COLUMN

『タイガーマスク』を語る
第18回 ルリ子の悲しみとアニメ史に残る事件

 第102話「「虎の穴」の真相」の直人の告白シーンについてもう少し書いておきたい。
 自分の体験で言うと、子供の頃から印象的なシーンではあった。ただ、ドラマチックな場面であることは分かったが、どうして直人が芝居がかった言い方をしているのかは分からなかった。「これで気が済んだんじゃないかな」のセリフで表現された想いの深さや生々しさについて理解できたのは、成人して随分と経ってからだった。
 直人の告白シーンについて気になるのが、「ウルトラセブン」のモロボシ・ダンの告白シーンとの類似である。「ウルトラセブン」最終回である第49話「史上最大の侵略(後編)」で、主人公のダンが、ヒロインのアンヌに対して自分がウルトラセブンであることを打ち明ける。これも名場面中の名場面だ。ダンの告白も、直人の告白も「正体を隠していた主人公が自分がヒーローであることをヒロインに告げる」という意味では同様だ。どちらも告白の時に主人公とヒロインが向き合っていて、告白の前後に主人公の横顔とヒロインの横顔のカットがある(左側に主人公がいて、右側にヒロインがいるのも同じ)。ダンの告白シーンで使われたBGMはロベルト・シューマンの「ピアノ協奏曲イ短調作品54」、直人の告白シーンで使われたBGMは映画「禁じられた遊び」のメインテーマ「愛のロマンス」。曲が始まる呼吸も近い。
「ウルトラセブン」最終回が放映されたのが1968年9月8日、『タイガーマスク』第102話が放映されたのが1971年9月9日。時期的なことを考えれば、作劇や演出に関して「ウルトラセブン」最終回の影響を受けていたとしてもおかしくはない。僕はかなり以前から似ていると感じているが、裏を取ったことはない。たとえ影響を受けていたとしても、描かれたドラマはまるで違うものである。印象的な作劇や演出を取り入れたということであり、非難されるものではないだろう。さらに言えば両者のお手本となった作品があったのかもしれない。ではあるが、直人の告白シーンがダンの告白シーンの影響を受けているかどうかはやはり気になる。いつか、確認できる日がくるのだろうか。

 さて、以下が今回のコラムの本題だ。第103話「あがく「虎の穴」」(脚本/辻真先、美術/福本智雄、作画監督/森利夫、演出/新田義方)は、第102話の告白シーンのリフレインから始まる。これが問題なのだ。僕はアニメ史に残る事件のひとつだと思っている。
 重要なのは選曲だ。前述したように第102話の告白シーンでは「禁じられた遊び」のメインテーマ「愛のロマンス」がBGMとして使われたが、第103話冒頭の同シーンでは、何と演歌のインストゥルメンタルが使われているのだ。さらに、第102話にはなかったルリ子にスポットライトが当たる演出が追加されている。第102話の告白シーンはしっとりとしており、格調高いと言っていいほどのものだったが、第103話では一転してベタベタの泣かせる場面となっている。
 『タイガーマスク』の本放映時には家庭用ビデオデッキもネット配信もなかった。第102話を観たら、翌週に第103話が放映されるまで一週間待たなくてはいけない。一週間も経てば前話の印象も薄くなっているはずで、同じ場面の演出が変わっても左程は驚かなかったかもしれない。しかし、現在はビデオソフトや配信で連続して作品を観ることができる。第102話と103話を連続して視聴すると、その違いの激しさに驚く。衝撃的と言ってよいほどの違いだ。
 このコラムの第1回でも書いたが、他の当時の東映動画作品と同様に『タイガーマスク』には監督に相当する演出家は存在しない。これはシリーズ全体を統括する監督がいないという意味であり、各話の演出家がそれぞれ自分の担当話数を監督しているのである。『タイガーマスク』では各話の演出家が腕を競い合うように、自分の担当話数を演出していた。このコラムは主に物語について語るものであるので、各話の演出についてはほとんど触れてこなかったが、演出家達の個性的な仕事もこの作品の見どころだ。選曲についてはシリーズを通じて宮下滋がクレジットされているが、選曲も含めて最終的に作品をまとめているのは演出家であるはずだ。つまり、第102話で「禁じられた遊び」を使用したのは田宮武の、第103話で演歌のインストルメンタルを使用したのは新田義方の演出だと考えることができる。第103話では告白シーンの後も、ルリ子が登場する場面で演歌のインストゥルメンタルが使われており、この音楽演出はルリ子の気持ちを表現したものと受け取るべきだろう。
 少なくとも現在の僕の感覚で言うと、第103話のこの選曲はかなりダサい。新田義方にその意図があったのかどうかは分からないが、第103話の告白シーンは第102話の同シーンを茶化しているようにすら見える。僕の体験で言えば、LD BOXで初めてこの2話を連続して観た時に第103話を、第102話のパロディだと感じた。パロディをやるつもりはなかったにしても「前回とはまるで違ったものにしてやろう」という意図はあったはずだ。新田義方は『タイガーマスク』で、奇抜な演出を何度も繰り出している。例えば、この第103話の後半ではミスターXが命を落とす場面で、実写の藁人形の映像を挿入しているのだ。選曲に関しても、彼の奇抜な演出のひとつと考えることができる。
 第102話と第103話の告白シーンの激しすぎる違いは、監督を置かないシステムで、さらに各話の演出家が腕を競い合う状況だから生まれたアニメ史に残る事件なのだろうと思う。

●第19回 あまりにも違った「原作とアニメの直人の歩んだ道」 に続く

[関連リンク]
Amazon prime video(アニメタイムチャンネル) 『タイガーマスク』
https://amzn.to/4bjzNEM

タイガーマスク DVD‐COLLECTION VOL.4
https://amzn.to/3KRNiAj

原作「タイガーマスク」(Kindle)
https://amzn.to/3w3BJlV