COLUMN

第286回 ぜいたくなアルバム 〜怪獣8号〜

 腹巻猫です。8月5日、TVアニメ『怪獣8号』の第2期が2025年に放映されることが発表されました。1期の坂東祐大の音楽がよかったので、2期の音楽はどうなるのか、今から期待がふくらみます。今回は、その第1期の音楽をふり返ってみます。


 『怪獣8号』は2024年4月から6月まで放映されたTVアニメ。松本直也による同名マンガを監督・宮繁之、神谷友美、アニメーション制作・Production I.Gのスタッフで映像化。怪獣デザイン&ワークスをスタジオカラーが手がけたことも話題になった。
 日常的に怪獣が出現するようになった日本。少年時代から怪獣を討伐する「日本防衛隊」への入隊を希望していた日比野カフカは、大人になり、退治された怪獣の後始末を行う清掃業者として働いていた。ある日、突然現れた小型怪獣がカフカの体内にもぐりこみ、カフカは人間型の怪獣に変身してしまう。とまどい混乱するうちに、カフカは自分の意思で人間にも怪獣にも変身できるようになっていた。そのことを隠して日本防衛隊に入隊を果たしたカフカは、怪獣の力を使って凶悪な怪獣から人間を守ろうとする。
 怪獣好きの血が騒ぐ作品である。怪獣の猛威が実写に匹敵する迫力で描かれていることにまず胸が熱くなる。そして、人間が怪獣と一体化して(あるいは怪獣に憑依されて)人間のために戦う設定は、巨大変身ヒーローものの元祖「ウルトラマン」の設定とほぼ同じ。「ウルトラマン」ではハヤタ隊員が事故で命を失い、正義の宇宙人ウルトラマンと同化してしまうわけだが、ウルトラマンの初期デザインはもっと怪獣っぽい姿だった。正義の宇宙人の代わりに怪獣に憑依されていたら……というシミュレーションが『怪獣8号』ではないだろうか。そんな妄想がふくらむところも怪獣好きとしてわくわくするのだ。

 筆者は放映前から音楽にも注目していた。音楽担当は、現代音楽、映像音楽、ポップスなどを横断する活動を行っている音楽家・坂東祐大。彼が手がけた劇場アニメ『竜とそばかすの姫』やTVドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」の音楽が実に刺激的ですばらしかったので、『怪獣8号』の音楽はどうなるだろう? と期待していたのだ。
 サウンドトラック・アルバム(CD)の解説書で、本作の音楽作りの背景が坂東祐大自身の言葉で語られている。それによると、本作の音楽作りは放映の2年前から始まっていたという。2021年の夏、アニメ化が動き始めた時期に坂東に声がかかり、音楽の方向性が検討された。その後、PVの公開に合わせて書かれた曲が「防衛隊のテーマ」と「怪獣8号のテーマ」だった。この2曲はTVシリーズでもさまざまにアレンジを変えて使用されている。
 本編の音楽はフィルムスコアリングで制作された。現在のTVアニメでは珍しい手法だが、『鬼滅の刃』などの先例があるから、驚くほどではない。本作で驚くのは、音楽作りにTVシリーズで考えられないほどの手間と時間をかけていることだ。
 フィルムスコアリングであっても、音楽録音は溜め録りと同じように、スタジオミュージシャンを集めて行う方法が一般的である。『怪獣8号』の場合、楽曲ごとにゲストアーティストを呼んだり、ミュージシャンを変えたりして、ポップスの曲を録音するような作り方をしている。アニメのサウンドトラックで参加ミュージシャンがここまで話題になることは珍しい。放映まで時間があったことと、坂東祐大がそもそも映像音楽の作曲家というより現代音楽の作曲家として活躍していることが関係しているのだろう。
 結果、恐ろしく手のこんだフィルムスコアリングの音楽ができあがった。さらに、サウンドトラック・アルバムを作るときに本編用の音楽に手を入れ、追加録音を行ったり、ミックスし直したりしている。しかし、映像の展開に合わせてテンポや曲調が変わったりする曲の構成はそのまま。フィルムスコアリングの雰囲気を残しながら、音楽的にブラッシュアップしているのである。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、2024年6月26日に日本コロムビアから「怪獣8号 オリジナル・サウンドトラック」のタイトルでCDと配信でリリースされた。
 収録内容は下記を参照。
https://columbia.jp/kaiju-no8/
 全64曲。フィルムスコアリングで制作された音楽がほぼ使用順に収録されている。収録曲と使用話数の対応は以下のとおり。

〈ディスク1〉
 トラック01〜13:第1話
 トラック14〜24:第2話
 トラック25〜28:第3話
 トラック29〜31:第4話
 トラック32〜34:第5話

