アニメ『タイガーマスク』の第104話「血戦!!「虎の穴」」(脚本/近藤正、美術/浦田又治、作画監督/白土武、演出/蕪木登喜司)と、最終回である第105話「去りゆく虎」(脚本/安藤豊弘、美術/浦田又治、作画監督/小松原一男、演出/勝間田具治)でタイガーマスクとタイガー・ザ・グレートの試合が描かれた。第104話と最終回の戦いは壮絶なものであり、特に最終回は今もファンの間で語り草になっている。
最終回が素晴らしい出来であることについて異論はない。アニメ『タイガーマスク』の完結に相応しい力が入った仕上がりだ。未見の方がいたら是非観てもらいたい。できることなら、最終回に至る一連のエピソードの始まりである101話「「虎の穴」の処刑」から、いや、テーマ性の強いエピソードの集大成である第100話「明日を切り開け」から最終回までを連続で観てほしい。どうして第100話から観たほうがいいのかについては、今回のコラムの最後まで読んでもらえば分かるはずだ。
アニメ『タイガーマスク』ではプロレスの試合のかたちを借りて命のやりとりが何度も描かれており、タイガーとグレートの戦いでそれが最高潮に達する。グレートは明らかにリングの上でタイガーを殺そうとしていたし、タイガーも殺意を露わにしてグレートを倒した。それはギラギラとした殺し合いであり、『タイガーマスク』ならではのクライマックスだった。勝間田具治の演出と小松原一男の作画が、緊張感とリアリティを高いレベルで維持し、ドラマと感情を深く激しく表現した。
試合の途中でタイガーマスクは自身のマスクを捨てて素顔を晒す。それはテレビ中継で試合を観戦していた健太達だけでなく、アニメ『タイガーマスク』を観ていた視聴者にとってもショッキングな事件であった。文字通り「思わず息を呑む」瞬間だった。劇中の人物だけでなく、視聴者にとってもショッキングなものになっているのは勝間田具治の演出力によるところが大きいはずだ。
タイガーマスクの正体が明らかになったことが、最終回の最大のポイントである。正体が明らかになったことで、タイガーマスクは正体不明の謎のレスラーではいられなくなってしまった。すなわち、ヒーローとしてのタイガーマスクは「死」を迎えたのだ。それと同時に、試合を通じて子供達に正しい生き方を示してきたタイガーマスクが、健太達に嘘をつき続けていたことが明らかになってしまった。これからは今までと同じように、ちびっこハウスを訪れてキザにいちゃんを演じることはできない。直人にとっての幸福が永遠に失われてしまった。それだけではない。直人は自分自身とタイガーマスクを別の存在として考え、別人として振る舞っていた。彼はリングの上で血まみれのファイトを繰り広げるタイガーマスクを、自分とは別の人格だと思い込もうとしてたのかもしれない。タイガーマスクが素顔を晒したことで「タイガーマスクとは別人格の伊達直人」も「伊達直人とは別人格のタイガーマスク」も存在できなくなってしまった。
素顔を晒したタイガーマスクは伊達直人の姿で反撃に転じ、激しい反則技を次々と繰り出して、グレートを圧倒する。その強さは多くのものを失った怒りによるものである。二つの人格に分けることによって曖昧なものとしていた虎の穴に対する怒りと憎しみが、人格を隔てるものがなったことで剥き出しになってしまったのかもしれない。グレートを葬り去ったのは、剥き出しになった直人の怒りと憎しみだったのだろう。
グレートを圧倒する直人は「虎の穴からもらったものを叩き返してやる。それで俺は伊達直人に還るのだ!」と言った。「虎の穴からもらったもの」とは激しい反則技のことであり、血塗られた今までの人生のことである。しかし、グレートを倒した後の伊達直人は、かつての「タイガーマスクとは別人格の伊達直人」ではない。虎の穴に復讐するためにマットで血の雨を降らせてしまい、二度とちびっこハウスを訪れることができない伊達直人である。
原作の直人は死ぬ前にマスクを川に捨てた。つまり、原作の直人は、タイガーマスクの存在を自分から切り離し、一人の伊達直人という人間として死んでいった。それに対して、アニメの直人はタイガーマスクとして血を流してきた過去を背負って、最終回の後も生きていかなくてはいけない。物語が進めば進むほど、原作の直人が進んだ道と、アニメの直人の進む道は離れていった。アニメ『タイガーマスク』は原作と違った意味での悲劇として終わったのである。
