腹巻猫です。山田尚子監督の最新作『きみの色』を観ました。やさしく心地よい作品でした。バンドもの、青春ものに分類されるのでしょうが、青春ものにありがちな感情のぶつかりあいや屈折した感じがない。好きなことを貫く純粋な気持ちと楽しさが大切に描かれているのがよかったです。今回はその音楽について。
『きみの色』は2024年8月30日に公開された劇場アニメ。監督・山田尚子、脚本・吉田玲子、アニメーション制作・サイエンスSARUによるオリジナル作品である。
ミッション・スクールに通う日暮トツ子は、人が「色」で見える感覚を持つ高校生。同学年の生徒・作永きみに美しい「青」を見て感動したトツ子は、きみが突然学校を辞めたと聞いて、彼女を探し歩いた。きみが店番をする本屋「しろねこ堂」にたどりついたトツ子は、そこで同年代の少年・影平ルイに出会う。トツ子、きみ、ルイの3人は、トツ子の思いつきでバンドを組むことを決定。3人はそれぞれがオリジナル曲を作って練習を重ね、学園祭で初めてのライブに挑む。
ふんわりとやさしい印象を受けるが、緻密に構築された作品である。キーワードはタイトルにもなっている「色」。トツ子は赤、きみは青、ルイは緑が割り当てられている。3つの色が混ざりあったり、明暗が変わったりするように、3人の心情や関係性が変化する。それはカットごとの色彩設計にも反映されているはず。ストーリーを追うだけでなく、3人が持つ色、感情や関係性の変化を見守る作品なのだと思った。
音楽も同じような考え方で作られている。
音楽を担当したのは牛尾憲輔。山田尚子監督とはこれが4作目のタッグである。バンドがテーマの作品なので、珍しくポップな歌ものを3曲書いている。それぞれに個性的な曲なのだが、今回は取り上げない。たぶん、いろんな人がいろいろな観点で語ってくれると思うから。
今回、紹介したいのは劇伴(BGM)である。
劇伴作りは、山田監督から作品の説明を聞いた牛尾が、そのイメージをもとに曲を書くことから始まった。映像の制作が進むと、場面に合う曲を選び、映像の尺に合わせて劇伴にアレンジしていく。そんな流れで進められたようだ。今回は終盤のライブシーンでバンドが演奏する曲が音楽的なクライマックスになるので、劇伴はあえてキャッチーな曲にせず、シンプルな楽曲にしたという。
で、ここからが本題だが、牛尾憲輔は劇伴に、この作品ならではのしかけを盛り込んでいる。
トツ子、きみ、ルイの3人に割り当てられた3つの色、赤、青、緑は「光の3原色」と一致する。コンピューターで色を扱うときにも基本となる色である。雑誌『CONTINUE』Vol.84に掲載された牛尾憲輔の談話によると、本作では、この3つの色を音にも応用したのだという。具体的には、赤、青、緑にあたる音の周波数を割り出し、「それぞれのキャラクターの重要なシーンには、それぞれの(周波数の)ノイズが鳴るようにプログラミング」したのだそうだ。赤、青、緑の3原色を混ぜると白になるが、それぞれの周波数のノイズも重ねるとホワイトノイズになる。この考え方で音楽も作られている(ようだ)。
本作のサウンドトラック・アルバムは、2024年8月28日に「映画『きみの色』オリジナル・サウンドトラック all is colour within」のタイトルでポニーキャニオンからCDと配信でリリースされた。2枚組で、ディスク1には劇中で使用された背景音楽(劇伴)とライブシーンで演奏された曲を収録。ディスク2には、ライブシーンで演奏された曲の新録フルサイズ・バージョンと特報用音楽やスケッチ音源などの本編未使用音源を収録。
ディスク1の収録曲は以下のとおり。
- 244, 233, 227
- 247, 221, 111
- 75, 128, 253
- 151, 192, 171
- 247, 175, 119
- 216, 227, 151
- 131, 159, 155
- 169, 142, 94
- 252, 238, 191
- 249, 196, 124
- 244, 132, 85
- 233, 159, 124
- 128, 173, 231
- 153, 120, 80
- 124, 166, 104
- 66, 59, 77
- 221, 199, 253
- 254, 238, 246
- 51, 75, 92
- 160, 160, 148
- 15, 21, 52
- 245, 234, 200
- Born Slippy Nuxx
- 221, 225, 227
- 94, 143, 159
- 75, 213, 232
- 210, 246, 253
- 255, 254, 244
- 234, 242, 247
- 反省文〜善きもの美しきもの真実なるもの〜 (Live Version)
- あるく (Live Version)
- 水金地火木土天アーメン (Live Version)
- Giselle, Act I: Pas seul – Pas de deux des jeunes paysans
- 255, 255, 255
いったいこれはなんなのか。予備知識なしに音楽を聴く人は、このタイトルを見て途方に暮れてしまうのではないか……と思うくらい、ユニークな曲名がつけられている。
例外はトラック23とトラック30〜33。トラック23「Born Slippy Nuxx」はトツ子ときみが寄宿舎のトツ子の部屋でパーティをする場面に流れるUnderworldの曲。トラック30〜32がトツ子たちがライブで演奏する曲。トラック33はライブ後にトツ子が中庭で踊る場面に流れる、テルミンによるバレエ音楽「ジゼル」の演奏である。
では3つの数字の曲名はなんだろうか。コンピューターで色を扱ったことがある方ならわかると思うが、これは色を表すコード(カラーコード)である。3つ並んだ数字は順に赤、緑、青(Red・Green・Blue)の3色に対応している。それぞれが8ビットで表現される0〜255の値で、値が大きくなるほど明度が高くなる。3色を合成することでひとつの色になるしくみだ。つまり、3つの数字で色を表現しているのである。
曲名がカラーコードになっているのはどういうことなのか?