〈ディスク2〉
 トラック01〜09:第6話
 トラック10〜13:第7話
 トラック14:第9話
 トラック15:第8話
 トラック16〜18:第9話
 トラック19〜20:第10話
 トラック21〜24:第11話
 トラック25〜29:第12話
 トラック30:第10話

 第1話と第2話からの曲が多く、この2話については劇中で使用された音楽がほぼすべて収録されている。以降は各話から抜粋の形で収録。頭から順に聴いていけば、全12話の物語をふり返ることができる。一部、使用話数が前後しているトラックがあるが、音楽アルバムとしての流れを意識しての構成だろう。
 本作のメインテーマと呼べる「怪獣8号のテーマ」はディスク1のトラック17に登場する。第2話で、怪獣8号に変身したカフカが、幼い少女とその母親を助けるために、襲ってきた怪獣を一撃で粉砕する場面に流れた。ヒーローとしての怪獣8号の誕生を表現する曲だ。といっても、いわゆるヒーロー音楽とはだいぶ趣が異なる。曲は男声ボーカルによる労働歌風のテーマからエレキギターが奏でるブルージーなメロディに展開する。前半の労働歌風のテーマはカフカが清掃業者として働く場面に流れる「Monster Sweeper Inc.」(ディスク1:トラック4)に原型が登場。ブルージーなエレキギターもそうだが、「働くおじさん」としてのカフカのイメージから生まれた曲だという。パッとしない30代のおじさんが怪獣に変身してヒーローになってしまうところが本作の肝で、その異色のヒーロー像をみごとに表現した曲と言えるだろう。
 この「怪獣8号のテーマ」は第4話でカフカが四ノ宮キコルを助けるために変身する場面に流れる「怪獣8号のテーマ—フォルティチュード9.8」(ディスク1:トラック29)や、第11話で防衛隊長官の攻撃を受けたカフカが変身する場面の「怪獣8号のテーマ—大暴走 ver.」(ディスク2:トラック24)などでも変奏されている。
 本作のもうひとつの主要テーマである「防衛隊のテーマ」は、ディスク1のトラック2に登場。第1話の本編冒頭で、出現した怪獣を討伐するために防衛隊が出動する場面に流れている。この場面では歪んだエレキギターで短く奏でられるだけなので、曲の全貌がつかみづらいが、第2話に流れる「防衛隊のテーマ—Strings ver.」(ディスク1:トラック22)で、いかにも防衛隊のテーマらしいメロディが明らかになる。このストリングス・バージョンは以降のエピソードでもたびたび使用されているので、印象に残っている人も多いだろう。
 第5話でカフカたち新入隊員たちが初出動する場面に流れる「防衛隊のテーマ—出動」(ディスク1:トラック34)は、ふたたび歪んだエレキギターによる変奏。第6話のアバンタイトルに流れた「相模原討伐作戦」(ディスク2:トラック1)にも「防衛隊のテーマ」のメロディが現れる。第10話で防衛隊員たちが怪獣を総攻撃する場面に流れる「防衛隊のテーマ—第3部隊 ver.」(ディスク2:トラック19)はエレキギターによる変奏を主体にした緊迫感のあるアレンジ。エレキギターは戦闘シーンの描写に使用されていることがわかる。
 「怪獣8号のテーマ」「防衛隊のテーマ」とともに重要なのが、怪獣を描写する音楽である。
 本作の依頼を受けたとき、坂東祐大は「伊福部昭の音楽を超える音楽を作ってほしい」と言われたという(Newtype2024年6月号のインタビューより)。言うまでもなく、伊福部昭は「ゴジラ」をはじめとする東宝怪獣映画の音楽を多く書いた作曲家。本作でも、伊福部音楽を思わせる重厚な怪獣描写曲が流れるシーンがある。が、本作のユニークな点は、怪獣のテーマとしてロックが使われていることである。
 第1話でカフカが怪獣をひとりで引きつけようとする場面に流れる「Kaiju Rock」(ディスク1:トラック9)は、ロックバンドの演奏にボーカルが加わる曲。第2話で怪獣に変身したカフカが病院の壁を破壊してしまう場面に流れる「Kaiju Beats 1」(ディスク1:トラック15)はデジタルサウンドを使ったクラブミュージック風の曲。「Kaiju Beats」と名づけられた曲は、第6話、第7話、第8話にも使われているが、これらは、また違ったスタイルのデジタルロック的な曲になっている。
 「怪獣にロック」というアイデアは突飛なものではない。坂東祐大は伊福部昭的な怪獣音楽の肝は「ビートと低音のカッコよさ」だと考えたそうだ。本作ではあえてオーケストラ的な表現を避け、ロックサウンドでそれを実現したわけだ。
 また、素顔のカフカたちを描写する場面にも「Kaiju Sessions」と名づけられたバンドスタイルの軽快なロックの曲が使われている。こうしたロックを基調とした音楽演出は、坂東祐大の映像音楽作品の中でも珍しい。