第6クールの最後でクライマックスを迎えたアニメ『タイガーマスク』が、第8クールの終盤で再びクライマックスを迎えるために第7クール、第8クールを使ってドラマを積み上げていることは、今までこのコラムで書いてきた。それについてはコラムを遡って読んでもらいたい。
タイガーと赤き死の仮面の戦いが、『タイガーマスク』物語前半のクライマックスだった。その「タイガーVS赤き死の仮面」の物語の骨格を「タイガーVSグレート」で再度採用していることについても言及しておく。アニメ『タイガーマスク』で赤き死の仮面が登場したのが第41話。タイガーとの戦いが描かれたのが第43話だ。赤き死の仮面はタイガーとの試合で木製の長椅子を二つに割り、割れて尖った長椅子を凶器として使う。そして、タイガーがそれを奪って赤き死の仮面に止めを刺した。グレートも割れた長椅子を凶器として使い、逆襲に転じたタイガーは木製の長机を割ってグレートに攻撃する。赤き死の仮面との試合でタイガーは封印していた反則を使ってしまい、そのことで直人は日本を後にして旅立つことになる。最終回のラストでも反則を使ってグレートを倒した直人は海外に旅立つ。アニメオリジナルの展開で、試合の前にルリ子が直人に赤き死の仮面との試合をやめるように言う。それが第42話だ。グレート戦で第42話に相当するのが、このコラムで取り上げた第102話である。第102話ではルリ子が試合をしないでほしいと言い出す前に、直人が「今度の試合を止める必要はない」と言っているが、それは第42話を踏まえたセリフであるはずだ。
シリーズ終盤の展開は「タイガーVS赤き死の仮面」の骨格を再利用したものだが、全ての面においてパワーアップさせている。赤き死の仮面は登場した時点での最強の敵だが、グレートは虎の穴のボスであり、虎の穴最強のレスラーだ。赤き死の仮面の登場から試合まで3話をかけているが、虎の穴のボスの登場から試合までは2クールをかけており、じっくりと盛り上げている。ルリ子が試合を止めようとする展開も、シリーズ終盤では直人の告白とセットにして、より劇的なものとしている。互いが木製の長椅子(あるいは長机)を使って攻撃する展開についても、グレート戦ではそれで決着がつかず、タイガーはさらに大掛かりな反則技を使っている。アニメの作り手達は物語前半のクライマックスである「タイガーVS赤き死の仮面」のエピソードをパワーアップさせて、より強烈なクライマックスを作り上げたのだ。
アニメ『タイガーマスク』の第4クールの最後から第5クールでは「直人と市井の人々とのドラマ」が連続し、直人がやってきたことが正しいことだったのかを問いかけ、「不幸な境遇にいる人達に対して何ができるのか」についての結論に辿り着いた。そして、第7クールと第8クールのちびっ子ハウスの個々の子供にスポットを当てたエピソードでは「みなしごはどのように生きるべきか」が描かれ、それと同時に「不幸な境遇にいる人、人生の岐路に立った人に対してどのように接するべきか」について、さらに「人間はどのように生きるべきか」について語られた。それらのエピソードを通じて伊達直人は成熟し、人間としての厚みを持つこととなった。
そしてこれが非常に重要な点であるのだが、そのように成熟し、人間として厚みを持った伊達直人が、最終回におけるタイガー・ザ・グレートとの死闘の中で理性を失い、反則の限りを尽くして、グレートを血の海に沈めてしまったのである。自分がやるべきことを問い、人間がいかに生きるべきかを考えた直人が、復讐の想いに駆られて殺意を持って敵を倒してしまった。それが悲劇でなくてなんであろうか。人の復讐の想いとはそれほどにも強いものなのか。どんな人間も恨みや憎しみに飲み込まれてしまうものなのか。
主人公の人間的な成熟が最終的に悲劇に繋がるということを、作り手が意識して個々のエピソードを紡いでいたのかは分からない。ではあるが、俯瞰して見ればアニメ『タイガーマスク』はそういった構造を持った物語であった。全105話の物語を通じてひとつの悲劇を描いた。伊達直人は勝利した。しかし、その勝利はあまりにも苦いものであった。
●第24回 『タイガーマスク』と「仮面ライダー」 に続く
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