腹巻猫です。4月12日(土)15時から蒲田studio80にてサントラDJイベント・Soundtrack Pub【Mission#47】を開催します。特集は「2024年劇伴大賞」と「Playback ガンダム1979」の2本立て。2024年劇伴大賞では、2024年に発表・発売されたサウンドトラック(映像音楽)から参加者推薦の名作・名曲を紹介します。Playback ガンダム1979では、『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』公開&放映開始で再び注目される『機動戦士ガンダム』第1作(TV&劇場)の音楽をふり返ります!
詳細は下記リンクを参照ください!
https://www.soundtrackpub.com/event/2025/04/20250412.html
折しも桜の季節。筆者の仕事場付近の桜も見ごろになっている。今回はそんな時期にぴったりのサウンドトラックを紹介したい。2025年1月から3月まで放映されたTVアニメ『日本へようこそエルフさん。』の音楽である。
『日本へようこそエルフさん。』は、まきしま鈴木によるライトノベルを原作に、監督・喜多幡徹、アニメーション制作・ゼロジーのスタッフで制作されたTVアニメ。
平凡なサラリーマン・北瀬一廣は、子どもの頃から夢の中で異世界を訪問していた。そこは竜やエルフが棲むファンタジーのような世界。そこでは一廣は少年の姿のままで、カズヒホと呼ばれている。実はそれは夢ではなく、一廣は眠ることで異世界に転移していたのだ。
ある日、異世界で魔導竜と遭遇したことをきっかけに、一廣はこちらの世界に異世界のエルフの少女・マリアーベル(マリー)を連れてきてしまう。突然、カズヒホ(一廣)の世界に転移したマリーは驚くが、日本の文化や食べものに触れるうちに、日本が大好きになっていった。一廣とマリーは互いの世界を行き来しながら、少しずつ心を通わせていく。
流行りの異世界転生・転移もののようだが、基本は一廣とマリーの関係が接近していくようすをほほえましく描くラブコメである。見どころはマリーの日本紀行。マリーが日本の食べ物やアニメや温泉などを体験して感激し、どんどん日本が好きになっていくのが面白い。バトルやサスペンスの要素は控えめで、観ていてほっこりする作品になっているのがいい。
音楽は、ピアニスト・作曲家のはらかなこが担当。はらかなこは、ドラマ、アニメ、CM等の音楽やアーティストへの楽曲提供で活躍し、アニメ作品ではTVアニメ『ぼくのとなりに暗黒破壊神がいます。』(2020)、『俺だけ入れる隠しダンジョン』(2021)などの音楽を手がけている。
本作の音楽は、ピアノ、フルート、オーボエ、ギター、ストリングスなどの生楽器によるアコースティックなサウンドを基本に作られている。一廣とマリーの日常を彩る音楽は、あたたかく軽やかな楽曲が多く、聴いていてさわやかな気分になる。そこに民族音楽風の楽曲やアクション系、サスペンス系の曲が加わり、異世界冒険ものの雰囲気をかもしだす。日本での日常を彩る音楽と異世界を彩る音楽が乖離せず、自然に共存しているのが本作らしいところである。
作曲のタイミングで全話のシナリオができており、いくつかの曲はシナリオの具体的なシーンを想定して発注・作曲されている。ただし、完成作品ではそのとおりに選曲されていない場合もある。
筆者が気に入っているのは、ピアノを主体にしたリリカルな曲や愛らしい曲。特にマリーのテーマとして書かれた曲「マリーは気になるお年頃」やマリーが日本の食べ物や文化に感激する場面に流れる曲「ウキウキお弁当タイム」「興味津々」などがいい。
本作のサウンドトラック・アルバムは、2025年3月29日に「TVアニメ『日本へようこそエルフさん。』オリジナルサウンドトラック」のタイトルでバンダイナムコミュージックライブ/ランティスより配信開始された。CDでの発売はない。
収録曲は以下のとおり。
- 桜の木の下で
- Palette Days (TV Size Ver.)(歌:佐々木李子)
- カズヒホ
- マリーは気になるお年頃
- ウキウキお弁当タイム
- いつもと違う風景
- ようこそエルフさん
- 夢に溺れて
- 冒険の始まり
- 一触即発
- 魔導竜ウリドラ
- カツ丼と竜
- アヤシイ挙動
- 興味津々
- もどかしい二人
- 見知らぬ明日
- 忍び寄る危機
- 疾風のごとく
- 悲しい思い出
- 異郷の月を見上げて
- 君がいないと
- アイキャッチA
- マリーのお気に入り
- マリーのお気に入り II