 本作のロック志向を象徴する楽曲のひとつが、第7話で使用された「Warcry」(ディスク2:トラック13)である。シンガーソングライターの岡崎体育をフィーチャーしたボーカル入りの曲で、謎の人型怪獣9号と怪獣8号との戦闘シーンに流れていた。
 同様にボーカルをフィーチャーした曲に、「キコルのテーマ」(ディスク1:トラック24)と「保科のテーマ」(ディスク2:トラック9)がある。防衛隊員の中でもトップクラスの戦闘力を持つ四ノ宮キコルと保科宗四郎につけられた曲で、それぞれの活躍場面に使われている。「キコルのテーマ」は歌詞のあるボーカル曲。パワフルなキコルのイメージを表現した曲で、第2話でキコルが初めてカフカの前に現れるシーンに流れていた。「保科のテーマ」は民族音楽的なボーカルとデジタルサウンドとロック的なビートをミックスした、刀を武器とする保科のキャラクターを表現する曲。こちらは、第6話で保科が怪獣を倒す場面をはじめ、保科の戦闘シーンにたびたび挿入された。
 「キコルのテーマ」を発展させた「キコルのテーマ—Extended ver.」(ディスク2:トラック14)は、ヒップホップバンドThe Internetのベーシスト、パトリック・ペイジ2世をフィーチャーした楽曲。曲が長くなり、よりパワフルにヒップホップ的にアレンジされている。日本コロムビアの商品ページでは、この曲は第9話で使用されたと書かれているが、実際にはほんのわずかしか流れない。映像に合わせて作ったというより、独立した楽曲として作られた印象である。いずれにせよ、ぜいたくな作り方、使い方だ。
 こうした、キャラクターの活躍をボーカル入りの曲で盛り上げる演出は、「怪獣8号のテーマ」の使い方とも共通していて、本作の音楽演出の特徴となっている。
 ここまで、アップテンポの曲やビートの効いた曲を紹介してきたが、本作にはキャラクターの内面を描写する抒情的な曲もある。その代表が、カフカと亜白ミナにつけられたテーマである。亜白ミナはカフカの幼なじみの女性で、2人は幼い頃、一緒に防衛隊に入ろうと約束していた。ミナはカフカより先に入隊を果たし、現在は防衛隊第3部隊の隊長になっている。カフカは「ミナの隣に立ちたい」という一心から、あきらめずに入隊をめざしていた。
 そんなカフカの心情を描写する曲が「ミナとカフカ」(ディスク1:トラック18)。第2話で怪獣8号の姿をしたカフカが、助けた少女から「ありがとう」と感謝され、ミナとの約束を思い出して変身が解けるシーンに流れた。繊細な弦楽器の音色と木管の響きがカフカの心によみがえる想いを表現する。
 その変奏である「ミナとカフカ—再び」(ディスク2:トラック22)は、第11話で使われた。怪獣8号であることが仲間に知られ、本部に移送されることになったカフカに、ミナが話しかける場面に流れている。不安と複雑な心情を表現するピアノやシンセの旋律が続いたあと、ミナがカフカに「ずっと待ってる」と言うカットから、ピアノとストリングスによる温かい旋律に展開する。フィルムスコアリングの効果が発揮された感動的な場面だ。
 そのミナのセリフをタイトルにした「ミナとカフカ—ずっと待ってる」(ディスク2:トラック27)は、第12話で怪獣の心に飲み込まれそうになったカフカが、心象風景の中でミナの声に救われる場面に使用。これもフィルムスコアリングのよさが生かされた名場面だ。「ミナとカフカ」「ミナとカフカ—再び」「ミナとカフカ—ずっと待ってる」の3曲は、同じモティーフを発展させてカフカとミナの心情を表現した三部作と言ってもよいだろう。
 アルバム最後の曲は、シンガーソングライターのLEO今井をフィーチャーした「Never Break Down」(ディスク2:トラック30)。「怪獣8号のテーマ」のメロディを使った挿入歌である。第10話で、仲間たちの前で怪獣8号に変身したカフカが、巨大な怪獣爆弾に向かっていく場面に流れた。シリーズを通しての見せ場のひとつであり、物語のターニングポイントにもなったシーン。音楽的にも最大の盛り上がりを見せる場面なので、最後にこの曲を持ってきたのはうまい構成だ。

 「怪獣8号」のサウンドトラック・アルバムは、正統的なフィルムスコアリングのサントラでありながら、音楽作品としてもこだわり抜いて作られた、ぜいたくなアルバムだと思う。映像に密着した音楽の面白さと、さまざまなジャンルのサウンドがミックスされた最先端の音楽の面白さの両方が味わえる。細部まで作りこまれた音を、くり返し聴いて味わいたい。

怪獣8号 オリジナル・サウンドトラック
Amazon