COLUMN

第283回 音楽のサラダボウル 〜変人のサラダボウル〜

 腹巻猫です。4月期のTVアニメの中でも楽しみに観ていた作品『変人のサラダボウル』が先週、最終回を迎えました。サウンドトラック・アルバムは5月に早々と発売されたものの、筆者はネタバレを恐れて聴いていませんでした。ようやく全話観終わったので、今回はその音楽を紹介します。


 『変人のサラダボウル』は2024年4月から6月まで放映されたTVアニメ。平坂読による小説を原作に、監督・佐藤まさふみ、アニメーション制作・SynergySP、スタジオコメットのスタッフでアニメ化した。
 舞台は現代の岐阜県岐阜市。貧乏探偵の鏑矢惣助は尾行中に突然、空から落ちてきた少女・サラと出会う。サラは異世界からやってきた皇女で、魔術(魔法)が使えるのだった。サラは惣助の家に居候することになり、探偵業を手伝い始める。いっぽう、異世界でサラの側近を務めていた女性騎士・リヴィアも、サラを追って岐阜市にやってきた。異世界ではすぐれた武人だったリヴィアだが、こちらの世界では活躍の場がなく、ホームレス生活を送ることに。サラとリヴィアはそれぞれのやり方で、この世界に居場所を見つけようとする。
 昨今はやりの「異世界転生・転移もの」のバリエーションと呼べる設定で、筆者は最初「これは異世界からやってきたキャラクターが、こちらの世界に存在しない特殊な力を発揮して、事件を解決したり、優位に立ったりするお話なのだな」と思っていた。実際、初期の話数ではサラが魔術を使って探偵活動をする描写がある。が、話が進むにつれて、そういう描写は減っていき、サラやリヴィアが出会う風変わりな人物とのエピソードが中心になっていく。
 異世界人のサラやリヴィアには、この世界に対する先入観や偏見がない。2人の目を通して見ることで人物の意外な一面が見えてきたり、2人と接触することで生き方が変わる人物がいたりする。そんなエピソードがコミカルなタッチで語られていくのが本作の面白さだと思った。なにより、開放的で屈託のないサラとリヴィアのキャラクターが魅力的。観ていて、とても気持ちのいい作品だった。

 音楽は、馬瀬みさき、田中津久美、中村巴奈重の3人が共同で担当。
 温かい音色の楽器を使った軽快な曲が多い。ギター、ピアノ、木琴などがリズミカルなフレーズを受け持ち、フルート、クラリネット、リコーダー、ハーモニカなどがメロディを奏でる。ユーモラスな曲やほのぼのした雰囲気の曲がたくさん作られている。本作らしいなと思うのは、惣助、サラ、リヴィアら、主要人物それぞれにテーマが設定されていること。TVアニメではキャラクターテーマを作ってもあまり活用されないケースがままあるが、本作では「このキャラにはこの曲」という演出がけっこう徹底している。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2024年5月29日に「TVアニメ『変人のサラダボウル』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで、日音/Anchor Recordsレーベルから発売された。収録曲は以下のとおり。

  1. 変人のサラダボウルのテーマ
  2. 岐阜県 岐阜市 【VER:日常】
  3. 惣助
  4. 探偵とは
  5. サラと惣助 【VER:日常】
  6. 某の名は
  7. サラ・ダ・オディン
  8. プリケツ参上!
  9. ホームレス
  10. ブレンダ
  11. 惣助 【VER:意味深】
  12. ほむ…
  13. オラァ!
  14. どうしよう!
  15. ほのぼの〜
  16. ふんす
  17. クラン☆マスター
  18. ハプニング発生
  19. 望愛
  20. 不穏な空気
  21. ギクシャク
  22. サラと惣助 【VER:トホホ】
  23. ヘンテコじゃのう
  24. サラと惣助 【VER:気ままに】
  25. 岐阜県 岐阜市 【VER:コミカル】
  26. 変人のサラダボウルのテーマ 【VER:日常】
  27. ワナワナ…ワナワナ…
  28. 原因の解明
  29. あの頃に…
  30. 回想
  31. ふひひ。
  32. 試合じゃ!
  33. 救世グラスホッパー、命名!
  34. 名探偵サラ
  35. ご褒美タイム

