。

もり だから僕らはなぞるだけ。なぞるだけでも勉強になるんです。芝山さんから学ばせていただいたのは、その時ですね。
 仕事ではないんですが、シンエイとあにまる屋と亜細亜堂の合同の草野球チームに無理やり入れられた事はありました。

本郷 ボックスですね。

もり ボックスに無理やり入れられました。ボックスは芝山さんが監督だったんです。だから仕事の接点よりも、野球の接点のほうがあったかもしれないです。

本郷 芝山さんは試合で、監督として指示を出したりするんですか。

もり いや、ただいるんです。

本郷 ただいる?

もり しかもお忙しいから、来るのは5回に1回とか。だから、山田みちしろさんが……。

本郷 実質的なチームの監督だった?

もり 実質的な親分でしたね。仕事の話に戻ると、原画として教えていただいたのは「とんぼのやどり木」の時ぐらいで。僕は演出になって2スタに移動になって、芝山さんの隣から席が移りましたから。

本郷 もりさんは1989年の『らんま1/2』で絵コンテ、演出、原画をやっていますが、これは芝山さんが監督だった時期ですね。

もり そうです。その頃、既に僕はスタジオディーンに出向になっていました。

本郷 じゃあ、芝山さんと会う事はなかった?

もり アフレコとかダビングで会っています。それから、芝山さんが後半でコンテを描かれた時に僕が処理をやらせていただいたという事はありました。

本郷 じゃあその時には、何度か打ち合わせをしていますね。何か印象に残った事ってある?

もり 芝山さんって「こうだよ」とか「こうしなさい」って、一切言わないんですよ。

本郷 そうかもしれない。

もり (アフレコやダビングで)手を広げたりとか、横で変な動きをしてるんですよ。自分の処理とかに気になる部分があって、それをなんとなく間接的に伝えようとしているのかもしれない。それが分からないと、分からないまま終わってしまうから、気付けてよかったっていうのはあるんですけど。芝山さんって、直接具体的な指導をなかなかされないので。

本郷 これは記事に残していいのかどうか分からないけど、「言っても分からないんだろうなあ」と思っていた節があるような気がする。

もり ああ~。

本郷 元々芝山さんって、天才的なアニメーターじゃないですか。自分より巧い人間があまりいない世界で生きてきたから「これは言ってもダメなんだろう」という一種の諦観がある。
 宮崎駿さんって「これはこうで、これはこうで!」と言って、最終的には「そうじゃないんだ!」となって全部描き直すじゃない。芝山さんがそれを始めたら、あんなに沢山の仕事はできないわけだから、ダメな奴がいても仕方がないと思っていたのかもしれない。今思い出すと、それを感じるんだよね。その頃は生意気だから気付いてなかったんだけど。亜細亜堂を辞めてから何年も経って思い出すと、あの時、呆れてたんだろうなって。

もり 一緒ですよ。いまだに思い出すとゾッとしますよ。

本郷 「こいつはしょうがないなあ」って。同じような事を自分も思う時がありますからね。

もり 芝山さんは言葉では言わない。「背中を見ろ」的な感じですよね。本郷さんの声掛けで、十数年後に芝山さんを囲んで会食をしたじゃないですか。あの時からようやく、ボソッと本音を言ってくださるようになった。

本郷 そうね、本当にそういう事を言わないっていうかね。
 私は亜細亜堂にいる間も、芝山さんの事を凄いとは思ってたけど、同時に「そんなに凄くない」と思ってるところがあったんです。どういう事かと言うと「ちょっと手抜きっぽいところがあるんじゃない?」と思っていたんです。だけど、辞めてしばらく経ってから、芝山さんがどういうスタンスでやっていたのかが、凄くよく分かるようになった。つまり、1人じゃどうしようもないんですよね。芝山さんが大勢いれば解決するけど、1人では解決する事ができない。常にそういう問題に直面してたんだ。
 芝山さんを囲む会みたいなのを何回かやらせてもらったのは、芝山さんのおかげで、その後も仕事ができたんだという事に気付かされたというのもあったんです。もりさんもそうだと思うけど「沢山やる」というのを学ばせてくれたのは、芝山さんだけだったんですよね。

もり 本当にそこです。自分が芝山さんから受け継いだ唯一のものが、スピードですね。芝山さんの金言というか、もの凄く僕の心に響いたのが「オレはコンテを頭に浮かぶリアルタイムで描きたいんだよ」という言葉なんです。

本郷 (笑)。

もり 実際には手が追い付かないので、無理なんですけどね。俺も同じ事を思うんですよ。浮かんだ映像をそのまんま、浮かぶスピードのまま描きたい。芝山さんにはスピードを落としたらマズいという恐怖感もあったのかもしれないですね。

本郷 そうかもしれない。

もり 芝山さんはスピードも量も凄かった。朝10時に入って6時に帰られるまでの時間で『劇ドラ』のコンテを進める量とかね。「どうして、この人こんなにできるんだ」と思っていました。芝山さんが帰られる時に、埼京線の電車でご一緒させていただいた事があったんです。だけど、仕事についての話は一切してくれないですから。世間話しかしない。
 さっき言った芝山さんを囲む会の前後に、芝山さんのお宅にお邪魔した事があったじゃない?

本郷 あったあった。

もり その時に初めて、やっと本音を言ってくださったんです。6時に帰ってから何をしていたのかを聞いたら「何言ってるんだ、お前。うちに帰ってからも仕事していたに決まってるだろう」って(笑)。「お前らに苦労してるところ見せられるか」というのをボソッと言われて。帰られてもお仕事をされてたんですね。

本郷 そういう事だったんだね。

もり 半分は安心しましたよね。それから、そういうところで弱みを見せないのが、江戸っ子らしいというか。

本郷 江戸っ子だよね。苦労してるところを人に見せない、それをやるのは格好悪い。

もり そういう部分に感心しました。



取材日時/2024年6月14日 取材/本郷みつる 構成/アニメスタイル編集部

●プロフィール
もりたけし。監督、演出家。代表的な監督作品に『ヴァンドレッド』『ストラトス・フォー』『秘境探検ファム&イーリー』等がある。