以下は筆者の推測である。推測なのでまちがっているかもしれないが、誤読することも音楽の楽しみ方のひとつなので、書いてみる。
本作ではトツ子、きみ、ルイの3人に赤、青、緑の色が割り当てられている。だから、曲名の数字は、そのシーンで3人のうち誰にフォーカスが当たっているか、あるいは3人それぞれの心情や3人の関係性を表現しているのではないか、と推測できる。
では、各曲はその色をイメージして作曲されたのかというと、それほど単純ではないと思う。
ヒントは、牛尾憲輔が「それぞれのキャラクターの重要なシーンには、それぞれのノイズが鳴る」と語っていること。そして、アルバムのタイトル「all is colour within」だ。
「all is colour within」は「すべては内なる色である」とも訳せるが、「すべての内に色がある」という意味にも受け取れる。つまり、それぞれの曲はカラーコードで示されたノイズ(色)を含んでいるということではないだろうか。
たとえば最後の曲「255, 255, 255」はラストシーン、旅立つルイをトツ子ときみが見送る場面に流れる曲である。「255,255,255」が表す色は白。3つの色の値が最大になっているのは、3人の心情が作品の中でもっとも晴れ晴れとしていることに対応しているはずだ。そして、この曲には薄くホワイトノイズが乗っている。曲自体はピアノによるリリカルな曲なのだが、ノイズが乗ることで音色が変化し、曲の印象がわずかに変わる。
また、トラック28は3人が島の古い教会で合宿をする場面に流れる曲だが、「255, 254, 244」とそれぞれのカラーコードが最大に近い値になっている。この場面で3人はそれぞれの胸に抱えている「好きと秘密」を共有する。その解放感と共感が色で表現され、ノイズとして曲に足されているのだろう。
いっぽう、学校を辞めたことを祖母に秘密にしているきみが、祖母に本当のことを言いかけてくちごもってしまう場面のトラック16「66, 59, 77」では、3つの値は小さくなり、低い周波数のノイズ(暗い色)が足されていることがうかがえる。
こんなふうに、各シーン用に書かれた曲に、それぞれのシーンに応じたノイズ(色)が加えられているのでは? というのが筆者の考えである。
曲名とカラーコードとノイズの話を長々としてきたが、そんなことを意識しなくても、ふつうに音楽として聴いて心地よい作品である。
実は筆者もバンド活動をしていたことがあり、しかも、ライブでテルミンを演奏したことがある。だから、サウンドトラックの中でもテルミンを使った曲に惹かれた。劇中ではルイがテルミンを弾くのだが、音楽録音ではフランスのテルミン奏者グレゴワール・ブランが演奏を担当している。ルイの演奏スタイルもブランの演奏スタイルを参考にしたものだ(左手の動きが独特)。
トラック26「75, 213, 232」はルイがテルミンで「あるく」(トラック31)のメロディを演奏した曲。この曲は、きみが作った曲をルイが編曲した設定なので、カラーコードもルイの緑ときみの青を示す値が大きくなっている(のだと思う)。
トラック33のテルミンによる「ジゼル」の演奏も聴きどころである。実はCDの解説書にはトラック23とトラック30〜33にも「additional colour code」として、それぞれの曲に付加された色のコードが掲載されている。それによれば、この「ジゼル」に付加された色は「254,254,254」。ライブが終わったあとの3人の爽快感と一体感が、限りなく「白」に近い色で表現されているのだろう。
カラーコードで表記された曲名は、ぱっと見て意味がわからず、不親切なようだが、それぞれの曲に色が付いていると考えると、隠された意味や音色を読み解くことができる。そういう楽しみ方ができるアルバムである。
もっとも、各曲に加える色(ノイズ)をどのような基準で決めているのかは、筆者もまだよくわかっていない。3人がいつも画面に映っているわけではないので、3人の関係性や心情から決めているとは言い切れない。そういう場合もあるだろうが、ほかの基準もあるはずだ。場面の雰囲気を色で表現しているとか、画面の色彩設計に合わせてあるとか。たとえば、1曲めの「244, 233, 227」が流れる冒頭の場面はトツ子のモノローグの場面なので、トツ子をイメージした色と考えたほうがすっきりする(ちなみにこのカラーコードを色にすると淡いピンク色になる)。同じように、トラック3の「75, 128, 253」はきみの登場場面に流れる曲で、色にするときれいな青になる。
いずれ本作が映像ソフトになったり配信されたりしたときに、じっくりと映像を観、音楽を聴きながら、それぞれの場面のカラーコードを確認してみたい。きっと、まだ気づかない秘密があると思うのだ。
映画「きみの色」オリジナル・サウンドトラック all is colour within
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