- アイキャッチB
- 世界は不思議に満ちている
- 魔導士ギルド
- 砂の国
- 異世界地図を広げて
- 地下迷宮
- 魔物との遭遇
- 思わぬ苦戦
- 夢幻剣士
- 夜の時代
- はずむ想いが止まらない
- 初めての体験
- 異世界でダンス
- 精霊が照らす道
- いつも二人で
- マリアーベル
- ふれた手のぬくもり
- 桜吹雪
- そのままの君で
- いっしょに歩いていこう
- Yummy Yummy (TV Size Ver.)(歌:樋口楓、叶)
- 夢の続き
構成は筆者が担当した。本作のために制作された劇伴全44曲を余さず収録し、主題歌2曲もTVサイズで収録している。本作のファンもきっと納得していただける内容である。
構成にあたっては、細かくストーリーを追うよりも、ゆったりした流れで本編の雰囲気を再現するように考えた。
前半はメインキャラクターである一廣(カズヒホ)、マリー、魔導竜ウリドラの3人を紹介し、異世界での冒険を経て一廣とマリーの仲が接近していくまで。後半はふたたび異世界の冒険を経験したあと、日本に戻った一廣とマリーが互いの気持ちを確認するまで。そんなイメージで構成している。
以下、聴きどころを紹介しよう。
1曲目の「桜の木の下で」は本作のメインテーマとも呼べる曲。第1話のアバンタイトルで桜の花びらが舞い散る中にマリーが登場する場面に流れている。涼やかなピアノと箏の音色が満開の桜の美しさを表現し、優雅さとともに儚さも感じられる曲だ。実は最終回にも同じような桜吹雪の場面が登場する。その場面には「桜の木の下で」のロングバージョン「桜吹雪」(トラック42)が流れた。第1話に流れる「桜の木の下で」は、いわば最終回の予告、一廣とマリーの未来を予感させる音楽なのである。
オープニング主題歌を挟んで、カズヒホのテーマ「カズヒホ」(トラック3)とマリーのテーマ「マリーは気になるお年頃」(トラック4)を続けた。2曲ともピアノの音色が耳に残るさわやかな曲だ。「マリーは気になるお年頃」は、日本に来たマリーが目を輝かせている場面などによく使われて印象深い。
「ウキウキお弁当タイム」(トラック5)、「いつもと違う風景」(トラック6)、「ようこそエルフさん」(トラック7)の3曲は、一廣とマリーの日常シーンによく使用された。一廣にとってはあたりまえの日本の風景もマリーの目には新鮮に映る。マリーが体験する感動やわくわく感がうまく表現されていて、ずっと聴いていたくなる。こういう曲が本作の世界観を支えていると思う。
トラック8「夢に溺れて」〜トラック12「カツ丼と竜」は、第1話、第2話でのカズヒホと魔道竜ウリドラの出会いをイメージした構成。「夢に溺れて」(トラック8)は異世界転移のテーマ。「冒険の始まり」(トラック9)はタイトル通り、異世界での冒険開始をイメージした曲だ。
「魔導竜ウリドラ」(トラック11)と「カツ丼と竜」(トラック12)の2曲はともにウリドラのテーマ。「魔導竜ウリドラ」が巨大な竜の姿のウリドラ、「カツ丼と竜」が人間の女性の姿のウリドラを表現している。同じモチーフを使っているのだが、かたや重厚、かたやコミカルと、キャラクターの変化に合わせた曲調の落差が面白い。
トラック14「興味津々」は、好奇心いっぱいのマリーのシーンによく使われたピアノソロによる軽快な曲。マリーが一廣の料理に感動する場面(第2話)や覚えたての日本語を話す場面(第3話)、ウリドラの魔法に感激する場面(第8話)、新幹線の中で駅弁を食べる場面(第11話)など、さまざまな場面が思い浮かぶ。はずむようなピアノの演奏が心地よい。
トラック16「見知らぬ明日」〜トラック19「悲しい思い出」は第3話から第5話にかけての魔石をめぐる冒険をイメージした構成。哀愁を帯びた笛の音が素朴な旋律を奏でる「悲しい思い出」は、第5話で猫族の子どもミュイが過去を回想する場面に流れている。
トラック20の「異郷の月を見上げて」は、ピアノのやさしいメロディがしみじみとした心情を伝える曲。第6話のラストで、一廣が「ありがとうね、日本へ来てくれて」と言ってマリーと手をつなぐシーンに流れた。2人の気持ちが通う名場面を彩った大切な曲である。
次の「君がいないと」(トラック21)も一廣とマリーの心情を表現する曲。第7話のラストシーン、それぞれの世界で忙しくなった2人が、いっしょにいる時間が少なくなったことをさびしく思う場面に流れた。ピアノとクラリネットによるもの憂い調べが心細い想いを表現している。