 主題歌・挿入歌の収録はなく、BGM(劇伴)のみ35曲収録。作曲は、馬瀬みさきが21曲、田中津久美が7曲、中村巴奈重が7曲を担当している。
 曲順は劇中使用順にはこだわらず、作品世界を音楽で表現するイメージアルバム的構成。名場面集的な感覚で、自由にイメージをふくらませて聴くことができる。
 1曲目の「変人のサラダボウルのテーマ」は本作のメインテーマ。ラテン風のリズムにピアノの軽快なメロディ。トロンボーンの合いの手がコミカルな味を添える。明るくユーモラスな曲調が本作の世界観を表現している。第1話でサラと惣助が一緒に朝食を食べる場面や第2話のリヴィアがセクキャバで接客する場面などに使われた。次回予告にも使用されている。
 この曲のバリエーションがトラック26「変人のサラダボウルのテーマ 【VER:日常】」。ピアノの代わりに木琴がメロディを奏で、アコースティックギターがリズムを刻む。第1話の惣助の初登場シーンや第9話で小学校に通い始めたサラが教室で給食を食べるシーンなどに流れていた。
 トラック2「岐阜県 岐阜市 【VER:日常】」は岐阜市のテーマ……というより、個性的な登場人物が織りなす、ちょっとおかしな日常を描写する曲という印象だ。アコースティックギターとハンドクラップによる導入からオルガンとエレキベースによる60年代ポップス風のサウンドに展開。後半はテンポアップして軽快なバンドサウンドになる。この曲のように途中からアップテンポに転じる曲が本作では多く、劇伴全体を通しての特徴になっている。もともとこういう発注だったのか、それとも作曲家のアイデアなのか、あるいはテンポのゆっくりしたタイプと速いタイプの曲が別々にあってサウンドトラック用に1曲に編集したのか、詳細が気になるところだ。
 この曲のバリエーションがトラック25の「岐阜県 岐阜市 【VER:コミカル】」。ピアノとパーカッションをメインにした、とぼけた感じのアレンジになっている。第1話でサラが異世界から惣助の上に落ちてくる場面などに使われた。このバージョンも途中からアップテンポに転じる構成。
 トラック3「惣助」は惣助のテーマ。4ビートのリズムにギターのけだるいメロディが、貧乏探偵・惣助のキャラクターを表現。第1話で惣助とサラが話す場面など、惣助のシーンにたびたび使われた。この曲も後半からテンポが速くなる。第11話では惣助とサラが水族館に行くシーンに前半から後半まで通して使われて効果を上げていた。トラック11の「惣助 【VER:意味深】」は「惣助」の前半よりもテンポを落としたミステリアスな雰囲気のアレンジ。
 トラック5の「サラと惣助 【VER:日常】」はタイトルどおり、サラと惣助のシーンを彩る曲。のんびりしたリズムの上で木琴やリコーダーが素朴なメロディを奏でるユーモラスな曲だ。ほかに「サラと惣助 【VER:トホホ】」(トラック22)、「サラと惣助 【VER:気ままに】」(トラック24)のバリエーションがあるが、雰囲気は共通している。毎回のようにいずれかのバージョンが使われているので、メロディが記憶に残っている人も多いだろう。メインテーマや「岐阜県 岐阜市」とともに本作を代表する楽曲である。
 ここで、キャラクターテーマをまとめて紹介しよう。
 トラック6「某の名は」はリヴィアのテーマ。「某(それがし)」はリヴィアの一人称である。強そうな女性騎士のイメージではなく、アコースティックギターやアコーディオンを使ったさわやかなサウンドでまとめられている。第1話でリヴィアが岐阜市にやってくるシーンや第2話でリヴィアがサラを探して街を歩くシーンなどに使用。
 トラック7「サラ・ダ・オディン」はサラのテーマ。こちらはウクレレを使った愛らしいイメージ。皇女らしい上品さも感じられる。後半はマーチ調になって、活発なイメージに転じる。第1話でサラが図書館に出かけるシーンなどに使われた。
 トラック8「プリケツ参上!」はリヴィアが働き始めたセクキャバのキャバ嬢・プリケツのテーマ。プリケツは源氏名で本名は弓指明日美という。ミュージシャン志望の明日美は、のちにリヴィアを巻き込んでバンドを組むことになる。このテーマ曲もビートの効いたロックサウンドで作られている。第2話のプリケツ登場シーンや第11話でバンド「救世グラスホッパー」が活動開始するシーンに使用。
 トラック10「ブレンダ」は惣助にしばしば仕事を依頼する女性弁護士・愛崎ブレンダのテーマ。エレキギター、エレキベース、ピアノなどによるリズム主体の曲で、ひとクセありそうな曲調に仕上がっている。第2話のブレンダ初登場シーンをはじめ、第7話で惣助がブレンダに「サラを学校に通わせたい」と相談するシーン、第10話でブレンダが惣助の気を引こうと料理を練習するシーンなどに流れた。
 トラック17「クラン☆マスター」はリヴィアが出会った怪しい宗教団体「ワールズブランチヒルクラン」の女性代表(マスター)の登場シーンに流れた神秘的な音楽。神秘的といっても軽めのシンセサウンドで作られているので、いかがわしさがただよう。マスターの本名は木下望愛(のあ)。望愛はある事件をきっかけにリヴィアに心酔し、「救世主さま」と崇めるようになる。トラック19「望愛」は、望愛がリヴィアとからむシーンによく流れた曲。シンセのシンプルなフレーズのくり返しが、望愛の思い込みの強さ、浮世離れしたところを表現しているようだ。