ここでアイキャッチ(トラック22)。それに続く「マリーのお気に入り」(トラック23)と「マリーのお気に入り II」(トラック24)の2曲は、マリーが一廣の家で観る日本のアニメのBGMとして流れた曲だ。某有名劇場アニメの音楽を思わせる曲調に作られているのが楽しい。もうひとつアイキャッチ(トラック25)が流れて、アルバム後半へ。
トラック26「世界は不思議に満ちている」〜トラック34「夜の時代」は、物語後半の地下迷宮をめぐる冒険をイメージした構成。日常シーンが多い本作だが、異世界ものらしいファンタジックな曲やサスペンス系の曲もけっこう作られている。この中では、カズヒホのアクションテーマ「夢幻剣士」(トラック33)に注目。「夢幻剣士」とは、魔法で敵を翻弄しながら戦うカズヒホに付けられた別名である。トラック18に収録した「疾風のごとく」とともに、スピード感のあるアクション曲として楽しめる。本作は全体にバトルシーンは少ないので、あまり使われなかったのが残念。
トラック35「はずむ想いが止まらない」〜トラック37「異世界でダンス」は、ユーモアのある明るい曲を続けた。こういうのほほんとした雰囲気が本作の味わいで、聴いていてほっとするのである。
トラック38「精霊が照らす道」〜トラック44「いっしょに歩いていこう」は、第11話と第12話(最終回)をイメージした構成。
「精霊が照らす道」(トラック38)は、第11話の終盤、光の精霊に照らされた道で一廣とマリーが語らう場面で使用。異世界ではなく日本の弘前(青森県)での幻想的なシーンだ。同じく第11話のラストで、一廣とマリーが月明りの中で見つめ合う場面に流れたのが「いつも二人で」(トラック39)。2人の気持ちをやさしく包み込む弦合奏の響きが胸にしみる。音楽メニューでは、ずばり「幸せ」と仮題が付けられていた。
トラック40「マリアーベル」はピアノとフルートなどによるマリーのテーマ。第12話でマリーが満開の桜並木を見て歓声を上げる場面に使用された。次の「ふれた手のぬくもり」(トラック41)は最終回には使用されていないのだが、音楽的な流れを考えてここに収録。第8話でマリーが一廣の額にキスをするシーンなどに使われた、ピアノとオーボエによるやさしい曲である。
トラック42の「桜吹雪」は先に紹介した「桜の木の下で」(トラック1)のロングバージョン。桜の木の下で一廣とマリーが、初めてマリーが日本に来たときのことを思い出し、寄り添う場面で流れる。2人の関係が一歩先に進む、全編のクライマックスと言ってもよいだろう。演奏時間は3分近く、収録曲の中でもっとも長い。美しさと儚さが同居する曲調にうっとりして、この時間が少しでも長く続くようにと思ってしまう。
続く2曲は第12話のラストを締めくくるふたつのシーンで使用された。トラック43「そのままの君で」は、マリーがエルフであることを察した一廣の祖父が、マリーに「そのままの君でいいんだよ」と話す感動的な場面に、トラック44「いっしょに歩いていこう」は一廣とマリーが新幹線で東京へ帰っていくラストシーンに流れた。どちらもピアノを主体にした曲で、あらためて本作のサウンドイメージをピアノが担っていることがわかる。
トラック45に収録したエンディング主題歌でいったん本編は終了。最後のトラック46「夢の続き」は、コンサートのアンコールみたいなつもりで収録した。この曲は本編用の音楽でなく、2024年3月に公開された本作のティザーPV用に作られた曲である。聴いていただくとわかるとおり、「桜の木の下で」「冒険の始まり」など、本編で流れる代表的な曲をメドレーにした構成になっている。アニメは最終回を迎えたけれど、2人の冒険はまだまだ続いていく。そんな気分でアルバムを聴き終えてもらいたいという願いを込めた。
はじめに書いたように、本作は基本的にラブコメだと思う。はらかなこが作り上げた音楽は、未知の世界に触れるときめきや身近な人を大切に想う気持ちがさわやかな曲調で表現されていて、聴いているだけで楽しく、やさしい気分になる。
しかし、本来は所属する世界が異なり、接触するはずのない2人が出会って始まるラブコメだ。ぎこちなくもほほえましい2人の関係には、いつ離れ離れになるかわからない儚さがつきまとう。だから、2人でいる時間がかけがえのない、尊いものになっていく。メインテーマである「桜の木の下で」「桜吹雪」には、そんな儚さゆえの美しさがすくいとられている。桜も儚いからこそ美しい。こんな音楽を聴きながら桜の木の下を歩くと、桜がよけい愛しくなりそうだ。
TVアニメ『日本へようこそエルフさん。』オリジナルサウンドトラック
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