 続いて、劇中のユーモラスなシーンによく使われる曲たち。
 トラック12「ほむ…」はエレキベースとピアノ、パーカッションなどによるコミカルなサスペンス曲。惣助とサラが探偵活動をするシーンなどに使われている。
 トラック13の「オラァ!」は第1話で惣助がチンピラにからまれた男を助けようと出ていく場面に一度だけ使用。ワイルドな曲調のロックだ。
 トラック14「どうしよう!」は使用頻度の高いドタバタ曲。たたみかけるようなイントロにからアップテンポのにぎやかな曲調に発展する。第2話でサラが調査対象の浮気現場を見てしまう場面や第9話でサラをいじめようとした少女たちがサラの家臣になってしまう場面、第12話でライブに遅刻しそうになったリヴィアがライブ会場に急ぐ場面などに使われたのが面白かった。
 トラック15「ほのぼの〜」はタイトルどおり、ほのぼのムードの曲。とぼけた木琴のフレーズで始まり、ピッコロやクラリネット、鍵盤ハーモニカがのんびりしたメロディを引き継いでいく。第2話でサラが飛騨牛のパックを手にとってよろこぶシーンなど、日常のほっとひと息つく場面を彩った。
 トラック16「ふんす」はサラやリヴィアが超人的能力を発揮する場面に流れた曲だ。なんといっても第1話のサラが魔術で公園の遊具を爆破してしまうシーン。「ふんす」はそのときサラが発するかけ声である。「暴走」を思わせる慌ただしい楽曲に作られている。第3話でリヴィアが宗教団体のメンバーとバスケットボールをするシーンにも使われた。 以上のトラック12〜16は、コミカルな曲が5曲連続するのが構成的に面白いところ。
 トラック23「ヘンテコじゃのう」も印象の強いユーモラスな曲。しのび足で歩くようなリズムに乗ったリコーダーとピアノのかけあいが楽しく、聴いているだけでくすっと笑えてしまう。第3話でリヴィアが宗教団体のメンバーと接触するシーンや第6話で望愛がリヴィアの像を作るためにリヴィアの体を立体スキャンするシーンなどに流れた。本作のタイトルにある「変人」の部分を象徴する曲。
 ここまで紹介したように、本作の音楽には、ユーモラスな曲や風変わりな曲が多い。しかし、しみじみとした心情を表現する、しっとりとした曲もいくつか作られている。
 トラック29「あの頃に…」はピアノソロがやさしいメロディを奏でるリリカルな曲。第11話でサラがリヴィアに「新たな人生を好きなように生きるがよい」と語りかける名場面に流れていたのが心に残る。コミカルな展開の中にこういうシーンが挿入されるのが本作のいいところだ。
 トラック30「回想」はギターとピアノなどによるノスタルジックな曲だが、本編では(たぶん)使用されていない。
 ほかにしっとり系の曲としては、第4話でサラがいじめられている同級生の話を聞く場面に流れるエレピとアコースティックギターの曲があった。残念ながら本アルバムには未収録である。
 アルバムの終盤は派手めの曲がまとめられている。最後は明るく盛り上がって終わろうという構成意図だろう。
 トラック33「救世グラスホッパー、命名!」は、夢の中でバッタの大群に襲われた望愛がリヴィアに助けられる場面に一度だけ使われた曲。夢の中のリヴィアは「救世主グラスホッパー」と名乗る。そこから「救世グラスホッパー」のバンド名が決められた。このシーンのためだけに作られた曲だろう。
 トラック34「名探偵サラ」も一度しか使われていない。第1話でチンピラに襲われそうになった惣助を助けにサラが現れる場面に流れた、「ヒーロー登場!」といった雰囲気の曲である。こういう場面がもっとあるのかと思っていたけれど、この回だけだった。それも本作らしい。
 アルバムの最後を飾る「ご褒美タイム」(トラック35)は女声スキャットが「シュバダ ドゥビ ドゥビ」と歌う愉快な曲。第1話のラストでサラが飛騨牛を食べて感激するシーンに流れている。その後も、第5話でリヴィアがプリケツに誘われてサウナに入るシーン、第7話でサラが初めてこたつに入るシーンなど、サラとリヴィアが異世界にない食べ物や文化に触れて感動する場面によく使われた。最終回(第12話)で本編Cパートの最後(エンドロールの前)に流れたのもこの曲である。

 本作には「変人」と呼べる人物が多く登場するが、危なっかしいことをしていても根っからの悪人はいないのが清々しいところ。音楽はそんな変人たちを笑うのではなく、愛すべきキャラクターとして描写しているようだ。タイトルの『変人のサラダボウル』は色とりどりの変人たちが集まるようすをイメージしたものだと思うが、このアルバムも個性豊かな楽曲がひとつの皿に盛られた「音楽のサラダボウル」と呼びたい1枚である。ただし、このサラダ、けっこうスパイスが効いている。

TVアニメ「変人のサラダボウル」オリジナル・サウンドトラック
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